表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

天使様にお願い

作者: 宮河小川
掲載日:2026/06/07

短編を書いてみました、BLですがいやらしくはないです

 天使というのは、時に気まぐれを起こす。

 さっきまで天上界で事務処理に追われていたこの私、下っ端天使のルーシーが、何でこんな醜い下界にまで降りてこなきゃいけなくなったのか。 


 それは上級天使様のお仕事であるはずの、天使の羽作戦。つまりは大天使様が天使の羽根を天上界から下界に向けて何枚か落とす。


 羽根たちは風を受けて西へ東へ気まぐれに飛んで行く、中には全く関係ない場所に落ちてしまう羽根もある、海の中とかね。しかし、運よく下界の人の住む場所に落ちて、しかも運よくそれを手にした人間どもには、もれなく大天使様からの奇跡が贈られる。


 どんな願いごとでもかなえてあげる、という奇跡を。


 今日も、気品高き、お美しい大天使様が神の御座(みまし)に立ちその御手(みて)でもって、うやうやしく羽根をおバラマキになられる。


 私は今日、その座に同席するこ都になったのよ、これからばらまく羽根が入った真っ白い御皿を持って大天使様にお供するという大役、大変名誉なことなの。


 こんな下っ端天使だけれど、張り切ったわよ、これでもかってくらいに背筋を伸ばして、大天使様のそばに立つ緊張なんかしてませんよと言わんばかりにすました顔をして。


 でも、目の前には恐れ多い大天使様。心臓はバクハツ寸前、足がガクガクいって、御皿を持つ指先が震える。皿の上には羽根が五枚、フワフワの綿毛の先にまるで真珠のように光り輝く白い羽弁。


 だからね、私、くしゃみをしてしまったのよ緊張しすぎて。


 くしゅんと一発、その勢いで大切な天使の羽根が全部、落ちてしまったのよ、下界へ、ひらりひらりと、美しく回りながら。 


 私が悪いの?ねぇ私のせいなの?


 すぐに天使協会のメンバーで審理にかけられた。


 先輩天使からは非難の目で見られ、同僚天使からは哀れみの目で見られ、大天使様から「ちょっとマジありえないんですけどぉ!」と言われた。


 本来、下界へ天使の羽根を落とされる時、一本一本大天使様が丁寧にその御心を注がれて、慎重に落とされる。


 フライングで落ちて行ったあの羽根は、もう大天使様の羽根ではない!それをもし誰かが拾ったならば、それで願いをかなえられるのは、いや、責任を取れるのは、その羽根を落とした者だけ。


 つまりは私だ。下っ端天使のこの私だ。


 大天使様なら、運よく羽根を拾えた人間たちの願い事など、天上界にいたままで、はらりひらりと軽やかに叶えてあげられるものを、私にはそんな力なんて持ってねぇ、ですわ。


 よって、下界へ降り、羽根を拾った人間を探し出し、実際にその者の願いを直接聞け、できれば願いを叶えてやれ。


 そういうことになってしまった。


 下界に降り立ったルーシー、下っ端とはいえ、天使の端くれ、伊達にシルクのドレスに身を包んでビロードのようなブロンドの髪を盛ってる訳ではないわ。


 センサーが反応している、一枚目の天使の羽根を運よく拾い上げた人はこの近くにいる。

 よし、待ち伏せして捕まえよう!


 ドアが開くと同時に、クラッカーを鳴らして、部屋の壁一面にきらきらした紐やオーナメントで飾り付け、「おめでとう」や「願いを言って~」と書いたハート形のうちわを振ってイェ~イ!


「……誰、ですか」 

 キョトンとされている。ですよね。


「ですよね~、こんな何にもない小さなワンルームにいきなり見知らぬ美少女が待ち構えていれば、そりゃぁ誰だっておどろきますよね、お年寄りならショック死しますよね」


 まずは、怪しいものではないアピールから。

「それは、今さっきあなた、素敵なものが空か降りてきて、それをあなた、手にしたでしょう?」


「え……これですか?」

 おお!その手にはさっき拾ったとおもわれる、私の清らかな息がかかった白い羽根、手にしながら帰ってくるとは、これはもう運命としか言えません。

「まさにそれですぅ!あなたは本当にラッキーなお方ですぅ!」


 まずはお互いゆっくり座ってからという事で、お茶を入れてくれることになった。八畳のワンルーム、壁際にベッドを置いて向かいの壁に小さな本棚真ん中には、ちいさな折り畳みのテーブルを置いて、男性の部屋にしては小ぎれいにしていて、いい印象を受ける。


 やがて、お茶が運ばれてきた、いい香りがするほうじ茶だった。


 実はかくかくしかじか、そういうわけだと、私の目の前にいる天使の羽根を手にしたこの男性、人間の年齢でいうと二十代半ばくらいかしら、ビシッとしたグレーのスーツを着こなし、ワインレッド色のネクタイがよく似合う、なかなかのイケメン男子ではないですか、これはテンション上がりますよ、頑張って願いを叶えてあげなくっちゃ!


「そういうわけですので、何か一つ願いを言ってください、何でもいいんですよ、お金持ちになりたいとか、権力が欲しいとか、完璧な頭脳でもいいですよ、この大天使ルーシー様に叶えられない願い事なんてないですから!」


「……いまあなた、自分は下っ端天使で、大天使様の使いで緊張して大失敗して、とか言ってませんでした?」

 ごほんごほん。


「そんなどうでもいいことは忘れてくださいな!とにかく今は、あなたの願い事を叶えることが先決ですので」

「願い、事……」


 その男は、しんみりとした表情で、大天使様の羽根をくるくる回しながら見つめている。

「どんな、願い事でもいいんですか?」


「どんな願い事でも大丈夫です」私は下っ端だから限度というものがありますけれど。

 春日野(かすがの)(あきら)と名乗ったイケメンスーツは、大きく息を吐き、静かに語りだした。


「実は、僕には、好きな人がいるんです、といっても、ほんの片思いなんですけどね……」

「なるほど、その人としっぽりしたいと」

「しっぽ……いえいえそこまでは言ってません!」


 真っ赤な顔でぶんぶんと否定する、何なのこいつ、男なら好きな娘がいたら、ガーッと押し倒して欲求を爆発させるくらいでないと。


「せめて、僕だけを見て、笑ってくれたらいいな、と、思うんです」

「ウブ」


「ウブ、でしょうが、今の僕にはそれくらいでいいんです、それ以上は望んでも仕方のないことで……」

 おや、これは何か訳あり?もしかすると相手はもうすでに家庭がある人、なるほど。


「たしかにフリンはいけませんねぇ、いくらどんな望みも叶えるとはいえ、人の道を外れる願いは推奨しませんね」

「え、あ、いえ、そういうわけでは、その、相手も独身です、独身ですがその、僕がこんな気持ちになってると知れたら、その……」


 はっきり言わずに膝の上で手をもじもじさせる晶を見て、つい声を荒げてしまう。

「じゃぁ何⁉何が望みなの、はっきり言ってごらんなさいよ!」


 男ならはっきりさせるがよい、お姉さんが何でも叶えてあげるわ!

 晶はビシッと背筋を伸ばして言った


「あ、はい、ごめんなさい、その、せめて、その人と普通にお話しできればいいなと、思ってます」

「ウブすぎ」

「ウブです、ごめんなさい」


「じゃぁいいわよ、その願いを叶えてあげるわ、ちょっと待ってて」

 そう言って私は、気持ちを込めて目の前で両手を合わせてから、勢いよく両手を開く。するとそこに現れたのは一台のノートパソコン。


「うわ!」

 晶は驚いてのけぞるように身を引いたが、下っ端事務要員の天使にとってこれくらいの芸当は朝飯前。

「そんなに驚かないでよ、パソコンの力を借りないとできないなんて、逆に恥ずかしいことなんだから」

 早く指先一つでちょほほいッとやってのける大天使様のようになりたいわぁ。


 まずは、天使協会のホームページにアクセスする、イメージキャラクターの「てんしーくん」の案内でお願い事のページを開く、そこに、お願い事を打ち込むのだ。


「で、名前は?」

「か、春日野、晶です……」


「それはさっき聞きました、あなたの名前じゃなくて、相手の!」

「あ、そう、ですよね、えっと……」


「なに、相手の名前も知らないの?」

「いや、そういうわけではなくて、その……タチ、バナ……」


「立花」

「ケ……、ノ……」

「え、聞こえない!」


「け、ケンノ、スケ……です」

 立花剣ノ介。

「おぉっと⁉」

 そっちかい!


 パソコンの画面では、てんしーくんが、早く打ち込んでぇ、と催促している。

「はいはい、えぇっと春日野晶は立花剣ノ介と、仲良くなりたい」


 テーブルの上にパソコンを置いて、そう打ち込みかけてから、向かいに座って不安そうにこっちを見ている晶をちらっと見た、そちらからだと、画面は見えていない。だから打ち込んだ文字を消して打ち換えてやる。


「――立花健之助は春日野晶を好きになりますように」

 わざと声に出して打ち込んでやる。


 大丈夫、神様は何も禁止なんかしてない。

「えぇぇ、ちょっと待って、いくら何でもそこまでは!」


 晶が焦った表情でこちら側に身を寄せて来る、ここで邪魔させるつもりはない。

「いいじゃない、男ならバシッと決めちゃいなさいよ、よし、これでエンターキーを押しちゃう!」


 パパラパッパパー

画面には大きく『OK!』の文字と、てんしーくんが紙吹雪を派手にばらまいている映像が流れてきた。

 ふふふ。


「これで、あなたの願いはかなえられました、おめでとうございます」

 あわあわと唇を震わせながら、呆然と画面を見る晶、だがやがて、がっくりと肩の力を抜いた。

「ありがとう、ございます……」

 観念したようだ。


 緊張したせいで、変な汗をかいているのか、ハンカチを取り出して額の汗をぬぐっている、脇汗もきっとすごいことになってるんだろうな。


「あ」

 その時、ずっと手に持っていた白い羽根が、風に飛ばされる砂のように、さらさらと光に溶けて消えていった。


「あなたの願い事を聞き入れたという証拠です、つぎに、その、立花さんとお会いできる日をお楽しみに」

「ありがとうございます、なんとお礼を言ったらよいか」

 頑張るがよい、若者よ。




 次の日、会社に出勤すると、いた。立花さん。

 緊張して足がすくむ、でも昨日の事を思い出して、大丈夫、きっと大丈夫、そう自分に言い聞かせて足を前に出す。


「お、おおはよう、ございます」

 大丈夫だったか、うまく声は出せたか。


 俺の声に反応したのか、立花さんは、ゆっくりこっちを向いて。

 それから満面の笑みを浮かべて、一言「おはようございます春日野さん」そう言ってくれた。

 ありがとうございます、天使様!


「あ、春日野さん、良かったら今夜飲みに行きませんか?」

「え、こ、こここ今夜、ですかぁ⁉」

「あ、もしかして、お忙しい?」

「お、おおおお、お忙しくなんか、これっぽっちもありませんの事、ですよ、こ、今夜、ですね!はい喜んで!」


 まさか、あの立花さんから、お誘いを受けるなんて。

 まじかぁ~、まじかぁ~ありがとうございます大天使ルーシー様!


 立花さんの案内で行った先は、チェーン店の居酒屋だった。

 予約してあったらしく、通された席は四人掛けの個室のお座席だった。


 個室。

 変なところがざわつきながらも、まずはビールで乾杯。あとはめいめい好きな一品料理を注文する。


「この店、一度来てみたかったんです、馬刺しが美味しいと評判だったので」

「そうなんですね、僕も馬刺しは好きですよ」


 何の他愛もない会話がいとおしいと思える。昨日までの立花さんは、どこか自分のことを避けてるような、そんな彼の態度に、半ばあきらめていたのだが、これで晴れて二人はそういう関係になれたのだ。

 僥倖。なんという僥倖!


「た、立花さんは、お酒はどれくらい、いけるんですか?」

「えっと、その、俺たちもう、他人じゃないんだから、敬語なんかやめましょうよ、それに下の名前で呼んでいいんだよ」


「あ、ごめん、そうだよね、えっと……」

「剣ノ介って長いなと思ったら、ケンでいいよ」

「……ケン」

「アキラ」


 頭の中に鳴り響くのはファンファーレ。

 昨日見たてんしーくんがラッパを吹いて踊っている、大きな目に、うんこがのったような髪形の二頭身、なぜか大きなお尻に天使のわっかを付け飛んでいる変わったゆるキャラ、その時はあまり可愛くないなと思ったけれど、今はとってもかわいいぞ、てんしーくん。


 その後も楽しい時間はすぐに過ぎ、ケンの行きつけのバーがあるというので付いて行った。


 照明を少し落とした静かなお店だった、僕たちはカウンターに座った、客は他にも数人いて、少し賑わっている、静かすぎて気まずい雰囲気になることもなく、楽しい時間が過ごせた。いい店だ、カクテルもおいしい。


「アキラは、この店初めて?」

「あ、うん、この店どころか、こういったバーに来るのも初めてだ」

「そっか、じゃぁ他にもいろんなお店があるから、これからはいっぱい行こうな」

「そ、そうだね」


 手を、繋いでもいいだろうか。

 右手にグラスを持ち、左手はカウンターの上に置かれている。男らしい太い手だけれど、綺麗だ。


 左手に持ったグラスを口につけながら、そっと、ゆっくり右手を近づける。


 触れるか触れないかギリギリのところで、ケンの小指がピクンと跳ね、その瞬間ケンはその左手をオーバーな動きで胸元に引き寄せた。


「あ?」

 心臓がはねた。何、俺今何かした?

「あ、す、すまん、その、ついびっくりして」


 十万ボルトの静電気でも走ったか、僕は何も感じなかったけれど。

「あ、僕の方こそ、ごめん」


 気まずい空気が流れた。

「いや、違う、そうじゃないんだ」


 ケンは、ひとつ大きなため息をついてから、少し困った表情を見せ、語ってくれた。

「俺は、子供のころ、あるトラウマのせいで、他人に体を触れさせるのが極端にダメになったんだ」

「えっ!」


「今も、アキラが俺の手を触ろうとしたのにも気づいていた、だけど、その、体が……」

「ダメなんだ、ね?」


「本当に済まないと思っている、俺だってアキラに触れたい、アキラに触れてほしい、でも、すまん、ダメだった」

 両肘をカウンターに乗せ、頭を抱えているケンを見て思った。


「すまん、僕のせいだ」

「アキラが気に病むことはない、これは俺の問題なんだ」


 いや、僕のせいだ。

 僕が天使様に、無理やり僕のことを好きになってもらおうとしたから。だから。


 本来のトラウマだけでも苦しいのに、そこに僕を無理やり好きになってしまったせいで、更に苦しませてしまった、僕の大好きなケンを。


「最初は、こうして一緒に酒を飲んで、そばにいるだけでもいいと思ったんだ、だから」

「もういい」


 何か弁解じみた言い訳をしようとするケンを、これ以上見ていられなかった。これ以上僕のことを好きになって苦しめたくなかった。


 もともと、無理に好きにさせてしまっただけの事だ、すぐに忘れるさ。きっと。

 まだ何か言いたげにしていたケンを置いて、先に店を出る。


 一人歩く夜道。風が冷たく頬を打つ。

 空をみあげると、星がまばらに光っている。


「天使様ぁ、僕は最低な男です……」

 金を払わずに出てきてしまった。




 次の日、気分は最悪だった。

 もうケンーーいや、立花さんと顔を合わせるのがつらかったが、それでも昨日のバーのお金だけは渡さなくてわ、と思い、出勤した。いた。


 自分のデスクに座っている立花さんの、そのそばに行きそっと、一万円札をデスクの上に置く。

 ビクッと、立花さんの肩が跳ねた。


「あ、これ、昨日の酒代、すまん、払いもせずに帰ったりして」

 それだけ言って立ち去ろうとする僕を引き留めようとする立花さんだったが、聞こえないふりをして離れた。


 僕のデスクと立花さんの場所が離れていてよかった。

 冷たくあしらうことで、僕のことを嫌いになればいい。

 もう終わったことだ。


 つらい気持ちを抑えての仕事はつらかった、やっとのことで迎えた退社時間、立花さんと顔を合わせたくないとも思いで、そそくさと支度をして会社を後にする。


 駅までは歩いて十分ほど、追いかけてきませんようにと願いもむなしく、向こうの方から走り寄ってくる人物がいるのを、目じりの先でとらえてしまった。

 自然と足が速くなる。


「待って、待ってくれ!」

 はっきり聞こえる愛しい声。


 そうだよ、僕はケンのことが今でも好きだよ、好きだからこそ、ケンを苦しめたくないという僕の気持ちにいい加減気付いてくれよ、お前の方こそ、っ、作り物の偽物の想いのくせに、何でそこまでしつこいのだ!


 しまった、前方に赤信号、このままでは追い付かれてしまう、と思ったら、青になった良かった。

 速足で駆けだした交差点のど真ん中、急に腕をつかまれて足が止まった。


「え⁉」 

「待ってください、俺の、話を、聞いてください!」


 急いで走って来たんだろう、肩でゼイゼイと息を吐きながら、前かがみになって呼吸を整えようとする立花さん。

 まって、今、腕を?


「俺は、zu――」

 立花さんが何かを言いかけたその時、すごい勢いでこちらに向かってくる大きな塊が見えた。


 スピードを出したトラックが右折してきたのだとわかった瞬間には体が動いていた、このままではケンが撥ねられる。


 どこをどう動いたのか、自分でもわからないけれど、最後に見えたのは、僕にはじき飛ばされるケンの驚いた顔だった。


 嫌だったよね、触っちゃって、ごめんね




 気付くと僕は、静かな森の中に立っていた。

「ここはどこだろう……」


 木漏れ日が僕の足元を優しく照らす、こっちに歩いてゆけというのか。

 川のせせらぎが聞こえてきた、耳に心地いい優しい音がする。


 草をかき分けて進んだ先には、思った通り小さな川が流れていて、その手前には真っ白いドレスの女性が座っていた。


「こんにちは、お久しぶりです」

 天使様、ルーシーだった。


「こ、こんにちは、この間はお世話になりました」

「いえいえ、何のお役にも立てなくて」


「ところで天使様、ここはどこです?」

「三途の川です」

「あぁ、やっぱりそうですか」


 意外なほどに僕の心は落ち着いていた。

「行くのは、僕だけですか、立花さんは、無事なんですか?」


「彼は無事です、あなたが助けたおかげで、どこも怪我などしていませんよ」

「それは、良かった、 今から僕は、この川の向こうに行くんですね」


 三歩ほど進めば向こう岸に行けそうだ、僕にはもう時間がない。

「その前に、あなたに一つお話があるのですが、よろしいかしら」

「はい、何でしょう」


「この間、あなた、私にお願い事をしましたよね、私も少し手を加えてあげましたけれど」

「そうですね、一瞬だけでしたが、楽しい時間を過ごせました、感謝しています」


 そうだ、これでもう、ケンは何も苦しまなくてよくなる、これでよかったんだ。

「結論から言います、あなたの願いは、差し戻されました」

「は?」


「あなたの願い、一度はOKとなったものの、あの後すぐ、てんしーくんから『不可!』との返事が来たのです」

「不可、ですか」


「天使の力は絶対といえど、改めて(・・・)願い(・・)を(・)叶える(・・・)こと(・・)が(・)最初(・・)から(・・)無理(・・)だった(・・・)場合(・・)は、どうしようもないのです」


 どういうこと?

「それは、俺の願いなど最初からかなえるに値しない、そういうわけですか?」


「あぁ、何言ってんの⁉」

 穏やかな優しかった天使様の顔が、急にゆがんだ、恐い。


「天使に不可能はないって言ったでしょこのあんぽんたん、いいからその小いせぇ耳かっぽじってよく聞きやがれ、あんたの願い、立花剣之助が春日野晶を好きになりますようにって言うあんたの願いは、天使の力を使わずとも、もうすでに叶ってたんだよ‼」


 え。

「ええぇぇぇぇ⁉」

 でも、だって、ケンは、その……


「あんたに対して、よそよそしい態度を取ってたのは、自分が他人に触られるのが苦手だというトラウマと、それでも実は春日野晶の事が好きだっていう気持ちと闘っていたからなんだよ!」


「え」

  情報が多すぎて、頭が付いて行かない。

「と、てんしーくんが言ってます」


 いつの間にかルーシーの両腕にはノートパソコン、画面の中で、てんしーくんが全身ぷりぷりと怒りをあらわにしている。


「そんなことも気づかないで、のんきな願いをかけてんじゃないわよ、お陰でこっちは無駄に仕事してしまったじゃないの。とてんしーくんは言っております」


 頭からボッスンボッスンと、ぷんすこマークを出して訴えるてんしーくん、確かにそんなこと言ってそう。


「ご、ごめんなさい」

 すると、てんしーくんの怒りが収まったのか、いつものかわいい顔に戻った。


「はい、じゃぁ、手を出して」

「え?」

「いいから、早く」


 言われるままに、両手を前に差し出した、するとその両手の上で、この間さらさらと消えたはずの天使の羽根がふたたび姿を現した。


「これは?」

 僕は驚いてルーシーを見る。


「だから、あんたの願い、改めて聞いてあげようって言ってんの!」

「僕の、願い……?」


「なんでもいいわよ、お金持ちになりたいでも、権力が欲しいでも、まぁ、最も、もうすぐ死んじゃうあんたにはお金も権力もいらないでしょうけどね、あとは、体の事?今なら生き返らせることもできるけど、さぁどうする?」


「だったら……」

 だったら思いは一つしかない。


「ケンの、立花剣之助の、トラウマをなくしてあげてほしい」


 ルーシーはパソコンの画面側を自分の方に向けてから、それでも僕の方を見て行った。

「本当にそれでいいの?」


「え、どういう……?」

「その願い、もしかしたらまた差し戻されちゃうかもしれない、そうなったらあんた、凄く後悔するよ」

「え」


 「じゃぁ最後に出血大サービス、今のあんたの様子をここに出してあげる」

  再び僕の方に画面を向けてくれた、その画面に映っていたのは、病院の一室。


 大きな機械がいくつも置かれ、コードでぐるぐる巻きになった僕の姿が見える。相当酷いケガを負ったみたいだ、相手はトラックだもんな、無理もないか。


 そんな僕の横には、両目を大きく腫らしたケンの姿。

 仕方ないよな、目の前で自分を庇った僕がもうすぐ死にそうになってるんだもんな。


 これでトラウマがさらにひどくなるかもしれない、酷いことをしてしまった。

「では彼の声を聞かせてあげましょう」

「え」


 ――アキラ、アキラ、死ぬな!

 ケンの声だ、ごめんね僕はもう三途の川の前だ。


 ――言いたいことも言えずに死ぬなよ。

 あ、そういえばあの時、交差点で何か言いそうだったな。


 ――俺は、前から、お前のことが好きだったんだ、このトラウマのせいで、悩んでいたんだが、やっぱりお前のことが忘れられずに、思い切って誘ってしまったんだけど、お前は迷惑だったのか。

 いや、迷惑だなんてそんな事、全く思ってないぞ。むしろそのトラウマをなくしてやりたいと思ってるんだぞ。


 ――だから俺、昨日一晩考えたんだ、トラウマを絶対克服してやるって、お前に触れるように、俺もお前に触って欲しいって。そう思うとなんだか力が沸いてきたんだぞ。

 そうか、頑張れ、俺の大好きなケン。


 ――なのに、何でお前は遠くに行こうとするんだ。嫌だ、帰ってきてくれ、俺のそばにいてくれ、アキラ!

 指先に痛みが走った。


 画面を見ると、ベッドに横たわる僕の、ピクリとも動かないぼくの指先を、ケンが両手で力強く握りしめている。


「さぁ、どうします、願いを言えるのは今のうちですよ」

 天使の羽根がきらきら輝いている。


 僕は、その軸の先をつまんで持ち上げる。腕の痛みは今も続いている。

「ありがとうございます、ルーシーさん、それにてんしーくんも」

 にっこり微笑むルーシー、そしててんしーくんもニコニコ顔で両手を振っている。


「彼のもとに早く戻ってあげないと、俺のこの指、折れちゃうかもしれないので」

 天使の羽根がさらさらと風に消えていくのを確かめながら、俺の体ももう白い暖かい光に包まれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ