10:返してもらいましょう
「ヴァッサーからは当然ですが、貴女の妹に盗られた物も取り返しましょう」
エールデ様は徐に視線を上げたと思ったら、私と目を合わせてとんでもない事を言い出しました。
「いえ。もう何年も前の流行の物ですし、返されても困りますわ」
おほほほほ、と態とらしく笑ってみせる。
実際に、いくら高価でも何年も前の物だし、今まで散々ブリーゼが使っていた物を返されても困る。
「では、金銭で返してもらいましょう」
なぜかエールデ様の中では『返してもらわない』という選択肢は無いようです。
帳簿に記載があるので、盗られた物の値段は判ります。
ボールペン一本でも盗んだら横領! という、とても厳しい先輩に経費申請を習った前世の記憶のお陰で、細かい事まで帳簿に付けている私。
リボンやノートなど、普通の令嬢は記載しない物まで書いてあるわよ!
どうやって金銭で返してもらうつもりなのかは謎のまま、その日は解散となりました。
最後に呟いていた「罪人には然るべき罰を」が気になりましたが、敢えて聞こえない振りをしました。
うっかり「何か言いました?」等と質問したら、きっと後悔する答えしか返って来ない気がするし。
一応、荒地開拓の公費の使い方をヴァッサーが知らなかった事はチクって……報告しておきました。
読み書き計算は出来るけれど、貴族としての義務を知らないヴァッサーとブリーゼ、そして父と継母。
この人達より商人の方が余程『高貴なる者は義務を伴う』の精神を実行している気がするわね。
よく考えたら、貴族学校には通っているのですから、一般的な貴族の常識が無いのはそもそもおかしいのです。
授業を聞いているだけで、それなりの知識が身につくはずなのですから。
組が違うので知りませんが、もしかして授業中は寝ているのかしら?
幼い頃から毎日、午後から伯爵家に来て、お茶したり遊びに行ったり、父の考える後継者教育とやらを実行していたヴァッサーですが、午前中は公爵家で貴族としての常識は勉強していたそうです。
交流が無いので、知りませんでした。
婚約者だったはずなのに、ね!
実は、あまりの常識の無さに公爵家から見放されていたのかと思っていたのですが、ただ単にヴァッサーの本質が駄目人間だっただけなのですね。
ブリーゼは……一応家庭教師とかも手配して、学校へも通っているのに常識が無いのは、やはり妖精に好かれている聖女だと両親や周りの人間に甘やかされた結果ですよね。
伯爵家に元々いる使用人はまともなのですが、父が雇った人達は聖女様を変に全肯定します。
彼女が白と言えば、黒でも白なのです。
だから私の私物をブリーゼの元に持って行く事を犯罪だとは思っていないし、罪悪感も感じていないのでしょう。
「おねえさま! 私の侍女達を返して!」
朝早く、学校へ行く準備をしていたら、ノックも無しにブリーゼが部屋へ突撃してきました。いつもどおり。
「いつになったらノックをして、返事があってから入室するといる常識が身に付くのかしら」
顔を向けずに注意をすると、視界の隅が激しく点滅した。
おぉ、妖精達がピカピカしているのは、怒りの表現かしら?
しかしここの妖精は、何も出来ません。
そう。私の髪一本を引っ張る嫌がらせすら出来ない存在なのです。
ある意味、虫よりも役立たずです。
「ところで、侍女云々は私のあずかり知らぬ事です。貴女の侍女はお父様が雇った方ですから」
雇用契約を結んでいるのは父なので、私にその侍女達を解雇する事は出来ないのです。
「でもでも! 昨日、知らないおじさんに連れて行かれてから帰って来ないもの!」
知らないおじさん? 誰にも咎められずに、伯爵家の使用人を連れて行けるおじさんとは?
「偉そうに黒い服着て、金の紐着けてた怖いおじさんだったから、私もヴァッサーも止められなくて」
涙を溜めながら訴えるブリーゼは、庇護欲を誘う。
それにしても、黒い服に金の紐って……おそらく黒い服は貴族を捕まえる権限すらある守備隊の事よね。守備隊とは、日本で言う警察みたいな組織。青、紺、黒と制服の色が濃くなる程、その権限も強くなるはず。
それに金の飾緒付きだとしたら、その中でもかなりな地位の人。飾緒の色は、白、銀、金の順だった気がする。因みに、役付きでないと飾緒は無い。
たかが使用人を捕まえる為だけに、黒金って何?
過剰戦力というか、最早オーバーキル?
黒金の守備隊員に連れて行かれた使用人など、どこぞの高位貴族の当主殺害か、国家反逆罪でも犯したのかと思われるでしょうね。
そしておそらく、それを狙って黒金を寄越したのでしょうね。
後日解放されようが、守備隊に連行されたという事実だけで、その使用人は二度と貴族家では働けないでしょう。
それが黒金だとすれば、一般の仕事に就くのも難しいかもしれません。
職業差別するわけではありませんが、身売りするしかないでしょう。
高級娼館なども無理でしょうし、平民相手の安宿付きの娼婦か、最悪立ちんぼする事になるかもしれません。
彼女達は、妄信的に聖女を崇めた結果、犯罪者に身を落としたのですから、同情の余地は有りません。
それよりも、今まで証拠が無くて罰せられなかった実行犯を、どうやって突き止めたのでしょうか?
怖い人です。エールデ様。
お読みいただき、ありがとうございます!
★★★★★もありがとうございます!
励みになります(≧▽≦)




