7−1 変化の兆し
その後、バロンとエラルドは婚約の手続きを進めることになった。
王宮内では『氷の王子の魔法が解けた』ともっぱらの噂で、バロンが笑顔を見せることも多くなってきたのだ。そんなバロンの変化が嬉しいなと思いつつ、エラルド自身もある変化が出ていた。
「うーん、不思議だなぁ」
「不思議ってなんですか?」
「いや…フェロモンの指数が一気に減ってるから何事かと思って」
浄化の後に倒れたこともあり、医務室に通ってシスから検査をされている。そこで判明したのが、フェロモンの激減だった。
そもそもエラルドのフェロモン量はバグせいで異常数値だったのだが、フェロモンコントロールや抑制剤のせいではなく『自然』と数値が下がっているらしい。
「下がってるのはいいことだと思うんですけど……」
「それもそうだね。もしかしたら体がやっとオメガの性に慣れてきたのかも」
「ああ、自然とコントロールできるようになった、ってことですか?」
「そうそう。それに、バロンと番になることを前提に婚約をするってことだから、精神的にも安心したのかもね」
「なるほど」
心の拠り所があるのとないのとでは違うのではないか、というのが今のところの見解らしい。エラルド自身フェロモンが激減したと言われても全く分からないけれど、シスが言うのだからそうなのだろう。
「検診は終わったか?」
「ちょうどね。エラルドのフェロモン数値が激減していたよ」
「それは吉報じゃないか。これでみんなから狙われなくなる」
「でも、バロンにとっては複雑じゃない?」
「複雑とは?」
「他のオメガと同じくらいのフェロモン数値になったら、バロンが反応するかどうか分からないから」
検診が終わる頃にエラルドを迎えに来たバロンはシスの質問に首を捻り、きょとんとした顔をした。
「別に、フェロモンを感じられなくても好きな相手には欲情するだろう」
「ぶはっ!」
「あっはっはっは!ほんっと、エラルドのおかげで新しいバロンをたくさん見られて飽きないよ!」
「?なんでそんなに笑われてるんだ……?」
バロンのド直球な言葉にエラルドは赤面し、シスは腹を抱えて笑う。二人がなぜそんな反応をするのか分かっていないのはバロンだけで、いまだに首を捻ってきょとんとしていた。
「うんうん、二人は本当にお似合いだと思う。闇の森で初めてバロンが連れてきた時、映える二人だなぁと思ったんだよ」
「そんな、俺なんか釣り合いませんよ……」
「身分は関係ない。ただ君に運命を感じたんだ」
「バロンって、歯の浮くようなセリフをサラッと言うからかっこいいんだろうね……」
「俺は耐性がないので毎日心臓が痛いです……」
気持ちを確認し合った日からバロンは毎日甘い言葉を囁くようになった。それがエラルドにはとてもくすぐったくて、全くといいほど慣れないのだ。それでもバロンから愛の言葉を囁かれるのは嫌ではないし、むしろもっと言ってほしいと思っている自分がいる。
まさか自分がそんな欲求を抱く日がくるなんて思っていなかったけれど、甘酸っぱい変化に予想外の心地よさを感じた。
「エラルド、部屋まで送ろう」
「そんな、殿下もお忙しいから無理をしなくていいのに……」
「私がやりたくてやっていることだから」
医務室を出ると、するりと腰にバロンの手が回る。そんなスマートな行為を当たり前のように涼しい顔でするものだから、こちらは心臓がいくつあっても足りない思いだとエラルドは苦笑した。
「シスの許可が下りれば、実家に帰ってのんびりしたらいい」
「実家、ですか」
「ああ。その間に君の部屋や使用人の選定をして、住みやすい環境を整えておくよ」
「その……やっぱり、なんでもないです」
「どうした?」
「聞いても笑いませんか?」
「私が君の話を馬鹿にするなんてあり得ない」
「……殿下とお会いできない日があるのかと思うと、寂しくなっただけです」
自分で言っておいて、顔も耳も首までも熱を帯びたのが分かるくらい照れてしまった。バロンはと言えばエラルドを見下ろしたまま固まっていたのち、はぁ、と重いため息をつく。そのため息に驚いたエラルドはびくっと体を震わせた。
「す、すみません!面倒臭いことを言いました!」
「なぜ謝るんだ。私は嬉しいと思ったんだ」
「ほ、本当ですか?呆れたのではなく…?」
「ああ。君が可愛すぎて、どうしたらいいんだと思ったらため息が出ていた」
「そうですか……!」
面倒臭いとか迷惑だと思われていたら嫌だなと思ったのだが、そうではなかったらしい。バロンは思ったことをよく言葉にしてくれるし嘘はつかないので信頼できる。一緒にいて安心できるのは彼が真面目で素直な人だからだろうか。
「騎士団長!すみません、急ぎでご確認したいことがありまして……」
「今すぐでないと駄目か?」
「殿下、俺なら大丈夫ですから。庭園まですぐそこなので」
「それはそうだが……」
「フェロモンも激減してるって言われましたし、大丈夫ですよ」
エラルドが出かける時はいつも護衛という名目で一緒にいてくれるので、仕事にも支障をきたしているのだろう。バロンは申し訳なさそうな顔をしながらも、呼び止めた騎士と一緒にエラルドに背を向けて去っていった。
「さすがに過保護すぎるしね……」
バグと主人公補正だろうが、それでもバロンがエラルドの側にいすぎだなと感じる。バロンルートに入っていたから、ということかもしれないけれど。
「――やっと一人になったな、節操なしオメガ」
「ん……っ!?」
裏庭園の扉まで、あと少し。
迷宮庭園の中で何者かに待ち伏せされていたエラルドは、口と鼻を覆うようにハンカチを押し付けられて気を失った。




