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ここからが本編です!どうぞ!
秋が始まって一ヶ月ちょい。 つまり十月の前半。 もう夏休みに感じていた残暑も少しずつ薄れて、冬への中間地点というような涼しさを感じさせるそんな夕暮れ時。
下校途中で週刊雑誌の立ち読み目的に立ち寄ったコンビニを後にし、それらを肌で感じながら街の通りをゆっくりと歩く。
そんな俺、漣波叶は、長くて癖のあるもみあげを右手で手櫛しながら、「本当に感じてるの?」と思われんばかりに、コンビニ袋を下げた左手でマイ携帯であるスマートフォンをいじって、一つの記事をみつめている。
「自然自殺かぁ……」
このところ、何かが起こったわけでも、何かに触れたわけでもないのに、突如その場に倒れて、そのまま死亡してしまう人間が続出しているらしい。 心臓麻痺というわけでもないらしく、ここ数カ月、百などゆうに超える件数で起こっている出来事らしいが、未だに原因不明。
いまのところ薬物反応などは出ていないようだが、逆に凶器などによる痕もないので、マスコミは自殺という、メディアを沸かせるようなワードを用いて、『自然自殺』という名前を付け、実際、最近のニュースはこの自然自殺という内容でもちきりだ。
だが、
「こわいねぇ。 自分の周りの人間に起こらなきゃいいけど」
怖いなんて呟いていても、知っている人間がこれにあったということを聞かないので、いまいちピンとこない。 当然、自分の身の回りの人間が自然自殺の目にあうなど冗談ではないが、これは仕方ない。
サドゥンというのに、突如とか、突然という単語をつけていないのは、語呂が良くないからのか、実際眠るような自然さで死亡するのからなのかを考えてしまうほどだ。
「よっす叶! 何見てんのー? また星占い?」
不意に横から聞こえたその声と同時に、スマホを持っている手を自分のそれとは違う、華奢で小さな手に掴まれた。 そのままグイッとずらされ、スマホの画面しか見ていなかった俺の目が、手を掴んだ張本人のものへと移る。 そして、目に映った思いもしない人物の登場に、思わず身を引いてしまう。
「うわっ小町!? おまえ遅くなるんじゃなかったのか?」
記事を読んでいた俺の顔をいきなり覗き込んできたのは、足元まで届きそうな位長い髪の、藍色のブレザーを着た小柄な少女だった。 リスのような大きくてくりくりした瞳と、ちょっと低いが、形のいい鼻。 あと一歩でアイドル顔といけそうなのだが、そう言うにはあまりにも幼い顔立ちのため、ちょっと惜しい素材の少女である。
そんな少女の表情は、俺の反応を見て少々不機嫌そうなものへと変わった。
「予定があるって言っただけで、遅くなるとは言ってません~! 待っててくれてもよかったのに……」
「いや、だったら待っててくれの一言くらい言ってくれれば待ったよ。 そんな拗ねるなって」
「拗ねてません~!」
少女は言ってることとは対照に、ぷく~っと食べ物を蓄えたハムスターのようにふくらませながら、プイッとそっぽを向く。 かわいいが、どうみても拗ねてますよね。
こいつの名前は美上小町。 幼馴染というには小学校中学年あたりからの付き合いなので、そうとは言い難いが、気兼ねなくいろんなことを相談し合える、親友といった間柄だ。 よく自分にとってあまりよろしくないことがあると、直ぐにこうやって頬をふくらませて「機嫌悪いです~!」と言わんがばかりの態度をとるが、こうしてやればすぐに戻る。
「はいはい、ごめんな。 今度からはちゃんと待っててやるよ」
ぽんぽんと、小さな頭を優しく二回叩いてやると、
「……にひひ♪ しょうがないなぁ! 約束だかんね!」
満面の笑顔で許してくれる。 俺はこいつの、単純かつ素直なところが大好きだ。
数秒間だけこの笑顔を相手に悟られない程度に堪能していると、機嫌を直し終わった小町が、首をかしげながら言う。
「んで、星占い見てたの?」
こいつがさっきから言う星占いというのは、俺の趣味の一つだ。
星占いといっても、生年月日で分けられる十二星座のランキングのようなものではなく(そっちもやったりはするが)、主にやっているのは、携帯やパソコンのサイトや雑誌などに記載されたアンケート式に応えて、俺に合った全88星座の一つを紹介してくれるというものだ。
もともともう一つの趣味のせいか、星座に詳しかったこともあり、小学校のころから時折やっていたりするのだ。
「あのな、常に俺が星占い見てると思ったら大間違いだぞ。 それはさっき見た」
「あ、見てはいたんだね。 んで結果は?」
「…………南十字座」
「え、またぁ!? 叶ってそれ以外出たことなくない? よくそれで続けられるよねぇ」
「うっせ! それでもなんかやっちゃうんだよ」
小町にあまり言われたくない事実をいわれて、大人げなく意地張ったように返してしまう俺。 だが実際こいつの言うとおり、この趣味を初めて数年、俺は星占いで南十字座以外の結果が出たことがない。
もはや自分ですら自分に呆れを感じてしまうというか、若干辟易しているというか、なんだか逆に運命みたいなものすら感じている。
それでもやめられないのは、トレーディングカードのパックでレアカードを当てようとする心理に似ている(目的は逆だが)。 「もうやめとけよ」と言われても、「いや、次こそは!」という風に何度も何度も挑戦してしまうのだ。
「あれでしょあれでしょ? 南十字座って、小っちゃいひし形っぽい奴だよね? そーいやあれでなんで十字っていうんだろ」
「アレは外側に線を結ぶんじゃねぇんだよバカタレ。 内側に線を結んだら十字になるだろ?」
「あ、ほんとだ」
南十字座の形を思い出しながら、人差し指で十字をなぞることで初めて知ったらしいこのチビは、「おー」とどこに感動したのかはわからないが、なんだか楽しそうだ。
ちなみに南十字座というのは、名前の通り地球の南半球側でしか見えない星座であり、日本では沖縄あたりで見られる。 星座を形作る恒星はすべて明るいものではあるが、非常に小さいので、見つけることは難しい。 さらに恒星が4つと少なく、パッと見十字を作れていない。 小町の言うとおり、あまり見たことない人間からすれば、ひし形にしか見えないかもしれない。
音楽とかでよく歌詞やタイトルに使われていたりするので、名前は聞いたことある人は多いかもしれないが、このような理由もあって、見たことある人はあまりいないのではないだろか。 しかし、実際に一度見たとあれば忘れることはないだろう。 南十字座の周りにある、『宝石箱』という、色取り取りの星団の輝きと相まって、それは非常に美しいのだ。
「んふぇははふぃふぉほふんらへとふぁ」
「おいてめぇ人が買ったアイス勝手に食ってんじゃねぇよ」
人が南十字座の美しさを思い出している最中で隣のチビはいつの間に取ったのか(スッたともいう)、その口には俺が先ほどコンビニで買った一本60円のガリッゴリッとした触感が癖になるソーダ味のアイスが咀嚼されていた。 そのせいで何言ってんのかが聞き取り辛かったが、そろらく「んで話戻るんだけどさ」といったところだろう。 伊達に長い付き合いじゃない。 そのくらいはわかる。
「んぐ…………ぷはっ! やー、つい目に入ってさ! あ、残りたべる?」
「いらんわ!!」
そう言って反省の言葉もなく先が唾液で溶けて丸まってしまったアイスを突き出してくる小町。
あくまで友人とはいえ、女の子が舐めた後のアイスを見て、微かな官能的なものを感じ、たじろいてしまう。 だが小町にそんなことを悟られたくはないので、思わずそう怒鳴ってしまった。
「まったくもー思春期全開に恥ずかしがっちゃって~♪」
「黙れぺったいら。 誰がお前なんぞに欲情するか」
「オイ貴様今『ぺったんこ』と『真っ平ら』を掛け合わせて新しい蔑称を作ったな?」
「あー、もうどうでもいいから! 話し戻すんだろ? これ見てたんだよ」
ここでようやく、自分の胸元にアイスを持っていない方の手を添えながら歯噛みしている小町に、彼女がもともと聞きたがっていた内容のスマホの画面を見せてやる。 それはもちろん、自然自殺の記事だ。
「まったく、一応気にしてんのにさぁ……」と唇を尖らせていた小町だったが、その画面を見たら一転、興味深々な表情に変わる。
「おー! 自然自殺についてみていたのかぁ! あ、実はね実はね、予定っていうのは、それについてのインタビューだったんだよ」
小町は俺のスマホを指さしながら答えた。
主人公とキャラ一人登場!まだまだ序盤です!(あたりまえ)