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混戦恋模様

注意:ボーイズラブ風味あります

本来であれば、春の陽気が麗らかに午後の午睡を誘いそうなモノであるが、獣王の執務室は明るい外とは違い暗く淀んでいた。カーテンも閉まったままなのは、侍従たちがその空気に耐え切れず逃げ出した為である。

残念な事に、一人この空気に勝てそうな侍従長であるトラントリアは本日休暇であった。


「はあっ。」


一つ溜息が落ちると、それに呼応するかのように長い溜息が落ちる。


「はあーっ。」


最初の溜息はアーノルド、後の溜息はヴェルヘルムである。

執務室の空気が淀んでいるのは彼らのせいであった。



 ※ ※ ※



リンステッドで一騎当千と言われる将軍、アーノルドは現在26歳である。

彼は焦っていた。これ以上ない位に焦っていた。

期限が迫っていたからである。


伴侶を得られる期限である27歳。彼は夏生まれであった。


「だからさぁ、想う相手が居るならさっさと襲っちゃえばいいじゃん。孕ませればこっちのモンだろ。喜んで責任とりますってさ。行ってこいよ。」


そう適当に、黄色味がかった白髪頭の上に出た白い熊耳をかっぽじりながら野蛮な内容を話したのはオードル公。

彼は先代将軍であり、顔と手足が獣化できる白熊の獣人である。


「襲っ!孕っ!」


目を白黒させながら、思わず顔を黒豹へと獣化させたアーノルドはオードル公にシャーと唸った。


「最近のヤツラは意味分かんねーな。何で27まで童貞貫くんだよ。」


完全獣化できるアーノルド相手であっても、希少であり最強種と言われる白熊の獣人であるオードル公は怯んだりしない。むしろアーノルドでは完全獣化してもパワー負けしてしまう事もあり、マーリンに獣神が定めた獣性の封印云々が胡散臭いと思われている一因でもあった。


つがいに夢なんか見てんなよ。ヴェル坊や、代々の獣王見りゃロクなモンじゃねーってのが分かるだろう。」


オードル公は番不要論派である。


「夢は見ていない。」


「んじゃ、何だって渋ってんだよ。伴侶決めちまえよ、伴侶。それともアレか。城で最近流行ってる嗜好の持ち主だってのか、お前は。それなら同性でもいいから伴侶としちまえよ、前例作っちまえ。前例。」


そしてオードル公は中々進んだ考えというか、柔軟な思考の持ち主でもある。


「違っ!」


猫科らしくフギャーと獣化した頭の毛を逆立て尻尾を膨らませながら、アーノルドは反論する。しかし余り言葉を発しないアーノルドでは反論らしい反論と取られないのであった。


「違わねーだろ。男だろうと『死神宰相』だって、犯っちまえばコッチのモンよ。」


卑猥な指使いから極力視線を逸らし、アーノルドはなぜ自分の想い人がばれているのだろうと考えていた。


「やり方知らねーなら、メイドから本貰って来てやろうか。しっかし何で雌共はあーも同性の営みに詳しいんだろうな。不思議でならねー。」


同性同士には微塵も興味が無いオードル公は目から鱗だと零した。


「そういや、あのメイド『死神宰相』付きだったな。そうなると、アル。お前にも分があるぞ。あのマーリン様はそっちの人間だって事だ。人間じゃあ、ゲイって言うらしい。人間てなぁ、非生産的な生き物だったんだなぁ。そりゃ数も減ってくってモンよ。」


まさかリンステッドでも少子化に悩んでいる大臣が居るとは知らない軍部一筋なオードル公は、良い事を思いついたとばかりにニヤリと笑った。マーリンが女と知っているアーノルドは少し呆れながらも、秘密であるソレについては公言せずにそれを見守っていた。


「しかしあの『死神宰相』を犯るにゃ、骨が折れるな。オートの防御魔法なんざ、反則だぜ、反則。でもま、事がコトだけに防御魔法も作動しないかもしれねーな。上手くやれよ、アル!」


数々の雌と浮名を流した独身貴族、オードル公の提案は結局の所、力技である。


「なんだ、アル。自信がないのか?男を組み敷くのは趣味じゃないが、何なら手伝ってやろうか。」


戦だけでなく、雌との歴戦の勇士とも言われるオードル公から口説き文句の一つでも貰えるかも。そう期待した自分がバカだったとアーノルドは項垂れた。


 ※


宰相ではあるが、基本的にマーリンは獣王の執務室に来ない。自らの執務室に篭って仕事をこなし、必要な事項は補佐官達に伝達させている。それだけ宰相の仕事は忙しいのである。


「なぁんで、私が行かなくちゃいけないのかな。」


そうぼやきながらも、怯える補佐官達に宥めすかされたマーリンはようやく獣王の執務室をノックする。軽く後ろに控える補佐官達を睨みながらだが。


「・・・うおっ!」


中からの返事も待たずに扉を開いたマーリンが見たのは、どんよりと重い空気と暗い部屋だった。ああっと後ろから補佐官達の止め様か迷っているような声が聞えたが、無視をしてマーリンはツカツカと室内へと進んだ。


ジャッ!とカーテンを勢いよく開く。春の日差しが程よく室内を明るく照らした。

しかし、何故か暗さが晴れたような気がしないとマーリンは首を傾げた。おかしい、とマーリンが目を細めて部屋を見回すと、より一掃じめっとした空気を纏う一角があった。


「「はあっ・・・。」」


居たのか。

その溜息を聞いて、マーリンがまず思った事はそれだった。ヴェルヘルムとアーノルドの事である。

彼らは普段、目立つ容姿をしている為に見落とされる事はまず無い。しかし今、彼らは影のある美形を通り越していた。

どうやらじめっとした空気の発生源と補佐官の怯えの原因はコイツらのようだ。

そう検討を付けた、マーリンは軽い頭痛を感じて額に手をあてた。マーリンには、彼らにカビやキノコが生えているような幻覚が見えたのだ。


「「はあっ・・・・・。」」


彼らに釣られて溜息を吐きたくなるのを堪えて、マーリンは大きく息を吸った。


「コラ、駄犬ども!キノコなんか生やしてないで、仕事をしろ!」


外に居る補佐官達はキャインと聞えたような気がしたが、聞かなかった事にして仕事に戻っていった。


 ※


「キノコとはどういう意味だ。」


ようやく影がある美形レベルになったヴェルヘルムは、無駄に重厚感のある獣王の執務机に肘を置き、顎の下で手を組むとマーリンに尋ねた。ヴェルヘルムは性格的に些細な疑問も残したくないタイプである。


「幻視だ。気にするな。」


ああ、うっとおしいと何かを振り払う素振りをするマーリンにそう答えられ、ヴェルヘルムはうむ、そうかと頷いた。ヴェルヘルムは性格的に答えが得られれば、詳細まで突っ込まないというタイプでもあった。


「そんな事より、人が忙しく働いてるのに何してたんだよ。お前らは。」


マーリンに叱られ思わず出た尻尾を踏まれてしまい、フーフーしていたアーノルドはそのマーリンにジロリと見られているのに気付いて、慌てて尻尾を消していた。完全獣化できる者は一部獣化も可能で、消すのも自在である。


「い、いや。サボってた訳じゃない。オードル公がな。」


「ジジイと面会したからって、なんで暗くなるんだよ。あのジジイの言う事は真に受けんなって、いつも言ってるだろう。」


慌てて言い訳をするヴェルヘルムの言葉を、マーリンはピシャリと遮った。

そう、フラリとやってきては好き勝手述べていく前の将軍であるオードル公。実は彼は現在の執政に興味はない。適当に暇を潰しに来ているだけなのだ。リンステッドで最も忙しい宰相職であるマーリンは、それを知っていてオードル公の相手をヴェルヘルムとアーノルドに任せていたのである。


「でもな・・・。」


アーシェとの仲が手紙のお陰で少し前進したと信じているヴェルヘルムは、にべもないマーリンの物言いにオードル公を擁護しかけた。


「何を言われたにせよ。仕事を放棄する言い訳にならない。お前らのせいで私はここまで来てこんなに時間を使う羽目になったんだぞ。」


ほぼ事務仕事を任せてしまっているマーリンにそう言われるとヴェルヘルムは二の句が告げない。パクパクと口を開け、グッタリと俯いた。狼の耳が出ていればペショリと垂れていただろう。


「しかし、オードル公は暫く領地には戻らないと言っていた。」


オードル公対策を練って困っていた事にしようと思いついたアーノルドは、自分とマーリンの仲を進ませる為にオードル公が居座るのを隠してそう言った。あまり策を練らないタイプのアーノルドであるが、たまに悪知恵の思いつく時もあるのである。


「なんだって?!なんで、久々の婚活パーティーを控えたこの大事な時に居座るんだよ。」


面倒だなぁと天井を仰いだマーリンは、目配せし合うヴェルヘルムとアーノルドに気付かない。ちなみにオードル公は彼らと別個に面談しており、ヴェルヘルムにはアーシェとの仲を何とかしてやると豪語していた。


 ※ ※ ※


本日の執務を何とか終え、私室に戻ろうとしたマーリンの耳は聞き覚えのある声と聞き覚えたくない声が言い争うのを拾ってしまった。

ウゲ、と一声漏らし、マーリンは覚悟を決めて私室の扉を開いた。


「花嫁様になんたる下品な仕打ち、このローウィンが許さんでゲス!」


「ゲスゲスうるせーんだよ、下種が。俺はな、雄雌の正しい関係をレクチャーしようとしただけだぜ。」


案の定、言い争っていたのはローウィンとオードル公であった。

色々と疲れを覚えたマーリンは思わず目を覆う。しかし彼らの間でオロオロしているアーシェを救わねばならない。マーリンは息を大きく吸った。


「人の私室で騒ぐな!」


魔力の篭った怒鳴り声は彼らを静まらせる。振り返った彼らはそれぞれ違った表情を浮かべていた。


「マーリン様、申し訳ないでゲス。」


「んだよ、死神。そんなに怒るこたねーじゃねーかよ。」


顔だけはオードル公が悪いと訴えながらも、マーリンが言い訳を嫌うのを知っているローウィンは謝罪した。そしてオードル公は魔力の篭った音の衝撃にマーリンが怒っていると勘違いしていた。

イラッとはしたが怒ってはいないマーリンはとりあえずにこっと笑った。それはこれから怒るよと宣言しているようで彼らの背筋をブルリと震わせた。


「マーリン、おかえりなさい!」


マーリンが彼らを追い出す言葉を発する前に、可愛らしい声がそれを遮った。アーシェである。


「ただいま、アーシェ。」


アーシェがマーリンに対して今まで様付けだったのに、なぜ様付けでなくなったのか。それはマーリンがいずれ王妃となるアーシェに様付けを許さなかった為である。


「なんかこっちのが新婚みてぇだなぁ・・・。」


二人の様子を見てオードル公がぼやいた。

そう、アーシェは未だにヴェルヘルムを番と認めていない。その為彼女はマーリンの私室で寝泊りしていた。マーリンは異世界の倫理感から、アーシェを王妃の部屋に移さなかった。部屋に移したら最後、番とみられている雌がどうなるかなんて分かりきった事だったからだ。せめて18になら、いやいや20まで、いや本人が認めるまで一生許さん。と思っているマーリンは完全に過保護な親の思考である。


「何言ってるんでゲス!ほほえましい保護者と娘の図でゲスよ!」


「いっそ、あいつらに諦めるよう言った方がいいのかもなぁ。」


確かにただいま、おかえりを言い合う二人はそう見えるという思考を振り払って、ローウィンは抗議した。しかしオードル公は自分の世界に入ってしまったのか聞いていない。


「ぐぬぬ、これはやはり急ぎ対策を進めるべきでゲスね。それがしはこれで失礼するでゲス。」


なにやら危機感を覚えたらしいローウィンは、手短に挨拶をして私室を去って行った。


「んじゃ、俺も行くかな。お邪魔様。」


何かを勝手に納得したオードル公も去っていく。

マーリンは気にはなったが、初めてのオードル公らにアーシェが何を言われたのかの方が気になったので尋ねる事にした。


「大丈夫?アーシェ。」


そう聞きながらも、マーリンは自分を迎える為に立ち上がっていたアーシェをソファーに座らせた。先ほどとは違う優しい声にアーシェはふるふると首を横に振る。

最初にオードル公が来た時、アーシェはとうとう獣王の花嫁になる事を反対する貴族が来た!と身構えていた。アーシェは弱いなりに牙を剥こうとも考えていた。ヴェルヘルムを番と認めていないアーシェだが、それを横から言われるのは気に喰わない程度には好意があるのだ。


「いいかげん、やらしてやれよ。もったいぶらずによう。」


そうオードル公に言われた時も、アーシェは「殺らせる」と誤変換した。そして、なんて恐ろしい事を言うんだろう。やはり獣王の元側近だけはある。と、前の将軍であるオードル公を誤解した。確かに戦場では恐ろしい雄ではあるが、彼は雌には優しいタイプであった。

アーシェはそれを知らずに、今の言葉はこれから始まる罵詈雑言のジャブなのだと思ってしまったのだ。

そこへ現れたのがローウィンである。


「なんで貴公がココにいるでゲスか?!しかも何言ってるでゲス。」


ローウィンも花嫁と獣王の仲を進ませようとしていた為に目的は同じなのだが、聞いた言葉に目を白黒とさせていた。せっかく最近獣王達はほのぼのとした関係を構築し始め、花嫁の魔法の言葉も激減していたというのに何言ってやがるんだこいつ、という心境である。

そうして彼らは勝手に言い争いを始めた。アーシェを置いて。

結局の所、アーシェは困ってはいたが心配されるような事は何もなかったとマーリンに告げた。そうしないとアーシェ限定で心配症なマーリンは、納得しないと学んだからだった。


「うん、まあ・・・それなら良かったよ。」


そう納得はしてないが、ホッとしつつマーリンが言った時だった。私室の扉がドカンと音を立てて開いた。


「良くない!ちっとも良くないぞ、マーリン。見損なったぞ、お前!」


怒鳴り込んできたのはヴェルヘルムであった。


「アルがいながら、お前・・・俺のアーシェに手を出すとは!性別も超えるのか、お前のチートは!?」


肩で息をして、駆け込んできた様子のヴェルヘルムは一気に捲くし立てたが、マーリンもアーシェもポカンとしている。


「意味が分からない。落ち着きなよ、ヴェル。」


そんな冷静なマーリンの言葉はヴェルヘルムの怒りに火を油を注いだらしい。カッと、ヴェルヘルムの目が見開かれる。


「とぼけるかマーリン!アーシェは俺のだ!」



「あっ、あたしはモノじゃない!」



今までなら耳を塞いで縮み上がっていたアーシェが反論した。どうやらこれまでの日々でヴェルヘルムに慣れたのと、魔法の言葉を得て強くなったようだ。

ギュッと手を握り、両足に力を篭め立ち上がるアーシェの言葉にヴェルヘルムは固まった。しまった、と顰められたヴェルヘルムの表情が語っている。

アーシェは疎い。疎いから俺の(花嫁)だ、という言葉をモノ扱いされたと取ってしまうのだ。その為、最近のヴェルヘルムはなるべく間の言葉を告げるようになっていた。それを怒りで忘れてしまったのだ。


「す、すまないアーシェ。違うんだ、これは。」


「しかもいきなり来て怒鳴るなんて・・・。」


アーシェに言外に最低と言われ、ヴェルヘルムは撃沈した。分かりやすく耳が出てペショリと垂れる位に。

退散しようとしたヴェルヘルムは、しかし振り替えってマーリンに謝罪した。


「怒鳴って、すまない。」


「いや、いいから落ち着きなよ。色々誤解があるみたいだけど。」


「いや、いいんだ。悪いのは俺だ。」


「ヴェル。」


とにかく落ち着かせようと話しかけたマーリンを手を振って遮り、ヴェルヘルムはトボトボと私室を後にした。

強気に出たはいいが、何だか拍子抜けした様子のアーシェを見て、マーリンは良い事を思いついた。


「アーシェ、ヴェルは多分さっきのジジイに何か言われて誤解してあんな事になったと思うんだ。わたしは忙しいからちょっと話を聞いてきてくれないか。」


「でも・・・。」


渋るアーシェにマーリンは畳み掛ける。


「獣王がアレだと公務に差し支えるからね。頼むよ、アーシェ。」


マーリンは例え、ヴェルヘルムが本当の事を言わないにしても、アーシェと過ごせれば今後キノコを生やしたりしなくなるだろうと見越していた。


「分かった。行ってくる。」


私室を出るアーシェを護衛の騎士達が追う。対獣王には役立たずでも、道中の安全には有効だからだ。


「これで少しは進展してくれればいいけど。」


庇護対象であるアーシェが望まなければ、引き裂く気満々のマーリンだが、ヴェルヘルムの友人としては幸せになって欲しいとも思っている。できれば彼らが幸せであって欲しいとマーリンは思った。さりげなく対雄防御魔法をアーシェに着けてはいるが。


マーリンは知らない。この獣王怒鳴り込みが捻じ曲げられ、アーノルドとマーリンがいよいよ性別を超えた仲になったと城内で噂になる事を。


波乱の夏がリンステッドに訪れようとしていた。



噂では、アルとマーリンについて

「お前ら性別を超えた仲なのか!」

と、獣王が認めたとか認めないとか。


頑張れ残念ヒーローズ。

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