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第一話「転生したら悪役令息だった」


「エイド! こんなところでなにやってんだよ」

 

 俺が声をかけると、茂みに向かってしゃがみ込んでいたエイドリアンは、肩を揺らしながら振り返った。

 

「レス……」

 

 か細く震えた声から、彼の不安が伝わってくる。すでに気分が悪いが、ここでやめたら今までの努力が無に帰すのだと、己に言い聞かせるように咳払いをした。そうして優しげな瞳を睨みつけてから、彼の腹を一度だけ大きく蹴り上げる。

 

「なあ、誰が呼び捨てにしていいって言った?」

 

 走る鼓動がバレないよう、できるだけ大きく低く唸るように言い放つ。今の蹴りで咽せたのか、不規則な呼吸と咳を繰り返すエイドリアンに、今度は髪を引っ掴んで無理やりに顔を上げさせた。

 

「お前の身分でこの俺にそんな馴れ馴れしい態度取ってもいいと思ってんのか、ああ?」

 

 目が合うと、少し間を置いてから逸らされる。涙の滲んだ目尻が幼気で、また吐き気が込み上げてくる。早くこんなこと辞めたいのに、まだ地獄は続く。

 

「……離して」

「俺に歯向かう気か?」

 

 髪を掴んだ手とは反対の拳を振り上げ、頬を強く打つ。端正な顔が痛みに歪み、手入れされた低木の方へ倒れた。なんでこんなことになったんだか。苛立ちは膨らむばかりだ。

 

「あーあ……その低木、母様のお気に入りだったんだぜ」

 

 差し出された腹を靴裏で圧迫する。漏れ出た声が耳に入った。

 

「レス……君が殴るからだろ。何がそんなに君を……うっ」

「うるさい、喋るな」

 

 一際強く踏みつけ、満を持して足を退けた。見下ろす視線はどこまでも高飛車で愚かでなければならない。

 

「レスター様、そろそろお食事のお時間です」

 

 メイドの声に、苦痛の時間が終わる。よかった、今日はあまり怪我をさせずに済んだ。最近のエイドリアンは反抗的で困る。もっと従順でいてくれたら、私だって彼に酷いことをせずに済むのに。


 レスター・ストレンジ。十一歳のわがままで横暴な貴族の坊ちゃん。最終的に下剋上され断罪される、乙女ゲームのテンプレ的な悪役令息だ。どうやら私は、その彼に転生したらしい。


 もちろん私は、前世では至って平凡な女子高生だった。ちょっと演劇が好きなだけの、普通の女の子。現状を理解するのにだって半年はかかったし、今みたいに人に暴言や暴力を振るえるようになるまでは一年以上かかったと思う。


 それでも適応しているのは、ここが舞台の上なのだと割り切ったからだ。転生する前、最後にもらった役もいわゆる悪役令嬢だった。


 園児の頃からお姫様を夢見て演劇を始め、ようやくもらった名前付きの役が、まさかの悪役だなんて……。そんな気持ちを捨てきれずにいたものの、舞台を台無しにしたくなくて、死に物狂いで練習を続けていた。


 せっかくの本番でヒロイン役の子が足を滑らすなんて思ってもみなかったけど。演技のために鍛えた身体で、ヒロインを庇って下半身麻痺。舞台を台無しにしたこと、もう演技を続けられないこと。あの時助けていなければって後悔が渦巻いて、長い時間絶望していたように思う。


 お見舞いに来てくれた友人がそんな私をみかねてか、最近流行りの乙女ゲームを紹介してくれた。もうクリアしちゃったからって言って、ゲーム機まで貸してくれて……。内容は普遍的な恋愛ゲームだったけど、気分転換には丁度よかった。


 何周もしていくうちに、ヒロインの子に深く感情移入していったのを覚えている。優しいヒーローが手を差し伸べ、幸せになるヒロインを見ているだけで満たされた気持ちになったのだ。


 数十回繰り返されたトゥルーエンドの後、悪役だったっていいから、もう一度演技がしたいのだと強く思い眠りについた。


 そしうして、目覚めると知らない場所にいた。鏡に映る自分を見ても、しばらくは状況をうまく飲み込めなかった。シルバーブロンドの猫っ毛と、エメラルドグリーンの瞳。絵に描いたような高圧的な美少年がいたのだ。


  食事を終え寝室に戻ろうと立ち上がると、メイドの一人が口を開いた。


「レスター様、ヴィクター様がお見えになっています」

「兄様が?」

 

 その言葉に、背筋が凍る。ゲーム内ではほとんど描写されていなかったが、レスターには二人の実兄がいた。次期当主の長男であるヴィクターと、成績優秀な次男坊のジュリアン。


 そんな優秀で賢い兄たちは、傲慢で愚かなレスターを嫌っていたらしい。この部分の説明はおおよそ二行ほどで済まされていたので、私が知っている兄たちの情報は全てレスターとしての記憶からのもの――なんと、今の私にも断片的な記憶がある。――で、本当に身体が覚えているのか兄の名を聞くと全身から酷い不安が溢れ出てくる。

 

「わかった……すぐ行く」

 

 長男のヴィクターは学園へ通うため寮へ入っていたが、長期の休みのこの時期は父親にでも催促されるのか、それなりに高頻度で帰省してきていた。

 

「レスター、久しぶり。元気そうだな」

 

 ヴィクターは整った顔を愛想良く歪ませ、ゆっくりと距離を縮めた。

 

「聞いたぞ。お前の適性、闇魔法だったんだって?」

 

 白い手袋に包まれた手で、そっと頭を撫でられる。その仕草に思わず身構えてしまったのを悟られぬよう、必死に口角を上げて答えた。

 

「は、はい。ご存知だったんですね」

 

 この世界では九歳になると魔法の適性検査を受けることができるようになる。レスターは明るい髪色と高潔な血筋に恵まれ、光魔法の適性……もしくは多種類の属性への適性があると噂されていた。だからこそ両親から溺愛され、使用人に横柄な態度を取っても許されていたのだ。


 しかし、実際に検査を受けると、持っていたのは一属性のみ。それも全属性の中で最下位とされる闇魔法だった。前世の価値観で考えると強そうに思えるが、この世界の闇魔法は見てくれも性能も事実として最弱なのだ。

 

「残念だな……父さんと母さんの期待を裏切るなんて、お前も辛かっただろう」

 

 若干落ちた声色に恐る恐る顔を上げると、兄の冷たい瞳と目が合う。怖い。だが、ここで怯えた様子を見せれば余計に酷い目に遭うのはわかっている。だからレスターは逃げられなかったのだ。

 

「反省しないとな、レスター」

読んでいただきありがとうございます!

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