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「俺に? なんで?」
もしそうならわざわざ自宅に侵入せず、玄関とかで待っていればいいだろう。 というかそれ以前に何故俺の家の場所を知っていたのか。 もしやストーカーか? いやそれはない。 ならば財産目当てか? いやいや先ほど泥棒はないと結論付けたではないか。 では一体……? 頭の中でいろいろと思惑と疑問が浮かび上がるが、その間にもアクルックスは続ける。
「実は現在、私は追われている身でね。 どうしても身を隠せる場所が欲しかったのだ。」
「追われているって、誰に?」
「蛇に」
「…………」
そう、間髪入れずに大真面目な顔で返された。 いろんな意味で衝撃的な返事に、思わず絶句してしまう。
ちなみに、ごく少数だが東京にだって蛇はいる。 しかし、そういう蛇に追われているのとは違うようだ。 そもそも彼女が『そんな蛇』に怖がるとは思えないし、退避するにしてもわざわざこんなマンションの十階まで来るのは不自然だ。
俺が違和感を抱いていることに気づいたのか、アクルックスは「あぁ、すまない」と、訂正を入れる。
「正確には、水蛇――みずへび座の核星子と星使徒に追われているんだ」
「? くえーさー?」
アクルックスから出た新しい単語に対して、よせばいいのになぜか俺は思わず質問してしまった。 だが、星関連の言葉が出てきては無視できない。
クエーサーというのは、簡単に言えばとてつもなく小さい星といえば8割方合っている。 光の強さも地球から見たら非常に弱く、観測も難しい星のことだ。 一体それが彼女にとって何を指す言葉なのか、もしかしたら興味が出てきたのかもしれない。
そして、少々予想外なことに、アクルックスはより一層真剣味を帯びた目でこちらを見つめ、俺の質問に答えようとした。
そう、しようとした。
「――――っ!」
しようとしたところで、アクルックスはまるで気付いてはいけない事に気付いたかのように息を飲み、急に血の気が引いたように顔を青ざめた。 明らかに怯えた様子だ。 今まで見せてきた表情とは真反対のそれを見て、明らかに、少なくとも彼女とにとっては一大事なことなのだと俺は捉えた。
「おい、どうしたんだ? おい、アクルックス!」
椅子から降り、アクルックスのことを初めて名前で呼びながら肩を掴んで軽く揺すってやるが、体を震わすばかりで、言葉は返ってこない。 代わりに、彼女の細く長いピアニストのような指が、ある方向を静かに指した。 俺はその指の先を、ほぼ無意識に追っていた。
「…………え?」
彼女の示した方向。 それは、俺から見て右側にあるもの。 つまり、窓。 そして、その向こう。 それを見て俺は絶句する。 なぜなら――
窓の向こうに見えるその景色が、完全なる夜闇の世界だったからだ。
「どういうことだよこれ……まだ四時半位だぞ?」
明らかにまだ早い。 いくら今が秋真っただ中だからと言って、こんなに早く日が完全に沈むなんてことはない。
そして、もう一つ。 どうしても違和感のあるものが、もう一つあった。
「なんで、こんなに星が輝いているんだ……?」
ここは東陽町と木場の丁度間といった位置にある。 都心とは少々離れているが、それでも都会は都会だ。 星は本来都会ではビルの明かりやネオンサインの光によって隠れてしまう。 見えたとしてもごく僅かに小さなものがぽつぽつと見える程度だ。
それがどうだろう。 今俺が見ている星々は、ひと粒ひと粒が宝石と見紛うばかりに爛々と輝いている。 まるでプラネタリウムをそのまま持ってきたんじゃないかというほどの、見事な満天の星空だ。
「蝕夜……」
「いく……りぷ……す?」
いつの間にか窓の傍にまで近寄り、張り付くようにそれの向こう側に釘付けになっていた俺の疑問に、今も怯えたまま自身の身を抱いていたアクルックスがか細い声で答えた。 また出てきた新しい単語に、もはや頭を抱えるなどではなく、こちらとしても現状の判断材料としてアクルックスの言葉に意識を向ける。
「おい、いったい何がどうなってる? お前何か知って――」
「くそっ!」
「ちょ、待て! アクルックス!!」
逢魔刻の星空のことを問い詰めようとした矢先、アクルックスは急に立ち上がって駆け出し、ドアを勢いよくあけ部屋を出て行ってしまう。
「ったく、何なんだよ一体!」
下校時は小町の無神経さに呆れさせられ、帰ったら訳のわからない女の子にイライラさせられ、さらにこの星空ときた。 いろいろなことが立て続けに起きてきたせいでそろそろ俺の堪忍袋の緒も限界だ。 なんとしてでもアクルックスから事情を聞かなければ消化不良なんてレベルじゃない。
追いかけて問いたださなければ。 そう思い、俺も部屋から出ようとした。 その矢先――
ガシャァア!! と何かが割れる音が鳴り響いた。
さぁついに物語に動きが!核星子とは?星使徒とは?しばらく説明されません!(オイ
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