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1−1 バグΩ、爆誕



――俺はただ、ゲームのバグを直そうとしていただけだ。


それなのに、それなのに!!!!


「おい、早く見つけろ!」

「逃したら許さねーぞ!!」

「絶対にあのオメガを逃すな!」


街中で変な男たちに絡まれてから無我夢中で逃げ、暗い森の中に身を潜めて縮こまっていた。ずっと追いかけてくる男たちの気配が遠ざかるまで息を押し殺して耐えていたのだけれど、ぽたり、頭上に雫が落ちてきてパッと顔を上げた。


「見つけたぞぉ、節操なしオメガ」

「ひ……っ」


口の端からたらりと唾液をこぼしている、モンスターのような男が見下ろしていたのだ。


「や、やめてくれ!」


どうして俺がこんな目に――!



遡ること、数時間前。


ガヤガヤと人で賑わっている王都。

街で一番美味しいと言われているパン屋で焼きたてのパンを買ったあと、くらりと目眩に襲われてふらついた。


ふらついた時にこっちに向かってきていた馬車の前に出てしまい、轢かれそうになった瞬間に慌てて避けたものだから、どこかの店の壁に盛大に頭をぶつけた。


そしてエラルド・レーラココは、走馬灯のような『記憶』を見た。


「………あ〜…もう辛い〜…どうにもならない〜〜……」


ゲームプログラマーとして新卒の頃からゲーム会社で働いていた。


そこで任されたある恋愛シミュレーションゲーム。何度やっても何度やってもバグが直らないから、連日のように残業をして作業をしていた。そもそもブラック企業だから残業なんて日常茶飯事だったのだけれど、今回の残業と仕事内容はさすがに堪えていた。


「いつ、終わんのかな、これ………」


結局日付を超えてもバグは直らず、今日も諦めて帰ることにした。寝不足もあってふらつく足取りで家に帰ろうとしていた、その時。


ズルッと、歩道橋の一番上の段から足を踏み外した。


それで気がついたら馬車に轢かれそうになり、それを避けて頭を打っていたのだ。


「なん、なに、え……?」


確かに今、自分は死ぬかもしれなかった。だからきっと『走馬灯』を見たのだろうけれど、走馬灯は普通今までの自分の人生が過ってくるものだろう。


でも馬車に轢かれそうになって見えた『走馬灯』は確かに自分のものだけれど、自分のものではなかった。よれよれの姿の自分が階段から足を踏み外して、呆気なくその人生に幕を下ろした『記憶』。


「いや、待って…待て待て待て、ちょっと待て!!」


ブラック企業に勤めた挙句、階段を踏み外して死んだ『自分』。その記憶が蘇ってきたのと同時に、今の自分が存在している『世界』が恋愛シミュレーションゲーム『オメガの祈り』の世界だということに気がついた。


そのゲームというのが、前世の自分がバグを直し続けていたゲームだったのだ。


「は…?は?は?はぁぁぁあ!?」


鈍い痛みが走る頭をバッと上げ、ぶつかった店のショーウィンドウに映る自分の姿を確認した。すると、残業続きでクマができていた幸が薄そうな顔でも、キーボードを打ちすぎて皮膚が薄くなった指も、伸ばしっぱなしだったボサボサの黒髪も、何もかもが変わっていた。


窓に映る自分は緑色の瞳に、ふわっふわで艶のあるストロベリーブロンド、ほっそりした手足に、綺麗な服。


「いや、お前誰ッ!?」


ショーウィンドウに映る自分に『お前は誰だ』と叫んでいる男なんて、普通に考えたらただの変人だ。自分がどこの誰かなんて頭の中では分かっているけれど、前世の自分がこのゲームのプログラミングをしていた時にはこんなキャラクターは知らなかった。


「モブNPCってこと……!?どうせなら主人公がよかった!!」


恋愛シミュレーションゲーム『オメガの祈り』は、この国・グラン=フェルシアの危機を救うため現れる聖者が主人公で、ゲームのタイトル通りオメガバースという世界観を題材にしている。


この手のゲームには珍しく、最初に主人公の性別から自分で選べるのが特色だ。女性を選べば普通の恋愛ゲームとして、男性を選べばBL恋愛ゲームとして楽しめるものだ。


「俺の名前…エラルド・レーラココ……平々凡々な男爵令息の19歳…作中に一度も名前は出てこないモブ中のモブ……」


ゲームの世界に転生したのは分かった。分かろうとしている。


ただ、なぜこの世界に転生したのかは謎。あまりにも熱心にバグ修正と向き合っていたから、悲惨な死を遂げた前世の自分を憐れんだ神様がせめてもと思って転生させてくれたのだろうか。


それならやはり、モブ中のモブではなく主人公クラスに転生させてほしい人生であった。なんて、贅沢を言ったらまたバチが当たるかもしれない。


「ちょっとあなた、大丈夫!?」

「へ……」

「こんなところに座ってたら、また馬車に轢かれそうになるわよ!」

「え、あ、ごめんなさいっ」


馬車を避けて転倒したのを助けてくれたのは通りかかった貴婦人で、手を引いて起こしてくれた。


まだくらくらしている頭を押さえて立ち上がると、起こしてくれた貴婦人以外の視線が自分に突き刺さっているのが分かってぞわり背筋が粟立つ。それは馬車に轢かれそうになって転倒した人を心配するような視線ではなく、なんだかねっとりとした視線が突き刺さって心臓が暴れ狂い始めた。


「………おい、あいつ…」

「ああ、あいつは絶対……」


こちらを見ている男たちがニヤニヤしながら何かを言っていて、服の汚れを手で落としていたエラルドに段々と近づいてきた。


「なぁ、お前ってオメガだろ?」

「はい……?」


オメガ――?


『オメガの祈り』を担当するにあたって、前世の自分はオメガバースという世界について調べたことがある。


大体は男同士の恋愛を描くBL作品で使われる設定で、ピラミッドでいう一番上に君臨する所謂エリートのアルファ、普通の人間と何ら変わらない中間層のベータ、そして最下層にオメガが位置している。


最下層に位置するオメガというのは少し特殊な設定。

男性でも女性と同じような子宮を持っていて、妊娠することが可能な性別らしい。オメガの相手はアルファとベータに限らず、男性でも女性でもオメガを妊娠させることが可能だという記憶。


そして何より『発情期』というものが厄介で、オメガ特有のフェロモンを出しては誰かれ構わず誘ってしまうらしい――


というのを踏まえ、このニヤニヤしている男たちの言葉をもう一度頭の中で復唱した。


「"お前って、オメガだろ"………?」


オメガというのはどちらかといえば希少で、数が少ないと言われている。そして通常、誰がアルファでオメガなのか見た目だけでは分からないはずだ。


それなのに、どうしてオメガだなんて言われたのだろう、か。


「お前、尋常じゃない量のフェロモン出てるぞ。それってもう、誘ってるってことだよな?」

「は、は、はい?」

「フェロモンが出る器官壊れてんのか?バグってんぞ、お前」

「バグ……?」


近づいてきた男たちだけではなく、遠目からもジロジロ見られているのが分かる。


そして自分でもはっきり分かったのは、いつの間にか心臓がバクバクしていて、体がものすごく熱いということ。そして、目の前にいる男たちが獣のような顔で上から下まで舐めるように見ているということ。


「いや、あの、えっと……」

「なぁ、俺らの相手してくれよ」

「そんなに撒き散らしてるってことは相手に困ってんだろ?」

「俺らが相手してやるから宿にでも行こうぜ」

「ま、待ってください!!」


ぐいっと腰を引き寄せられ、慌てて叫んだ。


「は……」

「は?」

「話し合いをお願いします……!」


フェロモンバグのモブオメガって、設定盛りすぎだろ――!


こんなキャラクターをプログラミングした覚えはないのに、なぜこんなヘンテコな設定モリモリのバグオメガが存在するんだ!?


「話し合いなんてするわけないじゃん」

「そうそう。何を話し合う必要があんの?」

「おおおお俺の気持ち!とか!」

「あんたの気持ちは撒き散らしてるフェロモンで分かってるって」

「ほらほら、俺たちとイイコトしにいこ」


背中をつうっと撫でられると、背筋が凍りそうなほどぞわっとした。体に触れてくる男の手を無理やり引き剥がし、険しい男たちの視線を逃れるように裏路地に逃げ込んだ。


「おい待てよ!」

「どこ行くんだよお前!」

「お、お、俺に構わないでくださいぃぃい!!!!」


よく分からないバグに見舞われているモブオメガに転生した俺、どうやってこの世界を生き延びたらいいですか――!?




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