夜の公園と高嶺
毎日のことだけど、部活が終わった頃には月が昇っている。仄かな灯りに包まれながら、ボクは帰路に着くわけだ。
その道中に公園がある。公園といっても、木々や草原が広がる自然が主役の広い公園。遊具はほぼ無い。
いつも通り自転車を漕いでいると、その公園の奥からアコースティックギターの音色と女性の歌声が聞こえた。
気になって耳を済ませたが、何を歌っているかは分からない。ただ、確かに空気を揺らしていた。
三百六十五日と少し、毎日同じ道を往復していて、初めてのイベント。惹かれて、自転車を降り、入口に停め、公園の中へ入ってゆく。
石畳の道の両脇に木々があり、不気味に影を作っている。所々にある街頭は、本来足元を照らしてくれるものなのに、何故か心もとない。
ギターと声の方向へ、奥へ、奥へ。
"ここだ"という場所まで辿り着いた。なのに姿が見当たらないのは、サザンカの茂みに隠れているからだ。この茂みを覗けば、そこにいる。
えも言われぬ非現実感に心が踊る。と同時に不安も募る。
近所だから何度も訪れたが、サザンカの茂みに囲まれた空間には一つだけ石の丸椅子がある。ただそれだけで、人が辛うじて二人入るくらいの空間しかないのだ。
そんな場所で弾き語りをするのは、単なる練習に丁度いい場所だったからだろうか。でもそれだと、今日初めて気がつくのは違和感がある。
得体の知れなさに非現実感がさらに盛り上がり、不信感がまた募る。けれど好奇心には逆らえない。
──覗いた。
〇
「あれ、聞こえちゃった?」
大学生か、少し大人びた高校生か。そのくらいの歳に見える女性がいた。
「あっ、こんばんは。綺麗な声を辿ってきたら……」
「ふふっ、ありがとう。私は『タカネ』っていうの。あなたは?」
「ボクは『ハナ』って言います」
彼女は少し目を丸くして、その後すぐに、
「初めてのお客さんが綺麗な子で、嬉しいよ」と笑った。
「聴いてくかい?」
「うん、是非」
──彼女以外の声は聞こえない。少し低くて、心地よく心臓を震わしてくれる歌声。震える心が熱を生み、身体がポッと温かくなるのを感じる。
「──♪」
辺りには誰もいない。
「♪──」
二人だけがそこにいる夜。不思議な、夜。
「──。……鬼束ちひろさんで『月光』でした」
ボクは拍手を送った。
「どうだった?」
「上手く言葉にできてるか分からないけれど、すごく切なくて、でも、力強さというか怒りというか、静かに燃える炎を感じました 」
「言葉に出来てるよ」
彼女は微笑みかけた。
「聞いたこと無かった?」
「無かったです」
「じゃあ本家も是非聴いてみてほしいな」
ボクはこくりと頷いた。
少しの沈黙のあと、彼女がふと口を開いて、
「もう少しだけ、ここに居れるかい? というか……居て欲しいな」
「少し待っててください」
スマホを開いて確認すると七時三十二分と表示されていた。それからラインを開いて母に連絡する。
『部活の時間が下がっちゃって、今から帰るので少し遅くなります』
「これでよし」
実際この公園から自転車を漕げば二分ほどで家につく。が、今学校を出たことにして、彼女との時間を延長した。
「うん。じゃあ今日は、楽しんでね」
〇
気づけば約一時間が経っていた。
スマホを確認すると、八時三十分と表示されている。遅くなりすぎちゃったかな。
「そろそろ帰るのかい?」
「うん、お母さんを心配させちゃうので」
「そうだね。今日はありがとう」
「ううん、こちらこそ。とっても素敵で、特別な感じでした」
「それは良かった」
「……あの」
「なんだい?」
「次はどこで、その、弾き語りする予定ですか」
「それは……まだ決めてない」
「じゃあ、あの、また聴けるように、また会えるように、良ければライン交換してもらいたいです」
「……それがあいにくスマホが壊れててさ」
「そうですか……」
どこに住んでいるか。聞こうとしたけど、今日初めて会ったばかりの人というのもあり、聞けなかった。
「んじゃ、バイバイだね」
「はい、また会えるのを楽しみにしてます」
彼女はニコッと微笑んで手を振る。
ボクは少し照れ気味に手を振り返して、背を向ける。
振り返って目が合っちゃうと気まずいから、真っ直ぐを向いて、公園の入口へ向かう。
入口に停めてあった自転車のロックを外し、乗り、ギアを最大にして、彼女と出会う前よりも深まった夜を駆け抜けた。
〇
以降、彼女と出会うことはなかった。
【後書き】
鬼束ちひろさんが作詞・作曲、歌唱をした『月光』を、タカネが弾き語りをするというシチュエーションで用いらせていただきました。
もし、まだ聴いたことのない方がいれば、是非聴いていただきたいです。
また、『月光』はドラマ『TRICK』の主題歌です。ドラマ『TRICK』、すごく面白いのでそちらも是非。




