09:獅子身中の虫?
例のヴァッサーの維持費の件をエールデ様へ確認すると、少し驚いた顔をしていました。
曰く、クロイツァー伯爵当主――父から、ヴァッサーの維持費は持参金に上乗せして本人に持たせて欲しいと言われた事。
ただし学校で必要なものは、公爵家が用意する事。
食費として、毎月ヴァッサーに現金を持たせる事。
立替金が負担になった場合は、公爵家はいつでも精算に応じる事。
はい?
ヴァッサー、毎日うちで夕飯食べてますけど、うちに食費など一銭も入れてませんけど?
これは後継者教育の一環で、私も食費管理の帳簿に目を通しているので確かです。
しかも維持費分を持参金に上乗せして、では、クロイツァー伯爵家のお金ではなく、ヴァッサー個人のお金になってしまいます。
「ヴァッサー様は持参金で払うと言っていたそうですが」
持参金で払う、と持参金として持たせる、では意味が違う。
持参金は、あくまでも持ち主の物であり、婚家の物では無いのです。本人が渡します、と言えば別ですが、ヴァッサーがそのような殊勝な事をするわけがありません。
ようは、伯爵家の金で結婚前は遊び、私と結婚してからは、持参金でブリーゼと遊ぶつもりだったのでしょう。
私が当主になったら、今までのように自由に伯爵家の金が使えなくなるからね!
私を馬車馬のように働かせて、自分達は享楽三昧か!!
ここに来てなぜか急に方向転換して、婚約破棄してくれたわけだ。
ありがとう、婚約破棄してくれて。
「とにかく、話は解った。今までのヴァッサーに掛かった金銭は、早急に公爵家へ請求して欲しい。これからはヴァッサーは通さず、家令同士でやり取り出来るように手続きをしよう」
今まで貯めたヴァッサー用の個人維持費があるから、即日決済しよう、とエールデ様がとても良い笑顔で約束してくださいました。
怖っ!
後日。父は通さずに、エールデ様と私、互いの家の館の管理をする家令とアンドロシュ公爵で、帳簿と領収書と引き換えに、ヴァッサーの個人維持費の精算をしました。
当然、契約書の内容も変更し、クロイツァー伯爵家に届いたヴァッサーの分の請求書は、そのまま公爵家へ転送する事になりました。
ここにきて、父が伯爵家の実印を家令に預けていたのが逆に功を奏しました。
当主抜きでも、契約書の改正が出来てしまうのです。
それから、今までの食費は別に精算しなくても良いと言ったのですが、アンドロシュ公爵の怒りが凄まじく、ヴァッサーに渡していたのと同額を彼の個人維持費から抜き、なぜか私へと渡されました。
うちの家令も、元々食費は請求するつもりが無かったので、と私の臨時収入とする事に同意しました。
「婚約破棄の慰謝料には少なすぎるので、エールデの婚約者としての維持費にでもしておくか」
確かに、公爵家から私への金銭譲渡の理由が必要ですよね。
公侯爵家の婚約者にはそれなりの水準を求められるので、そういうお金が渡されると噂で聞いた事があります。
婚約者の為の予算も、国に認められているとか、なんとか……?
昔、侯爵家から婚約者維持費を貰っていた子爵令嬢が、自身有責で婚約破棄された時に維持費の返還と慰謝料が払いきれず、実家を潰した……と都市伝説として語られています。
今は廃れた風習という事でしょうか。
それか、それほど家格の違う婚姻は結ばれないようになった……とか?
とにかく今は一般的ではない金銭授受という事です。
「それはとても良いお考えだと思います。そのお金で買った物ならば、ブリーゼ様に盗ま……奪わ……無理矢理譲渡させられる事も無いでしょう」
言い直してもほぼ同じ意味だよね?
うちの家令ってば、本当に私以外の家族の事が嫌いよね。
「今までも盗まれていたのか?」
お話し合いの後、私はエールデ様と応接室で優雅にお茶をしていたのですが……突然の問いに、お茶を吹きそうになったよ。
「そうですね。普段使い用のちょっと良い髪留めやブローチなどは、いつの間にかブリーゼが付けていました」
ちょっと良い、の基準は、日本で例えるならば有名ブランド品です。
有名ブランドの、本物の宝石を使ったアクセサリーよ!
前世の私なら、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で、ボーナス払い込の分割で買うくらいのレベルよ!
思い出したら、怒りが再燃してきたわ。
「貸した記憶も、ましてやあげた記憶も無いのですけれど、当然のようにブリーゼが使っておりました」
返せ、と言ったところで、「私の方が似合うから」とかいう謎理論で、絶対に返ってこなかった。
継母はともかく、父もそれを許していたのが、異母妹を増長させたのでしょう。
私の話を聞いたエールデ様は何かを考えるように視線を下げて、黙り込んでしまいました。
私もこれ以上何を言って良いのか判らず、お茶を飲み干す。
最近はもう装飾品は買っていませんので大丈夫ですよ、と言っても焼け石に水、もしくは火に油を注ぐ結果になりそうなので、黙っておこう。
お読みいただき、ありがとうございます!




