選ばれなかった人は、消えない
※少しだけ大人向けの恋愛の話です。
曖昧な関係のまま終わった相手と、数年後に再会したらどうなるのか。
そんな「ありそうで、ちゃんと向き合うことが少ない関係」をテーマに書きました。
その名前を消したとき、指は止まらなかった。
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昔なら、少し迷っていたと思う。
開くかどうか。
消すかどうか。
意味のない時間を、少しだけ引き延ばしていた。
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でも、その日は違った。
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削除。
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それで終わりだった。
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何も変わらない。
軽くもならないし、痛くもない。
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ただ、
もう何も残っていないことだけが、はっきりした。
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最初に会ったのは、夜の店だった。
煙の匂いが染みついたカウンター越しに、何気なく話した。
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距離の取り方が、うまい人だった。
近づきすぎない。
でも、離れすぎもしない。
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踏み込めば、受け入れる。
けれど、自分からは来ない。
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その曖昧さが、ちょうどよかった。
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気づけば、通うようになっていた。
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店の外で会うようになるのに、時間はかからなかった。
昼に会って、歩いて、話して、
気づけば夜になっている。
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何を話したのかは覚えていない。
ただ、空気だけが残っている。
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帰り道、手を繋いだ。
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それだけで、何かが始まる気がした。
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でも、何も始まらなかった。
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「これって、どういう関係?」
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ある夜、そう聞いた。
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「どうしたいの?」
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答えは返ってこなかった。
選ぶことだけ、こちらに残された。
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「ちゃんとしたい」
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言った瞬間、分かっていた。
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「今のままじゃダメ?」
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その一言で、全部決まった。
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嫌われたわけじゃない。
ただ、選ばれなかった。
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それでも、しばらく離れられなかった。
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楽だったからだ。
無理をしなくていい関係は、思っているよりも深く残る。
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だから、自分で終わらせた。
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煙みたいな関係だった。
形はあるのに、掴めない。
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そのあと出会った人は、違った。
言葉があって、輪郭があって、ちゃんとこちらを選んでくる。
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安心できた。
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それで終わったはずだった。
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数年後、再会するまでは。
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店の外、煙草の煙の向こうに、その人はいた。
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時間が、少しだけ戻る。
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「後悔したことある?」
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「あるよ」
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「私も」
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それで足りた。
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言葉にしなかったものが、そこにあった。
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三日迷って、連絡を送った。
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送らない理由は、いくらでもあった。
でも、それより少しだけ、確かめたい気持ちが勝った。
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やり取りは、驚くほど普通だった。
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だから、崩れるのも早かった。
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「少しだけ、電話できる?」
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声を聞いた瞬間、分かった。
戻る。
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「会わなきゃよかったかも」
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本音だった。
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でも、同時に——
会ってよかったとも思っていた。
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「今、会ったらダメかな」
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止まれる場所は、ちゃんとあった。
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でも、止まらなかった。
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会えば、すべてが早い。
距離も、温度も、記憶も。
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煙が、もう一度形になるみたいに。
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確認したかった。
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あのとき違う選択をしていたら、
今とは違っていたのか。
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答えは出なかった。
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彼は変わっていなかった。
優しくて、曖昧で、
そして、選ばないまま。
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「プロポーズされたの」
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言葉にした瞬間、煙が散る。
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彼は驚かなかった。
ただ、少しだけ頷いた。
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それで、分かった。
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あのときと、同じだ。
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「ちゃんとするよ」
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それは、区切りだった。
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振り返らなかった。
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結婚して、時間が経つ。
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穏やかな生活だった。
正しいと思える日々。
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それでも、ときどき思い出す。
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夜、静かな部屋で、ふと。
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煙みたいに、形だけ戻ってくる。
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触れようとすれば、消える。
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だから、そのままにしておく。
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そして、また時間が経つ。
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ある日、連絡先を整理していた。
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名前を見ても、何も動かなかった。
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「ああ、いたな」
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それだけだった。
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削除。
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迷いはなかった。
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煙は、もう残っていなかった。
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思い出は消えない。
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ただ、
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形を失う。
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それだけだ。
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——あなたなら、あのとき、どちらを選びましたか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話は、
「どちらが正しいか分からないまま終わる関係」
を書きたくて作りました。
もしよければ、
・踏み込むべきだったのか
・踏み込まなかったのが正しかったのか
あなたならどうするか、コメントで教えてもらえると嬉しいです。




