五十九・五話
アルブドル山脈に派遣された『八鬼衆』、十郎太とデクリオンの連絡が途絶えて既に一週間。
鬼界の中心たる巨城のとある一室は荒れに荒れていた。
無数の暴言、罵倒が行き交う室内は話し合いが始まって二時間は経とうというのに、誰も彼もが互いの悪口しか口にしていない。
席に座るは八人の王達。
ただの王ではない。 『剣鬼』の王達である。
そんな彼等が今は人間顔負けの醜い責任の押し付け合いを飽きることなく続けている。
まさに無駄な時間の使い方、非生産的な行いだが、誰も止める者はいない。
とは言っても八人全員が冷静さを失っているわけではない。 事実、八人の内の一人は馬鹿な事を恥ずかしげもなく口走ってはいるが、内心は話し合いの妥協案を探っていたし、また別の一人はやってられんといわんばかりに座っている立派な玉座に気だるそうにもたれかかっている。
だがそれ以外の王達は今回のロードギア帰還失敗についての責任を、自分以外の誰かに責任転嫁していた。
あわよくば自分とは派閥が違う同族の影響力、発言力を削らんとする浅ましい魂胆を企みながら。
今回の帰還計画にはロードギア帰還の積極派と慎重派そのどちらとも協力した共同作戦ゆえに、話し合いはいつも以上に荒れたのは仕方ないことであった。
「だからわしは反対したんじゃ!今回の帰還計画はもっと慎重に動くべきだと!!」
「どの口がそんな戯言をほざいておる!今回の帰還計画に派遣された『八鬼衆』の一人は貴様の部下だろ!どうせ嬉々として命令をくだしたくせに見苦しいわ!」
「なっ!?聞き捨てならんぞ!あれはちゃんと我々の中で話し合った結果じゃ!わしとて正直に言わせてもらうが今回の帰還計画には部下を派遣したくはなかったのじゃぞ!!」
「はっどうだか?口ではどうとでも言える」
「ほざけ!貴様にだけは言われたくないわ!!」
……そんな実にもならない低レベルな言い争いに、玉座にもたれかかっている『八鬼王』の一人であるキーリカは周りにバレないようにため息を吐く。
(いい年してガキのケンカかよ。あ~つまんねぇ~。早く終わんねぇかなぁ。自室に帰りてぇ~。ダラダラしてぇ~。決めた、戻ったら酒のんでダラダラしよう、そうしよう!……あ~早くこんな下らねぇ会議終わってくんねぇかなぁ)
そんなだらけきっていたキーリカに、他の王達の矛先が向いたのはもはや必然と言えた。
「キーリカ!何を一人だけ我関せずとだらけておる!貴様も王の一人なら提案の一つも出せ!!何の為の会議だと思っておる!」
(おーおーよく叫ぶな。今にも血管ぶちギレそうだ。しっかし王ねぇ……。『鬼神』ヴェルガード様から授かったわけでもない地位や権力などにまったくありがたみは感じないが……最低限の仕事はしておくか)
気のりはしないが、何か適当にらしい事を言っておくかとキーリカが口を開こうとした瞬間だった。絶妙なタイミングで
「なら代わりに私から一つ提案があるのだけれど」
美声が割り込んだ。 だがその声は『八鬼王』の誰もが聞き覚えのない声でもあった為、視線がほぼ同時に一ヶ所に集中した。
『八鬼王』全員の視線の先にはいつの間にかこの部屋に侵入していたであろう怪しげなローブ姿の何者かが壁に背中を預けて立っていた。
顔を確認しようにもフードを目深くかぶっているので口元くらいしか見えないのだがそれもまた怪しさを一層増していた。
声だけで判断するならおそらく侵入者は女だろう。
男には出せない高い声だった。
だが声など幻惑剣技を使えるならいくらでも誤魔化せる、断定は出来ない。
いやそもそもこれは何だ?
『剣鬼』しかいないはずの『鬼界』、その中心地たるこの城の一室に平然と侵入したコイツは!?
侵入者以外、誰もが同様の思考だっただろう。
一様に戸惑った様子だが……、何かしら心当たりがあったのだろうか?
キーリカともう一人の鬼王の表情が厳しくなっている。
だがそれに気付いたのはフードの下で意味深に笑う侵入者のみ。
他の鬼王たちはやや気後れしながらも口々に
「無礼者が!!」
「警備は何をしておる!!」
など騒ぎ立てた。
しかしそんな鬼王たちの怒号にも、侵入した何者かは平然と聞き流している。
人外の化物、『八鬼王』の大半が殺気を放っているのに、だ。
賞賛に値する神経の図太さである。
キーリカも呆れるマイペースぶりだ。
「突然の訪問に失礼を。何ぶん急ぎの用件で皆様アテに伝言をあるお方から預かっておりましたので……。このような形での出会いにまずは謝罪を」
「伝言?」
誰かが繰り返した呟きに侵入者は大きく頷く。
「えぇ、皆様宛に。まずは私の自己紹介から。私は『鬼神の巫女』と申します。どうぞよろしく」
「「!!?」」
剣鬼にとっては無視できない『鬼神』という言葉に室内は騒然とした。
「ちなみに私は向こうの世界でヴェルガード様に仕えております。あのお方は偶然か必然か?ロードギアにて転生しております」
『鬼神の巫女』と名乗る女の言葉に、誰もが興奮した。
「ヴェルガード様は復活なされたのか!?」
「はい、すでにロードギアであらゆる下準備を整えております」
笑顔で質問に答えた巫女に、王達は歓喜した。
ついに我らが神は復活したと。
そんな舞い上がる周囲とは異なり、キーリカは『鬼神の巫女』と名乗る存在をジッと睨む。
それに気付いた巫女は未だに顔を晒すことなく笑った。
フードのせいで口元だけしか見えなかったが、確かに笑っていた。
声も出さずにニヤリッと。
キーリカはこの時点で直感した。
(碌な結末にしかならんな)
半ば確信できてしまう自分の予感に、キーリカは苦々しい表情を浮かべる事しか出来ない自分に歯噛みした。
「……して、巫女殿はここにどうやって参られた?何故ヴェルガード様ではなく巫女殿がここへ?」
ようやく熱狂から落ち着いてきた一人の鬼王が、全員分の疑問を代表して質問した。
唐突に『鬼神の巫女』と名乗られても、鬼王達はその扱いに困ったからだ。
自分達より身分は上なのか?
それとも同列?
はたまた下なのか?巫女とやらの身分が微妙ゆえに。
『鬼神』の代弁者ならばこうやって問いただす事すら無礼だろう。
だが巫女は特に気分を害した様子はない。
どうやら自分たちは立場としては上らしいと安堵した。
だがそれもほんの一瞬のこと。
「どうやって来たかなど些末な事です。貴殿方にはもっと気にするべき事柄が他にあるでしょう?」
口調は先ほど同様に丁寧な物言いだが、巫女の発するプレッシャーに鬼王の面々が一秒に満たない時間とはいえ気圧された。
誰もがその事態に口をパクパクして声を出せなくなった為、キーリカが仕方なく話を先に進める。
「他の事柄と申されますと?」
(まぁ予想は出来るが)
「……どうも長年の異界暮らしに思考が愚鈍になってしまったようですね。まったく嘆かわしい」
この面々を前にしてすごい暴言を吐いたものだが、気圧された鬼王達としては反論も出来ずじまいだ。
「ならばまわりくどい事は言いません。『鬼神』ヴェルガード様からの勅命です、速やかに『剣鬼』の全戦力をもってロードギアに帰還せよ!!」
巫女の宣言に、場はシン……と静まりかえり、誰もが信じられないと目を見開いていた。
ただ一人、キーリカのみが
(やっぱりそうなるか……)
と平常だったが。
「正式なロードギアへの帰還作戦だ!」
「勅命じゃ!ロードギアへの帰還命令じゃ!!」
「全戦力をもってか!相変わらず剛毅なお方だな!」
まさに狂喜乱舞。
キーリカだけをおいてけぼりにして、周りは狂ったように笑っていた。
(あ~あ、派手にはしゃいでいるなぁ。本当にヴェルガード様の勅命かなんて保証はないのに)
キーリカはやれやれと他の王達を冷めた眼差しで見つめた。
「しかし巫女殿、ゲートはいかようにして通るのじゃ?つい先日まではアルブドル山脈のゲートは開放されていたが、今はもう閉じておるぞ?」
「その点はご安心を。既にヴェルガード様があちら側でゲートを確保し、いつでもこちらから行ける手筈は出来ております」
「おぉ!……ちなみにゲートの大きさは?」
「特大級です。鬼界の全兵力を動員しても問題ないほどに。出兵準備が出来たお方からお声をかけて下さい。すぐにでもロードギアに送ります」
「素晴らしい!!」
その報告に目の色を変えた鬼王達が我先にと次々に部屋から走り去っていく。
すぐさま自分たちが動かせる、ありったけの兵を集めるつもりなのだろう。
(ご老人方の目がむちゃくちゃ血走ってたな~…)
今や室内に残っているのはキーリカと巫女のみ。
だがキーリカは慌てる事なく悠然と玉座に腰かけたままだ。 そのマイペースぶりに巫女も気になったのだろう、声をかけてきた。
「あなただけは他の方々と違って随分とゆっくりなのですね」
他の鬼王とはあまりにも違うキーリカの態度に、少しだが興味を持ったようにも見えた。
「ん?あぁ……まぁ誰か一人くらいは後詰めに残らないと駄目だろ?今回ばかりは誰もやりたがらない役回りみたいだし、な」
ロードギアに一番乗りで馳せ参じれば、ヴェルガード様に一番褒められるのだから当たり前と言えば当たり前だが。
それが後々の『八鬼王』の間のパワーバランスを激変させるかもしれないのだから、誰もが必死になるのは当然だ。
だからこそ、慌てる様子を感じさせないキーリカに、巫女は興味を持ったのだろう。
「しかしヴェルガード様のご命令は全軍をもってのロードギア帰還ですが?」
「ちゃんと行くさ、動員できる全ての兵を連れて。ただ退路も確保せずに猪よろしく周りも見渡さず、我先にと突っ込んだらヴェルガード様に殺されちまう。あのお方も後詰めの重要さは知っているから、他の奴等より遅れても許してくださるさ。だろう、巫女殿?」
我ながら理路整然として口が回るなと自覚しながらも、キーリカはそれを隠そうともしなかった。
そしてそれに気付かない巫女でもない。 至極正当、真っ当な意見ゆえに何も反論せず
「確かに。ヴェルガード様はそのような理不尽な事で怒るような狭量な器のお方ではありません。わかりました、あなたが幾分か遅れるという旨は私からヴェルガード様に伝えておきます」
「どうも」
キーリカの心が欠片もこもってない返事に、しかし巫女は丁寧に一礼して部屋を出ていった。
そして巫女の足音が完全に聞こえなくなった時点で
「……やっぱこうなったか。しかも全軍をもっての帰還命令。上手いこと誰かさんの手の平で踊らされているなぁ」
一人ぼやいた。
「動いても動かなくてもさほど結果は変わらない……そういう風に動かざるをえない形に追い込まれるのが一番タチが悪い。さて、どうしたものやら」
言葉とは裏腹にあまり深刻そうに悩んでいない様子のキーリカの耳に、規則正しい一定のリズムの足音が聞こえてきた。 その時点で誰なのかに見当がついたキーリカは玉座にだらしなく腰かけたまま動こうともしなかった。そして同時にそんな自分を見た人物の反応と第一声も予測できた。
その人物は室内に入ってキーリカを見た瞬間に深い深いため息を吐いた。
「相変わらずやる気の欠片も感じさせない姿勢ですね」
自分の予想通りの反応とセリフに思わずキーリカは苦笑した。
毎度のことだが容赦ないなと。
「一応こんなんでもお前の直属上司なんだがな」
「ならたまにはそれっぽいところを見せて下さい。キーリカ様はいつ見てもダラダラしてます」
「そういうのは見せるもんじゃない、探すもんだ」
「探しても一向に見当たりませんでした」
「努力が足りないんじゃないか?」
「善処します」
上司たる自分の言葉をまともに受け取らず適当に聞き流す部下を、キーリカは楽しげに見つめた。
王の一人たるキーリカ相手に気負いもなく会話している部下こそ、キーリカ配下で一番の実力者であり、『八鬼衆』の一人でもある。
「いつも思うが心がこもってない応答だなぁ~、道雪」
「ありがとうございます」
「褒めてないよ~」
「ところでキーリカ様、他の鬼王の方々が何やら慌ただしく兵を集めておりますが、我々はどうすればよろしいでしょうか?」
キーリカの戯言などこれまた適当に受け流し、指示を求める道雪。
そんな部下にやる気など一片も見せないキーリカは
「あぁ、まぁテキトーに兵を集めておけ。急ぐ必要はない。なんなら二回と言わずに三回も四回も装備点検していいぞ~」
誰が見ても投げやりな命令をくだす。
だがその言葉の裏に隠された意味をそれとなく察した道雪は、素知らぬ顔で
「承知致しました。『焦らず』に準備し、『万全』を整えます」
命令を承服した。
そんな出来た部下にキーリカはニヤリと笑いかける。
「やはり持つべきものは優秀な部下か。後の細かい部分は道雪の判断に任せる。安心しろ、責任は全部もつ」
「もとより責任云々はキーリカ様に丸投げするつもりだったのでご心配なく。では慌てて走っては転ぶ危険もあるので『ゆっくり』と兵の手配をしておきます」
「そうだな、廊下を走って転んでケガしたら大変だ。『ゆっくり』でいいぞ」
互いにわざとらしいまでに『ゆっくり』を強調したやり取りに、普段は無表情の道雪が苦笑した。
「はっ、では失礼致します」
立ち去っていく道雪の背中を見送ったキーリカは「さてと」と殊更ゆっくり玉座から立ち上がり、部屋を後にした。
のんびりと廊下に出てみれば慌ただしく兵達が走り回っていた。
キーリカの姿を視認すればさすがに深々と会釈するが、すぐさまに別室へと走っていく。
(大変だなぁ~)
完全に他人事のようにとらえながら、キーリカはマイペースをつらぬいてノンビリと歩く。
普段より気持ちゆっくりで歩き、自室へと戻ってきたキーリカは部屋の鍵をかけた。
そして二重、三重の結界を張り寝室へと入室。
寝室はキーリカ本人の大雑把な性格を反映するかのように、色々な物で溢れかえっており、足の踏み場に困るような環境だった。
そんなやや汚い寝室の中央には大きいベットが一つあった。部屋の主は無論キーリカなのでそのベットは本来なら空のはずなのだが……そこには先客がいた。
不意の客人ではない。
キーリカ自身が招いた客だ。
(招かれた本人の意思はまだ聞いていないがな)
ベットの上には一人の女が一定の寝息をたてていた。
紅髪が強烈に印象づけられる美女だ。
寝顔だけでも、この美女が激しい気性なのだとわかる。
目覚めればその口からキツイ台詞が無数に飛んでくるかもしれない。
だが……彼女は未だ一度も目を覚ましてはいない。
「眠り続ける美女か……そそるねぇ…。ならやはり起きるのは王子様のキスか?まぁ…王子様って柄じゃないけど」
キーリカは机の上に放置したままの酒瓶の中身をゴクゴクと飲み干し、一つしかないベットに腰かける。
ベットは大きく、紅髪の美女一人どころか、キーリカが寝転んでもまだまだスペースに余裕があった。
「お触りはいつ解禁やら…………おやすみ眠り姫」
やがて一つのベットに二つの寝息が重なる。
美しい眠り姫の目はまだ覚める様子はない。
そんな姿を、『遠見』と『透視』で覗いていた『鬼神の巫女』が嬉しそうに呟く。
「見~つけた」
『鬼神の巫女』と名乗った女……『剣神』の一人たる《魔神》レラフが冷然と笑う。
人外の生物たる『剣鬼』から見ても背筋が凍るような笑顔を浮かべながら……。
カインのターンは当分なし!泣くなよ、主人公!




