7−4 バグΩの答え
久しぶりに帰省し、兄・デリックから聞いた話は半信半疑だったけれど、はっきりさせないと気持ち悪い。バロンやロランの耳には入らないよう極秘にシスへ手紙を送り、レーラココ家へわざわざ足を運んでくれた。
「できる限りバレないように出てきたけど、バレるのは時間の問題かも」
「気を遣わせてすみません……」
「それはいいんだよ。でも、手紙の内容……あれは一体どういう意味?変異したかもって」
エラルドの部屋に持ってきた医療バッグを置き、椅子に座るとシスはため息をついた。頭をガリガリと掻き回して混乱している彼を見ると、なんだか自分のほうが冷静になってくる。手紙は誰かに見られたら大事になると思ったので簡略化して書いたのが間違いだったかもしれない。
「実は兄が…兄はうちの家で唯一のアルファで、俺と同じように突然変異のようなものなんですけど、だからなのか特異体質みたいなんです」
「特異体質?」
「発情期でフェロモンが出ていないオメガでも、オメガなら匂いで分かるって……」
「ああ、普通でもオメガからは微量なフェロモンが出ているっていうからね。その匂いにお兄さんは敏感なんだろうな」
「それで、俺からは何の匂いもしないって言われました」
「それは……何かの間違いでは?」
「でも、先生。俺って一回も発情期とか、きてないじゃないですか。ただフェロモン量が異常っていうだけで」
おかしいとは思っていたことだ。
オメガには定期的な周期で発情期がやってくるはずなのに、エラルドは一度もアルファの熱を求めたことがない。アルファやベータを異常なフェロモンで惑わせた覚えはあるけれど、エラルド自身は体を制御できないほど欲情したこともないし、兆候があったわけでもない。
これはきっとオメガ性に体がまだ慣れていないからだと思っていたが、そういうわけではなかったとしたら?
――バグが、直ったとしたら?
「先生、言いましたよね。召喚された聖者が俺の中に入って聖者のオメガになったんじゃないか、って」
「そ、そうだね…その可能性が一番高かったから」
「その聖者の目的を達成した今、聖者としての力が役目を終えて消失したとしたら……?」
「いくらなんでも、そんな……!」
「元々俺はベータです。その中にオメガの聖者の魂が入り込んで暴走していたけど、魂が浄化されたとしても不思議な話ではありません」
シスは難しい顔をして考え込んでいたが、次にエラルドを見たときには覚悟が決まった顔をしていた。
「……診断してみよう。それで分かる」
「はい。お願いします」
シスがエラルドに手をかざすと、エラルドの体が金色の光に包まれる。最初に診断された時はこの光に驚いたけれど、今ではもう恐怖なんて微塵もなかった。
「データを見るからちょっと待ってね」
そう言って、空中に出ているパネルを操作しながら画面と睨めっこしているシスの顔がだんだんと険しくなっていき、その顔が何を物語っているのかエラルドには理解できた。ちらり、こちらを見たシスと目が合ってエラルドがひとつ頷くと、彼は何度目か分からないため息を漏らした。
「……完全に、オメガのフェロモンが消失してる。それに、聖者としての力の数値も」
「そうですか……そう、なんですね」
シスの診断結果を聞いて、その事実はすとんっとエラルドの中で腑に落ちた。エラルドは突然変異でオメガになったのだと誰もが信じていたけれど、このタイミングで第三者が現れてくれたのは幸運だ。
なんせ、 バロンと正式な婚約をする前だったから。
婚約をした後に発覚し、婚約破棄なんていう最悪の事態になるのを事前に避けられたのだから、幸運としか言いようがない。
オメガではなくなった、バグが直ったという事実はエラルドにとってもバロンにとっても重大なことなのだが、困惑しているシスとは逆にエラルドの頭は冷静だった。彼らと初めて会った日に獣のような目をしたアルファやベータに追いかけられている時のほうがよっぽど焦っていたし、怖かった。
「瘴気を浄化したあとに一週間寝込んでいたのは、聖者としての力を使い切ったからだと聞きました。だから、俺の中にいた"本物の聖者"が役目を果たして永遠の眠りについたということなんでしょう」
「でも、目覚めてからも君からはフェロモンが出ていた。それは数値にも出ていたし、落ち着いたから今回の帰省が叶ったんだ」
「フェロモンは"激減"してたじゃないですか。消失する兆候だったのかもしれません」
今更なにを言っても診断結果が変わることはない。
シスは全体の診断と一緒にバース検査もしてくれたのか、彼の手元のパネルを覗き込むと『β』という文字が浮かび上がっていた。今まで飽きるほど見て、聞いてきたその言葉にエラルドは苦笑する。
結局、バグオメガはバグなだけで、本物のオメガになれなかったということだ。
――よかったじゃないか。これでもう、いつフェロモンが暴走するか分からないと恐怖に怯えなくていいし、アルファたちに追いかけられることも、子供を産む道具として見られることもなくなったのだから。
本来は名前すら出てこない、ただのモブキャラ。自由気ままで平凡なベータとして、生活が元に戻るだけだ。
「先生。最後に一つ、お願いをしてもいいですか?」
初めて愛したアルファのあなたへ。
そんな出だしの手紙は、小っ恥ずかしくて書けなかったけれど。




