第五話「訓練場、そして寝室にて」
訓練場では、勇ましい男たちの唸り声と汗の匂いが混ざり合っていた。今日も訓練に励んでいるようで何よりだ。と思ったが、私たちの姿を見て
「エイド〜! 久しぶり!」
木陰で水を飲んでいたエイドリアンは、アルガの呼び声にゆっくりと立ち上がった。
「……アルガ様、お久しぶりです」
「ふふ、なんだいの堅苦しい喋り方。いつもみたいにアルガって呼んでよ」
その言葉に、エイドリアンはこちらを一瞥してから口を開いた。
「俺たちは立場が違う、い……ますから」
まだ私たちへの敬語には慣れないようだが、この前のことできちんと気をつけているらしい。私もアルガも立場を気にする仲ではないが、それを私が許していては不自然だった。実際、社会的に見れば、主人とその友人に砕けた話し方をするのはよく思われないからな。
歳の割に聡明なアルガは、そのことに気づいていたんだろう。「それもそうか」と言って微笑み、すんなりと受け入れていた。
罪悪感か自己嫌悪か、気分が悪くなって二人から目を逸らす。こんな時、レスターはどうしてたんだろう。記憶や立場を受け継いでいても、私とレスターは全くの他人だった。
「きっとすぐ対等になるよ。だってエイド……教会から誘いが来てるんでしょ?」
その言葉に一瞬心臓が跳ね、思わずエイドリアンの顔を見る。
この国で教会といえば、聖ソラス教会をおいて他にない。国内で最も支持されている宗教組織だ。
組織の上層部のほとんどが光属性の魔法使いであり、そういう人材を集め社会奉仕活動を行なっているとか。ただ、この組織はゲーム内でも搾取の匂いがすごく、主人公が光魔法を扱えることが理由で、道具のように扱われるバッドエンドが存在する。今思えば結構シビアな世界観だったな……。
検査のあと、エイドリアンが光属性だという話はすぐに知れ渡った。その話を聞いて勧誘したのだろう。エイドリアンは、レスターから離れるためにこの誘いを二つ返事で承諾する。概ねシナリオ通りだ。
良かった……きちんとゲームと同じように進んでるんだ。このまま教会へ行ってくれれば、少なくともあと四年くらいはエイドリアンと離れることができる。
ほっとしたのも束の間、エイドリアンはこちらを一瞥してから言った。
「断るつもりです」
「は?」
いや、いやいやいや……ちょっとまて! そんなことをしたら聖騎士の道から一歩……一歩どころじゃないくらい逸れてしまうだろ。なんでそうなっちゃったんだ。今のエイドリアンは教会の実態も知らないはず。入るだけで地位も名誉も手に入るのに、断る理由なんかないはずだ。
私の前だからか?
「俺がこの生涯で仕える人はレスター様だけなので」
エイドリアンは呆然としているアルガに平然とそう言ってのけると、こちらに向かって微笑んだ。
いつの間にそんな忠誠心が生まれたのか。ああ……眩暈がする。
「気色わりーこと言ってんなよ」
アルガが見ている手前、暴力は避けたいが……もうやるしかないか?
ゲームではアルガとレスター、そしてエイドリアン……彼ら三人の幼少期の描写は不鮮明で、ここでどんな行動を起こせば不自然じゃないのか予想で動くしかない。
ゲーム内のアルガはレスターとそこそこ気まずそうな空気を出していたので、ある程度悪態をついていたのだとは思う。
「仲いいな、君たち……全く妬いてしまうよ」
蚊帳の外だったアルガは、私たち二人のやり取りを微笑ましそうに聞いていた。どうやら友人同士の軽い応酬のように思っているらしい。今の所、彼が私を嫌うような素振りはなく、そもそもこの穏やかな彼にすら距離を置かれたレスターがいったい何をしでかしたのか、その疑問ばかり膨らんでいく。
やっぱり殴ったのか? 理不尽な暴力でも振るったのだろうか。
攻略も見ずにコツコツとプレイしていただけなので、ファンブックや設定資料集に書いてあるのだとしたら手に負えない。エイドリアンへの暴力だって細かいところは想像で補っていたが、今だってなにも上手く進んでいない。なんだか泣きたくなってきた。
それでも依然として空は青く、大きな太陽が前世と変わらない姿で日常に影を落としていた。
アルガを見送った後、一人夜を待つ。薄暗い寝室の中、窓から星が覗く頃になっても、昼間の雑然とした気持ちは薄れることがなかった。
やはり、エイドリアンの行動がどうにも不自然に感じる。私の行動だけが原因とは思えない。なんというか、他人の作為を感じる。自惚れの可能性もあるが、私は今の今まで大きくシナリオから逸れた行動はしていない。
必死の思いで悪役令息を演じてきたのだ。いつでも手を抜いたりなんてしなかった。
だからきっと、軌道から外れようとしているのは……彼なんじゃないか?
軽いノックの音に、返事もせず戸を開ける。この時間に私の部屋に来る人物は、彼以外いない。
「不用心ですよ」
そういう彼を他所目に、ベッドに腰を下ろした。下から上まで眺めていれば、あからさまに雰囲気が違う。もちろん服装や顔は以前と変わらないが、立ち姿は堂々としていて、その顔には笑みを湛えている。
ここまできたらもう無視はできないだろう。そもそも、この考えが今まで出てこなかったことすら不思議だ。思えば思うほど全ての辻褄が合っていく。目前で美しく微笑むこの男の腹の内を、無理矢理にでも暴いてやらねばならない。
小さく息を吸って、口を開いた。
「お前は、何を知ってるんだ?」
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