7−2 悪魔の終焉
エラルドが次に目が覚めると、そこは薄暗い地下牢の場所だった。
「なっ、なに、どこ……!?」
「目が覚めたか、聖者」
「あ、あんたたちは……」
拘束されているエラルドを数人の男が見下ろしていて、その中には謁見の間にいた大臣が数名紛れていた。大臣の他にいたのは若い男で、獲物を狙うような目つきからしてアルファなのが分かる。
先日『エラルドを共有の番にしたらどうか』と提案した大臣たちと、その親族または息がかかった者だろう。
「こんなことして何になるんだよ!」
「やはり、国を豊かに導くのであれば、聖者殿のお力が必要だと思ったのだ」
「あなた様は聖者であらせられる。聖者なる者、国の問題を解決しなくては」
「類稀なる強いオメガ性を持つあなた様がここにいるアルファたちと番になって子を産むことで、国の危機は乗り越えられるのですぞ」
「あ、あんたたちおかしいよ、狂ってる……!」
虚ろな目をした大臣と、その後ろに控えている獣のような目のアルファたちに見つめられるとゾッとした。背中に冷や汗が伝うのが分かり、シンッと静まり返った地下牢のような場所に恐怖を抱く。エラルドが何を言っても響かないような顔をしている男たちを前に、ごくりと唾を飲んだ音がやたら大きく響いた。
「どうせ不能の王子となんて、長くは続くまい」
「子ができなければ同じこと。ここにいるアルファたちはその点に優れておるからご安心くだされ」
「優れてるって……」
子供を作ることに優れているなんて、どうやったら分かるんだ!と叫びたかったけれど、恐怖で言葉が出てこない。自分で思っているよりもこの状況を怖がっていて、逃げる術が浮かばないままエラルドはぎゅっと唇を噛み締めた。
「なぁに、目を瞑っていればすぐ終わります」
「どうせ初めてでもないのでしょう?これは国を救う行為です。どうか力をお貸しください」
「ひ……っ!ち、近寄らないでくれ……!」
「ううーん、最初に会った時よりフェロモンが大分薄いな。発情期と同じ条件下ならよかったのだが」
「やめろ、触るな!」
やっとオメガ性に体が慣れてきたからかバグ状態も落ち着いてきて、無事に瘴気の浄化も終え聖者の役目も果たした。人道に反している提案からもバロンとロランが守ってくれて、ただのバグオメガだったエラルドは運良くバロンとの婚約が決まって文字通り幸せの絶頂を迎えている。
それなのに、神様。そんなに俺のことが嫌いですか。
「――もう誰も、俺に構わないでくれ!!」
獣のような目をした若いアルファたちがエラルドの体に触れ、その気持ち悪さに喉が張り裂けそうなほどの叫び声を上げた。
「――俺の弟の婚約者に、えらく不躾なことをしているな?」
バロンと似ているが炎の熱がこもったような深い声が突然聞こえ、エラルドはきつく瞑っていた目を開けた。エラルドの前には白い服と太陽のように燃えるような赤いマントを纏ったロランが立っていたのだ。
そしてもう一つ気がついたのは、浄化遠征前にもらったままずっと身につけていた赤い宝石のブレスレットが粉々に砕け散っていた。このブレスレットをロランからもらった際に『どうしようもない危険があった時はそれが俺の代わりに守ってくれる』と言い、ブレスレットに祈りを込めたと彼は言っていた。
もしかしたらその祈りの力でロランはこの場に召喚されたのかもしれない。
「まだこんな汚い計画を諦めてなかったのか」
「ろ、ロラン殿下……!」
「見たところ、ここは旧地下牢だな。こんなところに聖者殿を監禁して無体を働こうとするなんて、お前たちは人間やアルファ以前に獣以下だ」
「殿下、これには深い事情がありまして……!」
「深い事情?浅すぎる馬鹿な考え、の間違いだろう。深い事情があると言うのなら……俺が飽きるまで話を聞いてやる」
ロランがまるで悪役のような笑みを向けると大臣やアルファたちの顔から血の気が引き、地下牢から脱出しようと試みた。
「俺がそう簡単に逃すと思うのか?」
ロランが手をかざすと逃げ出した大臣たちは向かい側の地下牢に自動的に移動させられ、扉がバタンっと音を立てて閉まる。驚いているエラルドにロランは悪戯っ子のような笑みを浮かべ「俺のほうが悪役みたいだな」と言うものだから、エラルドはやっと楽に呼吸ができた。
「ブレスレットが役に立ってよかった」
「でも、綺麗な宝石が割れてしまいました……」
「そりゃそうだ、このロラン殿下がピンチに駆けつける魔法がかけられていたんだからな」
「本当に、来てくださってありがとうございます、殿下……」
今になってブルブルと震え出して自分の体をぎゅっと抱きしめると、ロランが優しく頭を撫でてくれた。
「じきにバロンが来る。あいつが来たらうんと甘えるんだな。俺はあいつらと一晩中過ごす予定があるから」
あいつら、と言ってロランが隣の牢屋に視線を移すと、その中に閉じ込められた大臣たちが真っ青な顔をしてビクッと体を震わせていた。
今はもうエラルドを『そういう目』で見ている人はいないけれど、自分に向けられた獣のような目を思い出してはゾッとする。
オメガだから狙われるのか?聖者だから狙われるのか?
爆弾のようなバグを抱えたエラルドの心が休まる日はくるのか、早くバロンと番になれば変わるのか。番になればオメガのフェロモンは相手のアルファにしか効かないと言われているけれど、このバグ状態の世界で果たしてその『普通』が通じるのか分からない。
もしかしたらまた、こんな風に――
「……エラルド!大丈夫か、怪我は!?痛いところや変なところはないか!?」
真っ暗な視界の中に、ぽつりと見える一つの光。
その光はだんだん近づいてきて、青色に光っているのが分かった。
「でんか……」
「ああ、私だ…一人にしてすまなかった、エラルド……!私が一緒にいたらこんなことには……」
「バロン殿下……っ」
「どうし、」
ぎゅうっとバロンに抱きついてきたエラルドにバロンは驚いていたが、震えている細い体を強く抱きしめる。そんなバロンの腕の中に収まるとエラルドはようやく本当の意味で安心して、堪えていた涙がぶわりと溢れてきた。
「私がいる、エラルド……大丈夫だ」
震えながら泣いているエラルドの背中をバロンの大きい手が優しく撫でて、その心地よさに目を閉じる。
彼の団服を涙で濡らしながら、エラルドは初めて『バグ』を憎んだ。




