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第三章『愛の使者、参戦』(4)

     ◆ ◆ ◆


「ただいま〜。……って言っても誰も居ないんだよね」


 自分で空しい呟きを零しながら、純也は玄関で靴を脱いでキッチンに向かう。買ってきた食品をスーパーの袋から取り出し、冷蔵庫に詰めていた時。

 不意に、リビングの通信端末が着信音を鳴らした。「誰だろー?」と言いながら純也は端末の画面を覗いて、戸惑ってしまう。


「どうしよ……真君だ」


 画面には、『霧辺真』という発信者の名前。もしかして本当に、依頼が入ってしまったのだろうか。今朝の遼平の、『もし真から仕事の連絡来ても、俺は寝込んでるってことにしとけ』という言葉が過ぎる。

 何か……何か言い訳を作らなければ。とりあえず、着信ボタンを押して。



『お、純也か!? 今大変なコトになっとんねん。あのな、』

「真君! あのねっ、待って! 遼はね……遼は……その……」


 携帯端末からであろう真の映像に、純也は懸命に嘘を考える。真が焦ったような顔をしているので、よほど急ぎの依頼かと思ったのだ。


『まさか……純也、知っとんのか?』

「あのねっ、遼はフグを食べてサソリを踏んで……じゃなくて、えーっとその……っ、……そう! アレだよアレっ、リウマチ性多発性筋肉痛で、寝込んでるんだ! だからねっ、今日は仕事に行けないんだ!」

『……はァ? リウマチ?? いや、そうやなくて、今遼平がな、』

「本当にゴメンね真君! 僕、遼の介護……じゃなくて看護があるから、もう通信切るね! じゃあねっっ」

『え、ちょっ、純也待っ――――』


 何か真が言いかけていた気もするが、嘘をついてしまった罪悪感のために純也は気付いていなかった。これでなんとか誤魔化せただろう、とホッと安堵の息を吐いてから、ふと気付く。



「あ……せめて僕が依頼に行けば良かったんだ……」



 ……問題はそこではなく、二十代前半の男をリウマチ呼ばわりしてしまったところだと思うが、健気な少年がそれを悟ることはなかった。



     ◆ ◆ ◆



「……切れてもうた……」


 唖然と『通信終了』という携帯端末の画面を見ながら、真は呟く。何なのだろう、あのあからさまな純也の嘘は。


「遼平くん、純ちゃんに仮病を使うように言ったのかしら? 純ちゃんはデートのこと知ってるの……?」

「んー、遼平のことやから、『デートする』なんて言わんと思うなァ。きっと純也は知らんやろ。さて……これからどないする?」


 喫茶店の窓下で、しゃがみこんだ五人は顔を見合わせる。店内では、談笑しながら食事している遼平と希紗。


「どうするも何も、もういいではないか。これは確実に逢引で間違いないだろう? もうわかりきったのだから、終わりにしろ」

「澪斗くんはそれでいいわけ!? このまま遼平くんと希紗ちゃんが上手くいって職場結婚とかになっても!?」

「ソレは絶対に回避すべきダヨっ、希紗チャンが苦労するのは目に見える結果ネ! あの甲斐性なしダメ人間ナンカを夫にしたら!」

「こうなったら真ちゃん、ここはあの二人の愛を試すのよ! 『仕事と恋人どっちを取るか』作戦よ!!」


 真に詰め寄った梅男から、強烈なバラの香水の匂いがする。吐き気を必死に顔に出さないようにし、真は「作戦?」と訊き返した。


「まず遼平ちゃんの携帯に通信して、『急な依頼が入ったから、出勤するように』って言うの。もちろん、安藤さんは呼ばないわ。そこで依頼とデートのどっちを彼が取るのか、見るのよ!」

「そんな……いくらなんでも、デマの依頼で呼ばなくても……」

「ナカナカ良い作戦だと思うヨ! 欧米男性と違って、日本男性は恋愛より仕事を取る傾向がアルからネ!」


 いつの間にか完璧に団結している梅男とフェイズ。『仕事』に対してマトモな責任感を感じている真は、その作戦には賛成しかねた。


「梅はん、なんか他にも方法が……」

「あらン? 真ちゃんってば、アタシの立場がわかってる〜ン?」


 艶めかしく妖しい笑みを浮かべた梅男に、何か凄まじく嫌な予感がした。そこで、真は思い出してしまう。


「アタシのバックに誰がいるのか忘れたのかしらン? 《道化師》ちゃん提供の、こんなモノがあるのだけれど?」


 梅男が取り出したのは、数枚の写真。《道化師》という二つ名を持つ本社一、いや裏東京一の情報屋、フォックスが提供したモノがマトモなモノのはずがない。

 ……案の定。


 そこに映っているのは、短い黒髪の少年。少年のあどけない寝顔、苦手なグリーンピースを炒飯から取り除いている食事風景、スクランブル交差点で迷子になっている彼……他人に見られたくないような写真ばかりが、梅男の手にあった。


「うふふっ、初めて東京に来た霧辺少年、十五歳よン。これ、アタシの宝物なんだけれど……アタシのお友達(もちろん男)にも配っちゃおうかしら?」


「そ、それだけは……!」

「キャーッ、シンっち可愛い〜! 梅さん、この写真ください!」

「真貴様……グリーンピースが嫌いだったのか」

「ア〜、ボクも初めて東京に来た時は、スクランブル交差点で困ったネー」

「み、見るなァァァ! わかりましたっ、遼平に通信しますからっ! だからその写真は封印してください……!」


 思い出したのだ、この『朽縄梅男』という人物が、ロスキーパー本社のあらゆる権限を握っていることを。しかも、やたらとフォックスと仲が良い理由も、真は知っている。真にしてみれば、フォックスの裏切りも同然だったが。


 涙ながらに、真は携帯端末のボタンを押していく。そして最後に通信接続ボタンを押して、すぐ喫茶店内の遼平を覗いた。

 間もなくして、店内で鳴り出す遼平の携帯。


「さぁっ、遼平ちゃんはどっちを選ぶかしらン!?」

「ワイ、何て言えばエエんやろ……」



 ところが。



 遼平は端末を開くと、考える間も置かずに通信を切った。


「うわっ、あいつワイの名前見ただけで切りおった!」

「即答!? 遼平くんってば、迷うことすらしなかったわ!」


 予想外の結果に、五人はそれぞれ様々な反応をする。怒りだったり驚きだったり嫉妬だったり……。




「遼平、今の誰? 出なくて良かったの?」

「いいんだよ、大したヤツじゃねえ」


 そう言いながら、遼平は携帯端末の電源まで切ってしまった。




「こうなったラ、今度は希紗チャンに通信するんダヨ! 彼女なら通信に出るはずネ!」

「はァ……ここまでやってしもうたら仕方ない、か……」


 疲れた様子で、真は今度は希紗に通信。店内の彼女は、すぐにバックから携帯を取り出すと、遼平に「真からだわ」と告げた。




「は、はい、真? どうしたの?」

『よ、よぅ希紗。その……えーっと……あのな、急な依頼が入ったんよ。今、ドコにおる?』

「今はちょっと喫茶店で食事してたんだけど。急な依頼なのね? じゃあ…………あっ」


 いきなり、遼平が横から希紗の携帯の保留ボタンを押した。それに驚いている希紗と、その他『愛の探偵団』達。 


「ど、どうしたの遼平?」

「……真から、仕事の話だろ?」

「そうだけど……急な依頼なんだって、行かなきゃ……」



「行くな」



 携帯を持った希紗の腕を掴んだ、遼平の真剣な眼差し。それに、つい希紗は赤面してしまった。


「まだ、お前の用事が済んでないだろ。依頼なんて、真と紫牙が行けば充分だ」

「で、でも澪斗が行くなら私がいないと……ノアが……」

「そんなに紫牙の野郎が心配か? あんな感謝の欠片もねぇ、無愛想が。お前は紫牙の道具か?」

「それは……」


 俯いた希紗は、言葉を続けられない。その様子を興奮しながら覗いている四人とは違い、澪斗だけは壁に背を預けてその小さな声を聞いていた。


「……いいぜ、行けよ。お前が選ぶことだ」

「…………」


 希紗はゆっくりと、携帯の保留解除ボタンを、押す。




「真、いきなりごめんね。依頼……悪いんだけど、私、行けないわ」

『あ、あァ、そうか。休日にすまんかったな、なんとかなるから心配せんといてや。じゃあな』


 無理矢理引きつった笑みを浮かべて真は通信を切り、深く息を吐く。場の、妙な沈黙。




「一度命令しておきながら、最後は彼女に選ばせる……遼平くん、かなり巧みな高等技術を使うわね……」

「そんな優しさをちょっと垣間見せるところも素敵よンっ、遼平ちゃんったら!」

「うぅっ、ボクの希紗チャンが……」


「なァ、澪斗」


 携帯をポケットにしまいながらの、重たい真の声。その音に、誰もが押し黙る。



「あんたは、もっと早く何かに気付くべきやったんやないか」




 淡い緑色の前髪が、俯いた男の顔を隠す。集まった視線の中で、澪斗はただ緘黙かんもくを続けるだけだった。


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