4−2 炎の王子
バロンと全く同じ顔をした第一王子のロラン・ハーシェルが、突然の出会いに驚いているエラルドを尻目に裏庭園の室内を興味深く見回していた。
見た目はほとんどバロンと同じなのにオーラが全く異なっていて、先ほどバロンから手のひらに口付けられた時の心臓の高鳴りと、ロランを前にすると違う意味でドッドッドッと心臓が激しく脈打つのを感じる。エラルドは無意識に首元を触っていて、それを見たロランがふっと小さく微笑んだ。
「急に取って食いやしませんよ。楽にどうぞ」
「あ、あの…エラルド・レーラココと申します。王太子殿下にお会いできて光栄です」
「ご丁寧にどうも。ふうん、本当にこの国の民が今回の聖者なのか…不思議なこともあるものだ。それに……」
コツコツ、靴音を鳴らしながらロランがソファに近寄ってきて、エラルドはくいっと顎を持ち上げられる。太陽のような深みのある赤い瞳に見つめられ、全てを見透かされるような気がした。
「本当に、異常なほどのフェロモンだな。話を知っていたから抑制剤を飲んできたが……これは"誘われた"と言っても文句は言えないな」
「王太子、殿下……」
じっとエラルドを見つめるロランの瞳はとても優しい眼差しだが、吸い込まれるような『何か』を感じる。ロランの赤い瞳の奥には獣のような強さが光っていて、逸らしてはいけないとオメガの本能が言っていた。一瞬でも逸らせば瞬く間に取って喰われてしまう、と。
「本来ならば次の聖者様は私が担当するはずだった。でも、バロンに先を越されたな」
「それは、その…色々とイレギュラーだったというか……」
「うん、色々イレギュラーだったのなら……今からその間違いを正すのもいいと思うけれど」
「えっ!?」
「君もグラン=フェルシア人なら知っているだろう?歴代のオメガの聖者様は大体、王太子と番になって結婚する、と」
聖者として召喚される者のバース性はその時々で違うらしい。今回はゲームのタイトル通りオメガが聖者なので、エラルドはベータから突然変異してしまったのだろう。
ただ、王太子と番になるエンドかどうかはこれからどう動くのかなので、決定事項ではない。確かに、歴史的に見ればオメガの聖者は役目を終えた後も讃えられる存在で、王族と婚姻することが普通だ。もちろんこれもオメガに限ったことではないが、オメガと王族の婚姻が多いのは『国の繁栄』の象徴だからである。
つまり、女性でも男性でもアルファと子供を産めるオメガと一緒になれば、国は子宝に恵まれ幸せな国になるという言い伝えを信じている人が一定数いるのだ。この話は一見オメガが優遇されているようにも捉えられるが蓋を開けてみれば、ただ子供を産む人間としか見られていない。
『オメガの祈り』では主人公と攻略対象者が真実の愛に辿り着き、オメガの社会的立場を変えていく――そしてグラン=フェルシアは誰もが幸せになれる国として繁栄していく、この手のゲームにありがちなハッピーエンドだ。
ただ、元々グラン=フェルシアの住民が聖者でオメガになるという深刻なバグが発生しているので、今後のシナリオにも何かバグが発生する可能性がある。
それに今のところ、なんとなく胡散臭さを感じるロランにはバロンのように胸の高鳴りは感じなかった。
「……引く手数多の王太子殿下には、俺のような男爵令息なんて身分が違いすぎますから」
「だが君は、バロンはそう思っていないと?」
「え……?」
「王太子の弟であるバロンに給仕の真似事をさせているとか」
「そ、それは……!」
『氷の王子』という異名はバロンのほうだよな?と思うほどに『炎の王子』であるロランの声や視線が冷たく感じた。純粋に無礼なものを見るような瞳で見下ろされ、ぞわりと背筋が凍る。
男爵令息が聖者になったことで、通常よりも聖者の『身分』の扱いが違うのだろう。異世界から召喚された聖者は問答無用で王族や公爵家の貴族と同等の身分が与えられるが、今回ばかりは話が違う。
バロンは最初に出会い助けたという情があるからか優しくしてくれていたけれど、ロランは王太子という立場もあるからか『警戒』しているのだ。エラルドが本当に聖者なのかと疑うのは仕方がない。なんせエラルド自身もいまだに混乱しているのだから。
「俺の弟は氷の王子だのなんだの不名誉なことを言われているが、誰よりも誠実で真面目な男だ。君がただ、たぶらかしているのではあるまいな?」
「たぶらか……っ!?そそそんなことしてません!本当に、バロン殿下はただ厚意で助けてくださっただけで…!」
「その言葉に偽りはないな?」
「もちろんです!本当なんです、俺はそんな……」
グッと顎を掴まれたまま鋭い瞳に見下ろされると、ここに来て初めて疑われるという感覚に心がざわついた。情けないことにじわりと涙で視界が滲んできて、堪えきれずにぽろりと頬を流れていく。
すると顎を掴んでいたロランの手の力が緩み、頬を流れる涙を優しく拭った。
「わざと高圧的な態度を取って申し訳なかった」
「へぁ……?」
「こんな事態になるのは初めてでな。君を少し疑っていたんだ、すまなかったね」
今までの威圧感が嘘のようになくなり、ロランはふわりと微笑んでエラルドの頭を撫でる。涙で濡れる頬を拭ってくれるロランの指の体温をじんわりと感じ、エラルドはやっと緊張が解けて楽に呼吸ができた。
「兄上…殿下!エラルドに何をなさってるんですか!」
安心したのに涙が止まらないエラルドの雫を拭ってくれていたロランの肩を掴んだのは、血相を変えたバロンだった。
「兄上とか殿下と呼ぶな、バロン。可愛い弟が騙されているのではないかと確認していただけだ。俺が怖いのか泣き止まない、やりすぎた」
「なんてことを……」
「ちが、ちがうんです!王太子殿下は悪くありません、俺が勝手に泣いて…申し訳ありません」
ロランと同じ顔だと思っていたけれど、やはり違う。
バロンの顔を見ると一気に安心して、ぼろぼろ流れ出ていた涙がいつの間にか止まっていた。
「聖者様はよほどお前を気に入ってるらしい」
「からかうのはよしてくれ、ロラン」
「ふ、これをただの冗談だと捉えるならまだまだ子供だな、バロン」
ロランは楽しそうに笑っていて、バロンは何を言っているかよく分からないという顔をして彼を見ている。そんな二人を見て、エラルドは思っていたよりも兄弟の仲は悪くないのかなと不思議に思った。
何より、二人が並ぶと圧巻だ。双子だからというのもあるのだが圧倒的なアルファのオーラを感じ、エラルドは気圧された。




