第3部 終章 光の継承 ―祈りのない明日へ―
――あれから、二十年が経った。
アルステラ王国は、戦も飢えもほとんどなくなり、
祈り学院は国中に支部を持つ大きな学問の中心となっていた。
“祈り”はもはや神への願いではなく、
人の倫理を磨く哲学として人々に根づいている。
街では子どもたちが笑い、老人たちは穏やかに暮らしている。
誰もが「祈らなくても幸せだ」と言うようになった。
――それは、リオナが目指した理想の世界だった。
春の午後。
学院の丘。
一本の桜の木の下に、ひとりの老女が座っていた。
リオナだ。
長い銀髪は雪のように白くなり、手には祈りの花を一輪持っていた。
「……やっと、ここまで来たのね」
風が吹く。
花びらが舞い、遠くで鐘の音が聞こえる。
そこへ、壮年になったカイが歩いてきた。
彼の髪には少し白いものが混じり、
胸にはかつての“継承者の紋章”の代わりに、
学院の教章が輝いていた。
「先生、ここにいらしたんですね」
リオナは微笑んだ。
「ええ。昔、この場所であなたと見た夕陽を……また見たくて」
「世界は、静かですね」
「ようやく、人が“祈らなくても生きられる”時代になったのよ。
それでも……みんな、どこかで誰かを想ってる。
それが、祈りの形の“進化”なのかもしれないわね」
しばらく沈黙が流れた。
鳥の声。遠くの笑い声。
そして、やわらかい風。
「カイ」
リオナが穏やかに口を開く。
「私の祈りは、もう叶ったわ」
「……先生?」
「“誰かが祈りを信じ続けてくれますように”――
昔、そう祈ったの。
それが、あなただった」
カイの目が潤む。
「……先生、そんなこと言わないでください。
まだ、あなたとやりたいことが――」
リオナは静かに微笑んだ。
「いいえ。
あとは、あなたたちの時代よ。
私の祈りは、あなたに託した」
そう言って、彼女は空を見上げた。
光が降り注ぐ。
まるで、世界が“ありがとう”と告げているようだった。
――数日後。
丘の上に、白い石碑が建てられた。
そこにはただ一行、刻まれていた。
『祈りとは、生きること。』
その前で、カイは立ち尽くしていた。
春風が頬を撫で、桜の花びらが舞い上がる。
「先生……僕は、あなたの祈りを継ぎます。
でも、もう誰も“祈りにすがらなくていい”世界にします」
その言葉に呼応するように、空が淡く輝いた。
遠くで、学院の鐘が鳴る。
数年後。
学院の教壇に、若い少女が立っていた。
黒髪を束ね、真っ直ぐな瞳。
彼女の名はリア――カイの弟子であり、新しい学院長だった。
「先生、今日は“祈りの日”です。
最後の講義をお願いできますか?」
カイはゆっくりと頷き、教壇に立つ。
静かな教室に、彼の声が響く。
「祈りは、言葉じゃありません。
それは、心の“選択”です。
誰かを想い、誰かを赦し、
それでも歩こうとする力のこと――それが、祈りです」
生徒たちが静かに頷いた。
窓の外で風が吹き、桜がまた咲いている。
講義のあと、カイは丘へ向かった。
リオナの眠る石碑の前に花を手向け、
ゆっくりと空を見上げる。
そこには雲ひとつない、澄んだ青空。
昔と変わらぬ光が、世界を包んでいた。
「先生。
あなたの祈りは、まだ続いていますよ。
人の中に、未来の中に――」
風が吹き抜ける。
花びらが舞い上がり、彼の肩に触れた。
まるで、それが“リオナの手”のように。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
『祈りの果てに咲く花 ―聖女のいない世界で―』、これにて完結です。
この物語は、
「神がいなくなった後の世界で、人はどう生きるのか?」
という問いから生まれました。
祈りが奇跡を起こさなくても、
それでも人は誰かを想い、願い、歩いていく。
それってきっと、“生きることそのもの”なんじゃないか――
そう思いながら書き続けました。
リオナは、過去の傷を抱えながらも
“信じること”を手放さなかった人。
カイは、“信じる意味”を探し続けた人。
この二人の関係は、親子でも恋でもない。
けれど、誰よりも強く繋がっていた。
そんな「祈りの継承」を描けたことが、
自分の中でも大きなテーマになりました。
作中で何度も出てきた言葉があります。
「祈りとは、生きること。」
この一文は、物語の根っこです。
人が誰かを想う限り、そこには必ず“祈り”がある。
奇跡も神もいらない。
想い合うことこそが、祈りの形なんだと思います。
書きながら何度も悩みました。
「これで伝わるだろうか?」
「説教っぽくならないかな?」
でも最後まで書けたのは、
読んでくれるあなたがいてくれたからです。
長い物語に最後まで付き合ってくれた読者の皆さまへ――
心から、ありがとうございました。
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