5.
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地下通路。
ここは、本来シェルターと呼ばれる空間につながる地下通路のはずだ。
いや、厳密に言えば、複数のシェルター同士をつなぎ合わせ、さらには緊急時には兵隊たちの移動経路となる予定の場所である。
通常の歩兵小隊としては、人数の少ない20名ほど。
しかし、それがセグメンタタ小隊の標準。地下通路の入り口はまるでマンホールか何かの様に縦穴構造だ。
その縦穴の中にまるで落ちるように降りていく20人の装甲強化服の一団。
降り立った彼らは――
「「「……狭い」」」
非情にうんざりした口調でそう言い捨てた。
「つか、なんでこんなにせまいん? わてら、うごけへんで」
エセ関西弁のイタリア系男子なサルヴァトーレ(通称:トト)
「うっせぇ、黙ってろ」
そんなイタリア系男子と並ぶイタリア系女子なシモーナ。
「ぶっぱなせねー。つまらねー」
火力こそ正義な、われらが主人公、翔。
「おいこら、つまらないとかいうな。毎回めんどくさいんだよ、あんたの火力についていくのは」
戦闘工兵という立場上、整備兵もどきな事をしなきゃならないため、分隊砲兵翔とよく一緒に行動する女、ひより。
この4人を含め、無口な男リンさんやら、本来の翔のバディのはずが、いっつも空気になってしまう中川など、個性的なメンツを統率する立場にあるのが、小隊長ジェニファーである。
だから、J小隊。
「はいはい、ととっとと、打ち合わせ通り進む進む。ところどころ敵が侵入しているらしいから、シェルターを制圧しなさい」 「「「はーい」」」
「……いつも……いつも、思うんだよね。こいつら見てるとあたしゃぁ、幼稚園の引率か! って」 「「「ジェニファーせんせー、どこにいけばいいんですかー?」」」
「おまえらぁぁあああああああああ――――ッ!!」
と、そんなこんなでセグメンタタを下りるメンツ。
わざと狭く作られているのはそのためだ。セグメンタタという歩兵強化戦力を動かさないため。
特に通路の床部分が金網というのがまさにそのための工夫だろう。セグメンタタが乗れば、重量で金網が破れる仕組みだ。
そうすることで、ただの通常歩兵が少人数でしか行動できないようにしている。
後は軽量なドローンが数機といったところか?
小隊を名乗っていはいるが、その人数は20名程度。セグメンタタという兵器を扱う重装歩兵小隊としては極めて標準。
だが、通常歩兵の1個小隊として見ると、その人数では必然的に
「この広大な施設、全部見て回るのは無理があんなぁ……」 「だから、3つに分かれる。ただし、お互い200メートル間隔を維持しろ」
セグメンタタを操るために、『調整』を重ねた兵士たち、すなわち、『ナリウス』の1個小隊である彼らにとって、200メートルというのは。
「OK、わかった……200メートルね。……セット、終了」 「こっちも終了」
――脳みそにセットする数値に過ぎない。『調整』は脳みそも当然として、全身に及んでいるのだから。
「そんじゃぁ、いつも通りに分かれて」 「OK、それじゃぁ、俺様はこっちに行くわ」
金網の床。その通路の先の分かれ道。
その一方に、翔は足を踏み入れる。
彼の正規のバディである中川と、砲兵翔の支援要員としての戦闘工兵を引き受けている日和、そして日和のバディたる、ユンディの4人。
それに、分隊長の坂上とその副官を務めるサルヴァトーレ(トト)。
男女3名づつで、6人の人間で構成された『分隊』。
彼らはそのまま、PDAが示す進路図を見ながら進む。
真ん中の1人が、PDAで進路図を確認すると同時に、左方と右方を同時に警戒する役目を……つまり標準的なポイントマン先導フォーメーション。
2人の先導者とその2人後ろ、ちょうど2人の中間地点から数歩ほど、離れた地点にて1列に並んだフォーメーション。つまり、Yの字を描くように並ぶフォーメーションだ。
その一列の真ん中が分隊長であり、PDAで進路を確認しつつ、前方と後方を同時に警戒する役割を果たし、一番最後は、テールと呼ばれ、最大の火力と弾幕力を保持する分隊砲兵である、翔が担当する。
テールである、翔が持っているのはM4カービンのカスタムモデル。100連発ドラムマガジンを使用し、グレネードランチャーのアクセサリーを装備した特注改造品である。
ビニールテープを用いて、UZIと呼ばれるサブマシンガンが取り付けられていたり、ストックはおろか、ピカニティーレールから何から何まで、改造が施されたM4カービンは、MINIMIやRPKに代表される分隊支援火器の代わりに運用するために用意されたものだ。
何故ならば、そういった銃器類を搭載するスペースを確保するのが大変であるから。
セグメンタタの内部に人員と共に収めるスペースを確保するのは骨が折れるのだ。だからこそ、M4カービンの改造品で代用するのである。
2メートルから5メートルの大きさのパワードスーツであるセグメンタタの内部に中の人が使う武器を大量におさめるスペースはない。
それゆえに、学院傭兵軍では、よほどの状況でもない限り、内部にはナイフと拳銃、そしてMP7とP90の4種類の武器しか通常は収めていない。
最も、拳銃とナイフ低度ならまだしも、MP7とP90の存在もまた、学院傭兵軍という組織の持ち主である世界的企業連合のお偉いさんにはわざわざ搭載するのが無駄であるとたびたび言われていたりするが、現場で戦う学生傭兵たちにとっては生命線だ。
もしもの時の。
だが、今回は地下施設への突入である。そのためにM4カービンという装備品を積んでいた。
全員が、何らかの改造されたM4カービンを保持している。
その中でも特に弾幕用に火力方向で改造されたM4が分隊支援火器の代用として、翔が保持するM4だ。
6人組は進む。金網の床を歩いていく。金網より、下には無数のケーブルが何本と走っている。
金網は足が進むたびにわずかな金属音を鳴らし、それが、金属製であることをアピールする。
「ん?」
翔は感じる、妙な耳鳴りの様なそれを――――
「おい」 「分かっている。小隊長、間隔が離れました」
『――その場で待機…………状況を把握。後ろに10メートル下がれ。そこが200メートル間隔だ』 「間隔を確実にする位置は?」
『――……該当を検索。15メートル下がり、そこから7時にすすめ。200メートル間隔を維持しつつ、進路を進め。ルートは変更。パートCにて行動せよ』
半径200メートルの範囲。その範囲からそれぞれの分隊の位置が離れた。
それを――感じる脳みそ。調整のたまものである。そして、だからこそ、200メートル間隔を離れたことに強い違和感を感じるのだ。小隊長ジェニファーは護衛兼小隊の特技兵を務めるリンと共に、後方の、そう侵入してきた場所で待機し、各分隊の報告や常時送信されてくる場所やバイタルデータなどを常ににらめっこして戦場を俯瞰し、小隊を分隊ごとに操るのだ。
それが、学院傭兵軍第3軍団のスタイルでもある。
そうして、6人しかいないが故の1個分隊の人員の少なさを補うのだ。そもそも彼らはセグメンタタを操るナリウスであって、通常歩兵ではないのだから、通常歩兵による特殊部隊並みの戦闘技術や練度を期待してもという意味もある。
それでも、200メートルという距離は近いようでとても離れているというのが戦場だったりする。第1次世界大戦のとき、たった1キロ進むだけで何千という血が必要だった様に。
ましてやここは狭い地下施設。
テールを務める翔は――――とっさに引き金を引いた。
M4の銃身よりたたき出される、無数の銃弾!
5.56mmの暴風が吹き荒れる――地下通路、金網の床が破れていき、狭い通路の壁の鋼鉄版状の建材が大穴をあけて吹き飛んでいく。
だがしかし、その銃弾の嵐より、一匹の鋼鉄の大蛇がその牙を突き立てんと壁を突き破って一気に遅い来る!
次の瞬間、一発のグレネードが起爆した。
翔のカスタムM4は――――100発ドラムマガジンにグレネードランチャーを装備し、さらにはダクトテープでぐるぐる巻きにマシンピストル――イングラムM11を40発弾倉付き――を取り付けているという代物である。
ただでさえ、アクセサリーてんこ盛り、特注品のカスタムパーツを盛り付けたそれ。
もう、ここまで来ると素直に、『複合型知性小銃』でも使えと言いたくなる代物であった。
その――グレネードランチャーをぶっ放した。
結果のグレネードの起爆。
しかし、グレネードの起爆で持ってもその鋼鉄の大蛇は止まらない。
「キラースネーク!」
誰かの言葉――。
自立殺戮型ドローンの鋼鉄の蛇――キラースネーク――に向けて銃撃を放つ銃口の数が増える。
「せいっ――!」
戦闘工兵、ひよりが投げつけるのは粘着性のプラステック爆弾。
そして、起爆。
キラースネークの駆動系に損害。大量のオイルらしきものをまき散らしながら、金属の異音をかき鳴らす。
3.5メートルの中型に属するそのキラースネークはニードルガンを装備しており、それでもって遠距離攻撃を可能としている。だが――――
「離れろ! 毒針をぶっ壊せ!」
ニードルガンの銃身。それが5.56mmの嵐で一気に破壊されていく!
キラースネークはそのまま、本物の蛇がもだえ苦しむように金網の床をのた打ち回り、その本来の蛇であれば牙があるであろう口腔内に鋏状の鎖鋸機構を大きくさらけ出す。
蛇行運動によって動き回る鋼鉄の大蛇、3.5メートルの大きさでもって一気に人に接近し、殺すためのそれ。
「プラズマ、いくぞ!」
翔はアクセサリーのグレネードランチャーに1発のグレネードを装填。そのまま引き金を引いた。
高熱量のプラズマの輝きはすでに失われ、代わりに横たわるのはそれでもなお、形は残った鉄くず。
6人の分隊はそんな鉄くずを横に歩き始める。しかし、その足取りはどこか――おかしい。
「こんなところにまで、中型のキラースネーク。やべぇんじゃね?」 「小隊長、第2分隊より報告。この場所は危険です。さらなるルート変更を求めます。送れ」
『――キラースネークの出現事態は予想された事態です。ルートの変更は認めません。以上』
「自立殺戮型が大暴れしているせめー地下通路。俺様たちに死ねといいたくなるような場所だな」
「つか、さっ、この施設造った奴に問題あるんじゃね? そういうもん投入されたら終わりというか想定してネーの? 仮にもシェルターとしても使われているんでしょ?」
その――セリフが終わったあたりで突如、壁から一本の鋭い槍の様な鉄棒が飛び出し、15センチ程度の鉄のムカデの様なドローンを目の前で貫いた。
「…………一応対策はされてるのね」
そのサルヴァトーレ(トト)のボヤキ。そんな面々を気にもせず、センサーの感知した通りの場所を貫いた鉄槍はそのまま、壁の中に収納されていく。
6人組としてはこんな物騒なものに取らぬかれたくはない。それゆえに――彼らの出した一つの結論はある種、仕方ないものかもしれない。それは
「片っ端からセンサーをつぶせぇええええええええええええええええええ――――ッ!!」 「串刺しなんぞされてたまっかよ!!」
なかなか鳴りやまない発砲音。連射こそしていないため、単発だが、次々と聞こえる銃撃の音は地下通路の金属構造を伝わって響いていく。
そんなこんなでおよそ数分を消費。
『――はよ! 目的地に進まんかい! 以上』 「……怒られちゃった」
小隊長のジェンこと、ジェニファーから怒られた面々はようやく動き出すのであった。
地下の避難所エリアより、そこに逃げ込んでいる避難民たちを確保した地上の安全地帯へ移送する。それが彼らに与えられた任務。しかし肝心の地下施設に無数の自立殺戮型ドローンが入り込んでいる。
「……内部に侵入しているドローンの数は把握しているのか? 送れ」 『――完全には把握していない。……そちらに向かうドローンを確認。大型だ。警戒し対処せよ。以上』
「……音響センサーオン」 「振動感知センサーオン」
「動体センサースイッチオンとな」
それぞれがそれぞれで、センサー類のスイッチをオンにする。セグメンタタはもともとは対戦車用パワードスーツ。しかし、だからといってセグメンタタではない強化装甲服がわけではない。
その類を身に着けての地下通路での潜入だ。しかし、センサー類をごちゃごちゃつけてたら、セグメンタタの内部に入り込むのがやたら大変になる。そのために最低限のアシスト機能やら、センサー系が一つ二つに絞っての装着で対処しているのだ。
それゆえの――分隊単位でのセンサー分割である。いろいろな種類のセンサーを一人一人で違うものをつけることで対処しているのだ。
分隊単位での活動を前提にしたがゆえにこうなった。
それゆえにバラバラになることは考慮されていなかったりする。
そう、
それゆえに――――
「違う! 大型が1機じゃない!」 「『じぇ、小隊長! 敵は小型が一塊になって移動し』――――ッ」
直後、2メートル大の鋼鉄の大蛇で形作られた無数の大軍がなだれ込んできた。
大型は7.5メートルほど、超大型になれば15メートル大に突入するキラースネーク。
その特徴を生かした群れを1機の大型に見せかける技。
これを……このキラースネークたちのOSを作った人間のいやらしさが表れていた。
一匹一匹は問題ない。5,56mmを何発かぶち込めば、駆動系はやられ、そもそも肝心の人間を殺す機能を発揮するために必要なあれやこれやは損傷し使い物にならないだろう。
だが、数が多くどいつもこいつも機動性が!
「『フォーメーションを崩された、送れ』――!」 『――…………そ……ちち、ら、で対処……せよ! げん、ざい敵と交戦。中! いじょ!』
荒れた息。聞こえてきたつばぜり合いの銃撃音。無線通信より聞こえてきた音声。
小隊長の後方援護はどうやら期待できないようだ。
「クソ役立たずがぁ!!」
翔が叫びながらトリガーを引いた。
そして、その弾幕が、仲間たちが一歩引く時間を稼ぐ。乱射じみた一方的な弾幕。しかし、それらはキラースネークのOSに設定された撃破対象の優先順位を変更することにはならない。
キラースネークが自立殺戮型ドローンの代表格とされる最大の点。それは、キラースネークは動く赤外線目標を狙うという事だ。それも、自分から一番近くの存在に――!
だが、だからこそ、弾幕を張り、仲間たちが1歩2歩程度だが、確実に後ろに下がる時間を稼いだ翔にキラースネーク共が目を向ける。
一番近く。そうそれは――弾幕の担当者。
「3、2、1、下がれ!」
その声が――合図。すぐさま翔はトリガーから指をはなして、近くの柱に逃げ込むように飛び込む。
直後、翔を除く、5人の手榴弾が投げ込まれた。
轟音、爆音、破壊音。爆轟、熱風、衝撃波。
そして、金網の床はそれに耐えられない。わずかに混じる避ける音。
それは金属の裂傷音。そして――――
「や――バ――――――っ――ッ!」
大地が喪失した。