その5:事の真相
「さてと、休憩は終わり! で、シェラはなにしに来たの?」
「なにしに来たとはご挨拶ね。ウエイトレスとして雇ってくれるっていうから、こうして武装解除して尋ねてきたんじゃない」
「そっか、そうだったね……ごめんなさい」
謝るニオを尻目に、シェラはマックスが座っていた椅子に腰をかけた。
当のマックスは店の隅でうつ伏せで倒れ、ボロボロになった服のまま動いていなかった――が、だれも心配していない。
しいていえばラビがマックスを、どこから持ってきたのか分からない木の棒で何度もつついているぐらいだ。
「いいのよ。わたしもこの仕事はあまり乗り気じゃなかったからさ。やめるためのいい口実が出来たと思えば」
「でも、傭兵としての信用はガタ落ち……」
顔をうつむかせたニオの肩を、シェラは軽くポンと叩いた。
「気にしなくていいの。傭兵の仕事しかやったことなかったから、ウェイトレスなんて、ちょっと新鮮で楽しみでもあるからさ」
笑い飛ばすシェラだったが、ニオはシェラの横顔にかげりが浮かんでいる気がした。
「で、わたしはどんな仕事をすればいいのかしら?」
「ちょっと待って。確かにウェイトレスとして雇うとは言ったけど。いまはそれどころじゃないの」
「なんだ、ウォルガレンの滝の件まだ片付いてないの? レスチアなんて小物、ハンターさえどうにかすればすぐに尻尾を巻いて逃げていくでしょうに」
「そのハンターがどうにか出来ないから困ってるんだよ」
ユキに言われ、シェラはあっさりと納得してしまった。そのやりとりを横目で眺めながら、ニオが突然手を打つ。
「シェラに聞きたいんだけど。ハンターが滝の回りに地雷を仕掛けた可能性ってある?」
「地雷? どっからそんな発想出てきたの。あるわけないじゃない」
「だが、シェラが知らないうちにハンターが地雷を仕掛けたという可能性があるだろ?」
ユキの意見にシェラは首をかしげて、逆に質問してきた。
「それって、いつ言われたの?」
「シェラが走り去ったすぐ後だが……」
「だったら間違いなく大丈夫ね。もしわたしが知らない間にハンターが地雷をしかけたって言うなら、わたしにも教えてくれるはずでしょ? わたしとハンターは一緒に控え室から出てきた。わたしに地雷の場所を教えておかないと、わたしが踏んじゃうじゃない」
ニオとユキががっちりと握手を交わす。そのまま二人はシェラへと向き直り、
「間違いない?」
同時にシェラへと聞き返した。
「ハンターが最初からわたしを捨て駒に使おうとしてたって言うなら、話は別かもしれないけど、今日の朝の時点では味方だったんだから、もし地雷を仕掛けていたら、踏まないように場所を教えてくれるんじゃない?」
「確かに……」
ユキが頷く。ニオは腕を大きく振り上げると、威勢のいい声で叫んだ。
「よし! 作戦決定! 正面突破でハンターとレスチアを捕まえよう!」
はりきって店を出ようとするニオとユキに、背後からボソリとシェラがつぶやく。
「ハンターに撃たれずに、無事帰ってこれたら褒めてあげるわ」
現実に引き戻され、ニオはがっくりとその場にへたりこんだ。
「そうか、いくら地雷がなくてもハンターさんには二丁の拳銃があるんだ……」
「オーダーメイドの上に、使いやすいよう丁寧にカスタマイズされた拳銃がね」
ニオがハンターの射撃を目にしたのは、今日が初めてだった。だが、噂で何度も聞いている。ハンターが狙った部位を外すなんてありえない。
それがたとえ、腕であろうと、膝であろうと――もちろん、眉間であろうと。
「やっぱダメじゃん! ユキさんのバカ! もうちょっと考えて行動してよね!」
「えっ? えっ?」
不意をつかれたのとぬれぎぬがかぶさり、ユキは年甲斐もなくオロオロしていたが、咳払い一つで何とか心を落ち着かせた。
「と、とにかくだ。みんなも疲れているだろうし、ひとまず解散ということでどうかな?案外、一人で黙々と考えたほうが妙案が浮かぶかもしれないぞ」
「だけど、工事は明日からなんだよ?」
悲痛な声で叫ぶニオに、ユキは優しく微笑みかける。
「明日の早朝に、再び集合だ。実現可能とハンターをどうするかという点を重点的に考えれば、きっといい案が生まれるはずさ」
それぞれがユキの提案に納得し、帰宅を始める。
ニオはそれらを見送った後、店内へと戻った。そのまま呆然としているニオの頭に、一つの団体がよぎる。
「そうだ。自警団に頼めば……」
手早くオートエーガンの戸締りを完了させると、ニオは自警団の事務所へ走り出した。
マスカーレイド内の住民はもちろん、旅人や商人などがからんだいざこざのために作られたものだ。
「だれか、だれかいませんか?」
ニオが事務所内に飛び込み声をかけると、中から壮年の男性が姿を現した。自警団の団長であるノルン=レイジスである。
ノルンは白地に黒で染められたカズラに、黄色の十字架がかたどられた制服を上手に着こなしていた。加えて団長の証である紋章入りのブローチが、胸できらりと光っている。
「ニオか……なにか事件でもあったのか?」
「大事件ですよ! ウォルガレンの滝が破壊されようとしているんですよ!」
「その話か……」
ノルンは事務所にある椅子に腰をかけ、タバコに火をつけた。立ち上る煙をぼんやりと眺めながら、ニオへと返答する。
「王都の許可を持ってきているんだろ?」
「だけど!」
「だったら、わしらの仕事はない。わしらの仕事は規律を乱すものや、マスカーレイドに騒動を持ち込む連中の相手だ。許可を得て工事をする業者に、口を出すことなどできるはずがないだろ?」
「だったら、どうして自警団に工事の護衛を頼まないんですか! やっぱりどこかおかしいですよ!」
「連中の考えることなど、わしは知らんよ」
煙を吐き出しつつ、ノルンが付け加える。
「まあ、ニオたちの気持ちも分からんでもない。わしもあの滝が好きだからな」
「だったら!」
「明日になれば、全てが終わる。ニオにできることは、歯を磨いて寝ることだけだ」
「全てが終わるって……滝が、壊れるってことでしょ! そんなときに平然と寝てなんていられません!」
ダンッと机を両手で叩きつけ、鬼の形相でニオはノルンをにらんだ。だが、ノルンは顔色一つ変えず、灰皿でたばこの火を消しただけだった。
「もういいです! 自警団には頼みませんから! わたしたちの宝はわたしたちで守ってみせます!」
ニオはきたときと同じように、勢いよく事務所を飛び出していった。涙を流しながら布団へともぐりこみ、一晩中泣き続けた。
次の日の早朝、店内にはユキとラビしか姿を現さなかった。他のメンバーや毎日欠かさず現れるクネスでさえ、今はいない。
それぞれが持ち寄った案も、あまり良い案とは言えなかった。シェラが単身ハンターへと勝負を挑む、工事のための機械を破壊するなどという意見から、レスチアを暗殺するなどという危険な意見までが揃ったものの、やはりハンターと、その拳銃の腕前が全ての作戦への強大な抑止力として働いているため、実現は難しそうだった。
どんな作戦でも共通でクリアしなければいけない条件――それはハンターに見つからないことだ。
ハンターがどこにいるか、なにをやっているかを把握するのは、そう容易ではない。
たとえみつからずに作戦を実行できる地点へと移動できたとしても、騒ぎを聞きつければきっとハンターは駆けつけてくる。
そうなれば滝の破壊を阻止しようとしている実行部隊は全員、蜂の巣だろう。
「もう、ウォルガレンの滝を救うのは無理なのかな……」
思わず呟いてしまったニオは、大きくかぶりを振った。ここで諦めてしまってはレスチアの思う壺だ。そしてアルマの願いも水泡と化してしまうだけ。
「行こう。ウォルガレンの滝へ」
暗色漂うマスカーレイドの店内で、ニオが悠然と立ち上がった。
「ニオ、いい考えが浮かんだのか?」
ニオは小さく首を横に振った。だが、ニオの表情には諦めたようすはない。
「だけど、黙って滝が壊れるのを傍観しとくわけにもいかないでしょ。行動しなければ結果は出ない。見たり考えたりしてるだけじゃあ、何も始まらないよ!」
茫然自失だったユキとラビは、ニオの力強い言葉で、死んでいた目に光を取り戻していた。
「そうだな。黙ってても勝手に壊されるだけだ。声を大にして訴えれば、なにか奇跡でも起こるかもしれない」
「奇跡に頼るなんて情けないですけど、確かにそうかもしれませんねぇ!」
三人は勢いよく、オートエーガンを飛び出していった。最後までウォルガレンの滝の存続をかけて戦うために――。
三人が滝に着くと、クネス、シェラ、フェミリーと包帯と絆創膏で身を固めたマックスがすでに簡易ステージの前に集まっていた。
どうやらオートエーガンに姿を現さなかったのは、直接ここに来たかららしい。
他の住民はというと、ほとんど姿がみえなかった。昨日のハンターのアルマに対する発砲で、住民は恐れおののいているのだろう。
「みんな!」
「早くニオ! なにかいい考えが浮かんだんだろ?」
クネスの問いにニオは無言で首を振った。全員の肩から力が抜けていく。
「ハッハッハ、無駄なんですよ。無駄!」
簡易ステージの上にはレスチアの姿があった。腰に手を当てて、高らかに笑い声を上げている。
「お願いだから、ウォルガレンの滝を壊すのはやめてよ!」
「そうは参りません。もう予定は出来上がってるのですよ」
そう言いながらレスチアは、手に持っていたくるくる巻きのポスターを開いてみせた。
そこにはウォルガレンの滝跡に造られるであろう、巨大なホテルの完成予定図がしるされていた。パッと見ただけでもニ、三百人の人間が泊まれそうだ。
「このホテルが完成した暁には、マスカーレイドは単なる通過点ではなく、素晴らしい宿泊街へと変わるのです。そうすればニオさんの店にも多くの人が訪れるでしょう?」
「そんなにたくさんお客さんがきても、わたし一人じゃ捌ききれない」
「いいじゃないですか。そこにいる用心棒兼ウエイトレスに活躍してもらえば」
皮肉を言われ、シェラの表情にグッと力がこもる。
「さあ、もうすぐあの滝が崩れ落ちる。そのさまを一緒に眺めようじゃないか」
ちょび髭をいじりながら、レスチアが後ろを振り向く。そこには事務所から歩いてきたハンターの姿があった。
「おおっ、ハンター君。君も一緒に眺めようじゃないか。あの滝が崩れていくさまは想像以上に豪快だと思うぞ!」
興奮気味に語るレスチアの申し出に、ハンターは無言で首を振った。
「悪いが、その申し出には賛同できない」
「ほう、どうして?」
「その前にあんたが捕まるからさ」
「そうかそうか、わたしが捕まるからか。わたしが……な、なにいっ!」
驚き戸惑うレスチアは、おもむろに一歩後退した。それを追うようにハンターは、懐からデザートイーグルを素早く抜いて、レスチアの眉間へと突きつける。
「おかしいとは思わなかったのか? これだけ大きな騒ぎをしていながら、自警団がなにも言ってこないなんて」
「それは許可をきちんと提示したから……」
「許可を自警団で確認してたとしたら、逆に反抗する民衆を抑えにかからないといけないはずだ。違うか?」
「ど、どういうことなんだ!」
「簡単なことだ。おれが自警団の依頼を受けて内部の調査を行っていたのさ」
フッと一瞬だけ笑うハンター。だが、その笑みはレスチアではなく、ニオに向けられていた。
「証拠はそろった。王都が発行したと偽った許可証に、それを認めた発言が録音されたテープ」
言いながらポケットから出したテープを再生する。そこにはハンターとレスチアが事務所で話していた内容が、きれいに録音されていた。
「ついでにあんたの写真も添付しておいた。これで逃げてもお尋ね者だぜ」
「く、くそっ! だれか!」
「おっと、従業員はみんな逃げ出したぞ」
「な、なにぉお!」
顔を真っ赤にして抵抗しようとするレスチアの腹に、ハンターはけりを一撃加える。それだけであっさりとレスチアはうずくまったしまった。
「おい、フェミリー」
「へっ、わたし?」
ハンターたちのようすを呆然と見ていたフェミリーは、突然の指名に泡を食いつつ自分を指差す。
「自警団の事務所までひとっ飛びしてくれ。すべて終わったってな」
「は、はい!」
フェミリーは慌てて事務所の方向へと飛び立っていった。
その後数分後には、自警団の団長であるレスチアと部下数名が現れていた。部下も団長と同じ格好ではあるが、階級がないのかブローチのようなものはついていない。
「おいっ、しっかり歩け!」
自警団に連れられ、レスチアは連行されていった。
「フッ、わたくしを甘く見ないことだ。いずれわたくしが笑い、お前たちが泣く日が来るということを肝に銘じておけ!」
去りぎわに捨てゼリフを吐き、レスチアは自警団の事務所の方角へと連れて行かれた。
その後、王都の裁判所へと運ばれ、判決が下されるのだ。
「よくやったなハンター。報酬は後で事務所まで取りに来てくれ」
ノルンが言うと、ハンターは両手を軽く挙げてみせた。
「なーに、今回は無償でいいさ。おれもこの滝を守りたかったし、あいつがくれた前金がなかなかの金額だったんでな」
ハンターの好意にノルンは敬礼を返すと、部下の後を進んでいった。いまだに現状を理解できていないニオの肩を、ポンと叩く。
「言っただろ? ニオにできることは歯を磨いて寝ることだけだと」
ニオは目を丸くしたまま、無意識に頷いていた。そのままノルンは姿を消していく。
「さてと、一件落着ってわけだ。聞きたいことがあるんなら一人ずつどうぞ?」
たばこに火をつけつつ、ハンターは簡易ステージの上に座った。
「じゃ、じゃあまずわたしからいいかい?」
ユキが手を上げると、ハンターは軽く手を差し出した。どうぞというしぐさだろう。
「ハンターは最初から自警団に雇われていたのかい?」
「ああ。怪しい連中が滝の周りに集まりだしてるから、なにをしようとしているのか調べてくれってな。まっ、依頼がなくてもおれはやってただろうがね」
煙をフーッとふき出しつつ、ハンター。まったく悪びれたようすはない。
「それじゃあわたしを誘ったわけは?」
シェラがユキに続いて質問する。ハンターはたばこの火を消し、両手を後ろに伸ばして体を支えた。
「本当は調査の協力をしてもらおうと思ったんだが。途中で気が変わった」
「気が変わった?」
「シェラがあんまり仕事に乗り気じゃなかったようだから、やめるように仕向けたのさ。シェラが抜けた後におれが場を丸く治めてしまえば、当然おれの評価は上がる。それを利用したってわけだ」
「じゃあ、なんでそれを早く説明してくれなかったんですかぁ!」
ラビの反論に、ハンターはプッと吹きだした。
「当たり前だろう。レスチアの前でそんなことを言えるわけがない」
「だったら、合図というか……どうにかしてわたしたちのだれかに伝えようとか、思わなかったんですか?」
クネスの問いに、ハンターはなぜか首をかしげた。まるでクネスの質問が的を外しているかのようだ。
「聞いてないのか? アルマから」
「アルマ? アルマってニオの母親のアルマかい?」
「他にだれがいるんだ?」
アルマという名は、この街に一人しかいない。そこでずっと黙っていたニオはようやく声を張り上げた。
「だったらどうして……どうして母さんを撃ったのよ!」
簡易ステージの上にのぼったニオは、容赦のない平手をハンターの頬へと叩きつけた。
「ちょっ、落ち着けニオ!」
「うるさい! 言い訳なんか聞かないわ! もし本当に自警団の任務で最初からあいつの企みを阻止するつもりだったんなら、母さんを撃つ必要はなかったはずよ!」
「だから、話を聞けって!」
ハンターの制止をきかず、ニオはハンターの体中を叩きまわした。慌ててユキがニオの暴挙を止める。
「待つんだニオ! ハンターの話を聞こうじゃないか!」
「だって、だって! 母さん死にそうなんだよ! ハンターさんのせいで母さん死んじゃうかもしれないんだよ!」
ユキの手の中でじたばたと暴れるニオ。ようやくニオの暴行を潜り抜けたハンターは、ゆっくりと立ち上がりつつ頭をかいた。
「まったく、落ち着いて話を聞けって……」
「落ち着いていられるわけ……ンガガ!」
まくしたてるニオの口を、ラビが両手で塞ぐ。辺りが静まり返るのを確認してから、ハンターは話しはじめた。
「あのなぁ、おれが本当にアルマを撃ったとでも思ってるのか?」
「ンググググッ!」
ラビの活躍のおかげで、ニオの反論は意味を成さなかった。
「おれが撃ったのは普通の銃弾じゃなくて、ペンキの入った着色弾だぞ?」
「グッ?」
暴れていたニオの動きが止まり、ユキとラビがゆっくりと手を離す。
「着色……弾?」
ハンターは答えず、鼻歌を歌いながら拳銃に銃弾を込めなおしていた。そして突然、ハンターの銃身がシェラへと向けられる。
パンッ! という乾いた音と共に、シェラの腹部に赤色が広がった。
シェラは信じられないものを見るように赤くなった腹部に手をやると、赤色が手に付着する。
「ハンターさん!」
ニオが声をあげるのを手で制し、ハンターはゆっくりとシェラへと尋ねた。
「痛いか? シェラ」
シェラは自分の手を震わせながら、ゆっくりと首を横に振った。
「全然痛くないわ」
「ええっ!」
ニオは慌ててシェラへと駆け寄り、付着した赤色をさわると、合わせて臭いも嗅いだ。
「ただの、ペンキじゃない、これ」
「そういうことだ。普段は道に迷いそうな森の中なんかで、目印として使うんだけどな」
ハンターは拳銃を懐にしまい、ニッコリと微笑んでみせた。
「それを利用してアルマにメッセージを送ったんだが、まさか伝わってなかったとはな。おれの心情は受け取ったって言ってたから、真意は分かっていたはずなんだが……」
首をひねるハンター。だが、現実にアルマは入院している。それでニオが納得できるはずもない。
「でも! 母さん入院してるんだよ!」
「はっ?」
「腹部の傷が原因で重体だって! 脂汗かきながらニオ、ニオってうわごと言って!」
ニオの訴えを聞いたハンターは、あごに手をやり考えるしぐさを見せた。
「ニオ、おまえその傷確認したのか?」
「へっ?」
「おれがうった弾痕だよ。ちゃんと確認したのか?」
「い、いや……でもアルマ先生が……」
おたおたし始めたニオに、ハンターは顔を伏せながら口を緩ませる。
「ニオ……」
「も、もしかして?」
ハンターはこっくりと頷いた。
「おまえ、遊ばれてるぞ」
「うそでしょ……」
「自分の命ですらいたずらの種に使う。アルマの得意技だからな。おれも何度騙されたことか……」
信じられないといった表情のニオも、心の中では納得していた。ニオの母親はいたずら好きで、先日も醤油と酢の中身を変えているというだれにでも分かるいたずらがあった。
調味料だけではなく、いろんないたずらを細部にしかける。それも、忘れた頃にやってくるのだから性質が悪い。
だが、それが酒と同じくアルマの生きがいなのだ。
「わたし……ちょっと病院に行ってくる」
引きつった笑みを浮かべながら、ニオは一人病院へと向かった。こめかみにうっすらと青筋が立っている。
「ありゃりゃ。こりゃさすがのアルマも大目玉だな」
「まあいい薬にはなるだろ」
「アルマさんがちゃんと役目を果たしていれば、大騒ぎにならずにすんだんですぅ」
だれもアルマを助けに行こうなどとは言い出さず、むしろ喜んでニオを見送っているように見えた。
病院の中はあまり忙しくないのか殺伐としており、看護婦の姿がちらほらあるだけだ。
ニオはアルマの病室へと急いだ。部屋の名前を確認してから、おもいきり扉を開く。
「母さん!」
目の前の光景を、ニオは疑いたくなった。
そこには、酒を飲みながらアクサと談笑しているアルマの姿があったのだ。
だが、呆然と目の前の光景に立ち尽くしているニオにアルマは気づくと、慌ててお酒を隠して布団の中へともぐってしまった。
そばにいたアクサが、すかさず霧吹きでアルマの顔に水をかける。どうやらこれが脂汗の正体だったらしい。
「ニオ……母さんはもうダメかも……」
この期におよんでまだ重体の演技を続けるアルマに、ニオは肩を震わせながらつかつかと近づいていく。
そのままアルマの頭を、そばにあった雑誌でおもいっきりはたいていた。
「いたっ、なにすんだ親に向かって!」
「うるさいうるさい! 当然でしょこれぐらい!」
床に雑誌を放り投げ、ニオは力なく膝をついた。
「本気で、心配したんだからね。母さん死んじゃったらどうしようって、本気で心配したんだからね!」
淡い吐息に加え、乾いていた目から再び涙がこぼれる。
そんなニオの肩をアルマはポンと叩き、続いてニオの髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「なにすんのよ!」
「わたしの芝居も捨てたもんじゃないな。無事だったからできる他愛のないいたずらだから、気にすんな」
「言える立場じゃないでしょ!」
お互いから飛び交う罵詈雑言。止めたのはアクサの一声だった。
「静かにしなさい! ここは病院なのよ! アルマもバレたんだからもう退院!」
「えぇ、もうちょっと入院しときたいな」
「ダメよ。さっさと帰った帰った!」
ぶつくさ文句をたれながら、二人は病室を後にしようとした。
後姿を見送りながら、アクサはニオだけを引き止める。
「ニオ、アルマを許してあげてね。照れくさくて普段いえないようなことを、この機会に言っておきたかったのよ」
「それって……」
「フフッ、いつまでも仲良くオートエーガンを経営してね。わたしも近いうちに夕食でも食べに行くわ」
「はいっ! ありがとうございます。アクサ先生!」
深くお辞儀をしたニオに、遠くからアルマの声が響く。
「おーい、なにしてるんだ! 早く帰って飯を作ってくれよ! 病院の食事は量が少なくて腹が膨れないんだ! 味も大したことないし!」
「ちょっと、失礼でしょ母さん!」
代わりに謝るニオを手で制し、入り口近くまで移動していたアルマにアクサが叫ぶ。
「悪かったわねアルマ! あ、それと昨日と今日の入院代として、オートエーガンの食事を何度かごちそうしてもらうから、そのつもりでね!」
「えぇー、わたしのおごりなのぉ?」
自分の悪巧みがマイナスに働いてしまい、アルマはようやく反省の色をみせる。
アクサとニオはしてやったりと、軽くハイタッチをしてから別れていった。