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Messenger  作者: 人肉遊離
4/11

ヒナタ

 ベッドで男が眠っていた。つい先ほどまで寒い寒いと訴えていたが、毛布に包まった状態で寝息を立てていた。陽人はその寝顔を見て、安心したようにふうと息を吐き出した。顔の真ん中に斑模様のついた白猫が陽人の足元でにゃあ、と鳴いた。

「しー、静かにしてな」

 陽人は猫を抱き上げた。残念な顔だ、その言葉を思い出して吹き出しそうになった。猫はそんな事とは知らず、陽人を大きなガラス玉のような目でじいっと見つめている。

「……なあ、俺がやってることってのはさ、やっぱ間違ってんかな。お前はどう思うよ?」

 そう猫に向かって呟いた。陽人は窓の外を見た。ちらちらと雪が降っている。積もることはあまりない地方だが、この分だと明日は一面、うっすらと白くなっているだろう。

 陽人は寝付けないままでぼんやりと外を見ていた。無性に喉が渇いて、流しで水を飲んだ。どうせなら酒でも買ってこようかと考えた。この辺りには、一番近いコンビニまで30分はかかるのだが。

 陽人は猫をそうっとベッドの上に乗せた。

「ハナ、平助は寒がりだからさ。一緒に居てやってくれよ」

 猫はうろうろと丁度いい場所を探して、足の間に丸くなった。

 陽人は音を立てない様に靴を履きかえた。ドアノブに手を掛けて、ふと思い立った。戸棚の奥に放り込んだままの鍵を取り出して、施錠してから歩き出した。

 夜道に陽人の付けた足跡が、白い地面の上をぽつぽつと続いていた。住宅街には、派手なイルミネーションが目立った。白い雪が暗い空の中を舞っていた。陽人はああ、と声を上げた。

――あれから、10回目のクリスマスの夜がやってくる。

 店内のBGMはクリスマスをテーマにしたものばかりを選んで流しているようだった。酒のコーナーの前で男の分も買おうとして、そこでふと思った。

「……そういや、アイツはいったい幾つなんだ?」

 陽人はどうしたものかと考えた。本人に訊いたところでわからないのだから仕方がなかった。陽人は取りあえずビールを2本カゴに入れ、目についたノンアルコールのカクテル缶を1本追加しておいた。

 店を出て、ついでに買った煙草に火を点けた。ふうと吐き出した息が、ちらちらと舞う白い雪の間に消えていった。時計は23時を過ぎた辺りを示していた。陽人の隣を、配達を終えたコンビニのトラックが走り去って行った。



・・・・・・



 運送会社のトラックを運転していた陽人は、先ほどから鳴りっぱなしの私用携帯電話の着信音に半ば苛立っていた。一向に切れる気配がなく延々とループしている。信号待ちで停車したのを機に、通話ボタンを押した。

「何だよ、今運転中だっつうの! ほんっとにお前間が悪りいわ」

 繋がると同時に怒鳴りつけられた相手の男がはあと息を吐いた。

「ああ、わかってるよ悪かった。でもお前中々つかまんねえんだもん。それよりさ、今日時間取れねえか?話したいことがあるんだよ」

「時間かあ、……ああ、悪い。また掛け直すわ」

 歩行者用信号が点滅をし始めたのを見て、陽人は通話を切った。今日は後一件、この荷物を届ければ終わりだ。会社を出た後で、陽人は再び先ほどの相手の番号を押した。

「ああ亮介、悪りいな。で、何だよ」

「何だじゃないだろ。お前の用事でこっちは色々調べてるってのに。あーそうそう。妙な噂を聞いたんだよ。まだ裏は取ってないんだけどさ、面白い話になりそうなんだ」

 亮介がそう、面白がるような口調で言った。おそらく陽人にとって、いい情報を入手したのだろう。

「そっか。じゃあ、8時にいつものとこで」

 通話を切ると、陽人はふう、とため息を吐いた。それから時計を確認し、雪が降り出しそうな空の下を足早に歩き出した。

 クリスマスを間近に控えた町は至る所に電飾で飾り付けられた街路樹やなんかが立ち並んでいた。浮かれた空気の中で、陽人はある児童福祉施設の前で立ち止まった。園の入り口にはポインセチアの鉢が並べられ、小さなモミの木には子どもたちによる手作りのオーナメントが吊り下げられている。

 外で追いかけっこをして遊んでいる子どもがいた。その元気な姿に陽人はふっと目を細めた。

「はるちゃん!」

 建物の中から、陽人を呼ぶ声が聞こえてきた。5歳くらいの小さな女の子が慌てて駆け寄ってくるのが見えた。そのままの勢いで陽人にどすん、とぶつかって、女の子が尻餅をついた。

「ヒナ、大丈夫か?」

 陽人が屈み込んで抱き起すと、女の子がにっこりと笑った。

「うん。ヒナ、痛くないよ」

 ヒナタはぱんぱん、とスカートに付いた土ぼこりを叩いた。赤いワンピースに、ふわふわした白い襟巻を付けている。小さなサンタガールといった出で立ちだった。2つに分けて結わえた髪には、柊の実を模した髪飾りを付けている。

「どした、可愛い格好してるじゃねえか」

 陽人がそう言うと、ヒナタは恥ずかしそうに顔を両手で覆った。近くで様子を伺っていた職員の女性がにこやかに声を掛けてきた。

「あら、ヒナタちゃん。良かったわねえ。陽人お兄ちゃんが来てくれて」

 ヒナタはうん、と大きな声で返事を返した。

「ヒナ、どこ行きたい?」

 少しの間、園の外を見て回ってもよいとの許可を得て、陽人はヒナタに訊いてみた。

「海!」

 ヒナタが答えた。

「海? またかよ、こんな寒いのに」

「ねえはるちゃん、ヒナと貝殻探しっこしよう!」

 ヒナタは目をキラキラさせて陽人を見上げた。

「ああ、わかったよ」

 園からすぐ近くの浜辺には、季節はずれなこともあって他に人は居なかった。風が少々あったので、うっかりヒナタが飛ばされやしないかと陽人は気が気ではなかった。

 そんなこととは知らず、ヒナタは浜辺をちょろちょろと歩き回り、衣服が砂まみれになるのもお構いなしで貝殻探しに夢中になっていた。ヒナタはピンク色をしたキレイな貝殻を見つけ、得意げな顔で陽人に見せた。陽人はやや大きめの巻貝を見つけた。ヒナタがそれを見て歓声を上げた。

 貝殻を探すのに飽きた後で、ヒナタは波打ち際で寄せては返す波を見つめていた。そろそろと波の引いた後に足を踏み出す。ざあっと大きな波が来て、逃げ損なったヒナタの靴がずぶ濡れになった。

「きゃあ!」

 膝まで濡らして、何故か大喜びで笑っていた。陽人はそんな様子を少し離れたところから見守っていた。

 園まで戻ると、ヒナタが陽人を見上げてどこか寂しそうな顔をした。

「また遊びに来るよ。だからそんな顔すんなって」

「うん。あ、そうだ!」

 ヒナタは何かを思いついた様子で、慌てて園の中に走って行った。しばらくしてから、戻ってきたヒナタが握りしめたものを陽人の手の平に乗せた。

「なに?」

 陽人はヒナタから渡されたものを間近に持ち上げて見た。

「あのねえ、これね、ヒナの一番の宝物なの」

 金色の輪っかに、ピンク色をした宝石を模したプラスチックが取り付けられた指輪だった。

「俺にくれんの?」

「ちがうの!」

 ヒナタが慌てて否定した。

「ヒナの大事な指輪なの。はるちゃんに貸してあげる。だからね、ヒナに返しに来ないといけないんだよ。はるちゃんが今度遊びにきたときに、ちゃんとヒナに持って来なきゃだめなの」

 ヒナタはそう大真面目な調子で言って、無理やりに陽人にその指輪を押し付けた。陽人はヒナタの言わんとしていることがわかった。要するにまた遊びにこいと言っているのだ。まだ幼いながらに一人前に考えているのが可笑しくなって、陽人はふっと笑った。

「わかったよ。またすぐに、遊びにくるからな」

「うん!」

 ヒナタが嬉しそうに笑った。

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