第2部 第1章 第二の残響 ―少年カイの祈り―
夜明け前、村は霧に包まれていた。
カイは夢の中にいた。
真っ白な空間、遠くで誰かが呼んでいる。
「……カイ。君の中に“光”がある」
「光……?」
「忘れないで。君は“彼女”の残した祈り――」
目を開けると、頬に冷たい汗が伝っていた。
窓の外では、鳥の声が聞こえる。
見慣れた学舎の天井。
けれど、心臓が妙に早く鼓動している。
「夢……じゃなかった」
彼は胸の奥に残る暖かな光を感じた。
手を当てると、掌の中が淡く輝く。
“何か”が自分の中で目覚めようとしている。
朝。
祈りの学校では、子どもたちが庭で畑を耕していた。
リオナが穏やかな声で指導し、レオンは安全確認の見回りをしている。
「カイ、今日は元気がないな」
リオナが微笑みながら覗き込む。
「眠れなかった?」
「……ちょっと、変な夢を見ました。
白い場所で、誰かが僕の名前を呼んでて……」
リオナの表情がわずかに変わった。
“白い場所”という言葉に、彼女は心の奥に小さな痛みを覚えた。
それはかつて女神と出会った場所の記憶――。
「その夢、怖くはなかった?」
「ううん。むしろ、懐かしい感じがしました」
「そう……」
リオナは一瞬だけ空を見上げた。
空は青い。けれど、その奥で何かが揺れているような――そんな不安が胸をかすめた。
昼下がり。
学舎の外れに、旅人が現れた。
黒い外套を羽織り、顔を半分布で覆っている。
レオンが警戒の視線を向けた。
「旅の者か?」
「……水を少し分けてほしい」
低い声。
だが、ただの旅人ではなかった。
腰の剣の位置、歩き方――どこか訓練された者の動きだ。
「ここは子どもたちの学校だ。怪しい真似はするな」
「承知している。……ただ、一つだけ確かめたいことがある」
旅人はゆっくりとリオナを見た。
その視線に、奇妙な光が宿る。
「五年前、王都で“神の残響”と呼ばれた者がいたと聞く。
その者は……あなたですか」
空気が張り詰めた。
リオナは一歩前に出て、静かに頷いた。
「そう呼ばれた時期が、確かにありました。
けれど、私はもう聖女ではありません」
「なるほど。では――“第二の残響”については、ご存じないのですね」
「第二の……?」
その言葉を聞いた瞬間、
リオナの背後にいたカイの胸が光った。
「っ……!」
少年が苦しそうに胸を押さえる。
手のひらから白い光が漏れ、風が巻き起こった。
「カイ!」
リオナが駆け寄る。
だが、旅人が一歩下がり、静かに呟いた。
「やはり……この地に“残響”が生まれていたか」
風が収まると、カイの掌に小さな紋章が浮かんでいた。
それは、リオナの祈りの印と同じ形。
けれど、色は淡い蒼――まるで新しい命の色だった。
「僕……どうして……?」
リオナは震える手でその紋章を包み込む。
「間違いない……。
彼が――第二の残響」
旅人は静かに頷いた。
「これは警告です。
残響は神の力ではなく、“人の想い”の結晶。
だが、同時にそれを狙う者たちがいる。
教団の残党“黒の契約者”が、少年を探しています」
「……!」
レオンの顔が険しくなる。
「やはり動いたか……」
旅人は外套を翻し、森の方を見た。
「奴らはすぐそこまで来ている。
彼を守りたければ、逃げなさい。すぐに」
次の瞬間、遠くで爆音が響いた。
鳥が飛び立ち、煙が立ち上る。
村の入り口で、黒衣の兵が動き出していた。
「避難を!」
レオンの号令が響く。
リオナはカイの手を取った。
「走って! 絶対に離れちゃだめ!」
「先生は!?」
「大丈夫、必ず守るから!」
炎の光が空を裂く。
平和だった村が、再び戦火に包まれようとしていた。
夜。
森の奥、月光の下。
逃げ延びた三人――リオナ、レオン、カイが焚き火を囲んでいた。
「……あの人たち、どうして僕を狙うの?」
「“第二の残響”だから。
君の中の光は、人を救うだけじゃない。
世界の均衡さえ変えるほどの力を持っている」
「そんな……僕はただの人間です」
「私もそう思っていたの」
リオナが微笑む。
「でもね、奇跡っていうのは“選ばれた人”が起こすものじゃない。
誰かを想う気持ちが形になったとき――それが奇跡になるの」
カイはその言葉を聞き、少しだけ笑った。
「じゃあ、僕も……誰かを守れる?」
「ええ。きっと」
レオンが焚き火に木をくべ、夜空を見上げる。
「……どうやら、また旅が始まりそうだな」
「はい。でも、もう怖くありません」
カイが空を見上げると、雲の間に星が瞬いた。
その光は、まるで“第一の残響”が見守っているように優しく揺れていた。




