夏片想い
暑い……。
ガリガリくんを食べながら、私も一緒にとけてしまいそう。
それにしても、暑い……。
「だらけきってるな~」
隣でよしがくすくす笑った。
「だって暑いもん」
私はガリガリくんをくわえて、全体重を机の上に預け、答える。
受験生の夏休み。
補習。
窓の外には太陽。その光は眩しくて、暑い。
家に帰りたい。エアコンをガンガンきかせた部屋で遮光カーテンを閉めて寝たい。
「私、推薦でいけるとこいくし、補習なんて受ける意味ないし……」
だらけきったまま誰にというわけではなく私は呟く。
「爽奈、早く食べないと補習始まるよ」
斜め前の席でしぃがしょうがないなという感じで注意する。
私の前の席であっちゃんが黙々と勉強をしている。
あー失敗したかもと私はそこで気づいたけど、もう遅い。
センターで国立を目指すあっちゃんは推薦でテキトーな私立に進むお気楽な私を見ていると楽しい気分にはならないらしい。受かるか受からないか微妙な線らしいとしぃがこっそり教えてくれた。私が同じ立場なら同じように私のことを鬱陶しいと感じると思うから(まぁ、そんな努力をしなければいけない道を私は選ばないから、そんな道を選ぶ気持ちがまずわからないんだけど)、なるべく気を使っているつもり。でも私は根っからの怠け者の上、うっかりしてるから「私は推薦、受験なんて関係ない」発言をしてしまう。
それにしても、あっちゃんに気を使うのはもう飽きたんだけど。
嫌味はないけど、ごめん。
先生が来た。
私は半分ぐらい残っていたガリガリくんを口に押し込む。
知覚過敏の歯にしみる。
頭にキーンとアイスクリーム頭痛。
「もう、とける~」
午前中の補習が終わって私の我慢も最高潮に。
何はともあれ、取り敢えず、暑い!暑い!暑い!
「じゃあ、ジュース買いに行ってよ」
しぃが斜め前からニコッと言った。
「やだ、動けない」
そう私が答えた瞬間あっちゃんが背中越しに不機嫌なオーラを出したのが私にもわかった。
私はまたあっちゃんの爆弾に火をつけるようなことを言ってしまったらしい。私の今の発言のどこが悪かったのかはわからないけど。
なんとなくその場にはいづらくなったので、ジュースを買いに行く係りになってしまった。本当は動きたくなんてないのに。
重たい体を引きずって、夏休みで人の少ない廊下を歩き自販機の前まで。
この暑さだというのに窓の向こう側では野球部が大きな声を出しながら練習をしている。きっと彼らはバカに違いないと私は思った。見てるだけで暑苦しい。
自販機に、三人から預かってきた小銭を入れる。ガシャンと音を立てて出てくるペットボトルの冷たさは心地いいけど、合計四本という数が暑さにやられた体にはきっと重い。持つ前から放棄したくなる。
「松原、パシられてるの?」
私の後ろに隣のクラスの男子が並んで声をかけてきた。みんな教室から動くのが嫌なのか他に人はいない。
「高瀬も?」
「まぁ、そんなとこ」
「教室帰るなら私のぶんも持ってよ」
「いいけど、松原の教室まで?」
「うん、らっきぃ」
私はあっちゃんのコーラとよしとしいの爽健美茶を取り出し口に落ちてくるたび高瀬に渡す。自分のイロハスだけ、自分で持った。頬にあてると、ひやっこい、気持ちい。
「これくらいもてるだろ?」
高瀬が軽々と片手に三本持ちながら、自販機で自分のアクエリアスを買い笑って私に言う。笑顔が爽やかだ。こんなに暑苦しいのになんでこんなに高瀬は爽やかなんだ。
「もてるけど、もてない」
「なんだよそれ?」
「ただめんどくさいだけ」
「ナルホド」
私は教室に向かって歩き出そうとした。
「なぁ、松原、」
高瀬が私を呼び止める。
何気なく私が振り返ると高瀬の様子が少しおかしいと、私にもわかった。
「松原のこと、好き」
いきなりの高瀬の告白。
「できれば、付き合って欲しいんだけど」
高瀬がよく焼けた頬を少し赤らめて言う。
「高瀬、ミチと付き合ってたよね」
「別れた」
「そっか……」
私はマヌケなんだけどその時どうしていいかわからずに、少し慌てた。
私の今までの恋愛は、『ああ、告白されるな』って予測していた上での告白だったから、いきなりの高瀬の告白についていけない。なんとなく、今はみんな受験とかそういうのでバタバタしてるし、次の彼氏は大学に入ってからぐらいにできるんじゃないかなと勝手に思っていたから。
高瀬とはただの同級生で、嫌いじゃないけど、好きっていうほど知らないのが本当。ミチの彼氏っていうことは知っていたけど、今はそうではないらしい。
私は高2の冬に前の彼氏と別れていたし、別に高瀬と付き合うのには何の障害もないんだけど、でも、どうしよう。ミチとも友達って程仲良くないし。高瀬はたぶんいいヤツだし。
「返事は、そのうちでいいから」
私が少し困っているのがわかってか、高瀬は助け舟を出してくれた。
「ほら、教室まで持っていくんだろ?」
高瀬は私が押し付けたペットボトルを持って、歩き出した。
教室に戻るとよし達はお昼ご飯を食べ始めていた。
「オレが持ってきてやったんだからありがたく飲みやがれ」
高瀬は机の上にペットボトルを置いてふざけるように明るく言った。まるでさっきの一瞬、私と高瀬の間に流れた微妙な空気をなかったことにするかのように。高瀬はすぐに教室の外に出て行ってしまった。
「高瀬くんと一緒だったの?」
あっちゃんがお弁当のミートボールをお箸ではさみながら私に訊ねかけてきた。「うん」と私が答えると「ふーん」とあっちゃんはおもしろくなさげに言った。そこで私はあっちゃんの様子が少しおかしいと気づいていた。それなのに、何も考えない私は唐突に言ってしまった。
「高瀬にコクられた。どうしよう」
その瞬間、三人の空気がピシッと固まった。
私にはどうしてそういうリアクションがかえってくるのかがわからなくて、なんとなくあっちゃんの顔を見た。
あっちゃんが私の顔を怖い目で見ていて、私は「どうかしたの?」と喉元まで出ていた言葉を引っ込めた。
あっちゃんはガタッと乱暴な音を立てて立ち上がり、教室から出て行ってしまった。しぃが慌ててあっちゃんの名前を呼びながら追いかけていく。
「なに?」
残ったよしに私が聞くと、よしは困ったように眉をひそめて私の顔を見た。
よしの話しによるとあっちゃんは高瀬のことがずっとずっと好きだったらしい。
一年の時から、ずっとずっと。
私はあまり人の色恋沙汰に興味がなくて、知らなかったというか、あっちゃんが話しているのを聞いていなかったが正しい。
自分の無神経さは嫌になるけれど、もう遅い。
謝りたいとは思うけど、謝ってもあっちゃんは許してなんかくれない。余計にむかつかせるだけ。
だいたい私は悪いことなんてしていない。
だから、知らん振りをしてしまおう。
次の日の補習、あっちゃんは私のことを徹底的に無視してくれた。私はぐだぐだ責められたり、中途半端に仲良しのフリをされるより、よっぽど気持ちよくてありがたい。
お昼休みにはさっさと席を立って教室から出て行くあっちゃんをしぃが慌てて追いかけていく。よしは動じることなくいつもどおり私の隣の席でお弁当を広げる。
「よしはあっちゃんの所に行かないの?」
私がおずおずと聞くとよしは笑った。
「爽奈も辛いでしょ?」
よしの一言がジーンと私の胸には染みる。
「パイの実いる?」
『ありがとう』って言う言葉を口に出すのが照れくさくて、私はサンクスの袋の中からパイの実の箱を取り出し封をあけるとよしに差し出した。
「爽奈さぁ、お菓子ばっかり食べてると、栄養不足で倒れるよ」
「だって甘いものが好きなの」
「ダイエット、ダイエットって毎日言ってるくせに」
「ちょっとぽっちゃりしているほうが女の子はかわいいんだよ」
「はいはい」
呆れたようによしは言う。
私はその日よしを初めてすごいと思った。友達をすごいと思うことなんてこれまでなかった。よしの友達でよかったと嬉しくなる。
いつか素直に『ありがとう』は言うつもり。
それにしても、人間関係って難しい。
お菓子の国で生きている、子どもの私にはよくわかんないよ……。
夏。
甲子園。うちの学校は予選で負けたけど。
野球。
グラウンド。
球児。
掛け声。
汗……、暑い。
「よくあんなに走れるなー……」
尊敬というよりもバカにしながら、グラウンドの野球部員たちを私は眺めた。連想ゲームを頭の中でしながら。
私よりバカを見つけたって感じだ。
それにしても暑い。
ポキッ、口にくわえたメンズポッキーを私は食べる。ほどよい甘みが口に広がる。夏はこのくらいの甘さが爽やかでいい。そして、リプトンのレモンティーを頬に当てるとささやかな涼が私を満たす。
グラウンドの横、木陰になっているベンチでまったりティータイム。一人で。
担任の先生に、推薦の書類の不備について呼び出され、用事はもう済んだのだけど、廊下から野球部が見えたからなんとなく。バカの側によっていってみたくなったと、いうかこの後ある同じクラスの桑原の送別会までの時間つぶしというか。待ち合わせは学校なので一回家まで戻るのが面倒だ。
転校する桑原とは去年私としぃが同じクラスで仲が良かった。だから、送別会も去年同じクラスの女子を中心としてなので、あっちゃんはこない。ちょっとほっとしてる私。
「松原?」
名前を呼ばれて振り向くと、私服の高瀬がマヌケ面で立っていた。
「なんでいるの?」
「担任に呼ばれて。高瀬は?」
「後輩指導という名の気晴らし」
「ふーん」
高瀬がごく自然な感じで私の隣に腰を下ろした。
「後輩指導しにきたんじゃないの?」
「今してるよ。後でだめだしする」
「なにしてるの?」
「監督気分で評価中」
「あっ、高瀬って野球部?」
「知らなかった?」
「うん」
「オレ、野球部の元キャプテンなのに」
「ごめん、ポッキーいる?」
あからさまにがっくりする高瀬にメンズポッキーを差し出すと、高瀬はすっと一本取った。
「オレは普通の赤いポッキーが好き」
「私はメンズポッキーが好きなの!絶対こっちが美味しいよ」
別にこだわりはなかったけど、なんか張り合いたくて、いや普通に喋りたくて、微妙な空気にならないようにふざけてたくて、反対意見を高瀬にぶつけてみる。
「えー!赤だろう」
「高瀬わかってないなぁー!まだまだ子どもだね」
「別に子どもでいいよ。オレ、ハンバーグ好きだし」
高瀬の口元からポキッと軽いポッキーの折れる音がした。
「返事をするためにオレを待っててくれたのかと思った」
いきなり高瀬は話題を変える。もう、顔は笑っていなかった。少し緊張したように硬くなる。
「なにの?」
「オレと付き合うこと」
「あー、忘れてた」
私は薄情な答え方をする。
忘れてしまいたかった。なかったことにしてしまいたかった。面倒臭そうだから。
「オレの一世一代の告白なのに」
「キライになった?」
「いや、もっと好きになった」
高瀬は笑う。きっと、高瀬は優しい人間だ。
「ねぇ、高瀬……」
改まって私は高瀬の名前を呼ぶ。
「なんで、私なの?」
高瀬は少し黙り込み、そして少し躊躇いがちに口を開く。
「入学式、松原に一目惚れしたんだ」
自慢じゃないけど、私は人様から一目惚れされるほど美人じゃない。こういう告白のされ方は初めてだ。うれしい。
「うそ、一年の時からずっとミチと付き合ってたでしょ」
私は少しからかわれている気分で、突き放すように高瀬に言う。
「それは、入学してすぐに松原に彼氏が出来たから。二ヶ月で松原が別れたから俺もミチと別れようと思ったんだけど、別れられなくてぐずぐずしてたらまた松原に彼氏が出来て。それで、なんかタイミングをずっと逃した」
淡々と話す高瀬に私はびっくりした。
「なんかミチがかわいそう……」
「どうだろうな?」
「なんでよ?」
「だってオレに告白してきたのはミチのほうだし、オレは松原と、たとえ理由が『好きなヤツが今他のヤツと付き合っているから』でも、二年も付き合ってくれるなら嬉しいかも」
高瀬の言っていることは正しいような、正しくないような。
「高瀬がそうでも、ミチは純粋に高瀬が好きで、ずっと一緒にいたかったかもしれないじゃん」
「それでも、仕方ないだろう。オレは松原が好きなんだから」
カキーンと白球がバッドにあたり、弧を描いて、飛んでいく。空が青い。
「ミチとなんで、別れるって決めたの?」
「三年になって、松原が教室でポッキーを食べてるのを見たからかな」
即答で高瀬は私の質問に答えた。
「なんで?」
「覚えてないかもしれないけど、松原、入学式の時も食べてたんだよ」
「好きだかね、ポッキー」
「その姿にオレは一目惚れしたの!もう一度その姿見ちゃったら、やっぱり好きだなと思って。そんで、あと一年で『サヨナラ』は辛いなと思ってミチと別れた。それからずっと告白しようと思ってたけどふられるのが怖くて言えなくて……」
高瀬にそう言われて、私は少し嬉しい。心
の奥でね。
「あの日は、『ここで言わなきゃもう一生言えない』って感じで。あと……」
「なに?」
「品川たちが、」
「しぃが?」
「『爽奈』って、松原のこと呼ぶだろう。うらやましくて。特に夏になってから。涼しそうで、オレも呼んでみてぇって!」
てれてるのをはぐらかすように高瀬は明るい声で言う。私の顔は見ない。私も高瀬の顔なんて見れない。二人で野球部を見ていた。
「今日の高瀬はよく喋るね」
「悪いか?」
「いや、私の中で高瀬はそういうイメージじゃなかっただけ」
ミチは一体どんな気持ちで、今いるんだろう。あっちゃんは、……どんな気持ちでいるんだろう。
ちょうどよくポケットでケータイが震えだした。しぃだろう。
私は高瀬に告白の返事をせず、その場から立ち去る。高瀬は私を止めはしなかった。
なんて高瀬に答えたら言いか、私はまだわからない。
お菓子の国で遊んでいるだけではいけないのかな?
桑原の送別会は和やかに終わった。明後日になれば桑原は学校どころか、日本にもいなくなる。もうすぐ、桑原だけではなく、ここにいるみんな、同じ制服を着ることもなく、バラバラになってしまう。それは確かに寂しい。
しぃが帰り際に「今日とまりにいっていい?」と私に話しかけた。私は別に断る理由もないので「いいよ」と返事をした。
一度しぃは自宅に帰り、ジャージ姿で程なくして私の家に現れた。
「お邪魔します」
私がチャイムの音で二階の自分の部屋から降りていくと玄関でしぃが優等生スマイルを私のママに向けている。
私のママはしぃが好き。私のママに限らず母親受けがきっといい。
「いらっしゃい」
私がしぃに声をかけると、しぃは笑って慣れた様子で家の中に上がりこむ。
「もう、しぃお風呂入ってる?」
「うん、後は寝るだけ」
「私も。帰って急いでシャワー浴びた」
二人で階段を上がっていると下からママが「おやつとお茶、用意してるから取りにきて」と声をかけてきたので私は「先行ってて」としぃに言い、また下へと戻ってママからトレイを受け取る。
クッキーやポテトチップス、2リットルのお茶にグラスが2つのったトレイを持ち、私が部屋に入ると、しぃはTVをつけてベッドに座っていた。とまりなれている感がある。
「どうぞ」と言いながら私がテーブルの上に置いてあったシャーペンや課題のプリントを端に寄せながらトレイの上の物をのせ、しぃに勧める。しぃは「ありがとう」とグラスを手を伸ばした。私はお茶のペットボトルのふたを回し、しぃのグラスに注ぐ。
「早かったね、三年間」
しぃはそう切り出してきた。
「入学式のこと、覚えている?」
「何を?」
私は少し笑いながらしぃに訊ねる。今日は私、入学式に縁があるらしい。
「私が可愛いなと思ってじぃっと爽奈を見てたこと」
「そうなの?」
「そうだよ」
「なんかじっと見てくるやついるなと思ったけど」
「それで私が爽奈をナンパして、」
「そう!『トイレ行かない?』ってナンパされたね」
「次に二人で『あの子可愛くない?』とか作戦立ててよしに声かけて」
「脅して仲間に引きずり込んで(笑)」
私もしぃも笑いながら懐かしい話に花を咲かす。
「あっちゃんとは球技大会の時だね」
しぃが避けることなくその名前を言ったので私も避けることなく話しを続けた。
「バスケで同じチームになって、なんかおもしろいやついるよって仲良くなったよね」
「そうだね」
私はお茶の見ながら私は少ししぃの様子を窺った。
何を話すつもりで今日しぃは来たのだろう。『あっちゃんに謝って』とか言われても私は謝らないよ。私だけが悪いわけじゃない。
私は確かに無神経だったけど、それはただのきっかけにしがすぎなくて、高瀬のことがあってもなくても、あっちゃんと私はいずれぶつかっただろう。そして離れて行くのだ。
もともとあっちゃんと私は人間的に合わなかっただけだ。受験とかそういう色々で、三年になってから少しずつ表面に現れだした、今がいい別れ時なんだと私は落ち着いて考えた。どちらが悪いという話しではない。
「私、高瀬とは幼馴染なんだよね」
高瀬としぃが幼馴染、私は初耳だ。
「別に特に仲がいいわけではないけど、家が向こう隣で母親同士はすごく仲良しなんだけどね」
「そうなんだ」
「女の趣味はよく似てるよ、高瀬と私」
「へぇ」
「私も高瀬も入学式で爽奈に一目惚れ」
いたずらっぽくしぃは言う。その言葉で私はしぃが全部知っているんだと気づく。
「入学式の二日後ぐらいにね、高瀬がいきなりうちに来たの。学校じゃ挨拶もろくにしないくせに。『爽奈に一目惚れしたから協力してくれ』なんていうのよ」
そんな話し、私は初めてしぃから聞いた。
「取り敢えず、爽奈にさぐりいれて『彼氏いない』っていうのを聞き出して、高瀬に報告して、高瀬から『それとなく紹介して』って言われて、二人で毎日こそこそ相談して、ちょっと楽しかったな、ちょっとだけね。でも、高瀬がぐずぐずしてるうちに爽奈に彼氏が出来ちゃって、高瀬撃沈。一応私爽奈に彼氏が出来るの邪魔したんだけどね。高瀬の背中、何度も押したし。高瀬、ヘタレだから」
『私も色々大変でしょ』と言うようにしぃが私を見る。
「『次のチャンスがあるよ』って励ましたけど高瀬ふてくされて、告白してきたミチとつきあっちゃうし、私、ミチ嫌いなのよね。高瀬からこの間別れたって聞いて清々した」
てへっと可愛く憎まれなく悪口を言うしぃ。私もミチに関してはわかるところがあって「はは」と笑う。
「それで、爽奈が彼氏と別れた瞬間、高瀬に言ってあげたんだけどミチと別れられずにぐずぐずしてて爽奈に新しい彼氏ができて、高瀬が落ち込むっているのを何回繰り返したか。爽奈が野球部の佐野くんとつきあった時なんて落ち込み方ハンパなかったんだよ。部活に行きたくないって鬱になるし。爽奈と佐野くんが夏の大会前に別れてくれなきゃきっと野球部が一年の時決勝まで勝ち進めなかったよ」
その時を思い出してしぃはため息を一つ。
「長かったけど、高瀬もやっと告白できたんだね」
そのしぃの顔はまるでできの悪い息子の一人立ちを見守る母のよう。
「あっちゃんがね」
「えっ?」
そして、しぃの話しはまた気まずい名前に帰る。
「高瀬のことが好きになったのは、一年の秋ぐらいかな。高瀬はミチと付き合ってたしあっちゃんは見てるだけでいいって」
私は気まずくてテーブルの端をじっと見た。
「爽奈が高瀬のことなんとも思ってないことも、あっちゃんのこととかミチのこととかめんどくさいって思う気持ちがあるのもわかるけど。高瀬のことちゃんと考えてあげて」
私の気持ち、しぃにはお見通しというわけらしい。てっきり平和主義のしぃだから、あっちゃんとの間に波風を立てないでといわれると思ったのだけど。
「あっちゃんもほっとけないけど、私は爽奈も好きだし、高瀬の気持ちもよくわかる」
私に言うというより、しぃは自分に言い聞かせるように言う。
「高瀬は爽奈が好き、あっちゃんは高瀬が好き。仕方ないよ」
しぃは大人。よしも大人。
私はまだ子ども?
二学期だ。
残暑。
やっぱり暑い。
「勉強しなくていいのー?」
「松原もな」
後ろから声を私がかけると高瀬はふりかえらずにくすっと笑った。
グラウンドの横のベンチに座り野球部を見つめる高瀬。受験生の放課後らしくない。
「高瀬、受験生らしくないね」
「オレ、推薦だし」
「私も」
「野球してー!」
「したら?」
「引退したから……」
「まざれば?」
「先輩がいるとうざいだろう?」
「そりゃね。でもここから見られているのもうざくない?」
「オレならヤダ。こっそり見てるつもりなんだけど」
「こっそりねぇ。まぁ、いい先輩だね」
グラウンドでボールを追いかけて走る回る野球部員たち。高瀬も少し前まであの中にいたんだな。私は見たことがないけど、あっちゃんはこうやってグラウンドを走る高瀬を見ていたんだろうか?
「私のどこが好き?」
「唐突だな」
高瀬はグランドを見たまま言う。
「うーん。一目惚れだからな……」
「考えてよ」
「どこかというより、好きって感じ。子どもっぽいところかな。後、体が柔らかそうで触りたくなる」
「変態……」
「松原が言えって言ったんだろ!」
高瀬が少し恥ずかしそうに声を大きくする。
照れくさいのは私のほうだ、恥ずかしいのは私のほうだ。そんなふうに高瀬は私を見ていたんだ。不思議だな。
「私、性格悪いし、めんどくさがりや……」
「みんなそんなもんだろ」
何気なく答えてくれた高瀬の言葉が私の胸にぐっとくる。
迷っていた私の心が突然決まった。
「呼んでいいよ」
私は高瀬の後姿に言う。
「『爽奈』って呼んでいいよ」
「えっ?」
高瀬が慌てて振り向いたので、私はにっこり意地悪に言う。
「高瀬がね、卒業するまで、私のこと好きだったら、呼んでいいよ」