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その1:オートエーガンの朝

ウォルガレンの滝は、知る人ぞ知る名所だった。高さ数十メートルはあろう巨大な滝の上方は雲がかかっており、頂上の存在すら確認されていない未知の滝だ。

流れ落ちてくる清流は透きとおっており、飲用としても重宝される。さらに滝の内側に広がる特殊な鉱石が日光で反射し、水流の中で乱反射を繰り返してはまばゆい光を放つ。

また夜には別の鉱石が、日中に溜めこんだ光を少しずつ漏らし、独特な乳白色で辺りを淡く照らした。

 緑豊かな自然には、小鳥のせせらぎが耐えることがない。朝露は木々を輝かせ、風は森と協力して合唱する。

そんな情景に心を打たれた人々が協力し、ウォルガレンの滝との共存を望んで村を作り上げた。

最初は滝を囲むように家が数件建つだけのこじんまりした、小さな村だった。

マスカーレイドと名づけられたその村で、村人と滝との共同生活が平和な時を刻んでいく。

だが、周囲の街が急速に発展していくことで、街と街とを結ぶ交通網の発展から、マスカーレイドの存在が公になった。

全ての都市から現れた人々はマスカーレイドを通り、全ての都市へと抜けていく。人口よりも、素通りや一泊で去る人の方が、圧倒的に多い。

 ただ、堅固でない地盤と村人の意向によって、村の発展は急停止を向かえていた。

元々自給自足で生活していた住人は、マスカーレイドの豊かな緑を壊してまで金銭を稼ごうとは考えていなかったのだ。

反対するものもほとんどおらず、マスカーレイドは混乱一つなくまとまっている。昔もいまもその一点だけは変わらなかった。

 もちろんマスカーレイドを訪れる人々をむげにするわけにもいかない。小さな宿泊施設ができ、人間同士はもちろん、盗賊やモンスターから旅人や住民を守るための自警団が作られた。

外食の施設も少しずつ充実していき、人々を蝕む病に対応すべく病院もできた。はからずも街は大きくなっていった。

それから数年が経過した現在。自然を壊さぬよう努力する住人たちの協力によって、マスカーレイドは現状維持のままだ。

ウォルガレンの滝の美しさ、心の病をも打ち消す雄大さを失うことだけは避けなくてはならない。たとえ、どれだけ月日が流れようとも――それが村人全員の願いだった。

 

ゆっくりと昇ってきた太陽が、マスカーレイドをたたえるように照らし始める。紅葉が涼風にゆられ、滝から続く清流では小魚の親子が散歩を楽しむ。

住民たちが寝ぼけ眼で一日を始めようと動き出すその頃、マスカーレイドのほぼ中央に位置する食堂『オートエーガン』では、せっせと働く人影があった。

米をとぐその人影は――十七、八歳ぐらいの、赤くきらめく瞳を持つ女性だった。三角巾に花柄のエプロン姿で、まくった袖は紫色のゴムでとめられている。

米を炊くための釜は業務用らしく、小さく見積もっても直径一メートルはあるだろう。女性が容易にかつげる代物ではない。ましてや釜の中には大量の米と水が入っている。並の男でも重労働のはずだ。

 だが、その女性にとって大した労働ではないらしい。何度も何度も米をすすいでは水を捨てるという作業を、鼻歌交じりでこなしていく。

 米をすすぎ終わると、水を定量の位置まで注ぐ。それを釜に見合う大きな炊飯器の中へと押し込むと、炊飯のスイッチを入れた。

 少し震えつつも炊飯器は稼動をはじめる。女性はそれを確認すると、三角巾を外して額の汗を拭った。内側から藍色の長髪が姿を現し、大きく揺れる。

「ふう、下準備はこれでオーケーね」

 袖を留めていた紫のゴムを取ると、今度はそのゴムを髪を結ぶのに使い始めた。慣れた手つきでポニーテールを作り上げた女性は、全体重を近くのイスへと預ける。

「終わったのか、ニオ」

 ニオと呼ばれた女性は自慢げに微笑みながら頷いてみせた。

「ええ、いつもの通りよ」

「相変わらず、手際のいいこった」

 一升瓶を片手に、にんやりと微笑んでみせたのは、少し離れた場所に座っていたニオの母親のアルマだった。三十代後半で顔にしわが出てきたと気にしつつも、朝早くから夜遅くまで寝巻きのまま、一升瓶をかかえるのが日課の底抜け上戸だ。

「母さんが手伝ってくれれば、もっと楽なのにさ」

「手伝うまでもないだろ? 一人でなんでもできるんだから。さすがはわたしの娘だよ」

「はいはい。近所の人たちはみんな、母さんの子どもとは思えないって言ってるけどね」

 すでに諦めてるのか表情一つ変えず、ニオはアルマの目の前にドンと醤油のビンを置いた。中には黄ばんだ透明色の液体が入っている。

「ところで、本物の醤油はどこ?」

「なんの話だ?」

「あのね、色を見たら醤油かそうでないかなんて一発で分かるの! これ、ラベルは醤油だけど中身はお酢でしょ!」

 アルマは豪快に笑いつつ、足元に隠していたビンをニオの前へと差し出した。ラベルには酢と書かれているものの、中の液体は黒い色をしている。

「さすがはわたしの娘だ。一発で見抜いてくるとはな」

「うるさいわよ、この酔っ払い。いい年なんだからいい加減子どもみたいないたずらやめてよね!」

「へいへい、怖い怖い」

わざとブルブルと震えてみせるアルマを背に、ニオは店頭へと足を向けた。

 営業時間ではないので、店内にはだれもいない。これから四つのテーブルとカウンターをきれいにふけば、開店前の準備は万全だ。

「さてと、さっさと終わらせちゃうか」

 カウンターの内側に備え付けられた簡易の流し台で、ふきんを濡らして絞る。

 手始めにカウンターを拭いていると、入り口のドアがおもむろに開いた。来客を知らせる呼び鈴が、チリンと乾いた音をたてる。

「あ、すみません。まだ営業時間じゃ……なんだ、マックスか」

 入ってきたお客様に非の打ち所がない営業スマイルをみせていたニオだったが、入ってくるお客の顔を確認するやいなや、あっという間にしらけた無表情へと変わっていった。

「おいおい、なんだはないだろ? 一応お客さんなんだから」

 ブルーを基調とした流行の服で全身を覆った青年――マックスは、ニオと同い年か少し上ぐらいだろう。きちっと整えられた髪に手をやり、口の隙間から白い歯を覗かせる。

「口をずっと塞いでるって誓うなら、お客さんとして扱ってあげてもいいわよ」

「堅いこと言うなよ。おれとニオの仲じゃないか」

「どういう仲だってのよ。まったく」

 顔をプイッと背け、店内の清掃に励むニオをにこやかに見守りながら、マックスはカウンターへと座った。

「まだ開店時間じゃないって、言ってるじゃない」

「いいじゃんか。もうすぐ開店なんだから。お得意さまには親切にするものだぞ」

「お得意さま? 注文もせずに店に来る女の子をナンパしてばっかりじゃない。それじゃお得意様とは言えないわよ」

「クネスだって同じようなもんだろ?」

 いいながらマックスは視線を後方へと向ける。その先にはいつも開店から閉店までいすわるクネスの特等席があった。

「クネスはいいの。コーヒー一杯だけでも注文してくれるし、できあがった小説を投稿より先に読ませてくれるんだから」

「まだプロとしてデビューできてないような作品が、そんなに面白いのか?」

「あら。読んだこともないくせに、そんなこと言うなんて失礼よ」

 ニオが言い終わると、まるで呼ばれたかのように一人の客が入ってきた。黒髪におせじにも立派とはいえない服装で、軽く手を振ってみせる。

「いらっしゃい、クネス」

「やあニオ。コーヒーをお願い」

 言いながらクネスは入り口のすぐ横の――入ってきたお客さんからは扉の陰になり一番目立たない――テーブルへと座った。

「わかった。ちょっと待っててね」

 マックスの存在を無視して、ニオは流し台の横でコーヒーの作成へと取り掛かった。煎られたコーヒー豆の香ばしいにおいが、店内へと広がっていく。

「なあニオ、今度の日曜日に一緒に出かけない? なんでもイベント会場でぬいぐるみの展示会があるらしいんだ」

 コーヒーを作っているニオのそばへ、ずいと顔を近づける。ニオは眉一つ動かさず、コーヒーに視線を注いだままぶっきらぼうに答えた。

「もしもし?」

「えっ?」

 あっけにとられているマックスに、ニオは仏頂面でなおも続ける。

「今の状況でもしもし以外に、なんて言えばいいのかしら?」

「そうだなぁ、わあ嬉しい! 誘ってくれてありがとう……とか?」

 ニオのこめかみにうっすらと青筋がたっていく。それでもマックスの瞳に動じたようすはなかった。もしかしたらすでに慣れてしまっているのかもしれない。

「飲食店は日曜日がかき入れ時なの。行きたいなら彼女といけばいいでしょ」

「一週間前まではいたんだけどね。またフラれちゃったんだ」

「だと思ったわ。毎回フラれると、毎日ここに通ってくるんだから……」

 入れ終わったコーヒーをクネスへと運ぶ。

クネスは執筆中の作品の隅に、いまの会話をなぐり書きしていた。

 店内で繰り広げられる数々の会話から小説のネタを探す。クネスがこの店にくる大きな理由だ。

「たまにはいいじゃんか。店はアルマさんにやってもらいなよ」

「母さんに?」

「昔はアルマさんが店やってたんだろ? だったら一日ぐらい任せてさ、ニオは羽を伸ばすってのはどう?」

 ニオは無造作に髪をかきあげると、諦めた口調で述べた。

「それができれば苦労しないって」

 自嘲か苦笑かよくわからない笑みを漏らし、コーヒーメーカーをきれいに洗う。

「なあなあ! いいじゃんか! 一回ぐらいさ!」

 食い下がらずに声をかけるマックスを、ニオはいらつきながらにらみつける。

と、マックスの背後の入り口でベルが鳴り、見慣れた人影が入ってきた。

「いらっしゃいシェラ」

「えっ、シェ、シェラ!?」

 背後に現れたシェラと呼ばれた人物に、マックスは必要以上に動揺し大きくのけぞっていた。

勢いあまってイスがひっくり返り、轟音と共に床へと落下する。

「いてぇ!」

苦痛に歪むマックスのしかめっ面と思わず漏れた悲鳴が、オートエーガンの中にひびきわたった。そのようすをちらりと横目で確認したクネスは、またもノートの端になにやら殴り書きをしている。

「まるで化け物でも見たみたいに、驚かなくたっていいじゃない……」

 マックスを見下ろしながら、シェラはふくれっ面で腰に手をやった。

小麦色に焼けた体を部分鎧で覆いつつ、女性とは思えないほどの大きなツーハンデットソードを帯剣している。

乱雑に入り混じっていた緑色のショートヘアーは寝癖なのかファッションなのか、ニオはいまだに分からなかった。

「ちょうどいいところにきたわ。マックス、シェラを誘えばいいじゃない」

「えぇ! シェ、シェラを誘うのか!?」

 起き上がりながらちらりとシェラの顔を見やり、椅子へと座りながらニオへと視線を戻す。

「や、やめとく……」

「なんの話か知らないけど、ニオを誘えてわたしを誘えないってのは、どういう了見なのかしら?」

 背後から忍び寄ったシェラが、マックスの首にヘッドロックを仕掛ける。グエッと蛙が鳴くようなうめき声と共に、マックスの顔は紅潮していった。

「わたしの姿を見て急に慌てるなんて、おかしくない?」

「べ、別に慌ててなんか……それより苦しいって……」

「やましいことでも考えてるから、びっくりしたんでしょ」

「やましいことなんてないから、首から手を離してくれぇ!」

 マックスの渾身の叫びで、ようやくシェラはマックスから手を離した。

「たくさんの女性を泣かせた罰よ。思い知った?」

 マックスは何度も咳を繰り返し、落ち着きを取り戻してからシェラに弁解を始めた。両手を大きく左右に振りつつ必死の形相で、マックスは声を荒げている。

「違う違う! いつも泣かされるのはおれの方だって!」

「どうかしらね……」

 マックスの隣へと座り、シェラはニオにコーヒーを注文した。満面の笑顔で注文を受けたニオは、再びコーヒーメーカーを稼動させる。

 マックスはむくれつつも、これ以上ニオを誘うのは無理と判断したのか、シェラの後ろを通って店の外へと向かっていった。そのついでとばかりに、シェラの後ろでボソリと何かをつぶやく。

「なんですって!」

 突然声をあげてシェラが立ち上がると、慌ててマックスは走り出していた。早くも店の入り口へと移動を完了させると、イッシッシといやらしげな笑いを放ちつつシェラに向かって大きく手を振る。

「シェラも恋愛の一つでもすれば、おれの行動がわかるようになるって!」

「余計なお世話よ!」

 腕を振り上げて迫るシェラから逃れるべく、マックスは店の外へと飛び出していった。

「マックスのやつ、なんか言ったの?」

 振り上げた手のやり場に困りつつもゆっくりと下ろし、席に戻ったシェラへニオが尋ねる。

「ひがんでないで、恋人の一人でも作れ……だってさ。大きなお世話よ、まったく」

 ため息まじりに報告すると、シェラはカウンターに肘をついてあごを乗せた。視線はニオの手先にあるコーヒーメーカー。コーヒーができるのを待っているようだ。

「おまちどうさま。わたしのおごりよ」

 完成したコーヒーにミルクと砂糖を多めに入れて、シェラの前へと置いた。かぐわしいコーヒーの匂いがシェラの鼻を撫でるようにくすぐる。

「おごり?」

 ニオから渡されたコーヒーにゆっくりと口をつけつつ、シェラが聞き返す。ニオは小さく微笑みながら、シェラの疑問に答えた。

「マックスを追っ払ってくれたお礼と、シェラへのお詫び」

「お詫び、か……」

 カップを皿に戻してから、シェラの口から再び大きなため息が吐き出された。中に残っているコーヒーに波紋が生まれ、淵までのわずかな距離を広がっていく。

「なんで……あんなやつ好きになっちゃったのかな?」

 シェラの疑問に対して、ニオは明確な答えを思いつかなかった。ただ、シェラの胸に渦巻く焦燥を、ほんの少しでも和ませることはできそうだった。

「別にわたしもマックスが嫌いなわけじゃないよ。相手を振るよりも振られるほうが圧倒的に多いみたいだし、女の子に対しての優しさも備えてるしね」

「でも、しりが軽すぎるじゃない。一人の女性だけをずっと愛し続けるなんてできないタイプだしさ。ましてや、わたしみたいな男っぽい女なんてきっとタイプじゃないよ。会うたびにいっつも口げんかしてるし……本当に、どうしてあんなやつ好きになっちゃったんだろ」

 頭を抱えてうめくシェラの横へとニオが腰をかける。ポンとシェラの肩に手を置くと、一瞬シェラの体がビクッと震えた。

「もっと自信持っていいと思うけどな。シェラはとっても魅力的な女性だよ」

「でも、女なのに筋肉質で、傭兵を仕事にしてるんだよ?」

「女だから、男だからって分ける必要はないと思うけど。男も女も千差万別。いろいろな人がいるから面白いんじゃない」

「そうかな……」

 藍色の前髪をかきあげてから、ニオははにかむシェラと向かい合った。照れているのか、シェラの小麦色の顔にほんのりと赤みがさしている。

「そうよ。シェラは美人だし、スタイルだっていいんだから。わたしが男だったら絶対に放って置かないよ」

「そっか……ありがとう。なんだか少し気分が晴れたよ。わたしより年下なのに、ニオはしっかりしてるね」

「母親がああだからね、しっかりしてないとやってられないんだよ」

 カウンターの後ろにある調理場を指差す。馬鹿でかいクシャミが調理場からこだまし、ニオとシェラは二人でコソコソと含み笑いをした。

「ほんと、ニオに出会えてよかったよ……」

「そんな、大袈裟な……」

 ニオは照れくさそうに鼻の頭をかきつつ、時計へと目をやる。八時をすでに少し回っている時計は、オートエーガンの開店を意味していた。

「さて、と。今日もはりきっていくわよ!」

 両手を天井へと突き上げ、気合を入れる。クスクスと微笑むシェラと小説に没頭しているクネスを店内に残し、ニオはいったん外へと出た。

出入り口の外側にかけてあるふだをひっくり返すと、クローズからオープンへと表示が変わった。これでオートエーガンの正式な一日が始まったことになる。

 オープンの表示を確認し、満足そうにうなずくニオ。その背後から男の声が聞こえてきた。

「おはようニオ。いつものやつを頼むよ」

 声のしたほうを向くと、村にはそぐわない迷彩服とくわえ煙草の男が、ニオに向かってウインクをしていた。長身の体と頬を縦断する大きな傷あと。表面からは確認できないが、懐には二丁の拳銃が隠されている。

「いらっしゃいハンターさん。Aランチの肉抜きね」

 ハンターがうなずいてみせると、ニオは素早く店内へと戻り厨房のほうへと消えていった。

 店の中へとハンターが入っていくと、シェラが軽く手を上げてみせた。

「来てたのかシェラ。ちょうどよかった」

「んっ? わたしになにか用事?」

 ハンターはたばこをカウンターの上に備え付けられた灰皿で消すと、シェラの隣へとすわった。ポンとシェラの肩を叩き、意味ありげに口元を緩ませる。

「いい仕事があるんだが、どうだ? 一緒にやらないか?」

「賞金首でも見つけたの?」

「いや、護衛の任務だ。数日間の工事を無事完了させるために、腕のいい傭兵が何人でもほしいらしい」

「腕のいい傭兵ねぇ……」

 シェラがじと目でハンターを凝視すると、ハンターは必要以上にあわてながらすぐさま弁解し始めていた。

「そりゃ、おれは傭兵じゃない。ただのしがない賞金稼ぎさ。だけど傭兵として雇われたって十分に仕事はできるつもりだぜ」

「まっ、ハンターの腕なら問題ないだろうけどさ……ところでその工事ってマスカーレイド内なの?」

「ああ。そうだが」

「だったら工事の護衛は自警団に頼むのがすじってもんでしょ。どうしてわざわざ傭兵を募集するわけ……ってわたしのコーヒー!」

 シェラの飲んでいたコーヒーを横から拝借したハンターが、あっという間に飲み干してしまった。空になったカップははんたーの手により、早くも流し台へとその居場所を移している。

「馬鹿だなぁシェラ。自警団に頼めない仕事だからこそ、傭兵が雇われるんじゃないか」

「怪しい仕事だって断言してるような……」

「おおむね傭兵の仕事なんざ、怪しい仕事じゃないか」

「否定はしないけどね」

 名残惜しそうに流し台のカップを眺めながら、シェラがカウンターを指でトントンとたたく。

 小さなため息をもらしてから、シェラはハンターへと向き直った。

「最近仕事もなかったし、財布の中身が寂しいのも事実だから行ってあげてもいいわよ」

「じゃあ、さっそく依頼主のところへ行こうぜ。善は急げってな」

 イスから立ち上がった二人の前に、ちょうどニオが料理を携えて戻ってきていた。

「ハンターさん。Aランチ肉抜き、おまちどうさま!」

「わりぃニオ。やっぱそれキャンセルだ」

「えぇ! もう作ったんだよ! 作った後にキャンセルって言われても……」

 頬をプクーッとふくらませて、肉の入ってないAランチをどんとカウンターに置く。

「まあまあ、金は払うからさ。ニオの朝食にでもしてくれ。じゃあな!」

 ハンターはポケットの中に入っていた小銭を乱雑に置くと、シェラをつれて店を出て行ってしまった。

「朝食にっていわれても、おなかすいてないしな……しょうがない。母さんの酒のつまみにでもするか」

 置いていった小銭を確認しながら、ボソリとぼやく――が、すぐさまニオは異常事態に気がついていた。

「げっ、ハンターさんの小銭、Aランチの料金にまったく足りてないじゃん! もう!」

 散らばっていた小銭を適当にしまうと、作ったばかりのランチを厨房へと持って帰る。

 店のすみにいたクネスは苦笑しながらも、原稿のすみへと殴り書きを走らせていた。


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