6−3 溶けた心
隣にいたバロンの顔を見ると、青い瞳がじっと見つめていた。目が合ってすぐ彼の言葉を思い出し、エラルドは顔に熱が集中するのが分かる。
なぜだかロランは嬉しそうに微笑んでいるし、大臣たちはザワついていた。でもそんな雑音が気にならないほどエラルドの頭の中にはバロンの声が響いていて、彼が番になるのを望んでいるという言葉に胸が忙しなく脈打っているのを感じてやっと自覚した。
バロンに対してだけ心臓の鼓動の速さが違うのは、彼への気持ちがあるからだ、と。
「ふ、不能の王子のくせに何を……!」
「確か第二王子はオメガのフェロモンが効かないと聞いていたが……?」
「王太子殿下を差し置いて聖者と婚姻しようとするとは!」
「まあまあ、みなさん落ち着いて。陛下、発言をしてもよろしいでしょうか」
騒がしくなってきた外野をロランが宥めると、途端にシンっと謁見の間が静まり返る。この騒動のなか国王だけは静寂を守り、無表情のまま玉座に座っているのが何だか威圧感があって恐ろしく感じた。
「話してみよ、ロラン」
「はい。この話はもちろん聖者様の御心次第ではありますが、俺はバロンと聖者様の婚姻に賛成です」
「な、なぜですか!この国を担う殿下と婚姻されたほうがきっと――!」
「考えてもみてくれ。みながバロンを不躾な名前で呼んでいるのを知っているが、その理由はオメガのフェロモンが効かないからだろう?そんなバロンが、聖者様のフェロモンには唯一反応するらしい。ここまで言えば、頭が悪い人間でも何が言いたいか分かるだろう」
つまりロランが言いたいのは、王太子であるロランとエラルドが番になるよりも、バロンと番になったほうが国民の希望になるのではないかということだ。
「氷の王子の心を溶かした唯一の聖者様、というほうが大臣たちの意向には沿っているんじゃないか?」
オメガのフェロモンに反応しないという理由から、不能の王子や役立たずの王子だと呼ばれていたバロン。そんな彼が唯一フェロモンに反応したオメガがエラルドで、この国の聖者なのだ。エラルドと結ばれたそれこそ『運命』として後世に語り継がれるだろう、とロランが得意げに語りだす。
事情を知らない人が聞けば政略結婚とか契約結婚とか、結局エラルドを道具として王族と結婚させようとしていると見られるだろう。
でもエラルドが思うに、バロンの気持ちは違う。そして、自分の気持ちも。
ロランはそれらを全て分かっていて、バロンとエラルドが番になったほうがいいと言ってくれているのだろうなと感じた。
「聖者殿は、どう考えている?」
この場にいる誰よりも重厚な声が耳に流れ込んできて、体の中で響く。玉座からこちらを見下ろしている国王がエラルドに『答え』を求めていて、停止していた思考が一気に動き出した。
「バロン殿下のお言葉は身に余る光栄ですので、ま、前向きに検討したいと思っております……!」
「そうか。それなら私は何も言うまい」
「こ、国王陛下……!」
「オメガを子供を産む道具としていたのは遥か昔の歴史だ。それを繰り返すのは知能がある人間の所業とは言えまい。聖者殿はこの国で唯一瘴気の浄化をできる神聖な存在だ。それに、瘴気に含まれる成分が人々の不妊の原因や、せっかく生まれた胎児や新生児への悪影響になり亡くなっていたと報告された。その瘴気が浄化された今、聖者殿に不躾な提案をするのはおかしいことだとまだ分からぬか」
瘴気は疫病の原因だとエラルドは思っていたが、それは国が抱える問題によって違うらしい。今回でいえば瘴気が少子化を促進していたらしく、成分についてはシスが解明して報告したとのことだ。
その原因である瘴気がなくなったので、これからはきっと嬉しい報告が国中から届くだろう、と。
「我が息子たちはどこに出しても恥ずかしくない男に成長したと思っているのだ、私は。今まで無関心だったかもしれないが、息子たちが決めたことなら口出しをしないと決めている。幸せの道を決めるのも私ではなく、息子たち自身。誰と一生を添い遂げたいのか、息子たちはおろか聖者殿の相手を決めるのは外野ではない」
厳しくも温かい言葉に大臣たちは静まり返った。もちろんそれ以上国王の言葉に対して異論を申し出る者はなく、謁見は幕を閉じたのだ。
「エラルド、少しいいか?」
「は、はい!」
謁見の間から裏庭園までいつも通りバロンが送ってくれたのだが、彼が真剣な顔で部屋の中に入ってきたものだから緊張した。きっと先ほどの話だろうと思い、エラルドは普段通りを装ってソファに腰掛ける。するとバロンはその隣に座ることなく、エラルドの前に屈んで床に片膝をついた。
「え!ば、バロン殿下!?」
「先ほどは驚かせてすまなかった。あの話の流れで君にこれを言うのは気が引けたが、でも、どうしても言いたかったんだ。ただ誤解しないでほしいのは、君がオメガだからとか、フェロモンに反応したからとか、そういう理由で番になりたいわけじゃない」
「え?」
「私はエラルドだから、一緒にいたいと思った」
エラルドの細い手を取り、バロンが真剣な眼差しで見上げてくる。その視線にドキッと胸が高鳴って、心臓がバクバクと暴れ出した。
言っておくが、他の人に同じことをされてもこうはならない。バロンにだから、こうなってしまうのだ。
「私の番になってくれ、エラルド。君はきっと私の運命なんだ」
「殿下……」
正直、初めて闇の森で出会った時から『運命』というものを感じていた。ゲームとはかなり違った出会いだったけれど、きっとあの時からバロンルートに入っていたのだと思う。ただ、この気持ちはゲーム補正なんかではなく本物なのだとエラルドの心が言っていた。
「あの、俺も……」
「うん?」
「俺も、殿下の…番になりたいです。ずっと一緒にいる人になりたい、です」
こんな告白をするのは人生で初めてなので、声が震えていて情けない。エラルドのか細い告白にバロンはぎゅっと眉間に皺を寄せて唇を噛み、青い瞳が煌めく薄い膜で揺れていた。
「本当に君は、私の心を溶かしてしまった」
「え?」
「この気持ちが心から溢れて、どうしようもないんだ……」
ゆっくりと後頭部を引き寄せられて重なった唇は、とろけてしまいそうなほど甘かった。




