03:お話し合い
「待たせたな」
私が悶々と考えを巡らせていると、すぐ隣の扉が開かれて、アンドロシュ公爵が現れました。
もしかしたらノックしたのかもしれないけれど、思考の海に潜っていたので気が付かなかったみたい。
公爵は入ってすぐの所に居る私に目を見張り、ヴァッサーを睨みつけた。
私からは見えないけれど、多分公爵夫人も同じような顔をしていることだろう。
横柄な口調は、おそらくうちの家族を『貴族として交流する価値無し』と判断したのでしょう。客としてもてなす気がない、よりも更に評価が下がったね、父よ!
お二人が部屋へ入ると、その後ろからエールデ様が入って来ました。
私を見て、やはり驚きに目を見開く。そして微かに口元を緩めてから、手を差し出してきました。
少し逡巡した後、素直にエスコートを受ける事にします。
ヴァッサーとは違う、スマートで紳士の見本のようなエスコート。
私が自力で立ち上がるのを待ってくれて、歩き出す前に視線を合わせて微笑んでくれる。
これがヴァッサーならば、引っ張るように無理矢理立たせられ、タイミングとかを考えずにさっさと歩き出してしまう。
そのせいで何度躓きそうになった事か。
上座の一人がけソファにアンドロシュ公爵が座り、移動させられたヴァッサーが一番下座の一人がけソファに座ります。ブリーゼは、両親と一緒に座りました。
私はなぜかエールデ様の隣に座っています。エールデ様の向こう側には公爵夫人。
まるで私も公爵家の人間のようだわ。
「ヴァッサーとクリーマ嬢の婚約は、無事に破棄されたようだな」
何も前置せずに、いきなりアンドロシュ公爵が本題へ入る。
うちの領地の精霊の怒りをヴァッサーが纏っているから、誰にでも判るのですけどね。
これからヴァッサーは、うちの領地に足を踏み入れると、地味に嫌な事が起こるはず。
死ぬ事はないけど、転んで怪我をするとか、野生動物に追い掛けられるくらいはするかもしれない。
あと、うちの使用人や領民から冷たい態度をとられる覚悟は、しておいた方が良いでしょうね。ニヤリ。
「ヴァッサー。お前はブリーゼ嬢と婚約をすると宣言していたな」
アンドロシュ公爵が冷たい視線付きでヴァッサーに声を掛けました。
「あ、いえ、その事ですが、クリーマが態度を改めれば、もう一度婚約を結び直しても良いかと」
はぁ? 寝言は寝て言え。
私が態度を改める必要はない!!
全部、十割、百パーセント、完全完璧に、不貞行為をしたお前らが悪い。
「私も、ヴァッサー様の事は大好きですが、結婚はおねえさまとするのが良いと思うんです」
ブリーゼが許可も取らずに話し始める。
聖女だとチヤホヤされて、自分の立場を忘れたようです。馬鹿なのかな?
ブリーゼは聖女と言われているけれど、他国の聖女みたいに神殿で認められた人とは違う単なる渾名みたいなもので、何の権力も有していないのに。
妖精に好かれているだけ。
鑑定に称号として出てるけれど、あれは他の人には見えない物ですしね。
「私とヴァッサー様が愛し合って子を産んで、おねえさまは領地の為に働くの。最高でしょ?」
最悪だよ。
そもそもそれでは、後継者がいなくなるでしょうが。
頭の中、お花畑過ぎる。
ブリーゼが話し始めたのは予想外だったのか、ヴァッサーが慌ててブリーゼの口を手で塞ぎました。
それは内緒だって言っただろ、とか小声で言ってるけど、こちらに筒抜けなので意味は無い。
ブリーゼはなんで? とか言って首を傾げる。その周りで、同じように妖精達が首を傾げている。
ブリーゼはよく言えば純新無垢。悪く言えば馬鹿である。
本音と建前を使い分けられない。
だから、妖精に好かれているのだと思う。
思考回路が残念……いえ、幼児並みなのです。
二人がわちゃわちゃと揉めている横で、父と継母は苦笑いして見守っています。いや、止めなさいよ。
全然微笑ましい場面では無いからね?
呆れたのは私だけではないようで、上座から長ーい溜め息が聞こえてきました。
漫画の効果文字を入れるなら、勝手にすれば、でしょうか。
「二人共、精霊の許可は必要無い立場だから、結婚でも婚約でも自由にすると良い」
確かに、その通りですね!
ヴァッサーはアンドロシュ公爵家の次男で後継者では無いですし、ブリーゼは名ばかりのクロイツァー伯爵家次女です。
領地の精霊に認められなければいけないのは、後継者の結婚のみ。
「おめでとう、ブリーゼ。幸せになってね」
なれるものならば。
私の祝いの言葉に一瞬キョトンとしてから、ブリーゼは花がほころぶように笑いました。
「ありがとうございます! おねえさま」
周りの妖精達も、キャッキャキャッキャと一緒に喜んでいる。
ここだけ見ると、とても可愛い絵面ですね。
「いや、でも! もうすぐ十八才になるクリーマに、今から結婚相手を探すのは無理だろう?」
まだ諦めないヴァッサーが私を見て笑う。
その笑顔は、お前みたいな女に惹かれる男はいないって意味か? ん? そうなのか?




