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第四章・迷いの種〜2〜

    〜2〜


「ご注文はお決まりですか?」

 二人が入ったのは、珍しく人のウェイトレスがいるカフェだった。黒髪の可愛いらしい女性で、高倍率の募集に受かるだけはあると思わせた。

「えっと、ホットコーヒーとホットミルクティーをお願いします」

「かしこまりました」

 瑛人は久しぶりに肝を冷やす思いをした。琴音の横顔が急に消えたと思ったら、瑛人の体も落下していたのだ。スーツを起動すればケガをすることはないにしても、予告もなしに二百階から落とされれば肝を冷やしても仕方がない。

「せめて、一言ぐらいくれよな」

「解放能力が80あればあれくらい大丈夫でしょう?」

「そうかもしれないけどさ」

 先ほどまでどちらかが死ぬかもしれない戦いをしていた二人(少なくとも瑛人はそう思っていた)がカフェで向き合っているというのはおかしな話だ。それ以前に、こうして再会するとも思ってもいなかった。

 届いたドリンクをお互い一口ずつ飲んだ。

「それにしても、あなたのスーツ解放度が私と同じなんてね、驚いたわ」

「それはこっちのセリフだよ。そもそもどうしてスーツを持っているのかも聞きたいし、どうやって訓練したのかも、今何をしているのかも聞きたい」

 川沿いのロケーションでも、けっして景色がきれいというわけではないので、瑛人は目のやり場に困った。

「瑛人は、見た目は変わっていないわね」

「君こそ、全然変わっていない」

「そう? でもこの歳だとまだ誉め言葉かわからないわよ」

 瑛人はミルクティーで緊張を流し込んでリラックスすることを心掛けた。琴音も同じらしく、ホットコーヒーを目を閉じて優雅に飲んでいた。

「瑛人が管理局に入っていたのは、素直に驚いたわ」

「そうだよね……話すと長いけど大学時代にスカウトされてね」

 スーツの着用体験の次の日にスカウトを受けた。特にやりたいこともなく、就職のために面接を受けるのも面倒だったので、管理局にいる。

 瑛人は琴音のことを聞いた。別れてから、何をしていたのかを。

「私はあの時言った通りクフェアに入った」

 クフェア。瑛人はその名を琴音と別れる時の一度しか聞いていない。何をしているのかも知らない。どこにあるのかも知らない。ただ、世界の秘密を知っているらしい、ということだけ知っている。

(まぁ、夢の中では何度か聞いた名前だけど)

「そこでまずはスーツの訓練。それから仲間集めなどをしたわ」

「そう、そのスーツのことを聞きたいんだ。どうやって手に入れたの? まさか、先日の新宿で起きた連続殺人犯と関係が?」

 琴音は何を突飛な話をしだすのかと奇妙なものを見る目で瑛人を見た。

「ああ、あの事件の犯人……あなたが捕まえたの?」

「そうだけど」

「へぇ、でも残念。私たちクフェアは基本的に人を殺したりしない。新宿の連続殺人犯とは無関係よ」

 となると、ますますクフェアがどうやってスーツを獲得しているのかがわからない。しかし、それも順を追って琴音が説明した。

 スーツはスーツを作っている工場に協力者がいるから入手できるとのこと。破損した場合は工場に送ることはできないけど、クフェアにも技術者がいるから修理はできるらしい。しかも技術者は元管理局の人間だと言う。

「というわけで、私たちは一般的なクリムとは関係ないの。新宿の殺人犯は管理局の人間から奪ったんじゃない?」

 話し終えた琴音はコーヒーを飲んで椅子に深く座った。

「ところでさ、琴音はどうして俺のことを尾行していたの?」

 川の流れを見ながらした瑛人の質問に、琴音はコーヒーを片手に持ったまま答えた。

「家庭用アンドロイド、シントモデルの事件。その犯人に会おうと思っていたの」

 あれほどの技術者にはなかなか会えるものではない。しかも、機械都市に対して一種の恨みのような感情を持っていた。だから、クフェアに引き入れたかった。

「あんな才能、摘ませるのはもったいない」

 彼の個性を活かしてあげるべきだった。マザー回路が作る社会では適合しなくても、いくらでもやり直す道はあった。

「それは、俺も同意見だ」

「列のそろっている社会だと、尖った才能は嫌われるもの。個性を潰すのが、社会を安定させる上では都合がいいのよね」

 それでも、嫉妬し過ぎたのはよくなかったと琴音は言った。

「シントモデルを他の利用者が使うのを見るのが耐えられなかった。昔から嫉妬は怪物と例えられるほどに嫌悪されてきたもの。持たないに越したことはないわよね」

「怪物か……」

「昔の本は読まない? マザー回路の推奨するものじゃないからあまり見ないか」

 琴音は話を戻した。

「瑛人たちに先取りされるとは、思っていなかったけどね」

「偶然、調査がうまくいったんだ」

 ウェイトレスが水のお代わりを持ってきてくれた。よく消毒された機械都市の水だと琴音はぼやいた。

 しばらく話していると、かつての感覚が戻ってきて自然体で話せた。学生たちが適度にはしゃいでくれているので、会話が漏れる心配もなかった。

「瑛人はさ、どうして隣にいた楓ちゃんと一緒に戦わなかったの? 二人で戦えば、あなたが傷を負うこともなかったかもよ」

「負わせたのは琴音だろう……管理局を尾行する時点で相手が強いと予測できた。楓ちゃんを危険な目にはあわせたくなかったからね」

「優しいのね」

 瑛人はその会話で、あることに気づいた。二人で戦わなかった、というのは琴音の方も同じだ。解放能力が80の人間はクフェアにとって貴重なはず。

(そんな人を、一人で行動させるか?)

 瑛人はミルクティーを置いてから顎肘をついた。

「そっちこそ、わざわざ一人になったんだろう?」

「さすが、良い勘してるわね」

 加えて、疑問がもう一つ。わざわざ瑛人にだけわかるように尾行した。こうしてカフェで話すことも計画のうちだったのかもしれない。だとすれば、目的はやはり管理局の力試しではない。

「俺を追ってきた理由は……俺をクフェアに誘うため?」

「……ほんと鋭くなって……可愛げがない」

 琴音は肯定した。隠すものでもないと言ってから、琴音が話した。

「クフェアに入ってから、機械都市で何が行われているのかをたくさん見た」

 人々が平穏な生活を手に入れるために、何が行われているのかをたくさん見た。

「そうして決意はより固いものになった。クフェアの目標のためには、やはり仲間が必要なのよ」

 解放能力が自分と同等で、機械都市の平和維持に尽力する管理局の人間が仲間になれば、たしかにクフェアにとってこれ以上なく都合がいいだろうな。

「だけど、クフェアのことを何も知らないままスカウトをしようなんて思っていないわ。無理強いをするようなものでないもの。瑛人自身の人生だから。でも、興味があるのなら明日の午後三時にここに来て。時間、被ってない?」

 運がいいのか悪いのか、桧垣翔と矢島南に会うのは午前十一時からなので、時間的問題はない。

 琴音は場所が書かれていると思われる紙を瑛人に差し出した。

「明日なんて、急だね」

「大きな任務を達成すると、特別休暇をもらえる。そうじゃなかった?」

「よくご存知で」

 半分に折られた紙を開くと、住所が書かれていた。どこの住所なのか、見たことのない住所だった。しかし、瑛人はタブレットで検索するまでもなく住所の場所を言い当てた。

「カフェ・フォレストハート」

「正解」

 住所でわかることは機械都市ではないということ。それだけで十分。琴音が瑛人に機械都市以外の場所で会おうというのならここしかない。

「まあ、あなたが来なかったら、私はカフェで少しゆっくりして帰るだけよ」

 カフェ・フォレストハートに、瑛人は琴音と会わなくなって以降に足を運んだことはなかった。敬遠していた。そこに行くと、何か壊れてしまう気がして、透明になりかけていた記憶が蘇る気がしたから。

(もう色濃くしっかり蘇っているのだけど、意外と大丈夫だな)

 琴音はカップの中で薄く張られたコーヒーをくるっと回し、口に運んだ。

「この後どうするの? 買い物、は聞き取れたんだけど……」

「ああ、大学の時紹介した桧垣翔と矢島南って覚えている?」

「ええ。一緒にいるのが気まずいくらい仲のいい二人」

 その通りなのだが、少し棘のある言い方に瑛人は感じた。

「あの二人、この間結婚してさ。それでお祝いに何かプレゼントを買おうと思って」

「そういうことね」


 琴音は瑛人のコーヒーカップに何も入っていないのを確認すると、席を立った。

「それじゃあ、私も一緒に行くわ」

「え、琴音も?」

 クフェアと管理局。どちらかと言えば敵対している関係の人間が長時間一緒にいていいものかと思いもした。しかし、琴音は問答無用で瑛人と買い物に行くつもりらしかった。

「女性の私がいた方がいい物を選べるに決まってる。さ、ほら早く」

 琴音は半ば強引に瑛人を引っ張って外に出た。やろうと決めたことには一直線だ。瑛人はやはり変わらない琴音の姿に、少々安堵していた。

……

 モノレール駅近くのデパートで贈る品を選ぶことにした。

 昔ながらの陶器のお皿やマグカップ。フライパンや鍋といった調理器具。写真立てなど、ありきたりな贈答品が並べられていたのだが、瑛人は食べ物を贈りたいと思っていた。

「あいつらは友達が多い。それなりの企業に就職もしているから知り合いも多い。もう嫌と言うほどありきたりなものはもらっているだろうから」

 そもそも食器は銀トレーで事足りて、調理もほとんどフードプリンターで完結する。もっと言うと作る必要までないと言える。写真立ても立体ホログラムを置いておけばいい話になる。

「言っておくけど、結婚祝いだったら本人に確認して重ならないものを選ぶものなのよ。連絡は取ってないの?」

「連絡はできるけど、そんなかしこまったことをわざわざする仲じゃないよ」

「ふーん。ま、瑛人が思うのならそれで正解よ。でも、それなりに良いものを選ばないとね」

 瑛人は早速商品を一つ取った。クッキーの詰め合わせ。一箱で五十枚入り。

 琴音が瑛人の持つ箱を覗き込むと、すぐに没収した。

「ダメなの?」

「クッキーはいいけど成分がね。相手は妊娠しているかも……なんて考えた?」

 そんなこと、瑛人は少しも考えていなかった。大学時代の様子を思い返して、クッキーが二人とも好きだった。といった考えしかなかった。

 年齢は瑛人と同じで二十五歳。子供のことを考えていてもおかしくない。

 琴音は代わりのクッキーを選んだ。同じく五十枚入り、最初に瑛人が選んだものよりも値段は高いのだが、瑛人は迷わず購入した。

「ほらね、早速私がいてよかった」

 プレゼント用に包装してもらい、商品を受け取った。

 琴音とこうしてショッピングなんて、学生の頃も経験がなかった。近しいものは図書館でお互いの目当ての本を探しているとき。電子書籍で読めばいいと言われても、二人とも本は紙派だった。ただし、電子書籍で購入するよりも三倍近くの値段設定がされているので図書館は必須だった。古式図書館と言われる類のもので、瑛人も琴音も愛用していた。

 二人して本を探しあったのは、いい思い出だった。

(その本じゃない。版が違う。翻訳者が違う! って言われてたくさん探したな)

 ぼうっとしていた瑛人に、琴音が声をかけた。

「楓ちゃんの分も買っていくんでしょ?」

「え? どうして」

 琴音はわざとらしく困った顔をした。いや、困ったというよりも呆れた顔だ。

「一人で帰らせて、報告書も任せて、何もなし?」

「あー……たしかに」

 楓には栄養表示を気にすることもなく、単純に美味しいと噂のプリンを勧められたので瑛人はそれを購入した。

 買い物が終わり、二人は駅へと向かった。機械都市の冷たい地面を肩を並べて歩いた。

 途中で琴音が袋を開けた。クッキーだった。

「買ったんだ。いつの間に」

「五個入りのお試しパックよ」

 サクッ。と、心地いい音がして、ピスタチオの香りが広がった。

「うん。美味しい」

 琴音は一つ食べ終えると瑛人の横顔に話しかけた。

「正直ね、あなたが管理局にいると知ったときはどんな大人になっているのか不安だった。ほら、全体的に管理局の人間は冷たいイメージがあるから」

 楓の言っていることは正しい。瑛人が偶然、周囲の関係に恵まれているだけで、全体的にはなるべく仲の良い友人関係を持たないようにする考えが多い。

「まぁ、どうしても死が伴うからね」

 琴音はもう一枚クッキーを取り出した。

「そうよね。でも、瑛人が中身まで昔と変わっていなくて安心した」

「そうかな」

「根は変わっていなさそうって意味よ」

 事件に対する考えや直感は鋭くなっていたけど、性格に関して、先端が丸いままでよかった。

 駅に着いた。琴音は改札には向かわずに、瑛人を送り出した。

 帰る方向を知られたくない。ということは理解できた。瑛人も追うつもりはなかったので、何も言わずに改札に向かった。

「そうだ、瑛人!」

 琴音は瑛人を呼止め、止まったタイミングで手に持っていた袋を投げた。瑛人は袋を左手でキャッチした。

「いきなり襲ったお詫びよ」

 自覚はあったのかと、今更になって笑いそうになった。

 袋の中身は先ほどまで琴音が食べていたクッキーだ。まだ三つある。

「……明日、瑛人が来なくても、私としては問題ないから気にしないでね」

 瑛人は意外に思った。今の琴音の言葉から、自信を感じなかったからだ。夢の中でもいつでも、自分の知識を自信満々で話す彼女らしからぬ口調だった。瑛人にはそう感じられた。

 あくまでも自分の人生だから自分で決めて欲しい。そういう願いが込められているように感じた。私の道に巻き込んでしまい、それによりその人がこれまで積み上げてきたものが崩れてしまったらどうする?

 瑛人はクッキーを潰さないように握りしめ、にっこりと笑った。

「わかってるよ。買い物、付き合ってくれてありがとうね。クッキーも、いただきます」

 瑛人はそう言うと、もう少し見ていたいとい思いを殺して改札を通過した。琴音は瑛人の背中が見えなくなるまで、その背中を見送った。

 モノレールのホームへと上がるエスカレーターに乗っているときに、瑛人は一つ気づいたことがあった。

 それは、瑛人が一人で思案しているときに時折り聞こえてくる声のことだ。どこかで聞いたことのあるものだと、それしかわからなかったのだが、今になって確信が持てた。

「なんだ……琴音の声じゃないか」

 クッキーは甘くて美味しかった。働かせた脳には糖分が美食だ。

 笑みがこぼれてしまいそうだった。クッキーの美味しさと、再会できた嬉しさに。忘れようとしていたはずなのに……

(忘れるなんて、できるはずなかったんだ)

 瑛人はモノレールに乗り込み、座席に座った。そして、これから管理局に戻るのだと自分に言い聞かせて、表情も心も引き締めることにした。

 が、これは悪手だった。

 浮かれた気持を抑え込むと、本来は先に感じるべきだった冷たい思考が湧いて出てきた。再会できたことは、たしかに嬉しいことだ。しかし、

「結局のところ、琴音は俺のことをどう思っている。俺は琴音の敵なのか?」

 彼女は明言したのだ。自分はクフェアにいると。管理局ではない。

(……なに再会を喜んでいるんだ。この先本当の戦いをすることになるかもしれないのに)

……

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