番外編 エピローグのその先へ
◆エピローグの直後
家中の窓を全開にしたのは失敗だった。
庭に置いているティーテーブルに押し倒された時は何とか制止して家の中に招き入れたはいいものの、第二王子であり騎士団長の彼が小さくて古い一軒家のリビングで服を脱ぎながらキスをしているのが信じられない。
爽やかな昼下がりに似つかわしくない、熱がこもった二人分の吐息と水音だけがリビングに響いていて、耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしくなる。真っ赤になっているエラルドをソファに押し倒したバロンは見下ろしながら微笑んでいて、初めて見る欲情的な顔に心臓が破裂しそうで思わず目を覆った。
「ん、どうした?顔が見たいから隠さないでくれ」
「ちょ…っと、いきなりぜんぶの愛をぶつけるのはやめてください……」
「なぜ?」
「3年のブランクは結構、かなり、やばいです……」
「君の言葉を借りると、私も"やばい"」
「ひぇ……っ」
べろり、3年ぶりに解放された首筋に熱い舌が這う。あむあむとうなじ付近を甘噛みされるとびくっと体が跳ねて『本能』が彼に噛まれたいと言っていた。
「そういえば君は知らないかもしれないが、婚約の手続きは3年前から終わっている」
「へ?」
「我が婚約者の聖者様は、過疎化が進む村で人々を救う任命を神から授かったと言って、君は旅に出ている最中だ」
「………はい?」
「つまり君は私の婚約者で、結婚相手で、番になる相手のままということ。この3年、何も知らずに逃げていたのは君だけだったわけだ。ここの小麦はレオニードを通して王宮にも献上されている良い品で、君の聖者としての実績にもなっている。よく頑張ってくれたな、エラルド」
「な、な、な……っ!」
バロンからの衝撃の事実に開いた口が塞がらない。まさか知らぬ間に地盤を固められていただなんて思いもせずエラルドがぽかんとしていると、バロンは至極楽しそうな笑みを浮かべて額に口付けた。
「君の事実を知るのは私とロランとシス、それと国王陛下だ」
「えっ!こ、国王陛下もですか!?」
「ああ。ただ、陛下は……」
「お、怒られましたか……?」
「いや。君が帰ってきた時に居づらくないよう、立場を作ってあげなさいと仰ってくれた。君に関してうるさく言う大臣たちはもういないし、ロランも結婚して後継者ができた。子供ができないからと言って君を責める人はいないし、帰ってくる理由はもう十分だろう」
「あの、ロラン殿下の結婚は…俺が逃げた尻拭いというわけではありませんか……?」
「ははっ、あいつがそんなことするわけない。私が一度縁談を断った相手に惚れていたそうで、俺が断った手前気まずかったそうだ。でもエラルドが姿を消して、後悔する前にと結婚を申し込んだんだ。だから、君が気に病むことはない」
ロランが本当に好きな人と結婚できたと聞いてホッとした。そんなふうに安心しているエラルドを尻目に、バロンがぷちぷちとシャツのボタンを外してくる。今まで誰にも見せたことがない肌がシャツの隙間から見えて、エラルドは顔に熱が集中するのが分かった。
「まままま待ってください!」
「ん?今度はどうした」
「ほ、本当に俺でいいんですか…?子供もできない、ただのベータですよ……?」
「それでも私は、君からの愛がほしい」
手の甲に柔らかく口付けられ、きゅっと唇を噛んだ。やはりエラルドの心が動くのは後にも先にもバロン・ハーシェルだけなのだろうと実感した。
「君の番になりたいという気持ちは3年前から変わってない」
「殿下……」
「このうなじを噛ませてくれ、エラルド。私を受け入れてほしい」
番になりたいと思う人が現れたら自然と外れるという魔法がかけられたチョーカーが外れたのだから、それがエラルドの気持ちだ。
もぞもぞと体勢を変えて後ろを向き、伸びた襟足をかき分けて赤く染まっているうなじを自ら晒した。
「お、お、お願いします……っ」
ベータのエラルドのうなじを噛んだとしても、番の契約は成立しない。
でも今の二人にとってはこの行為そのものが信頼の証で、これから一生同じ人の隣にいるという覚悟なのだ。
「……愛してる、エラルド」
皮膚が裂けるような感覚と、体を支配するビリッとした甘い痺れに襲われる。目の前に火花が散っているかのようにチカチカして『何か』が自分の中で変わった気がした。
「おれも……」
「ん……?」
「俺も愛してます、殿下……っ」
涙でぐしゃぐしゃの顔で愛を告げると、3年ぶりに再会した愛おしい彼はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
そしてその数年後、二人の間に可愛らしい女の子が生まれたのはゲームのバグが起こしてくれた第二の奇跡だと、エラルドだけがその真実を知っている。
番外編 エピローグのその先へ 終




