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決戦恋模様

ちょっと進展。

リンステッドを照らす太陽の光は徐々に強さを増し、夏がもうすぐだと告げている。

日差しの下に居ればジワリと汗が湧いてきそうなその日。

アーノルドは決めた。


悪いのは全部ヴェルヘルムであると。


「なんで俺なんだ、アル。意味が分からんぞ、意味が。」


獣王の執務机にヴェルヘルムは頬杖を付いた。たまたま今の時間は行儀が悪いと咎める侍従長、トラントリアが居ないのでその隙にだらけようとしているのである。


「お前がさっさとアーシェ様をモノにしないから・・・。」


俺がマーリンを番に出来ない。


ちいさく、小さく呟かれたアーノルドの告白は、かろうじて間に合ったヴェルヘルムの狼の耳が捉えていた。


「あのなあ、それとコレとは別問題だろうが。」


ぴるぴると銀髪の上部に出た狼の耳を震わせながらも尊大な態度のヴェルヘルムは幼い頃からの友人であるアーノルドでなければ、もっとバッサリ切ったであろう。これでも十分他者を気遣った意見である。


「同じだ!マーリンは何かとアーシェ、アーシェと・・・。」


「俺のアーシェを呼び捨てにするな!」


アーノルドが言い終わる前に、グオン!とヴェルヘルムは吼えた。そしてキョロキョロと辺りを見回す。ヴェルヘルムは『俺のアーシェ』発言がまたアーシェの耳に入り、私はモノじゃない!と怒られるのを危惧したのだ。ヴェルヘルムはアーシェに嫌われるのを何よりも恐れていた。


「・・・すまない。」


「いや、俺こそすまない。アルがそんなつもり無いのは分かっていたんだが、どうにも本能が抑えられなくて。」


完全に番、もしくは伴侶となっていない、人間で言えば婚約状態の獣人は嫉妬深い。そうでなくとも嫉妬深いのだが、ちょっとした事でも激昂するほどピリピリしてしまうのだ。アーノルドは獣人としてそれは承知していたのでヴェルヘルムへ謝罪した。もちろんヴェルヘルムもアーノルドが親しみを込めての呼び捨てで無い事を承知していたので、取り乱した事を謝罪する。

では、なぜマーリンを親しげに呼び捨てするヴェルヘルムに対して、アーノルドが激昂しないのか。それはマーリンという男名から分かる様に、それが彼女の本名ではないからであった。


「確かにマーリンはアーシェに構いすぎだ。俺もそれは思う。」


「だからお前がそれを何とかするべきだと俺は思う。」


「他力本願だな、おい。大体、お前だってマーリンがアーシェに構えないようにしょっちゅう口説く位すればいいのに、何もしてないじゃないか。」


「それを言うなら、お前がアーシェ様を確保していればだな・・・。」


話し合いは平行線を辿った。


 ※ ※ ※


「アルが結婚したいそうだ。」


マーリンの執務室にやってきたヴェルヘルムは突然そう言った。


「・・・へ?」


あまりにも突然だった為、書類に集中していたマーリンは幾分か高い声の返事となったのだが、ヴェルヘルムはこれは脈ありだなと勝手に解釈した。


「いいんじゃない。」


そういえば、アーノルドもそろそろ27歳。もうそんな歳なんだなぁとマーリンは感慨深く思った。親しい友人への祝福と言うか、親戚のおばさんのような感慨深さである。

そんなマーリンの気のない返事に、ヴェルヘルムはあれ、おかしいなと思った。獣人の雌なら、もっとこう焦ったり嫉妬に狂ったり大騒ぎする筈・・・そう考えてヴェルヘルムはマーリンが人間である事を思い出した。そうか、人間は獣人ほど感情豊かになりはしないのだと納得する。


「・・・いいのか?」


マーリンに念押ししながらも、しかしそれにしてはあっさりした反応だなとヴェルヘルムは不満になった。不安でなく、不満である。もっとこう望んだ反応を見せてほしいとヴェルヘルムは思う。


「いいんだな、アルが結婚しても。」


結構近い距離から聞えた声に、何でそんなに力んで聞くのか皆目検討がつかないマーリンはようやく書類から顔を上げた。


「いいと思うよ。変な雌だったら困るけど、アルが選んだんならわたしとも上手くやれるだろうし。」


できればヴェルからでなく本人から話してほしかったけどね。

そう寂しげに笑うマーリンの様子にヴェルヘルムは予想通りだと勘違いをした。


 ※


その頃、マーリンの執務室の外ではローウィンが中の話に聞き耳を立てていた。


「いよいよ、いよいよ某の出番でござる・・・じゃないでゲスな。」


廊下でそう呟く声は低い美声である。とにかくローウィンはマーリンに気取られないように扉から離れ、しかし鼠の耳を極限まで大きく開いて、扉の中の話に集中していた。


「アーノルド将軍が盛大な結婚式をすれば、きっと花嫁様も羨ましくなる筈。それにこれでアーノルド将軍とマーリン様が恋仲等と不名誉な噂も払拭できるし一石二鳥でゲス。・・・これはビッグチャンスでゲスよ!」


そう呟いた大臣であるローウィンは、マーリンが女とは知らない。大臣を統括する宰相が同性愛者でなければ、アーノルドの相手はどうでもいいとこの時は思っていた。


 ※


なにやら余計な暗躍が渦巻きそうな頃、アーノルドはアーシェの元へ赴いていた。

ヴェルヘルムがアーノルドの結婚に対するマーリンの反応を探ると言うので、アーシェにマーリン離れを促しに来たのである。


しかし


「結婚してくれ。」


何分、アーノルドは親しい者以外への言葉が圧倒的に足りなかった。


「は?」


アーシェの反応は正しい。ここでヴェルヘルムとは違う野性味溢れる美形であるアーノルドに頬を染めたりせず、目を点にして口をぽかんと開けたのだから。

ちなみにアーシェの後ろではいつもの二人が非番の為、たまたま当番となっていた護衛騎士達が真っ青になっていた。


「いい加減、弄ぶのはやめてほしい。」


続いて放ったアーノルドの言葉も何かが欠けていた。そう誰が、誰を、というヤツである。


「真剣なのは分かっているだろう。」


この時点でアーシェは目を白黒させた。そして、護衛騎士は頭を抱えた。前者は何が何やら分からんと混乱し、後者は完全に誤解して、まさか将軍が獣王の花嫁様へ横恋慕?!な反応である。


「あの、アーノルド様。」


「なんだ、アーシェ様。」


「一体、何のお話でしょうか?」


え、と武官らしくしっかりと立っていたアーノルドがグラリとよろめいた。なんて鈍いんだ?!と誤解している護衛騎士達はアーノルドに同情した。しかしアーシェは違う。そう、アーシェはアーノルドが普段言葉少なめなのを気付いており、とりあえず最初から細かく聞いていこうと思ったのだ。


「いいだろう、もう一度言う。」


伝わってないのかよ、どんだけ鈍いんだよ、と思いながらアーノルドは姿勢を正した。アーシェが待って、と止める手を上げるのに気付いていながらも再び最初の一言を発する。


「結婚してくれ。」


バタン。


「なぁんだぁってぇ。」


扉が開くと供に地獄よりの使者かのような低い声が部屋に響いた。全員の視線が恐る恐るソチラに向くと、やはり立っていたのはマーリンである。そしてそれに対して、アーノルドはキャッ聞かれちゃったと言わんばかりに頬を染め、それ以外は全員が顔色を青く染めた。


「いやね。聞き間違いかと思ったんだよ。真剣なんだとかアルが言ってんの聞えたから。けど、まさかさぁ。アーシェにそんなこと、親友の番にそんな事言うとは思ってないじゃない?しかもお前ら二人揃ってロリコンって。わたしのショックはどんだけだと思ってんの。古くからの友人が、上層部二人が淫行条例無視(ロリコン)って。どうなってんだよ、リンステッドは!」


早口で天井を仰ぎ、捲くし立てたマーリンにアーノルドは歩み寄った。


「マーリン。」


何か誤解されているとアーノルドには分かっていた。それを解かないといけないと気迫に溢れていた。その為、怒りに我を忘れそうになったマーリンは暫し留まる事にする。


「・・・・・・・・なに。」


マーリンから出た声は相変わらず地獄の使者のようであったが。


俺は(・・)、ロリコンじゃない。」


「そおいうことじゃあああああ、ないだろぉがああああああ!!」


バッリーーンと、激しい風と共に部屋のガラスが外へと飛び散る。

マーリンが怒りの為に魔力を膨れ上がらせた為だ。護衛騎士達は慌ててアーシェを部屋の隅へと避難させた。


「な、何を怒っているマーリン!」


「なんだ?!何事だ!」


ヴェルヘルムが音を聞きつけて、発生源がアーシェに近いと気付いて慌てて駆け込んできた。そしてマーリンの周りを魔力が渦巻いてるのを見て、ギョッとする。


「人が一生懸命仕事してるってのに、お前らはホントにさあ!駄猫が、ロリコンが!」


実を言うと、この所マーリンは婚活パーティーを含め執務盛りだくさんでイライラしていた。そこへヴェルヘルムがあの後ダラダラとアーシェとの仲が進まないのを愚痴ったので、更にイライラが増し、癒されようとアーシェの元に休憩に来ていたのだった。そこへアーノルドの誤解満載のあの発言である。

マーリンは普段ならアーノルドは言葉が足りないと考えつく筈なのだが、それに気付かない程、ブチ切れていた。


「躾の時間だ。」


座った目で放たれた言葉にアーノルドから出た黒豹の耳と尻尾がピンとなる。ヴェルヘルムもビクッとなった。そして二人は長年の経験からこれはヤバイと完全獣化した。


膨れ上がった魔力が部屋にあった観葉植物に力を与える。

シュルシュルシュル、と蔦が二人へと向かっていった。タンタンと、ステップを踏むように銀色狼と黒豹は華麗に避けた。


「マーリン!」


なんだか分からないけど、大変な事になったとアーシェはマーリンを止め様と声を張り上げた。しかしその声は届いている筈なのに、悪い顔をしているマーリンは反応しない。護衛騎士の一人が言った。


「ダメです。ありゃ『死神宰相』状態になってる。今のマーリン様じゃ、ちょっとやそっとの事じゃ止まりませんよ。」


そんな、とアーシェはヴェルヘルムが酷い事になりませんようにと祈るような気持ちで見つめる。

愛しのアーシェが心配してくれている等気付く所じゃないヴェルヘルムは「おわっ」だの「ひぃっ」だのいいながら必死で蔦攻撃を避けていた。しかし、なんだか神の試練を思い出すなぁと思った途端、四肢を絡め取られてしまう。「キューン」と情け無い声を上げてヴェルヘルムは項垂れた。


一方、アーノルドも言葉は無いものの必死で蔦を避けていた。ヴェルヘルムが捕まった為に、その分攻撃が増えたので時には爪や牙で応戦する。何をそんなに怒っているのか、アーノルドは必死に考えていた。いつもなら何となくコレだろうなと思い当たるのだが、今回は思い当たらない。とにかくマーリンの言い分を聞かねば、とアーノルドはこういった場合では珍しく声を挙げた。普段、躾と称する場で言い訳をするのも原因も、大抵はヴェルヘルムの役目であったのだ。


「誤解だ、マーリン!」


アーノルドは、とりあえずロリコンが気に喰わないのだろうと辺りを付けていた。


「何が誤解じゃ、ボンクラがぁ!」


愛しのマーリンにボンクラと言われて、ペショっと黒豹の耳が垂れた。その隙にとマーリンから放たれた魔力弾をアーノルドは床に這い蹲って何とか避けた。


「俺はロリコンじゃない!」


ガウッと吼え声と共に放たれた魂の叫び。しかしそれは火に油を注いだようなものだった。


「アーシェに求婚しといて、何言ってんじゃああああああああああああああ!」


「「は?」」


項垂れていたヴェルヘルムとアーノルドの声が重なった。

ドンドンドン、と魔力弾がアーノルドの眼前に迫る。


「マーリン、違うの。多分だけど、違うのよ!」


ウニャーと鳴き声と共に放たれたアーシェの悲痛な叫びに、少しだけ魔力弾が緩んだようにアーノルドは感じてジャンプした。


ドオーーーン!


「「はわわわわ。」」


騎士達の怯える声。アーノルドが居た場所に大きな穴が空いていた。

シュタッとアーノルドは少し離れた所に着地する。危ない所だったとアーノルドは胸を撫で下ろした。


「・・・アーシェ?」


マーリンの声が地獄の使者よりはマシに聞えてアーシェはホッと息を吐いた。


「アーシェ・・・今、声帯が。」


蔦は相変わらずヴェルヘルムを捕らえていたが、アーノルドへの攻撃は止んでいた。魔力の風もマーリンの周りにはもう無い。アーシェをマーリンの瞳孔の開いた目が見つめている。


「アアア、アーシェ。もう一回鳴いてくれない?」


マーリンの懇願にアーシェはウニャと首を傾げた。プルプルと怒りではなくマーリンが震えている。


「ハハハ!なんて可愛いんだ、灰色猫族の声は!猫族はやっぱ女の子に限りますなぁ。」


今まで猫族の雄にしか会った事のないマーリンは猫好きだったのか、感動に打ち震えていた。それ位アーシェの獣化した声はマーリンの理想の猫の声だったようだ。アーシェはマーリンのご機嫌を取ろうと、自らニャーンと鳴いてみせた。まさか声帯が獣化できるとは、と驚きつつ。


「おい、アル。」


和むマーリンを見て、和むアーノルドは冷たい声を聞いてその主を探した。


「お前、アーシェに求婚したって本当なのか?」


蔦に絡まったままのヴェルヘルムの言葉に、ビョーーーと再び部屋に冷気が戻ってきた。


「そうだ。・・・そうだよ、アル。見損なったぞ。お前が親友の「誤解だ。」」


「そ、そうよ。誤解なのよ、それは!」


再び激昂しそうなマーリンを止めるべく、アーシェはアーノルドを擁護した。それが気に障ったらしい、ヴェルヘルムの狼の目が鋭く光った。


「どうやったらあのマーリンに誤解されるような事になるんだ。言ってみろ、アーシェ。」


久々に強気のヴェルヘルムにアーシェは少し怯んだ。ナーウと言う情けない鳴き声にマーリンの目尻が下がる。


「あのねっ。そのっ。・・・・・。」


何とか言いつくろうとしたが、アーシェの言葉は続かない。それも当然である。アーシェが事情を聞く前にマーリンが乱入したのだから。


「俺がアーシェ様に真剣に結婚を考えてくれるよう頼んだだけだ。」


「「はあ?!」」


マーリンとヴェルヘルム、二人から凄まれたアーノルドだが何とか踏みとどまった。


「だから、俺はマーリンと番になりたいから!アーシェ様はヴェルと結婚してくれと言ったんだ!」


「なんでそうなる?!」


そうか、と黙ったヴェルヘルム。そしてマーリンは内容をよく考えずに突っ込んだ。


 ※


「・・・分かった。」


事細かく説明されるでなく、マーリンはよくよく考えた後にそう言った。パアアッと黒豹のままのアーノルドの顔が明るくなった。


「分かってくれたか、マリ!」


すわ、番の了承を得た!と人間の姿に戻り抱きついたアーノルドをマーリンの魔力の壁が弾いた。

なんで、と項垂れるアーノルドにマーリンは服を着ろと冷静に言った。


「アルの意向は置いといて。・・・ヴェル!」


「いくらわたしに邪魔されてるからって、もうちょっと待てないのかお前は!わたしがアルと結婚したからって、アーシェの気持ちが育ってないのに結婚なんて許す筈無いだろうが、バカが!」


「・・・はい。」


「それに最弱の筈のアーシェが声帯だけでも獣化できたって事は、最弱じゃなかったって事にもなるし。」


「!」


「あの、最弱じゃないとダメなんですか?」


さっそく出た問題に気付かれたと項垂れそうになったヴェルヘルムの顔がアーシェの声に喜色を帯びた。完全獣化できる獣王の花嫁は代々最弱と慣例になっていたから、それを盾にマーリンに婚約すら反古にされると困ると思っていたからだ。


「いや、別にいいけど。アーシェ?」


「あの、その・・・ヴェルヘルム様と番かどうかは別にして、その、他の雌とは結婚してほしくないなぁって。」


マーリンの促すような声に、モジモジとなったアーシェが答えた事でヴェルヘルムはなぜ蔦に絡まってしまったのかと後悔していた。もちろん、アーシェを今すぐ抱きしめたいからである。


「アーシェ、それは、本気なのかい?」


フルフルとなりながらも歩み寄ったマーリンに、アーシェは真っ赤になりながらコクンと頷いた。絵面だけみればまるでマーリンの求婚に承諾したように見えた。


「なんてことだ!」


わたしのかわいい猫がロリコンの餌食に!と悲痛になるマーリン。

思わず、勝利の雄たけびを上げるヴェルヘルムを祝福するかのように、リンゴーンと教会の鐘が鳴った。


 ※


ちなみにアーノルドの再度為された求婚に対して、マーリンの答えは


「善処します。」


という玉虫色の回答だったという。

断られない事に喜んだアーノルドに不憫と同情する声は絶えない。



勝者となったヴェル。しかしまだまだ問題は山積み。

ということで、ちまちま蛇足は続く。


マーリンの本名はマリです。

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