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その2:ウォルガレンの滝の危機

あきらかに違和感を感じたのは、正午になる少し前の時間帯だった。

 オートエーガンは比較的安価で美味しいものが食べられると近所でも定評がある。マスカーレイドの住民の多くは昼食をここでとるため、昼食時は一番忙しい時間帯なのだ。

 それでもニオの母親が店を手伝うことは皆無で、ニオは席の埋まった店内と、火にかけた鍋が並ぶ厨房をかけまわって休む暇などない。

 だが、今日のオートエーガンはほとんど席が埋まっていない。朝早くに来たままコーヒー一杯で粘っているクネスを除けば、テーブルに二人とカウンターに一人しかいない。

「今日は商売あがったりね。なにかあったのかな」

 営業中は店外へと出られないため、マスカーレイドのようすは訪れたお客様に聞くしか手立てがない。

「たまにはいいかもね、こんなお昼も。毎日働きっぱなしで疲れ……」

 あくびまじりにぼやいていると、突然オートエーガンの入り口が開け放たれた。

「大変だよ、大変!」

 飛び込んできたのは二十センチ程度の羽の生えた人種――フェアリーだった。動物の皮でこしらえた小さな服で身を包み、腰には帯剣しているかのように見える。ただ、正体は本物の剣ではなく、行商人であるシェリーに以前売ってもらった小さな針だ。

「フェ、フェミリー!」

 ニオは思わず叫んでしまった口を、すぐさま両手で塞ぐ。だが、時はすでに遅かったようだ。

「フェミリーだと!?」

「うわっ、ほんとだ!」

「やばいぞ、巻き添え食らう前に逃げろ!」

 口々に暴言をはきつつ恐怖に顔を歪ませ、クネスを除く三人は料金を払わず脱兎のごとく逃げ出してしまった。

「ちょっとまって! 代金未払いだよ!」

 ニオが慌てて叫んだ時には、すでに三人は店の外へと脱出を完了していた。

「今日は厄日かしら……閉店したほうがいいかも」

「本当、どうしちゃったんだろうねぇ!」

 何が原因かまったく分かっていないフェミリーは、エヘヘと笑いながら去っていった三人を見送っている。

 ニオは深いため息を吐きながら、とぼとぼと厨房へと入っていくところだった。それに気づいたフェミリーが慌てて声をかける。

「それよりもニオ、大変なんだってば!」

「あーあ、確かに大変ですよー。フェミリーがこの時間帯に来るってわかってりゃ、先に料金を貰ってたのにさ……」

 がっくりと肩を落としつつフェミリーをどかし、厨房の中へと入っていく。それを阻止しようと背後からフェミリーがニオの服をつかんだ。ニオはずるずると引きずられつつ厨房から引っ張り出される。

「ちょっと、人のせいにしないでよ!」

「どう考えてもあんたのせいでしょ!」

 ちっちゃなフェミリーの頭を指でつまみ、ニオは目の前へと引き寄せた。どんぐりまなこの目をくりくりさせながら、フェミリーは首をかしげている。

「なになに、どうかした?」

「フェミリーが突然来ると客が逃げ出すの。来る時は電話でことわってから来てっていってるでしょ?」

「どうしてわたしだけ! わたしがなにしたっていうのよ!」

「どうやら先週の騒ぎでも、まったく懲りてないみたいね……」

 先週の騒ぎといわれ、フェミリーは目線をわずかに上向かせた。それから小さくポンと手を打つ。

「ああ、ボールを拾ったから、それで遊ぼうってここへ来た時のこと?」

「一般的には、あれはボールじゃなくて手榴弾って呼ばれてるんだけどね……」

 ニオにすごまれ、フェミリーは苦笑いを発していた。逸らそうとしたフェミリーの視線をすかさずニオが追いかける。

「それも変なゴミがついてるとかいって、ピンを抜いちゃって……ハンターさんがいたからよかったようなものの、もう少しでオートエーガンは大破してたのよ!」

「まあまあ、いいじゃないの。結局爆発しなかったんだからさ」

 動じたようすもなくペロッと舌を出すフェミリーに、ニオは叱る気力を失っていた。

「ああ、もういい。で、なんの用なの?」

 頭から手を離すと、ハッと思い出したような顔でフェミリーは機関銃のようにまくしたてた。

「そうそう! 大変なのよ! 王都の業者がマスカーレイドを宿場町にするとかいう計画をたてたらしくて! 手始めにウォルガレンの滝をなくそうとしてるのよ!」

「なんですって!」

「マスカーレイドってあの滝が街に食い込む形で作られてるでしょ? だけど回りは地盤が弱くって、これ以上街を広くできないじゃない。だから、あの滝を壊せばもっと有意義にマスカーレイドの土地を利用できるって! このままじゃウォルガレンの滝がなくなっちゃうよ!」

「そんなこと、マスカーレイドのみんなが許すはずがないわ!」

「もちろんみんなで抗議してるわ。だけどむこうも腕利きの傭兵を雇ったらしくって! このままじゃみんな殺されちゃうよ!」

 半べそをかきながら、フェミリーはニオの服の襟を掴んだ。この街の住人のほとんどはウォルガレンの滝に引かれ、地盤の堅いわずかな土地に建築物を造り、住むことを試みた人々の子孫だ。長寿のフェミリーにいたっては、マスカーレイドが出来た頃には生まれており、住民にちょっかいを出している。

ニオもごたぶんに漏れず、この街を作った関係者の孫にあたった。

ニオが生まれた頃には祖父母はすでに亡くなっていたが、なにも言われずとも祖父母がここに住みたいと願った気持ちがわかった。

そしてウォルガレンの滝と共にすごせる昨今に喜びを感じると共に、祖父母に感謝の念をおくっていたのだ。

「どうにかしてよニオ! ニオなら顔が広いからなんとかなるでしょ!」

「そっ、そういわれても……ぐえっ」

 唐突の願いにしどろもどろしていたニオの頭を、背後からだれかが押さえつける。

 振り向くと、そこにはぎらりと目を鋭くさせたアルマが立っていた。

「フェミリー、そこに案内しろ」

「えっ、アルマさんで大丈夫? 酔っぱらってるんじゃないの?」

「酒は飲んでも飲まれるな。わたしは酔っぱらったことなんかない」

「ほんとかなぁ……でも人では多いに越したことはないか。こっちだよ!」

 フェミリーの案内でニオとアルマは店を出た。後ろにはちゃっかりクネスの姿もある。

「クネスさんも行くの?」

「主のいない食堂で留守番してても、注文には応えられないしね。ぼくもあの滝には興味があるし」

「んじゃ、行くよ!」

 ニオが表の看板をクローズの状態にしてから、四人はオートエーガンを後にした。

 

「ウォルガレンの滝を壊すな!」

「マスカーレイドの自然を大切に!」

「心無い建築業者は早々に立ち去れ!」

 ニオたちが目的地――ウォルガレンの滝にたどり着くと、口々にとなえられる主張に加え、文字で内容を示したプラカードが周囲で乱舞していた。

 抗議している人たちは、ニ、三十人ぐらいか、その中にはニオの店の常連も多かった。

野次馬気分で事の成り行きを見守るものもいるが、眉をつり上げたり目を血走らせている人がほとんどだった。

「あ、アルマさん! お久しぶりですぅ!」

 アルマをみつけて声をかけてきたのは、マスカーレイドができた当時から食料品店を営む『ライクガン』の住み込み店員、とがった耳に紫水晶の腕輪が目立つエルフのラビだ。

 エルフ族に伝わると言われる桃色のワンピースの上に、ひらひらとしたレースのついたエプロンを着用している。どうやらニオと同じく、仕事中に飛び出してきたらしい。

「おお、アルマじゃないか! おまえも一緒に抗議してくれ! このままじゃ本当に滝がなくなっちまう!」

 ラビに続いたのは『ライクガン』の二代目店長のユキだ。アルマとは年齢も近く、滝の神秘をわかちあえる旧友だ。

藍色のトレーナーと同色のジーンズ、エプロンも着用しているが、ラビのようにひらひらとしたレースはついておらず、ポケットがついただけのシンプルなものだ。

「そのために来たんだ。まかせとけ!」

 言うが早いか、アルマは人の波を潜り抜けて、あっという間に抗議グループの最前列に移動してしまった。

「みなさん、お静かに! いま責任者からお話があります!」

 ニオもアルマに続こうと人ごみに入り込んだとき、工事関係者が作ったであろう簡易ステージで男が叫んだ。一瞬にして辺りが静まりかえる。

 簡易ステージに上がってきたのは、ちょび髭をたくわえた、恰幅のいい背広姿の男だった。つりあがった目にメガネをかけて、マスカーレイドの民衆を見下ろしている。

「わたくしがこの工事を管理する最高……いいですか? 最高ですよ? もっとも高いと書いて最高の責任者であるレスチア=クマロフです。以後お見知りおきを……」

 手を前に振り下ろしながら、レスチアは丁寧に頭を下げた。

だが、その態度が逆にマスカーレイドの住民を逆なでしてしまったようだ。

再び始まる罵詈雑言の中、どこから取り出したのか――あるいは最初から持っていたのかもしれない――甲高い笛の音を吹き鳴らした。

突然の騒音にさわぎがおさまると、レスチアが一度咳払いをしてから話を再開させる。

「わたくしたちは、きちんと王都の許可を得てこの工事に取り掛かるのです。なんびとたりとも、工事の邪魔はさせません」

「だまれ! 王都が許可を出したってマスカーレイドの住民が許可を出すもんか!」

住民の一人が拳を振り上げつつ述べた意見は、容易に周りからの支援と同意を受ける。

それでもレスチアは動じたようす一つ見せず、笛を高らかに鳴らすだけだった。

「あなたたちはマスカーレードの住民である以前に! 国の住民なのです。あなたたちは国の決定事項には逆らえないんですよ」

 悔しそうな歯軋り音や、地団太を踏んでいる民衆の中から、ひょいと手が挙がる。抗議の最前列でレスチアの言い分を聞いていたアルマだ。

「ウォルガレンの滝を壊して、なにをしようっていうんだい?」

 アルマの問いにレスチアは一度咳払いをしてから、胸を張って答え始める。

「よくぞ聞いてくれました。わたくしたちはこの滝をなくし、ここに高級ホテルを建てようと計画しているのです。ここの宿泊施設は貧弱で、ないに等しい。せっかく各都市を結ぶ中継地点なのですから、それ相応の施設を作れば、街に滞在する旅人も増える。そうなれば、みなさんの財布も暖かくなり優雅に生活できる。いい計画とは思いませんか!」

 胸を張ってレスチアが答える。もちろん、それで納得するアルマではなかった。

「優雅な生活を送りたいのは、アンタだけだろうが」

「失敬な! わたくしの真心が……」

 話の途中でアルマは簡易ステージの上にあがると、レスチアのあごを握りしめた。

「ウ、ウゴゴゴ!」

「だったらわたしたちの返答はこうだ。優雅な生活など一切望んでいない。望んでいるのはウォルガレンの滝との共存だ。わかったらとっとと消えうせな!」

 あごを持ったままレスチアをステージへと叩きつける。周りからは拍手喝さいがアルマに向けられ、アルマは両手を挙げて笑顔で周りへと応えた。

「く、くそっ、こうなったら! カモーン、傭兵さん!」

 痛んだあごを押さえながら、レスチアが大声で叫ぶ。

 すると、奥にあったプレハブ小屋から二人の男女が現れ、簡易ステージへと上がる。マスカーレイドではよく見る顔の出現に、人々がどよめきたった。

「シェラじゃない! どうしてここに!」

 ようやく最前列までたどりついたニオが、出てきた女性に向かって叫ぶ。

 シェラは一瞬しまったと言わんばかりに顔をしかめたが、すぐさま気持ちを落ち着かせると、ニオに頭を下げた。

「わるいねニオ。わたしもこの滝が嫌いなわけじゃない。だけど傭兵は雇用人の命令には絶対なのよ」

「だったら、どうしてこんな仕事を引き受けたのよ!」

「初めからこの滝を壊すって知ってたなら引き受けなかっただろうけど……契約を済ませた後に仕事の内容を聞いたから。そこでやっぱりやめたなんていえば、傭兵としての信用は地に落ちる。わたしが今まで築いてきたものがね」

 剣の柄を軽く握りながら、シェラは苦笑していた。ニオはシェラからもう一人の男へと視線を移す。

「じゃあ、ハンターさんはなんで!」

「おれは賞金稼ぎだ。金のためならなんだってやる」

 ニオと目をあわそうともせず、ハンターは拳銃に弾を込めなおしていた。一丁は銃身の短いパイソン4インチ、もう一丁はオートマチックのデザートイーグル。ともにハンターのオーダーメイドで、グリップには金色の星の紋章――中にHと描かれている――がかたどられている。

「くぅー……」

 悔しそうにうめきながら、ニオはもう一度二人の顔を確認した。平然としているハンターに比べ、シェラは抗議の人の視線に影を潜めている感が強い。

「さあ、傭兵のお二人には前金の分しっかり働いてもらいましょうか!」

 レスチアの合図で、シェラとハンターの二人は簡易ステージから民衆の前へと飛び降りた。

 ニオはざっと辺りを見回してみた。二人の出現で先ほどまでの勢いが無くなり、一歩、また一歩と後ずさっていく。

マスカーレイドきっての武道派の二人が相手では、みんなの腰が引けても仕方がなかった。

「くっ、いったん引き上げよう。でないといたずらに怪我人を出すだけだ! なにかいい考えがある人、思い浮かんだ人はオートエーガンへ来てくれ!」

 アルマの号令で、みんなが一斉にその場から立ち去っていく。

「フェミリー!」

「なあに、ニオ?」

 立ち去りつつニオがフェミリーに耳打ちをする。フェミリーは無言で頷き、どこかへ飛んでいってしまった。

逃げる途中アルマは一瞬だけ、簡易ステージ――特にハンターへと視線を送った。ハンターは消えていく民衆のありさまを眺めながら、静かにほくそえんでいる。

「ハンター! 見損なったよ!」

「なんとでもいえ。金がなけりゃ生きていけないんだからな」

「くっ!」

 アルマは未練を振り切るように、その場から駆け足で去っていった。


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