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激戦恋模様

「アーシェは小悪魔だ・・・俺は弄ばれたのだ!」


片手で顔を覆う見た目だけは美丈夫な獣王を前に、侍従長であるトラントリアは必死に溜息を堪えていた。


時は少し遡る。

城内の一角、死神宰相の私室が一部崩壊との一報を受け、トラントリアは別の仕事を中断させる事となった。詳しく聞こうにも、皆久々の乱闘騒ぎに興奮状態で話にならない。トラントリアは事前に情報を収集するのを諦めて獣王の執務室へと向かった。


そして、これである。


花嫁様が小悪魔だから、宰相の部屋が壊れるような騒ぎになる?

トラントリアは思った。きっとまた獣王が何か勘違いをして騒ぎを起こし、宰相であるマーリンにお仕置きされたのだろうと。

そのような結論にトラントリアが思い至った頃、獣王ヴェルヘルムはようやく顔を上げた。


「居たのか、トラン。」


ヒドイ主である。

しかし長年侍従長を努めるトラントリアはそんなヴェルヘルムに慣れていた。だから軽い礼をとると、ヴェルヘルムにこう言った。


「知らせを受けまして、馳せ参じました。何があったかお聞きしても?」


「いや、まあ・・・いつものアレだ。気にするな。」


やはり大体あってたか、とトラントリアは思った。

しかし経緯についてはそれほど気にしていないトラントリアは、結果によって齎されたチャンスを生かさねばならなかった。その為かねてよりの考えを口にする。


「マーリン様の私室が一部崩壊したと言う事であれば、花嫁様を王妃の間に移されてはいかがでしょう。」


警備の問題もありますし、と取って付けたようなトラントリアの言葉にヴェルヘルムは案の定飛びついた。


「そう・・・そうか!そうだな!そうしよう!」


しかし、すぐに乗り出した机から椅子へとヴェルヘルムは逆戻りした。


「でもマーリンが何と言うか・・・。」


これには主に忠実な自分の出番だとトラントリアは胸を張った。


「私が、マーリン様にはお話致しましょう。」


「うむ。頼んだぞ、トラン!」


無敵の筈の獣王ヴェルヘルムは、情けなくも対マーリン戦は全敗の為にそれに乗ったのだった。


 ※


一方、その頃一部崩壊したマーリンの私室では。


「色々ありすぎて仕事をしたくない・・・。」


マーリンが拗ねていた。


「ダメですよ。お仕事はキチンとしなくちゃ。」


アーシェにダメだしされる位、マーリンは拗ねていた。

仕事は山積みですぐに戻らないといけないのに、アーシェの声帯獣化にアーノルドの求婚、色々あって仕事の事を考えたくなくなってしまったからだ。

ちなみにアーシェは客人という立場に厭いていたせいか、メイドや騎士達に片付けの指揮をテキパキと出しながらマーリンの相手をしていた。

マーリンが開けた穴についてはアーノルドが懸命に板で塞いでいる。


「それにこうやって、後始末を皆さんがしてくれてるんです。その分、マーリンはキチンとお仕事しないといけないんじゃないんですか?」


腰に手を当てたアーシェにそう正論で諭され、床にのの字を書いていたマーリンはようやく立ち上がった。死神宰相が言った、よっこらしょっという年寄り臭い言葉には皆知らない振りをした。


「それもそうだね。・・・脳筋のせいで溜まった仕事を片付けなくちゃ。」


ギロリとした視線を受け、アーノルドは出していない筈の尻尾がギュッと縮こまるのを感じた。


「手伝う。」


扉に向かったマーリンの背にアーノルドの声が掛かった。

気のせいかな、とマーリンが振り返ると真っ赤になったアーノルドがやはりこっちを見ていた。


「穴は塞いだ。」


マーリンが何か言う前にアーノルドは言った。


「だから手伝う。マリ・・・、マーリンの傍に居たいんだ。」


アーノルドのド直球の言葉にマーリンは固まり、マーリンが女性と知るアーシェと一部の腐ったメイド達は『言ったぁあああ!』と拳を握ったのだった。


 ※ ※ ※


「派手に、派手にやるでゲスよ!盛大に!今回は予算もふんだくったでゲス。遠慮はいらんでゲスよ!」


「本当に大丈夫なんですか?シークレットゲストなんて。」


「いいんでゲスよ!あわよくばそのまま式になだれ込むでゲス。今回はカップル成立なんて二の次でゲスよ!」


ご機嫌のアーノルドを従えて、困った困ったと呟いていたマーリンは執務室の扉を開けた光景を見て、天井を仰いだ。

どこもかしこも暴走している。リンステッドの影の支配者と言われた自分もこんなモノかとマーリンは嗤った。


「・・・何が二の次だって?」


ピンと張った鼠の髭が出たままのローウィンの後頭部をマーリンの細い手が握っていた。力の弱いマーリンだが、その手には魔力を込めているので物凄く痛い。

ローウィンは声帯は獣化できない為に、低い美声でイデデと唸った。


「「マーリン様!」」


それを見た執務室に居た補佐官達はガタンと音を立てて立ち上がった。一部の補佐官がローウィンにホラヤッパリと言う顔をしている。


「カップル成立が目的の婚活パーティーが本来の目的を見失っちゃダメだろう、が!」


最後にギュッと魔力を込めれば、ローウィンは声帯は獣化できない筈なのに何かの鳴き声のように、ギィーと鳴いた。解放されてもギンギン痛む頭を抱えてローウィンは蹲る。


「申し訳ないでゲスがこればっかりは(それがし)の意見を通させて頂くでゲス!禁断の恋だなんて盛り上がるのは少しの間だけでゲスよ!」


振り返ったローウィンの、妙に必死な言い分にマーリンは首を傾げた。


「禁断の恋?」


「最近、城では変な噂ばかりでゲス!マーリン様が男色とか、マーリン様が花嫁様を手篭めにするとか!そんなの某は我慢ならないでゲスよ!!」


一気にそう言って、ローウィンはナイスミドルの顔を歪ませ美声でヒィーンと泣いた。


「やっぱり、性別を隠すからこうなるんだ。」


アーノルドに小声で囁かれながら、色々見た目を台無しにする大臣の言い分にマーリンはどこからツッコミを入れればいいのだろうと、再び天井を仰いだ。


そんな中、執務室の扉がノックされた。

侍従長トラントリアがやってきたのだ。


 ※


マーリンの執務室には衝立で仕切られた面会用の区画がある。

そこでトラントリアとマーリンは対峙していた。なぜかアーノルドもマーリンの隣にちゃっかり座っている。ローウィンと補佐官達は気にしてない風を装って当然聞き耳を立てていた。


「ココに来るなんて珍しいね、トラン。今日はどうした訳?」


補佐官から出されたお茶に手をつけ、とりあえずマーリンが口火を切った。


「城が一部崩壊したと聞きました。」


返された冷たいトラントリアの言葉にマーリンは気まずそうに、あぁとだけ発した。


「しかも花嫁様の滞在されている場所。一大事にございましょう?」


こうくればマーリンはその先が読めていた。そしていくらフラストレーションが溜まっていたからといって、あそこで暴れたのは失敗だったとホンの少し後悔していた。


「ここはひとつ、花嫁様は王妃の間に移されるべきかと。」


「だが断る!」


即答のマーリンに、トラントリアは予想していたようで余裕の笑みを浮かべた。


「しかしあのように穴だらけになってしまっては、花嫁様も落ち着かないでしょう。」


「いや、穴は塞いだぞ。」


アーノルドの言葉にトラントリアはだまらっしゃい!と言わんばかりの鋭い視線を向けた。つい、アーノルドは視線を外す。昔から力で押されるマーリンと並んで、トラントリアのお小言が苦手なアーノルドの反射的行動である。


「その場しのぎの状態ではやはり花嫁様の安全にも差し障ります。今回は譲ってもらいますよ、マーリン様。」


トラントリアにキッと見据えられた視線を受け、マーリンはというとウンウンと頷いている。今回はイケると強気で攻めたトラントリアだが、やけに素直な反応に嫌な予感しかしなかった。


「そうだね。あの状態じゃ、アーシェも住めないね。」


だがその言葉を受け、トラントリアは一瞬勝利を確信した。しかし。


「アーシェどころか私も住めないよね。だから私もアーシェと王妃の間に移ろうじゃないか!」


マーリンの宣言にポカンとなったアーノルドとトラントリアは、衝立の向こうで『ひえええ』と言うローウィンの叫び声を聞いた。


 ※ ※ ※


「どうなってるんだ!!」


王妃の間に次々に運び込まれる荷物を前に、ヴェルヘルムはトラントリアに迫った。


「どうもこうもありません。やはり私ではマーリン様に勝てませんでした。」


そうトラントリアに殊勝に頭を下げられてしまっては、自分でもマーリンには勝てないと知るヴェルヘルムはそれ以上何も言えずにグググと唸るばかりである。


「しかし一歩どころか前進したではありませんか。マーリン様付きとは言え、王妃の間に花嫁様をお迎えできたのです。しかも聞けば、花嫁様も王を憎からず思っているとの事。」


「それが!小悪魔の!手なのだ!」


「何を言っているのです?そんな事よりマーリン様は執務で忙しいお方。合間を縫って関係を進めるチャンスですよ。」


実は『他の雌と結婚されると嫌だけど、番とまでは思ってない』と言われてしまったヴェルヘルムは、そんな事呼ばわりされて憤慨したが、しかしそれもそうかと思い直した。

オマケでくっ付いてきたマーリンは強敵だが、相手は激務の宰相なのだ。


「よし、早速手伝ってくるか!」


トラントリアの止める声も聞かずに飛び込んだヴェルヘルムは、なぜか既に中に居たマーリンに『乙女の荷物に軽々しく触れるな、ロリコン!』と蹴り出されたのだった。


 ※


「アーシェはもしかして本当に盟約の花嫁じゃないんじゃないかなぁ。」


ヴェルヘルムを蹴り出して、そんな事を言い出したマーリンに騎士団長のベクトは縋った。


「恐れ多いですぞ、マーリン様!お二人は獣神も認めた仲なのです。滅多な事を言わないでください!」


だからその獣神がうさんくさいんだってば、とマーリンは密かに思ったが口には出さなかった。同郷の疑惑はあるものの、彼らの獣神信仰はそれなりに厚い事をマーリンは知っている。だからそれに水を差すつもりはないのだ。


「ハイハイ。それよりもちゃんと警護してよ、アル。早速不審者が入ってきたじゃないか。」


「あれはヴェルだろう。」


「なんだよ、裏切る気ぃ?警護任せろっつったんだからちゃんとやってよ!」


「だからあれは王であって、不審者じゃないと・・・分かった。」


プンスカと怒るマーリンに、アーノルドは抵抗したが最後は承諾に変わった。そんな二人をアーシェと一部腐ったメイド達は微笑んで見守っている。


「ククク、やはり王道は将軍×マーリン様!」


「クッ、悔しいがあの様子を見れば致し方が無い。しかしマーリン様×将軍の可能性も捨て切れないわ!」


マーリンが女と知るアーシェは後ろでベクトに聞えないようヒソヒソと話される内容を聞いて、つい生ぬるい目を向けてしまった。


「おうおう、ようやく収まる所に収まったって感じだな。覚悟はできたんかい?花嫁様よぉ。なんなら俺がレクチャーして・・・って、なんで死神まで居やがるんだよ!」


王妃の間の扉を開け、ドスドスと入ってきたのはオードル公だった。彼は先代将軍の為、外の騎士も止める事が出来なかったらしい。ベクトも逆らえないのか敬礼している。


「ノック位しろよ、ジジイ。」


マーリンが低い声を出すと、オードル公は獰猛な顔つきでニヤリと笑った。


「どうりでヴェル坊が外でウロウロしてた筈だぜ。聞き分けの無い舅染みた真似はいい加減にしとけよ、死神ぃ。」


「そっちこそ引っ込んでろよ、筋肉達磨(バケモノ)ジジイ。こっちは同意の無い娘に無体な真似をされる訳にはいかないんだよ。」


アーシェは二人の間に見えない火花が散るのが見えた気がした。


「子供もいねぇ、青二才が甘っちょろい事言ってんじゃねーよ。神だって認めた仲だろう。雌なんてのは嫌よ嫌よも好きのうちって、焦らすもんじゃねーか。身体さえ繋がっちまえば、心だって素直になるってモンよ。」


これには流石に冷静な顔をしていたマーリンも真っ赤になって怒鳴る。


「そこらに子種振りまいてる奴が心とか言ってんじゃねーよ!」


「はん!俺はアフターケアもバッチリだからな。独り身で寂しいお前さんは、羨ましいんだろう。」


「ちげーよ!」


流石にイライラしたのか、マーリンの手が不穏な手つきになり、アーシェはギョッとした。

まさかと思ったら、そのまさかである伝説の死神の鎌が出現したのだ。


「どいつもこいつも勝手な事抜かしやがって、うるせーんだよ!まとめて躾けてやる、かかってこい!!」


「おもしれぇ、死神とは一線交えてみたかったんだよな。いいぜ、相手になってやるよ!」


鎌にギョッとしたアーノルドとは違い、対面しているオードル公は筋肉を盛り上げ不敵な笑みを浮かべた。

しかし盛り上がる二人の間にウニャーと言う言葉と共にアーシェが躍り出る。


「やめてください、二人とも!」


アーシェにメッと見られて、マーリンは罰の悪い顔をした。


「なんでぇ。邪魔するなよ、花嫁様。」


しかし好戦的なオードル公は不満そうである。


「せっかくお引越ししたお部屋で暴れないでください!」


腰に手を当ててプンスカするアーシェを微笑ましいといった顔で見たオードル公は、そっぽを向いているマーリンに言った。


「花嫁様がそういうんじゃ仕方ない。残念だったな、死神ぃ。王妃の間ぶっ壊すつもりだったんだろうよ、てめえは。」


えっとアーシェはマーリンに向きなおす。するとマーリンは図星だったのか、半目になってオードル公を睨んでいた。


「勘のいいジジイは嫌いだよ。」


「ヘッ!てめえの策に乗るのは癪だが、一線交えてみたいってのは本音だ。そのうち思いっきり暴れようぜ。」


「城内ではなく、外にしてくれ。」


アーノルドが呆れた声でそう言った。アーノルドのそれは出遅れた感があるが、彼はココで止める事が出来るのはアーシェしか居ないと分かっていたので、二人を止めてくれたアーシェに感謝していた。


「外でもダメです!」


アーシェは弱い灰色猫らしく争いを見るのが嫌なので、アーノルドにも怒っていた。


 ※ ※ ※


オードル公を追い払い、コレ以上不審者が入ってこないようにと出入り口の扉の前に立たされているアーノルドとベクト。


「ところでマーリン、何をしているの?」


それとは別の扉の前でマーリンは何かをしていた。

アーシェが尋ねると振り返ったマーリンはニヤリと笑う。


「結界を張ってるのさ。」


「結界?」


「そ、ここは王の寝室に続いているからね。アーシェが望むならこんな事止めるんだけど。」


実に哀しそうに、寂しそうな笑みをマーリンが浮かべた為に、アーシェは言葉の意味を考えずに叫んだ。


「大丈夫、そんな事望んでないわ!」


たまたま王の間で聞き耳を立てていたヴェルヘルムはそれに撃沈しているとも知らずに。


「なるほど。実に小悪魔ですな。」


トラントリアはお茶を出しながら、項垂れるヴェルヘルムにそう言ったのだった。


戦闘シーンって書きたいけど、難しい。

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