3−2 聖者への加護
それから数時間後、シスが一人の男性を連れて裏庭園へ戻って来た。
「聖者召喚の儀式を執り行った、神官のイーヴァル・ラミエールと申します。話は聞かせていただきました。これはまた、強烈なオメガのフェロモンをお持ちの方ですね……」
透明感のある金色の長い髪の毛に、緑色の綺麗な瞳。白を基調とし、金色の刺繍が施されているローブを身に纏う『神様』のようなオーラを放つ男性は、攻略対象者の一人であるイーヴァル・ラミエール。
何を隠そう、聖者召喚の儀式で主人公をこの世界に召喚した張本人で、聖者としての役割を教えてくれたりする教育係の立ち位置のキャラクターだ。その過程で主人公との間に愛が芽生え、瘴気浄化の役目を果たした主人公に『これからも私の加護で守りたい』と愛を告げられ、結ばれるエンディングだった記憶がある。
イーヴァルはシスの強力な抑制魔法でラットを抑えているようだが、それでもかなりフェロモンが強いのか、エラルドを見て難しい顔をしていた。
「儀式の日、私やシスを含む第四騎士団は商人を襲っている魔獣の連絡が入り、討伐するために王宮を離れて儀式には不参加だった。儀式が行われた時間帯とエラルドがオメガに突然変異した時間が重なるのは偶然ではないだろう」
「グラン=フェルシアに召喚される聖者はみな、闇の森の瘴気を浄化する役目として召喚されますが……それと同時に人口が激減している我が国を救う"繁栄の象徴"としてオメガの聖者が召喚されることが多いです。診断結果が事実であれば、異常なフェロモン量は本来一人の人間として召喚されるはずだった人が手違いで一人の体に入ってしまったため、オメガ性が暴走しているのかもしれません」
「イーヴァル、そなたにこの者へ加護を授けてほしい。今のままではこの裏庭園から出ることもままならない」
「私の加護を付与するだけでどうにかなるとも思えませんが、何もしないよりは遥かに良いでしょうね。今後は私が聖者教育と一緒にフェロモンコントロール能力の教育を担ってもよろしいでしょうか、殿下」
「それはもちろん任せるが…そなたもアルファだ。私も同席するようにする」
「……バロン殿下の仰せのままに」
気のせいではないと思うけれど、バロンとイーヴァルの間にピリッとした空気が流れるのが分かる。アルファ同士の妙な威圧感を感じたエラルドが縮こまっていると、シスが苦笑しながら「気にしないで」と柔らかい声で囁いてくれた。
「本来は神殿で行ったほうがいいのですが、状況が状況なのでこちらで行わせていただきます。エラルド、私の前に」
「は、はい!」
少し不安になってバロンを見やると、エラルドの視線に気づいた彼が一つ頷いて背中を押してくれた。背中に残るじんわりとした温かさを感じながらエラルドは呼吸を整え、イーヴァルの前に一歩踏み出す。ローブの下から見える緑色の瞳がキラリと輝いた次の瞬間、エラルドの立っている地面に金色の魔法陣が現れた。
「グラン=フェルシアの神の名の下に、エラルド・レーラココを聖者として迎え、万物の悪から守る加護を授ける」
魔法陣から放たれる光がエラルドの体を包み込み、そのまま体内に入ってくる感覚がした。体の中が温かくて優しいもので満たされた気がして、自分の中の何かが変わってしまったと思ったけれど、そっと目を開けてみると見た目的に何かが変わった様子はなかった。
「――少しはマシになりましたね」
「確かに、データを見てみてもフェロモンの量が減少してる」
「私にはあまり分からないが……外に出ても大丈夫なくらいには減少したのか?」
イーヴァルから加護の付与が終わり、シスが先日と同じように空中でパネルを出してエラルドの今の身体データを分析していた。
加護のおかげなのか異常に出ていたフェロモンの量は軽減されたらしく、少しの間なら裏庭園から出て人に会っても大丈夫だろうという話だ。ただ、この量をキープするために今後はイーヴァルの元で聖者教育と一緒にオメガ教育をされるらしい。なんとなくイーヴァルは指導者としては厳しそうで怖いイメージなのだけれど、バロンが同席してくれるそうなので良しとしよう。
自分では分からないけれど浄化の力のように、いわゆる主人公補正・チート能力のようなものが備わっているらしいので、きちんと学べばフェロモンも自分でコントロールできるようになるのだろう。バグが発生してもなお世界観に沿うシナリオになっているのだから、臨機応変がいきすぎていると思うのは気のせいだろうか。
「エラルド。君が正式な聖者だと分かってしまったから、陛下に謁見しなければならない」
「こ、国王陛下にですか!?」
「ああ。陛下やこの国の大臣たちに、一応顔を見せるだけだ。そこで正式に陛下から聖者としての役目を賜ることになる」
「本来は陛下から役目を賜ったあとに加護の付与が普通ですが、今回は陛下からも仕方のない状況だからと順番を変えることを許可されたんです」
「そうだったんですか……俺の知らないところでみなさんに奔走してもらって、すみません。ありがとうございます」
国王陛下への謁見は緊張するけれどバロンたちが色々と頑張って調整してくれたので、バグオメガである自分でもできることがあるならばとエラルドは気合を入れ直した。
「それと、レーラココの家には連絡を入れてある。国のために頑張ってほしいと両親から言付かった」
「!あ、ありがとうございます……!」
何日も家を空けているので家族のことが心配だったのだが、バロンが直々にレーラココ男爵家を訪れて事情を説明してくれたらしい。やはり彼のことを知っていくと、バロンが『氷の王子』ではないことが分かってきた。
「さあ、行こう」
バロンから肩を引き寄せられ、エラルドの心臓がドッと大きく跳ねる。首から上が段々と熱を帯びてきて、この音がバレないように心臓を押さえながら、エラルドはバロンたちと共に謁見の間へ向かった。




