第三章『愛の使者、参戦』(1)
第三章『愛の使者、参戦』
「どうやら遼平はトイレで退席したようやな」
「希紗チャンの様子ハ!?」
「いたって普通よ。どこか楽しそうね……」
「……おい、何故俺が地面に這いつくばらねばならんのだ。押すな、この変態情報屋」
喫茶店の窓下で、囁き合う怪しい一団があった。やたらと周囲の一般人達の視線が集まる……のも、当然と言えよう。
「あらぁ〜、もしかしてアレって真ちゃんじゃないのン?」
「ほう、奇遇でござるな。霧辺殿に違いない」
「へ?」
甘ったるい猫なで声と時代錯誤な言葉に、名を呼ばれた真が顔を上げる。
そこには、派手な紅色で、さらに毛皮のついたドレスを着た細身の熟年女性がいた。墨色の流れる長髪、化粧の濃い顔に、妖艶な微笑みを浮かべて。
更に、隣には額当てのような白いバンダナで前髪を上げた、黒ジャージで細目の青年。女性の荷物だろうか、買い物袋を両手にぶら下げている。
「梅はん! それにシュンやないか! いやァ、久しぶりでんな〜」
「そうねン、中野区支部のみんなに会いたかったのよン。若い男の子に、ね〜っ」
最後の一言と共に放たれたウインクに、真の笑みが引きつった。夫と親しそうなこの女性に、友里依が不審気な視線を向け、問う。
「シンっち……この人、誰?」
真の腕に抱きつきながら、少し嫉妬の瞳で熟年女性を警戒する友里依。それに、真は苦笑を深くする……本当に苦そうな。
「このお人はな、ロスキーパー本社で上級管理職についとる梅はんと、ワイの同期のシュンや。梅はんは、ワイの先輩……みたいなお人やな」
「『先輩』なんて堅苦しい関係じゃないわよン。真ちゃんが本社に居た頃から一緒だったものン、寝顔とか可愛かったわ〜」
「えっ、ちょっ、『寝顔』ってどういうコトよシンっち!」
「梅はんっ、誤解されるようなコト言わんといてぇな!」
きつく腕を締める妻に、真は焦って弁解を梅に求めるが、クスクスと笑われるだけ。
「それに澪斗ちゃんもご無沙汰ねン。アナタもいい筋肉の付き方してて、お姉さんドキドキしたわよン」
「えぇっ、澪斗くんも!?」
「貴様な…………いい加減にしろ、朽縄梅男」
澪斗の不機嫌なため息混じりの言葉に、「いや〜ンっ、その名前で呼んじゃイヤっ」と身体をくねらせる梅……もとい、朽縄梅男。
「梅男って……この人、男!?」
「あはは……、まァ、そーゆーコトなんよ、ユリリン」
「アタシのことは『梅』って呼んでって言ってるじゃないン、そんな無粋な名前はイヤよン」
「やかましい、その女々しい口調は止めろと言ったはずだ、朽縄」
毒を吐き捨てるように言う澪斗に、梅男は「相変わらず無愛想なのねン」と残念そうな声色を使うが、表情は楽しそうだ。
「朽縄殿、からかわれるのはそれくらいにしておいたほうが良いかと。霧辺殿には心に決めたおなごが居るようですし、紫牙殿に冗談は通じませぬぞ」
ずっと黙って無表情だった青年、シュンが低いバスの声で忠告する。彼もまた、少し可笑しそうに口元を緩めているが。
「わかってるわよン、アタシの好みは、何と言ってもワイルドな遼平ちゃんだもの。彼は元気かしらン?」
「ふむ……朽縄殿、どうやら霧辺殿方は蒼波殿を監視しているようでござるな」
「あら、そうなのン?」
「ははっ、相変わらずの洞察力やなァ、シュン」
「拙者、これでも忍の端くれでござる。甲賀の名を継ぐ者として、当然にして必然に候ふ」
有名な忍者一族『甲賀』の生き残りである甲賀瞬。彼もまた、ロスキーパー本社で影として働く上級者。
「なんだか面白そうじゃないのぉ、アタシも混ぜてほしいわン。だって遼平ちゃんはアタシだけのモ・ノ・だものン」
遼平……つくづく女運の無い男である。
「瞬ちゃん、アナタは先に本社に帰ってくれるかしらン? 風薙のおじ様に、『面白いコト見つけたから帰るのが遅れる』って伝えといてン?」
「拙者も愉快な事は見届けたかったのでござるが……朽縄殿の伝令とあれば仕方あるまい。では、拙者はこれにて。御免」
そう言うと同時に、ジャージ姿の青年は消えていた。人混みに紛れるでもなく、跳ぶでもなく、本当に、霧散していくようにその姿を消した。
「えっ、シンっち、今の人消え……!?」
「ナルホド……今の瞬クンが、《ロスキーパー三大側近》の一人なんだネ?」
「あらン、見慣れない神父さんがいるじゃないの〜。アタシ、国際派も嫌いじゃないわよン」
ずっと今までフェイズが口を挟まなかったのは、おそらく情報屋としての癖だろう。軽い笑みを浮かべてはいるが、彼の灰色の瞳はずっと《観察》していた。
「聞いたコトがあるヨ、カツテ風薙社長の下に集った、一騎当千の守護者達。その《三大側近》に、コンナ所で会えるとはネ……しかも」
フェイズの声色が、浮かれながらも強張っている。不思議そうな友里依は、フェイズの頬を伝う一筋の汗に気付いた。
「コノ人が三大側近中最強、ロスキーパー本社『上級警備隊』隊長、朽縄梅男……《猛将スネーク・チャーマー》だなんて」