プロローグ
つたない文章ですが最後までお付き合い下さいな。
運命?
その一言で全てが決まるのか?
個人の生きざま、死の間際すらもその一言で?
冗談じゃない、ふざけるな!そんなもので納得できる程、物分かりはよくない。
諦めるつもりはない。
抗い続けてみせる。
それがどんなに困難で絶望的な状況であろうとも……絶対に!!
「くそ、くそ、くそ!」
昼なお暗い深い樹海で男は走り続ける。口から吐き出すかの様に出る言葉は愚痴だけだ。
男の全身は汗にまみれている。額からは滝のように流れ落ちているが拭う手間すら惜しいのか、両手は木々をかき分け両足は止まらない。
その様子は必死に何かから逃げ延びんとする逃亡者そのものだった。
「何でこうなった?オレは候補者じゃなかったのか!?」
息切れしながらも愚痴は止まらない。
男は自分が狩る側の人間だと信じて疑ってなかった。
ありとあらゆる敵の命を男は狩りとってきた。
なのに……
「何でオレが狩られる側にいるんだよ!?」
男は考える。
やはり相手が悪かったのか?
候補者なんてものに選ばれた事で調子に乗りすぎたのか?
いや……いやいやそんな油断はなかった。
男は強く断言できる。
アレを相手に一人は自殺しに行くようなもの。ならばこそと街でも屈指の剣使を十人雇い、装備も万全にした。
人材、装備に大金を費やし、仕事が成功したら更に報酬を前金の三倍払うと約束した事で、雇った剣使の士気も最高潮。
万全の状態でアレに挑んだ。そう言い切れる。
なのに…何だ、今のこの状況は!?
あれ程に頼もしかった剣使は全滅。生き残っているのは剣使を犠牲にして得たわずかな時間を利用して逃げ惑う自分だけ。
……全ては一瞬の出来事だった。
アレのテリトリーであるこの樹海に入ったばかりの頃がなつかしい。
だがあれからまだ一日と経過してはいない。
「こ、こんなにも遠かったのか……ゴホッガハッ!!?」
続く言葉は咳で途切れた。
何で?
そして気付く。簡単な事だ。もう数時間は水を一切飲んでいなかった。今の今まで全力で走っていたのに、だ。
そりゃあ体が求めるわけだ。
男はようやく、ほんの少しの冷静さを取り戻した。
正直この場に一秒たりとも立ち止まりたくはないが、少しは休まないとこの先まで体力がもたない。
背中を大木に預け、ぶら下げた水筒の水を飲む。
一気に飲まず、少しずつ…少しずつ…
そうは思っていても水はすぐになくなり水筒は空になってしまった。
まだまだ飲み足りないのが本心だが、水場を探すなんて悠長な事は出来ない。
少なくともこの樹海を脱出するまでは我慢しなければ…
必死に逃げ続けていたせいか、一旦立ち止まってしまうと疲れが一気に押し寄せる。
「まだ…死ねるかよ……」
自分にはまだやるべき事がある。
極限ともいえる疲労を引きずりながらも男は再び走り出す。
死地を抜けるその時まで…
あれからどれ位の時間が経ったのだろう?
昼と夜とも区別できない樹海にて、幾度か休憩をはさみつつも走り続けてきた男はようやく待ち望んだ光景を目にする。
樹海の出入口。
ベースキャンプを設営した地点にようやく辿り着いたのだ。
自身を含めば十一人が寝泊まりした場所。…戻ってきたのは自分一人。あとはアレに一方的に殺された。
…アレの姿を思い出すだけで体が震えた。恐怖を刻みこまれた。怒りも悲しみもない。ただ恐い。怖い。こわい。コワイ。
アレにどうやって勝てというのだ!?
ムリだ、あれは人間にどうこう出来る生物じゃない。
あれは絶対の存在、逆らえば死のみ。
例え一人で城を落とせるとウワサのA級剣使が百人いてもアレには勝てない。
こんな所からは早く離れてもう二度と近づくものかと心に強く誓い、ベースキャンプの一切の備品など無視して出入口に向かう。
出入口まであと三十メートル。それをまるで待っていたかの様に大木の陰からソレは現れた。
男の進路上に。
立ち塞がる形で。
樹海と外側。
その二つの境界線に悠然とソレは立っていた。
ソレの目が男を見ている。
ダメだ目をそらせない。
その目が語る。
諦めろ。
言われたわけではない。
だが宣告されたのは間違いない。
その目は憐れみなど一切感じない。
狩りに来た男に怒りもしていない。
ただ片付ける。
散乱していたオモチャを片付ける親のように仕方なくしている。
そんな多少の面倒くさそうな雰囲気をまといつつ、呆然と立ち尽くす男に一歩、歩みよってくる。
男の体がビクリとはねる。だがそれ以上の動きは出来ない。
ソレは更に近づいてくる。
一歩。一歩。
ゆっくりと。
数秒先には一つの命を奪おうとしているくせに、そんな素振りは感じられない。家の中を歩く自然さ。
男との距離はすでに腕を伸ばせば届く範囲。
剣を抜き、振るうには近すぎる距離。
ソレは何をする気だ?
オレは何をされるんだ?
最早互いの距離が数センチという距離に男は覚悟を決めた。
そしてソレは何事もなく男の横を通り過ぎた。
助かった?見逃してくれた?生き延びた?
男がそう認識した瞬間、体は無意識に動いた。
振り向く事なく、男は出入口に向かって走り出す。
何らかの気まぐれ?構わない、何であろうが。
生き延びられるんなら理由など、どうでもいい!
樹海の外には待ち焦がれた陽の光に溢れている。
ようやく死地を脱したのだ。
張りつめていた緊張感が瞬時にゆるむ。
ふと、視界に何かが光った。
眩しい。
思わず手をかざした直後、衝撃と共に、赤い何かが周囲に飛び散る。
これは…血?
何で……?
呟いたはずが…男の声は出なかった。
何で?
ぎこちなく首を動かし、そして男は己の現状を悟る。
男の体を硬い何かが貫いていた。
それもご丁寧に全身くまなく、隙間を探す方が楽な程に。
これは…氷?
足は地面から浮き、自身の血は氷をつたってビチャビチャと流れ落ちていく。
無事な部位は首より上の顔だけだ。
すぐに死が間近だというのに男の思考は人生で一番の働きをした。
自身を貫く無数の氷…属性剣技の氷槍陣だとようやく理解。
あの光は氷が陽の光に反射したせいか。
ようやく納得した。そして自分の死も。
だよなぁ…あのまま生きて帰してくれるわけないよなぁ…
目の前に立っていた時にはもう陣を設置してあったというわけか。
通過した対象を即座に貫く、トラップ。
これは普通の兵隊相手に使う剣技だ。
対象が限定されている理由は簡単。
剣使なら気付けるトラップだから。
なのにオレはものの見事に引っかかってしまったわけだ。
笑えねぇ…
死地を脱して気がゆるんだ油断が常の警戒を怠った。
今こうして冷静に考えてみればあの時、目の前に姿を現したのも極度の緊張状態をオレに強要させる為の計算だったのか?
くそっ…してやら……れた………
…男のまぶたはこの先永遠に動き出す事のない、見開いたままの状態で死を迎えた。
その死体は氷の槍が溶けてなくなるまで、倒れる事を許されない。
そしてそれが許されたのは死亡してから十日後の事だった…
「これで五十人。あと…半分」
樹海の主が誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
昼なお暗い樹海。
その中でも一条の光さえ射し込まない中心部で次の候補者を待つ。
樹海の主は眠りながら。
来るべきその時まで。
みなさん、気付きました?そうプロローグには一切主人公が出ないっていうね。ハハハッ……すんません。一話の初っぱなから出るんで許して下さい。