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Messenger  作者: 人肉遊離
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12月某日

 12月。午後の6時を過ぎた頃には、もう辺りは真っ暗になっていた。繁華街を通り抜け、寂れた通りには疎らに設置された街灯だけが辺りを照らし出していた。時折冷たい風が吹き抜ける。今夜あたり、雪が降るのかもしれない。

 黒谷陽人は、着ていたジャケットの合わせ目をぎゅうと握りしめた。左手にコンビニのビニール袋をぶら提げて、人通りのない寂しい道を歩いていた。さっきまで聴いていたBGMの、よくあるクリスマスソングを小さく口ずさみながら。

 公園のベンチに腰を下ろすと、傍らにビニール袋を置いた。植え込みの辺りで、その様子を伺うようにして白い猫が姿を現した。陽人は笑って、身を屈めて猫を見つめた。

「よう、元気そうじゃねえか」

 袋の中から取り出した猫缶の封を切り、地面に置いた。猫は警戒したまま、じりじりと餌との距離を詰めている。陽人は黙ってその様子を見ていた。やがて猫は餌を夢中になって食べ始めた。

「現金なヤツ」

 猫が満足して去った後、すっかり冷えた缶コーヒーを開けた。

 その時だった。ずしゃ、と近くで音がした。何か重いものが落下してきたような音だ。

「何だ?」

 陽人は音のした方を振り返って見た。そこには、男が一人うつ伏せになって倒れていた。慌てて駆け寄った。男は死んだようにぐったりしている。陽人は辺りを見回した。小さな公園だ。ここに立ち寄ってから、他に人は来なかったし、誰かいるような気配も感じなかった。

 うう、と男が小さく呻く声が聞こえた。陽人は男の傍らにしゃがみ込んで声を掛けた。

「おい、どうしたんだよ大丈夫か?」

 男は呼びかけには答えなかった。近づくと、嫌な臭いがした。体の下に差し込んだ手に、ぬるっとした感触があった。陽人の手の平が血でべったりと濡れていた。男の着ている灰色のジャージが血まみれになって汚れていたのだ。まるで刺されたか、事故にでも遭った直後のような有様だった。勿論そんな類の物音なんかは聞こえていない。 

「こりゃやべえな。おい、お前、大丈夫だからな。今救急車呼んでやるから」

 陽人は男に聞こえるように呼びかけた。意識が戻ったのか、男が顔を上げた。陽人のシャツを掴むと、男は首を左右に振った。陽人にはその意味がわからなかった。そうしていると、男がもう一度首を振った。男がいやだ、と呟く声が聞こえた。

「どうしたってんだよ。ひでえ怪我してんじゃねえか、死んじまうぞ」

 陽人は取りあえず自分で出来るだけの応急処置をしようとして、男を仰向けに返し、ぼろぼろになったジャージの前を開いてみた。

 しかしそこには、傷口ひとつなかった。

 男は意識を失ってまた目を閉じていた。辛うじて息をしていることだけは確認できた。

「どうすっかな……」

 陽人は少し迷ったが、彼を自宅に連れて帰ることに決めた。寒空の下放って置くわけにもいかないと思ったのだ。ジャージの上から着ていたジャケットを羽織らせた。人通りの少ない道で、幸い誰かとすれ違うことは無かった。



 部屋に着き、陽人は灯りの下で改めてジャージに付いている血の染みを見てみた。とんでもない大怪我を負っているはずが、やはり男にはそんなものは見当たらない。

 生地を裏返して見た。外側から付着したというわけではなく、内部からの出血によるものとみて間違いなかった。

 陽人はもう一度思い起こしてみたが、確かに事故のような音も、事件で人の叫ぶような声も聞いてはいなかった。考えても訳がわからなくなるばかりだった。

 男を自分のベッドに横たえると、その顔を間近に見つめてみた。20歳前後といったところか。目を閉じた男は穏やかそうで、線の細い優男に見えた。着ているものは上下とも灰色のジャージだった。ボロボロで、なにか厄介なことに巻き込まれているのに違いなかった。

 ただ人を見た目で判断するわけではないが、この男はおおよそ殺人や、そういった物騒な事件なんかには関わりないような人間に見えた。

 陽人は頭を掻きながら、何か羽織れるものを探した。この部屋のどこかに、今日自分が寝られる場所を確保しなくてはならない。



 翌朝。まだ明けきらない内に件の男が目を覚ました。

 あの後、結局寝付くことが出来ないまま男の様子を伺っていた陽人は、それに気が付いた。男はぼうっとしたまま何回か瞬きをしていた。

「よう、気が付いたんか」

 その声にびく、と男が体を強張らせた。それから、体を起こして陽人を見た。訳がわからない、と言いたげな顔をしている。男は挙動不審な様子で陽人と、自分の居る空間をきょろきょろと見回した。

「心配いらねえよ、ここは俺の家だ。それよりお前は大丈夫なんか? 昨日の晩、大怪我して公園にぶっ倒れてたんだ」

「……すみません」 

 男はわからない、というように首を振った。陽人は脱がせておいたジャージを掴むと、目の前に広げて見せた。血の染みはすっかり茶色くなって乾いていた。

「いいって。これ、お前の服。お前が病院行きたくねえっつうんで取りあえずここまで連れてきたんだよ。お前、それにしちゃあ大した怪我もしてねえみたいだったし、いったい何があったんだ?」

「……わからないんだ」

 少し間をおいて、男はそう答えた。それから、顔を上げて陽人を見た。

「何も、思い出せないんだ。俺、アンタが言うように、何で自分がそんな格好してたんかもわからない。気が付いたら、ここに居たんだ。自分が何しててそうなったんか、俺、自分でも全く覚えがないんだ」

 男は頭を抱えて、項垂れた。陽人は黙って男の傍らに移動した。男が俯いていた顔を上げた。

「気にすんなよ。今は、何でか知らねえが思い出せねえだけかもしれねえ。しばらく休みゃあなんか思い出せるかもなあ」

 陽人はそう言うと、男の居るベッドに寄りかかった。あまり眠れなかったせいで、眠くてしかたがなかったのだ。男が起き上がろうとしたのを制すると、にやっと笑って言った。

「いーっていーって、怪我人は寝てろ。俺もさあ、眠くてしょーがねえわ」

「でも、俺は」

「何かわかるまでここにいりゃいいさ」

 陽人はよほど眠かったのか、言うや否やでもう眠ってしまった。男には更にわけがわからなくなった。取りあえず引っ張り出した毛布を陽人に被せると、シーツを引っ張り上げてもう一度ベッドに横になった。

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