第3部 第3章 沈黙の天 ―神の再起動―
数日後、王都の空が“音を失った”。
鳥の声も、風の音も、祈りの歌も――何も聞こえない。
世界はまるで、一瞬で凍りついたように静まり返っていた。
「……始まったな」
レオンが呟く。
遠くの塔の上空で、巨大な光の柱が立ち上っている。
「“コード信仰連盟”が動いたのね」
リオナの声が震える。
「彼らは《ルミナコード》を世界規模で繋げている……」
カイは拳を握った。
「まるで……“神経網”みたいだ。
世界中の祈りを一つに統合して、――新しい“神”を生み出そうとしている」
その夜、学院は避難所と化していた。
祈りが奪われた人々が次々と運び込まれてくる。
彼らは表情がなく、ただ空虚な目で空を見上げている。
「どうして……どうして祈れなくなったの!?」
少女が叫ぶ。
リオナがその手を握るが、少女の瞳にはもう涙もなかった。
「感情そのものが“吸われて”いるのよ。
人の心が、装置の中へ……」
カイが奥歯を噛む。
「ユリウスの理論……“祈りの均一化”が実行されてる。
オルフェは、あの研究を完全に理解していたんだ」
レオンが剣を握る。
「つまり――奴を止めなきゃ、世界は“祈らない人間”で満たされる」
王都・中央塔。
オルフェは装置の中心で、無数の祈りの結晶に囲まれていた。
その背後の壁には、無数の顔――祈りを失った人々の幻影が浮かんでいる。
「これでいい。
争いも悲しみもない、完全な静寂の世界。
人は祈りの呪縛から解放される」
背後の部下が問う。
「ですが……これは“神の支配”では?」
オルフェは微笑む。
「違う。“沈黙”こそが真の救いだ」
学院を出発したカイ、リオナ、レオン。
夜の王都を駆け抜け、塔へと向かう。
途中、街の人々が立ち止まり、祈りのポーズのまま動かなくなっていた。
カイは息を呑む。
「まるで……世界全体が、祈りを“凍結”されたみたいだ……」
「彼らの祈りを取り戻すには、塔の中枢を破壊するしかない」
レオンが剣を抜く。
リオナは首を振った。
「でも、中枢には“祈りの核”がある。
もし壊せば……世界中の祈りそのものが消えるわ」
沈黙。
カイは足を止めた。
「……じゃあ、壊す以外の方法を探します」
リオナの瞳に光が宿る。
「あなたなら、できるかもしれないわね」
塔の最上階。
オルフェが待っていた。
背後には巨大な装置――祈りを結晶化した“再構築機関”。
「よく来たな、“継承者”。
お前こそが、最後の鍵だ」
「鍵……?」
「お前の中の“再構築の残響”。
それはユリウスが残した、祈りの“初期化コード”。
――神を再起動するための、最後のピースだ」
カイの瞳が揺れる。
胸の紋章が光り始めた。
「そんなはずは……僕は、祈りを守るために――」
「守る? 違う。
お前が守った“人の祈り”こそが、最も強力なエネルギー源なのだ」
オルフェが装置に手をかざす。
天井が開き、白い光が降り注ぐ。
「来い、継承者。お前の祈りを捧げよ!」
リオナが前に出た。
「やめなさい、オルフェ!
あなたの言う“沈黙の救い”は、人を殺す!」
「殺してなどいない。
彼らは苦しみから解放された。
――祈ることをやめた者こそ、真の平和を得るのだ」
「それは、祈りを知らない平和よ!」
リオナの叫びが塔に響いた。
カイが膝をつき、胸を押さえる。
「く……装置が、僕の中の“残響”を引き出してる……!」
オルフェが笑う。
「そうだ、それでいい。
祈りの源を――解放しろ!」
光が爆ぜ、カイの意識が白に染まった。
――暗闇の中。
声がした。
「カイ……あなたは、何を信じるの?」
リオナの声でも、女神の声でもない。
それは、かつて消えたユリウスの声だった。
「ユリウス……?」
「僕は、理性で世界を救おうとした。
でも、君は“感情で”救おうとしている。
どちらも間違いじゃない。
――けれど、今、選ばなきゃならない」
「選ぶ……?」
「祈りを“終わらせる”か、“繋ぐ”か。
君の心が決めるんだ」
沈黙。
カイは目を閉じ、ゆっくりと答えた。
「僕は……祈りを繋ぐ。
神じゃなく、人の手で」
光が弾けた。
塔全体が眩く輝き、装置の結晶が次々と砕けていく。
オルフェが叫ぶ。
「何をした!?」
「祈りを返しただけです!」
カイの声が響いた。
世界中で、止まっていた祈りの声が蘇る。
泣く声、笑う声、叫ぶ声――全てが溶け合い、
天に“本物の祈り”が響き渡った。
静寂。
塔の残骸の中で、リオナがカイを抱き上げる。
「カイ! しっかりして!」
カイは微笑み、空を見上げた。
「……聞こえますか、先生。
人の祈りって……こんなにも、温かいんですね」
リオナの目に涙が溢れる。
「ええ。だからこそ、祈りは生きているのよ」
朝日が昇り、沈黙の天はようやく光を取り戻した。




