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近い。 いや、近いなんてものじゃない。 この部屋の中で鳴り響いた音だ。
音の元凶。 それは俺の真後ろにあった。
後ろを振り向くと、そこには、窓ガラスが割られ。 一人の人間がまさに今そこから俺の部屋に侵入しているところだった。
――おい、ここ十階だぞ……。
「よっとぉ。 ……あぁー? いねぇじゃねぇかよぉ。 おいヒドリブ、ここで本当にあってんのかぁ?」
そのまま勝手に人の部屋に上がり込んだその人物は、一見普通の少年に見えた。 目つきは悪く、オレンジ色に染められた短い髪を逆立て、語尾を妙に上げる。 明らかに不良といった出で立ちだったが、それ以上に異様だった。 容姿のことではない。 そいつの右手にはRPGとかに出てきそうなデザインをした豪奢なカトラスが握られている。 星の光を反射して滑らかに光るそれは模造品ではない。 人を斬ることのできる本物だと、俺は直感的に悟った。
つまり凶器。
そこまで理解した瞬間、同時に恐怖に喉が干上がるのを感じた。
「ひ、ひいぃ――ぁだっ!?」
情けない声を上げながらほぼ倒れるように後退し、机の引き出しに頭をぶつけてしまう。 ゴッ! という鈍い音と同時に後頭部にきつい衝撃が走り、一瞬視界がフラッシュする。
音に反応したのか、侵入者の目線がこちらに向き、
「おい」
ダルそうな、それと苛立った感情が混じった声を投げかけてきた。
――殺される……っ?
一瞬そう思ったが、多分そうではない。 今コイツは「いねぇじゃねぇかよ」と言った。 つまりそれはこの人物の目標が、この場にいる自分ではないことを指している。
――と、いうことは……コイツの狙いはアクルックスか!?
頭をぶつけたおかげでわずかに恐怖から解放されたのか、思考が働くようになる。 思えばアクルックスが部屋を出てからすぐにコイツが登場したんだ。 そう考えるのが妥当だ。つまりアクルックスは、いきなり外が夜になったことでコイツが自分を狙ってやってくることに気付き、あんなに青ざめた顔をして部屋を出ていったということだ。 なら、俺がすべきことは……
答えを導き出そうとしたところで、侵入者が再度口を開いた。
「おまえ……『蝕夜』の影響を受けてないってことは、核星子と接触したか、もしくはすでに『星使徒』になってるって事だよなぁ? ……まぁどっちでもいいんだけどさぁ……」
手に持っていたカトラスの切っ先を俺の鼻先につきつけられ、また情けない声が出そうになるが、ギリギリでそれを飲み込んだ。
それと、なんだかアクルックスが言っていた単語と同じものがいくつか出てきたように聞こえたが、今はそれは置いておく。 それのことを考えている余裕はない。
「この近くに――少なくともこのマンション内にいるはずだぁ。 そうなんだろヒドリブ?」
何やら誰かに確認するかのように言葉を投げているが、明らかにそれは俺に対して向けたそれではない。 この場にいない誰かに男は話しかけているようだった。 それはどこか、後ろ、もしくは電話の相手に対してのようにも見えた。
『ええそうよ。 おそらくこの男の部屋のどこかにいるはずだわ』
「え……っ!?」
どこからか澄んだ、しかし高慢そうな女性の声が聞こえた。 目線だけで部屋の中を見渡すが、この侵入者以外に人影は見えなかった。
侵入者はその正体不明の声を聞くと満足そうに鼻を鳴らし、
「ってなわけで……言え。 言ったらそいつを捕まえ次第こっから出てってやる。 まぁ、お前に危害は与えねぇよ。 だが――」
「っ!」
さらに刃が近づけてきた。 もう薄皮一枚分近づくだけで鼻先に当たりそうだ。
「言わねーんなら言うまで痛めつけてやる」
『なんなら斬って捨てちゃいなさいよ飛虎! そのほうが早いわぁ』
侵入者――飛虎が脅してきたところで、見えない声がそれに便乗したような提案を出す。 陰口みたいでなんかムカつくが、残念なことに言い返す余裕は全くない。
正直な話、俺にアクルックスをかばう理由はない。 だが、目の前の侵入者は明らかにアクルックスに危害を加える気だ。 出会ってまだ1時間ともないが、少なくとも知っている人間がそうなるのは、こちらとしてもいい気はしない。 ならば――
「し、知らない……お、俺は家に帰ってから誰とも会ってないし……は、は……話してない」
めっちゃくちゃ声が震えていたが、こんな状況でちゃんと言葉を発せらただけ十分だと自分を褒めてやりたい。
しかし、やはり相手にはバレているのか、飛虎は俺の返答に苛立ったように眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちをしてから「はぁ……」とウザったそうにため息をついた。
「ったく、いるのはわかってるっつーのによぉ……」
『飛虎。 だったらこいつをさっさと殺しちゃってからじっくり探しましょぉ。 いまの口ぶりからしてコイツ、『星使徒』でもなさそうだし』
「シシッ! それもそーだなぁ。 そっちのほうが俺としても性に合ってるわぁ。 んじゃ」
「っ!」
言うやいなやカトラスを持った腕を、ゆらりと蛇のように持ち上げる。
――やっぱり……蛇ってコイツのことか!
今更なことにアクルックスの言っていたみずへび座の正体に気づき、さらにそれが既に遅かったということにも同時に悟り、歯噛みする。
――俺が殺されたら、アクルックスも殺される!
そして、飛虎の持つカトラスの先端が天井を向いたところで、それがジェットコースターが頂上に位置した瞬間のように一瞬だけ止まり、
「死ねよ」
そう宣告された瞬間、俺は動こうとする。 斬られては――殺されてなるものかと。 そして、俺が斬撃から避けるために横に飛ぼうとした瞬間――
ガィン!! と、凄まじい金属音と共に、飛虎の持つカトラスが何かによって弾かれ、持ち主の手元から離れた。
さてさて新キャラ。というかなんというかw
最後、一体何が起こったのか?次回にご期待下さい!
感想、評価、アドバイスなど、お待ちしております!!