乱戦恋模様
遅々として進まない仲。
獣人の国、リンステッドで『死神宰相』と呼ばれているマーリンは人間である。
獣王に勝った唯一の人間であり、友人でもある。
そして獣神と同じ世界出身の、異世界トリッパーでもある。
「マーリン。」
春の麗らかな日が射す回廊で、マーリンはヴェルヘルムに呼び止められた。魔法により王であるヴェルヘルムの気配を察知してはいたが、面倒だと振り返らないでいたのはわざとである。
ヴェルヘルムもマーリンも一人。位があるのに供も付けずに歩くのは、彼らより強い者が城には居ないからである。遠くにある竜人の国の者であればもしかしたりもするかもしれないが、周辺国には向かう所敵無しのリンステッドでは当然の光景だった。
「なに。早く言いなよ、気持ち悪い。」
立派な体躯でモジモジとしているヴェルヘルムをマーリンは軽く睨む。マーリンは気持ち悪いと言うが、そんな姿でもヴェルヘルムは美丈夫としての見た目を損なっていなかった。そこが気に入らないと益々マーリンは不機嫌になった。マーリンは実は女なのだが、少々ナルシストが入っており男の姿の自分より見目の良い、しかし中身は残念という存在が友人であっても気に入らないのだ。
基本マーリンは公の場以外で王を敬ったりはしない。もちろんそれは長年の友人付き合いがあるからこそと、魔法を使うマーリンの方が強いからなのだが、それにしても駄犬扱いは止めて頂きたいが侍従長であるトラントリアの口癖である。
「・・・アーシェの、あの言葉なのだが。」
「へえ、ヴェルはようやくアーシェの名前が呼べるようになったんだ。アレとかソレとか小娘とか言ってたのに。」
「う、煩い!さっさとあの魔法の言葉の意味を教えろ!」
威嚇の為にヴェルヘルムは狼の声で唸っている。声帯だけをわざわざ獣化しているのだ。完全に獣化した際に話せるのも、声帯を人化している為である。
アーシェや、他の者が居れば怯えたその唸りもマーリンは鼻で笑い飛ばす。お互い本気でやりあえば城が吹き飛ぶが、それでもマーリンは自分の払った代償により得た力が獣王に勝るのを知っていた。
「言葉通りの意味だよ。」
「え?」
「だからぁ、そのまんま。お友達でいましょうねって。」
「マーリン、勝手に内容を変えるな。」
キョトンとしたヴェルヘルムにニヤニヤと続けようとしたマーリンの言葉はアーノルドに遮られた。
「ッチ!・・・もう、アルの気配は読みにくいなぁ。」
表情があまり変わらない為に舌打された事にアーノルドがショックを受けているとも知らず、マーリンは暢気に言い放つ。
アーシェが居ない場でのマーリンは本当にヒドイとヴェルヘルムは思った。つまりマーリンにとってアーシェは庇護し可愛がるべき存在であり、自分たちは・・・とヴェルヘルムはそこまで考えてやめた。気安い友人以外の考えは思いつきたくなかったのである。
「正しくは、『お友達からお願いします』だろう。」
切なくも慣れてしまっているせいか、ショックから素早く立ち直ったアーノルドがマーリンの言葉を訂正した。この言葉は獣神との儀式の場でヴェルヘルムを救った魔法の言葉である。
「アーシェ様が事あるごとに言うから、俺まで覚えてしまった。」
アーノルドが溜息と共に首を横に振った。
そう、アーシェはその言葉を未だ魔法の言葉と信じ、迫るヴェルヘルムに対して何度も使っているのだ。
「最近はヘタレてないからって、アーシェに『あの言葉』を使わせるような事をしたロリコンが悪い。」
同情を滲ませていたアーノルドに対し、マーリンはニベも無い。
「ロリコンじゃない!」
「17歳に盛る27歳なんてロリコン以外の何でもない。」
「盛っ!」
運命の相手である番に盛ってないとは言えないヴェルヘルムはその端正な顔を真っ赤に染めあげた。
「いい加減、俺をお前の世界の常識に当てはめるのはヤメロ!」
「ヴェル!」
怒鳴るヴェルヘルムに対して、咎めるようにグワッとアーノルドが吼えた。アーノルドが王となったヴェルヘルムを愛称で呼ぶのは、叱責をするのと同様に珍しい事だった。それに気付いたヴェルヘルムはハッと口を噤んだ。
「・・・悪い。」
軽い沈黙の後、マーリンを見て謝ったヴェルヘルムにマーリンは笑った。
「気にしてないよ、ロ・リ・コ・ン。」
「だ・か・ら!」
再びヴェルヘルムは顔を真っ赤にしたが、続けずに踵を返してドシドシと行ってしまった。
マーリンは隣で思わず黒豹の耳を出し、ヘニャリとさせているアーノルドの肩を優しく叩いた。
「大丈夫。気にしてないよ。」
忘れたくないだけさ。
そう呟いたマーリンの背中を黒豹の尻尾がフワリと撫でた。
※ ※ ※
「今の見た?!」
「み、三つ巴。涎が出そう。」
「もう出てるから、拭って拭って。」
これら光景を覗き見ていた某メイド達がアーシェにまた要らぬ情報を吹き込みに行くのはこのすぐ後の事だった。
※ ※ ※
マーリンの執務室では茶色ネズミのローウィンが待ち構えていた。
「良かったでゲスね。これで婚活パーティーに参加を見合わせていた雌たちが応募してくるでゲスよ。」
彼はこんな話し方だが、立派な大臣である。
「ここ数年、獣王が参加するかもと雌たちは怖がって参加できなかったゲス。マーリン様が参加するならまだしも獣王じゃ皆怖がっていかんでゲス。いや~、ホント花嫁様と纏まって良かった良かったでゲス。これで出生率も安定するでゲスよ。」
そして見た目は立派な紳士。若い頃から喋らなければと嘆かれ続け、中年になっても美形な雄である。
「・・・どうかなぁ。」
更にマーリンがぼんやりとボヤける位には重用されている。
「え、どういう意味でゲスか。マーリン様。まさかまさか、獣王が参加とか無いでゲスよね。」
「それは無いけど。私が要らぬ事しちゃったからなぁ。」
「ゲゲゲ。」
マーリンはアーシェに授けた『魔法の言葉』について言っていただけなのだが、有能すぎる大臣は口から出たのがいつもの『ゲス』にならない位、頭を働かせた。
「まさかまさか。今更無かった事になんてならないでゲスよね?花嫁様は獣王の花嫁になるでゲスよね?マーリン様がせっかく企画して下さった婚活パーティーが数回で終わるなんて、残念でゲス!」
そして働かせすぎて先走った結論に至る。
「こうなったら結婚式も、婚活パーティーもうまくいかせるでゲスよ。このローウィンにお任せあれ!」
「・・・え、あ、うん。」
ネズミらしくローウィンが素早く立ち去った後の執務室で一人、やりとりを反芻していたマーリンは呟いた。
「あれ、誰かの結婚式なんて予定にあったかなぁ。」
※
結婚式。
それは獣人にとって重要な式典である。番、もしくは伴侶を得れば篭ってしまうと思われがちな獣人だが、実際には雄も雌も煌びやかな衣装を纏い豪勢な式を行う。それはお互い素晴らしい伴侶、番を得たと公開する意味があるからだ。
番、伴侶を独占したがる獣人ではあるが、同様に顕示欲も強いのだ。
ここ数年、出生率が下がっているのは人間だけでない。獣人の理由は人間達とは違い番ブームがあったせいなのだが、一度下がると中々上がらないのが出生率である。
そこでマーリンが考え出したのが、集団お見合いである婚活パーティー。
貴族だろうが、平民だろうが参加自由のパーティーによって上がるかと思われた出生率は、獣王の適齢期が終わりに近くなるにつれ下がっていった。ちなみにリンステッドは身分はあるが、身分に拘らない性質の国である為貴族の参加率もカップル成立率も高い。
実はこの婚活パーティ。ここ数回中止となっているのだが、それは中々伴侶が公表されない獣王に、もしかしたら参加もありうるかもしれないと危惧した雌たちが、参加を見合わせた為であった。
どんだけ嫌がられてんだよ、とマーリンは思ったが、皆歴代最強の獣王の花嫁になりたくないと言う。盟約の花嫁とは獣神が定めた、獣人でも最弱の存在。それは雌であっても強い事を望む獣人には要らぬレッテルであった。
「皆獣王が、ヴェルが怖いからだと思ってました。」
そう言ったのは歴代最弱の名を冠してしまった獣王の番、アーシェである。
未だ本人は認めてないが、儀式によって獣神の祝福を受けたとされ、周囲に番認定されたのは言うまでもない。
「まあ、それもあるかもしんないスけどね。伴侶は強いだけでなく、優しいのが昔から好まれますからね。獣王の冷酷非道は代替わりで落ち着くまで、暫く意図的に広めてましたから知らぬ雌は居ないでしょ。」
可笑しな敬語で答えたのは、アーシェの護衛騎士である茶色鼠のノルドである。ちなみにローウィンとは種族が一緒だが血縁関係ではない。
「意図的って、本当は違うの?」
「違わないです。当時は冷酷非道で間違いない方でした。」
僅かに期待を除かせたアーシェをがっかりさせたのは緑色鳥のフェイである。隣でノルドがウンウンと頷き同意していた。
「リンステッドも国土はそんなに広くないからさ。連合軍でも組まれて隙突かれると、死神宰相一人じゃ保てなかったんですよ。完全獣化できる将軍に加え、国には極悪非道な歴代最強の獣王が居る。これがいい抑止力になるんだって、マーリン様が言ってました。」
「そんなにリンステッドは危なかったの?」
「当時は人間共も野心ある連中が国を治めてましたし、先代が閉鎖的なのもあってうちにいい印象を持つ国も少なかったんらしいッスね。危ないと言えば、危なかったんでしょうね。いまはマーリン様のお陰で大分いい関係築けてますが。」
「そうなんだぁ。」
やっぱりマーリンは凄いという結論に達したらしい、上気したアーシェの頬を見てノルドとフェイは失敗したかなと顔を見合わせた。彼らは将軍であるアーノルドより、ヴェルヘルムの好感度アップを言い渡されていたのである。恐らくマーリンが知れば、人選が間違ってると言われただろう。彼らは獣王を敬ってはいるが、今までの態度を見れば好感度を上げる手腕を持っているとは思えなかった。
「一人、国を憂えるマーリン様を支える将軍。いい!」
「いえいえ、獣王の御為と身を粉にするマーリン様ですわ!」
そしてやはりアーシェの思考を引っ掻き回すのが、メイドである茶色穴熊のヨーファと水色鳥のメアンナである。
「やっぱり、マーリン様×獣王よ!マーリン様は攻めなのよ!」
「いいえ、将軍×マーリン様!マーリン様は受けなんだから!」
突然の事でポカンとしてしまったアーシェの前で、ヨーファ達二人の間に火花が散ったような気がした。止めるべき立場のノルドとフェイは呆れてなのか、口が閉じれないでいる。
「そこまでだ!」
そんな中、ドガーンと音を立てて部屋に駆け込んできたのは赤色犬の騎士団長、ベクトである。興奮しているせいなのか一部獣化できる彼の頭にはピンと立った犬耳がある。
「『花嫁様』に不埒な妄言を吹き込む等、このベクトの目が赤い内は許さんぞ!ましてやマーリン様をそのような汚らわしいお立場に置く等と、けしからん!」
ゼーゼー息を吐きながらも、一気に怒鳴ったベクトはギッとノルドとフェイを睨んだ。
「貴様らも、騎士団なら妄言を取り締まれと何度も言ったではないか!職務怠慢である!訓練を追加だ、着いて来い!」
「ちょっ、アーシェ様の警護は・・・。」
「マーリン様の私室にいるのに万が一も千が一もある筈なかろう!そこなメイドも女官長、もしくはトラントリア様直々に指導して頂くようお願いしておくから覚悟しておけ!」
「「ええっ~!」」
四方から響く悲痛な叫び声にアーシェは苦笑を浮かべた。
※
「なんで未だに花嫁様はマーリン様の私室に居られるんでゲスか。后の部屋はもう準備万端なんでゲスよね。」
「アーシェが・・・いやマーリンが、手順を踏めと煩い。」
まさかアーシェ本人が未だに番と認めてないとも言えず、ヴェルヘルムはマーリンのせいにした。確かにマーリンも、本人が認めるまで部屋に居ていいと甘やかしているのは事実である。
「マーリン様は人間でゲスからね~。番を独占したい雄の本能までは理解出来ないんでゲスね。」
ローウィンの言葉にウンウンと二人で頷いた。
「まさか、マーリン様が花嫁様可愛さに横恋慕とか無いでゲスよね!?」
「んな訳あるか!アレは俺の花嫁だ!」
マーリンは女だという事実については飲み込んで、しかし即答で却下したヴェルヘルムである。だが本来ならもっと咎められそうな内容を遠慮なく言ってのけるローウィンはやはり重用されている大臣なだけはあった。
「それはもちろん。いやまさか獣王、花嫁って最近城で流行ってる事を言ってるんじゃないでゲスよね。」
「は?何の事だ。」
「いや、いいんでゲスよ。そういった嗜好も獣人が進化したと考えれば生産的ではないですが、それもアリだと某は思うんでゲス。でも后にはやはりアーシェ様を選んで頂かないと困るゲス。」
「アーシェが后なのは当たり前だろう。というか、さっきから何の事を言ってるんだ。お前は。」
訳知り顔で跪いたままそう言ってのけたローウィンに、謁見室で玉座に座るヴェルヘルムは思わず身を乗り出した。
「わかっていただけてるならいいんでゲス。お世継ぎを儲け、治世に揺るぎが無ければ付いていくのが臣下なんでゲス。とにかく獣王、このローウィンにお任せでゲスよ!」
「む。あ、ああ。」
結局なんだか分からないながらも、ヴェルヘルムは頷いてしまった。かなり重用しているローウィンが言うのだから、変な事にはならないだろうと言うのがヴェルヘルムの考えであったからだ。
この甘い考えがこの後とんでもない事になるとは知る由もない。
※
大臣から、アーシェに面会の申し込みが来た。
それを聞いて、今まで誰にも面会を申し込まれた事もないアーシェは驚いていた。
ようやくトラントリアのお小言から解放されたメイド達は、そんなアーシェをぐったりしながらも身支度を整えさせる。
そうして髪を結われ、衣装を替えたアーシェは大臣であるローウィンを前に緊張の面持ちであった。
「時に花嫁様、いやアーシェ様。種族と性別の違いについて、どう思われます?」
ローウィンはやれば『ゲス』ナシに話せる雄であるが、それを初対面のアーシェは知る由もない。問われた内容をよく考え、アーシェに思いついたのはマーリンの事である。人間であり、本当は女だけれど魔法で男となっているマーリン。
「どうって・・・ステキな方であれば種族・性別は関係ないと思います。」
だからアーシェは素直にそう答えた。ローウィンはその答えに満足したように頷く。
「素晴らしい!アーシェ様は、后として相応しい考えをお持ちのようだ。」
后については認めていないものの、褒められて嬉しくない筈もなく。照れたアーシェは心持ち頬を染めて俯いた。
「騎士達によれば、辺境の出にも関わらず、聡明との事。これはリンステッドも安泰ですな!」
別の者が言えば、嫌味とも取れる内容をそう取られずに済むローウィンはもはや特殊能力の持ち主のようであった。実際ローウィンに嫌味の気持ちは微塵も無い。
「だが、そうですな・・・相手がステキであるが故に、惑わされるという事もあるかと思うのですよ。」
一瞬、ローウィンが何の話をしているのか首を傾げたアーシェであったが、種族・性別云々の話に戻ったのだと気付いて姿勢を正した。
「それでも最終的に番を選ぶのが、獣人たるもの。アーシェ様には鷹揚に構えて頂き、時期を待っていただきたいと思います。」
「あの。どういう意味なんでしょうか。」
「いやいや!獣王が男に現を抜かしておるなんて無いでゲスから、安心してくださいって事でゲス。」
最弱と言われる花嫁が、大臣である自分に向かって問いかける等してくるとは思えず、焦ったローウィンは思わず要らぬ事を口走ってしまった。
しかしアーシェは内容より、ナイスミドルな外見のローウィンから出た『ゲス』の語尾に驚いてしまっていた。
「大丈夫でゲスよ!すぐに番に戻ってくると獣王も言ってたゲス。男に惑うのはそろそろ終わりなんでゲスから、安心してアーシェ様は式に臨んでほしいでゲス!このローウィンにお任せあれ!」
アーシェが『ゲス』の衝撃からようやく回復した頃、女であるマーリン以外に人間が居ると思ったアーシェは驚いた。しかもあの獣王が惑わされているという。
大変だ!アーシェはまさか大臣がメイドと同じレベルの話をしているとも思わず、リンステッドの危機だとマーリンに報告しようと心に誓った。
※
面会を終え、騎士たちを引き攣れアーシェはマーリンの執務室へと急いでいた。
気持ち駆け足である。その為、角を曲がって誰かにぶつかってしまった。
「キャッ!」
「おっと。」
衝撃で後ろに倒れそうになったアーシェを抱きとめたのは、ヴェルヘルムである。ちなみに騎士たちは気配で気付いていた為に止める様な野暮な真似はしないのである。
「ヴェル!」
「アーシェ。そんなに急いでどうした。」
ヴェルヘルムの表情は変わらないが、ようやく名前それも愛称で呼んでくれるようになったアーシェに機嫌が良くなる。ついヴェルヘルムはアーシェを抱く腕に力が篭りそうなのを必死で止めていた。
「ヴェルはヴェルよね。変わってないわよね。」
「ん?」
何の事だと思いながらも、必死に問われれば返す言葉が甘くなるのは仕方がないというもの。
その後の衝撃に固まるとも知らず。
「せっかくリンステッドが滅ぶ危機を脱したっていうのに、ヴェルがマーリンじゃない男に惑わされてるって聞いたの!大丈夫?変な法律とか作ってない?」
「・・・・・・いや。」
「良かった。出生率が下がってるって大臣さんが言うから。ヴェルが人間の男に惑わされて変な法律とか作っちゃったのかと思って、マーリンに相談しようと思ってたの。」
「・・・・・・そうか。大丈夫だ、問題ない。」
「そうよね!マーリンが居るのに、ヴェルが男の甘言に惑わされるなんておかしいと思ったのよ。」
アーシェを抱く腕を放さず、表情も変えずに答えたヴェルヘルムに控えていた騎士達は内心同情の涙を流していた。マトモに聞けば大した事のない、それでも臣下に獣王が操られているという内容なのだが、メイド達の腐った嗜好に晒されていた彼らからすると意味の違う内容だったのである。
「・・・アーシェ。」
「マーリン!」
固まったままのヴェルヘルムの腕から脱する事も出来ず、アーシェはやってきたマーリンに縋るような目をした。しかしマーリンは首を振る。
「何を騒いでいるのか知らないけど、大臣は勘違いをしてるんだ。要らぬ事を言う輩も多いから、今後面会は断るんだよ。いいね。」
優しく、しかしウムを言わせぬように諭され、アーシェはヴェルヘルムの腕の中で神妙に頷いた。その頃には固まっていたヴェルヘルムも復活し、アーシェをしっかりと抱きしめている。
「おい、駄犬。」
そしてマーリンの低い声にビクッと震える。
「お前がきちんと手順を踏まないから、変な誤解受けてんだよ。分かったら、がっつく前にもっと考えろ。」
ヴェルヘルムはアーシェを抱いている為に蹴られずに済んだ幸運をかみ締めた。この気安い友人は基本的に容赦が無い。そして歴代最強といえど、チートのマーリンの蹴りはかなり痛い。
そうしてヴェルヘルムは言われた内容についても考えた。つまり、アーシェを口説かずに盛ってるから最近城に蔓延している腐った嗜好を誤解する者が出た。今後は考えろという事だろう。
結論に達したヴェルヘルムはとりあえず逃げないで収まっていてくれているアーシェに熱視線を送ってみた。腕の中、見上げるアーシェはかわいいとヴェルヘルムは素直に思う。
「ヴェルはそのままのヴェルで居てね。」
かわいく言われてがっつかない雄はいない。
結局ヴェルヘルムはアーシェに魔法の言葉を使わせ、マーリンに蹴られる事になるのだった。
ゲスゲス言う大臣を出したかっただけ、反省している。