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捨てられた聖女は、王の敵を救う  作者: マルコ


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第1部 第4章 真実の告白 ―王都の闇と女神の記憶―

 王都アーベルは、夜の帳に沈んでいた。

 だが、闇の奥では無数の灯が瞬いている。

 それは人の営みではなく、権力と陰謀の火――。


 リオナとレオンは、砂漠を越えて七日。

 疲労と警戒を重ねながら、ようやく王都の外壁を望む丘に立った。


「……懐かしい、けど、こんなに冷たい空気だったかしら」

 リオナが呟く。

 風に運ばれるのは、鉄と油の匂い。

 それは、祈りではなく戦争を準備する街の匂いだった。


「門は厳重だ。昼に入れば顔を見られる」

「夜に入るんですね」

「ああ。裏水路を使う」


 レオンが地図を広げる。

 そこには城下の地下水路が細かく記されていた。

 彼の指が指すのは、古い聖堂の地下――リオナがかつて祈りを捧げた場所だった。


「聖堂の下に出る。そこなら気づかれずに中枢へ行ける」

「……皮肉ですね。

 かつて“奇跡”を起こした場所が、今は潜入路なんて」


「奇跡ってのは、時々“裏口”のことを指すのかもな」

 レオンが笑う。

 リオナもつられて、小さく笑った。


 夜の帳が濃くなり、二人はフードを深く被る。

 王都の外壁の陰、古い下水口。

 流れる水の音に混じって、鎖の軋む音がした。


「……開けられますか」

「こういうのは慣れてる」


 レオンが小型の刃で留め金を外す。

 わずかな隙間から、冷たい風と共に暗闇が口を開けた。


「先に行け。後ろは俺が抑える」

「はい」


 足元の石が湿っている。

 リオナは息を殺して進む。

 しばらくして、微かな光が見えた。

 地下の聖堂。崩れた祭壇の上に、ひとつの灯がともっている。


「……ここ、私の祈りの場所です」

 リオナが手を触れる。

 冷たい石。

 何年経っても、女神像の残骸はそのままだった。

 首の折れた像の足元には、古びた血痕。

 それは――自分が処刑されたあの日の跡。


「この場所で……私は死にました」

「……」


 レオンは黙ってリオナの肩に手を置く。

 言葉は要らなかった。

 ただ、温もりだけが、過去を赦す唯一の力だった。


「でも、感じるんです。

 あの時、確かに誰かが私を“戻した”。

 女神なんかじゃない。――もっと近くの“何か”」


「……何か?」

「ええ。人の“想い”です。

 きっと、誰かが泣いて、願って、私を呼び戻した。

 ……だから、私は今ここにいる」


 レオンが微かに息を吐く。

 「そうか」と一言だけ呟き、剣を抜いた。


「誰か来る」


 その瞬間、奥の扉が軋み、影が三つ現れた。

 黒衣に鷲の紋章。宰相府の近衛――バルディス直属の私兵。


「やはり来たな、“偽りの聖女”」

 男の声が冷たく響く。

 「お前がここへ戻ると、閣下は予言しておられた」


「予言、ですか」

「そうだ。お前は再び“神の罰”を受ける。

 今度こそ、完全に消えるのだ」


 刃が一斉に抜かれ、光が閃く。

 レオンが前に出る。

 「リア、下がれ!」


 鋭い金属音。

 レオンの剣が一人の刃を弾き飛ばす。

 もう一人のナイフが背後から迫る――が、リオナの祈りの光が弾いた。


 掌の光が壁に反射し、聖堂全体を照らす。

 その光に照らされた瞬間、

 兵の胸の鎧の内側に、何か黒い紋が浮かび上がった。


「……それは」

 リオナが息を呑む。


「呪印だ。王国の兵じゃない。

 宰相が、異国の魔術を使って兵を操っている」


 レオンの声が低く響く。

 その間にも、黒い紋が燃え上がり、兵士たちの瞳が虚ろに変わった。


「駄目です、彼らはもう――!」


 リオナの祈りが走る。

 まるで霧を払うように、光が紋章を覆う。

 苦悶の声と共に、兵士たちは崩れ落ちた。

 だが、その一瞬、天井の奥で何かが動いた。


「ふふ……やはり君は生きていたのか、リオナ・アステリア」


 響いたのは、聞き覚えのある声。

 冷たく、滑らかで、どこまでも人を嘲る声。


「宰相――バルディス……!」


 闇の奥から現れたのは、黒衣の男。

 白銀の髪を後ろで束ね、瞳はまるで硝子のように光っている。

 その手に持つ杖の先には、女神像の欠片――リオナの祈りを封じた聖遺物。


「お前が“死から戻った”理由を知りたくないか?」


 リオナの心臓が跳ねた。

 男は笑い、杖を床に突き立てる。

 瞬間、聖堂全体が黒い光に包まれる。


「お前を“蘇らせた”のは神ではない。

 ――この私だ」


「……っ!?」


 レオンが剣を構える。

 リオナは息を呑み、足を一歩後ずさる。

 バルディスの声は静かに続いた。


「お前を生かしたのは、聖女の奇跡を再現するためだ。

 だが、想定外だった。お前の中に“女神の記憶”が宿っていたとは」


「女神の……記憶?」

「そう。お前は人ではない。

 古き神々が“最後の奇跡”として残した器。

 人間の姿をした――“神の残響”なのだ」


 言葉が落ちるたびに、空気が重くなる。

 リオナの指が震える。

 否定したいのに、胸の奥の光が、それを肯定するように脈打つ。


「……そんなこと、信じません」

「信じようが信じまいが関係ない。

 私が再びその力を取り戻せば、世界は私のものだ」


 黒い光が渦を巻き、聖堂が軋む。

 レオンがリオナを抱き寄せ、跳んだ。

 床が崩れ、瓦礫が弾け飛ぶ。


「リア、走れ!」

「でも――!」

「お前まで失えば、何のために戦ったかわからん!」


 瓦礫の隙間から、地上へと続く階段が見えた。

 リオナは震える足でそこを駆け上がる。

 背後で、黒い炎が爆ぜた。


 地上。

 夜風が冷たい。

 遠くの塔の上、月光の中に、バルディスの笑みが浮かぶ。


「逃げられると思うな。

 いずれ“神の器”は私の手に戻る――」


 その声が消えると同時に、王都の鐘が鳴り響いた。

 ――反逆者、再臨。聖女の名を持つ女、王都に現る。


 城下がざわめき、兵が動き出す。

 リオナとレオンは互いを見た。


「……始まってしまいましたね」

「ああ。でも、今度は逃げない」


 レオンが剣を握り直す。

 リオナは胸の聖印を強く握りしめた。


「真実を……取り戻しましょう」


 二人の影が夜の街へと溶けていく。

 王都を覆う黒い雲の下で、

 ――“神の記憶”と“人の祈り”が、ついに交わろうとしていた。


 王都の裏路地を、二人は駆け抜けた。

 鐘の音が鳴り響き、遠くで兵の松明が光を放つ。

 追っ手はすぐそこまで迫っている。


 レオンはリオナの手を掴み、息を荒げながら言った。

「こっちだ! 北壁の倉庫街なら、潜伏できる」


 狭い階段を下り、古びた倉庫の扉を蹴破る。

 内部は暗く、乾いた藁と木箱の匂いがした。

 扉を閉め、息を潜める。


 外の喧騒が遠ざかっていく中、

 リオナは自分の胸に手を当てた。

 聖印が熱を帯びている――まるで心臓と一緒に脈を打っているようだった。


「……さっき、宰相が言っていた“神の記憶”って」

「気にするな。あんな男の言葉に価値はない」

 レオンはそう言いながらも、視線の端で彼女を見ていた。

 リオナの頬は青白く、瞳の奥が光っている。


「……でも、思い出すんです。

 夢の中で、いつも声が聞こえる。

 “祈りなさい、我が手を継ぐ者”って……」


 リオナの声が震える。

 その瞬間、聖印の光が強くなった。

 倉庫の壁が、まるで水面のように波打ち、

 空間が歪む。


「リア!」

 レオンが彼女に駆け寄るが、手が届かない。

 リオナの体が光の中に吸い込まれていく。


 ――そこは、時間の外。

 白い空と、無数の光が漂う場所。


 リオナはひとり、光の海の中に立っていた。

 遠くに人影が見える。

 純白の衣、金の髪、慈悲の微笑。


「……女神さま?」


「いいえ。かつて“女神”と呼ばれた者です」

 声は穏やかで、けれどどこか哀しみを帯びていた。


「あなたが、リオナ。

 私の“最後の記憶”――人間として生きた私の魂の欠片」


「……どういうことですか。

 私は、人間ではないんですか?」


「違います。あなたは“人の願い”で生まれた。

 私が滅びゆく時、人々はまだ祈りを止めなかった。

 その祈りが、私の光を形にした。

 それがあなた――“神の残響”」


「私が……人の祈りそのもの?」


「そう。だからこそ、人を癒やせる。

 人を救う力は、神ではなく、人間の祈りから生まれるもの。

 あなたはその証明です」


 リオナは目を閉じた。

 胸の奥で、幾千の声が響く。

 ――泣き声、願い、希望、絶望。

 そのすべてが、自分の中にあった。


「でも……宰相バルディスは、その力を奪おうとしている」


「彼は“神”を理解していない。

 神とは奇跡ではなく、“赦し”なのです。

 憎しみを断ち切る心こそ、神の力。

 だからあなたは、彼を憎んではいけない」


 女神の声が静かに溶けていく。

 リオナは両手を胸の前で合わせ、そっと祈った。


「わかりました。

 私がこの世界に残された理由、今ようやくわかりました。

 ――この力で、誰も殺させません。

 たとえ、それが宰相でも」


 光がゆっくりと消え、世界が遠ざかる。

 女神の姿が微笑み、消えた。


“生きなさい、リオナ。

神でなく、人として――愛する誰かのために。”


 リオナは目を開けた。

 倉庫の中、レオンが彼女の名を叫んでいる。

 汗と埃にまみれた顔。

 その姿を見た瞬間、胸が熱くなった。


「……レオン」

「無事か!? 一瞬、光が……」

「ええ、大丈夫。少しだけ、夢を見ていました」


 リオナは微笑み、立ち上がる。

 その瞳は、もはや迷いを帯びていなかった。

 彼女の周囲の空気が柔らかく揺らぎ、

 倉庫の影にあった傷ついた兵士の息がふっと整う。


 レオンが目を見張る。

「今のは……」

「もう、神の奇跡じゃありません。

 人の祈りです。

 あなたが、私を呼び戻してくれた――あの日から」


 沈黙。

 レオンは息を呑み、そして静かに言った。

「……そうか。

 なら、もう二度と、誰にもお前を奪わせない」


 その言葉に、リオナの頬が赤く染まる。

 外では、王都の鐘が再び鳴り始めた。


「宰相が動く前に、城に入るぞ」

「はい。……終わらせましょう、この“残響”を」


 夜明けが近い。

 東の空が白み始め、鳥が鳴き始めた。

 二人の影が並んで、王城へと歩き出す。


 ――“神の残響”と“人の祈り”。

 それが交わる時、世界の闇は初めて崩れる。

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