第三章『愛の使者、参戦』(2)
「あらあら、物知りなのね〜、神父さん。でもあんまり口を滑らせちゃう子は……短命よン?」
《蛇使い》……否、蛇そのもののような狡猾な瞳を、一瞬だけ梅男は宿す。それを受け取ったフェイズも、不敵な笑みを浮かべて。
「オゥ、ソーリー。有名な人に会えテ、チョット興奮してしまったダケだヨ。ミス梅、ご無礼を許してほしいネー」
「いやンっ、神父さんってばジェントルマンなのねン。ちょっとタイプだわぁ〜」
緊迫した空気は一瞬で消え去り、お互いが笑い合う。……何か、不吉なオーラを漂わせながら。
「で、真ちゃん、どうして遼平ちゃんを監視してるのかしらン?」
「あー、それが……どうやら希紗とデートしとるみたいなんですわ。それで、つい気になってしもうて……」
「まぁっ、安藤さんとデートですって!? 遼平ちゃんったら許せないわンっ、アタシという人がいながら!」
思わず素直に言ってしまったことを、真は頭を抱えて後悔する。たぶん、一番知られてはいけない人に言ってしまったと思うのだ。
「……ねぇシンっち、まさかとは思うけど、遼平くんって梅さんの……?」
「それは絶対ちゃうわ。遼平、すんごく梅はんのコトが苦手でな……このお人のせいで、アイツは滅多に本社に行かんのよ」
以前、どうしても遼平が本社に行かなければならなかった時、偶然にも廊下で梅男と遭遇して……「逃げちゃイヤン、遼平ちゃ〜ん!」「近寄るんじゃねえカマ野郎ォォォ!!」……と、本社のそのフロアが半壊する事態に陥ったことがあったのだと、真は説明する。
「……おい、妙なヤツが希紗に近寄っているが?」
「へ? 誰や……?」
本来の目的を思い出し、自然と何故か梅男も参加するカタチで『愛の探偵団』は窓下に身を潜める。遼平はまだ戻っていなく、希紗の座ったイスの背もたれに手をかける男がいた。
横から希紗を覗き込む男は、まだ若く、顔もそんなに悪くはなかった。だが、一目で水商売の人間だとわかる。
「な、なんですか?」
「キミ、今一人なの? 俺の相手をしてくれないかな?」
「困りますっ、わ、私、今は友達と一緒で……」
「俺と遊んだ方が楽しいよ? ちょっと店変えてさ、一緒においでよ」
これはいわゆるナンパ、というやつだと思うが、相手が水商売の人間となると危ない。若い婦女子など、良いカモも同然だ。
いかにも優しげな笑顔で、男は希紗の腕を握る。希紗は困惑し、焦った表情で小さく「嫌ですっ」としか言えなかった。
「希紗……!」
意外にも、傍観者達の中で一番最初に立ち上がろうとしたのは澪斗だった。反射的に、腰のホルスターへ手をかける。
「待って澪斗くんっ」
それを制止したのは、友里依。澪斗のコートを引っ張り、無理矢理隠れさせた。
「……俺の女に手ぇ出してんじゃねーよ、てめぇ」
水商売風の男の肩に置かれた、大きな手。その威圧するような声に男が振り返ると、怒る漆黒の瞳とかち合った。
肩を掴んだ手の爪が、徐徐に食い込んでいく。筋肉が隆起する音と、男の微かな悲鳴を同時に響かせて。
「粉砕骨折がいいか? それともこの細っちい腕ごと、もぎとってやろうか?」
そう言いながら口元を引き上げる間もずっと、力が込められていく。全身に冷や汗をかいた男は、許しを請う悲鳴をあげながら希紗から手を離し、逃げ去っていった。
「けっ、クズが」と不機嫌そうにぼやきながら、遼平は席につく。それを唖然と見ていた希紗は、座り直して。
「ありがと、遼平」
「お前、あれぐらいの野郎なんか追っ払えるだろ?」
「だって、今日は仕事じゃないから護身用になるような物持ってないし……いきなりだったし」
呆れた遼平の声色に、希紗は俯いていじけたように呟く。そんな彼女の仕草に、男は苦笑して。
「まぁ、お前が無事だったからいいけどよ。……ったく、俺らは『友達』じゃねーだろっつの」
「え、聞こえてたの? 遼平こそ、こんな所で『俺の女』なんて言わないでよ」
「じゃ、おあいこだな」と二人で笑っているところへ、ウェイターがコーヒーを持ってきた。
「シンっち……私なんだか、この二人もアリなんじゃないかと思ってきたわ……」
「あの遼平やけど……希紗も楽しそうやしなァ……」
「でも遼平くんなのよね……」「けど二人ともエエ感じやしな……」とブツブツ呟いて苦悩している夫婦の後ろで、今、新たな結束が生まれようとしている。
「ボクの希紗チャンを自分のモノ呼ばわり……許すまじデーモン遼平クン!」
「ムキーッ、アタシも遼平ちゃんに『俺の』って言われたいわぁン! あのハスキーでワイルドな声で……なんで安藤さんなのよっ!」
「「……!!」」
その時、二人の男(一人は自称美女)の間で、暗黙の内に強い団結力が誕生した。ガシッと堅く握手をする。
「ドンナ手段を使っても!」
「このカップルをンっ!」
「「引き裂かねばー!!」」
「…………もう、何でもいいから俺を帰らせてくれ……」
地面にひれ伏された男の願いなど、叶うはずもなかった。