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第三章・愛と悪の相乗効果〜2〜

    〜2〜


 目黒区にいる瑛人の知り合いという人物が住むマンションの一階に到着した。管理ロボットに事情を話し、中に入れてもらった。

「これから会いに行くのは鶴岡涼介という男だ。たぶん、楓ちゃんは見たことのないような人種だから、話していたくなかったら遠慮なく外に出ていい」

 エレベーターに乗り、三十階のボタンを押した。

「大丈夫ですよ。仕事ですから、私もいます」

「そうか。まぁ知り合いだから気楽にね」

 会ったことのない人種。そう言われてむしろ楓は気になった。日本人ではない? 海外の人かもしれない。それかとんでもなく有名人……。

 そんな妄想は、インターホンを鳴らした後に出てきた男性を見て吹き飛んだ。

「久しぶりだな鶴岡。元気そうで何より」

「何? 急に。あんたとはあまり関わりたくないのだけど」

「そう冷たいことを言うな」

 楓は目を丸くした。信じられないという目で、目の前の丸い人間を見ていた。腹部が肥大化している。どうやったらこんな風になる?

 食事の管理は? マザー回路がしてくれているだろう。どうしてこうなる?

「だいたい事前に連絡くらいよこせよな」

「悪いな。どうせ暇していると思って」

 ドンと突き出た腹部に視線を釘づけにされてしまう。

「それで、そっちのかわいい子ちゃんは?」

「俺の後輩だ」

 楓は瑛人に肩を軽く叩かれて鶴岡の目を急いで見てから言った。

「か、楓です。よろしくお願いします」

 鶴岡はあくびをし、眼鏡を直した。横腹をかきむしりながら、「僕は目に毒だから、帰った方が良いと思うよ」と流暢に言った。

「そう思うならせめて健康維持ツールを使えよ。とりあえず中に入ろう」

 楓は固い動作で鶴岡の住居に入った。瑛人が慣れた様子で接しているのもまた不思議でならなかった。

「瑛人に後輩ができているなんて、世の中が進んでいて僕は悲しいよ」

「もう少し外の世界を見たらどうだ。気分転換にでも」

「僕の世界はネットで完結しているので。それで、なんなのさ。急に押しかけてきて。僕は何も悪いことしてないけど?」

 鶴岡が社長イスにドカッと座ったとき、楓には椅子の悲鳴が聞こえた。

「わかっているよ。お前に聞きたいことがあってな。これを見てくれ」

 タブレットからホログラムを投影し、部屋の中心に置いて三人で鑑賞した。数秒見ただけで、鶴岡は瑛人が何を聞きたいのかを理解した。

「シントモデルのハッキングのことだろ? ネット喫茶からハッキングしたって噂の」

 瑛人は近くにあったソファに座り、楓は瑛人の後ろに駆け寄った。どうも座る気にはなれなかったのだ。

「そうだ。管理局の技術部でも追跡ができなくてな。そこで、お前の出番というわけだ」

「追跡できなくて当たり前でしょ。ネット喫茶からだもん。はい終わり、帰った帰った」


 椅子を鳴らしながら回転してホログラムに背を向けた。クリアしたいゲームがあるのだと言って、ヘッドセットを手に取った。

「待ちなって。有益な情報が出たら、財務課に言って協力金を出させるからさ」

 そのささやきに、鶴岡の手は止まった。

「ほんと? どれくらい?」

「情報によるけど、もしかしたらお前が半年は遊んで暮らせるかも」

 楓は瑛人を止めようとしたのだが、すでに遅かった。鶴岡は鼻を膨らませ、目を輝かせていた。ヘッドセットを置いて、ずんぐりとした腕の袖をまくって気合を入れた。

「それを先に言えよな。よし、やるか」

 瑛人も楓もわからない作業を、鶴岡は急に始めた。楓が鶴岡の様子を観察しながら、瑛人の耳元で言った。

「あんな話して、大丈夫なんですか?」

「さあね。なんとかなるでしょう」

 カタカタとキーボードを軽快に打つ音が響いている。鶴岡は画面にかぶりついたまま、独り言のように言った。

「言っておくけど、望みは薄いからね。僕が思うに、ネット喫茶からハッキングはしたのだけど、ハッキングした後にウイルスを入れたのだと思う。どんなウイルスなのかは知らないけどね。でもさすがに、あらかじめ作っておかないと、世のすべてのシントモデルに影響を与えることは無理だと思う」

 そのウイルスを探してみるのだと、鶴岡は気合十分に言った。ネット喫茶のパソコンにログが残らないように、そのパソコンからウイルスを使うのではなく、経由地のどこかでウイルスを拾っている可能性があるとこのと。

 鶴岡はその経由地が、犯人のプライベートパソコンかもしれないと考えたのだ。

「でも、そんなことできるんですか? 管理局の技術部でもできないのに」

「管理局の技術部はマザー回路の管理の中では確かに優秀だけど。今回はちょっと別のところの話なのさ」

 鶴岡はそう言い捨てて作業に集中し始めた。

 楓は立って待っているのが心細くなったのか、瑛人の横に渋々座った。

「瀬戸さん。私、どうしても納得できないのですけど、どうして支部長は私たちをこの任務に任命したのでしょう」

 支部長はスーツの調査は他の者にやらせると言った。しかし、スーツを使用していた斎藤蓮人と実際に戦ったのは瑛人と楓。この二人が継続してスーツの出所の調査をするのが、効率がいいという話ではなかろうか。

「でもきっと、支部長もそのことはわかっていて。それでもあえて私たちをこの任務に就けた。それってもしかして……追っているハッカーが、何かスーツと関係している? ということではないでしょうか」

 凄腕のハッカー。管理局の情報も抜き取られていて、それを利用してスーツを獲得した?

「まぁそれもありえなくはないよね」

 支部長に任務を渡されたときに、瑛人も楓と同じことを思っていた。しかし、どうもしっくりこなかった。

 それは、瑛人の思い浮かべる犯人像との乖離だ。

(スーツが斎藤蓮人の手にあったのは、複数人の協力がなければやはりできないはず。組織的なクリムの仕業かもしれない)

 しかし、今回のハッカーに対して、瑛人は「組織」や「集団」などのイメージを持てなかった。行った犯行が、組織的でないのだ。家庭用のアンドロイドを壊すという、いわゆる、迷惑行為だ。

(これだけ大がかりなハッキングをしておいて)

 やるつもりがあれば、アンドロイドを一斉に暴走させて、多くの人を殺すことだってできたはず……。

 考え込んでいると、瑛人の脳内に女性の声が聞こえてきた。これは、楓の声ではない。

『だったら目的は自分の欲求を叶えるためよ』

「欲求か。どんなものだろうな」

『さぁね。それは自分で会って確かめなさい。ただ、相当濁った動機がないと、こんなことはできないわよね』

「動機、家庭用アンドロイドを壊す?」

『そうとは限らないでしょう。製造会社に恨みがあったのかもしれない』

「ああ、なるほどね」

『ただそうなると、またイメージと違ってくるわね。会社をつぶすつもりなら、ハッキングした時点でもっといい方法があったはず。それをしなかったのは』

「そこまでする必要がなかった」

『そこまでする動機もなかった。大悪党として名を残すなんて考えはない』

「だから。自分が満足するためだけの犯行か……」

……

 楓に肩を優しくたたかれた衝撃で、瑛人は楓の声を聞き取ることができた。楓はスーツと何か今回の事件が関係あると思うかと、聞いていたのだ。心配している瞳で。

「そうだな。その可能性もあるけど。なんとなく、関係ないんじゃないか……」

「うおぉー!」

 瑛人の言葉に楓が反応する前に、パソコンとにらめっこしていた鶴岡が奇声をあげたので、二人はすぐに駆け寄った。

「何かわかったか?」

「うん。ちょっと面白いことがね」

 パソコンから少し離れ、背もたれをいっぱいに使ってふんぞり返った鶴岡が胸の前で腕を組むと人形のようだった。

 ハッカーのパソコンではないけど、プロキシに残っているウイルスを見つけたのだ。

「プロキシに? 消し忘れたのか?」

「そんなドジをする相手じゃないよ。ちゃんと削除されているよ。ただしこのプロキシ、なんと削除されても一定期間データが保存される仕組みだったんだ。しかも、元データとは違う名前で保存されるから、犯人も気づかなかったのかもね」

 瑛人と楓はよくわからない文字が羅列された画面を見ていた。

「そんな面倒なシステムがあったんだな」

「面倒だよ。だからもうその仕組みの物は作られていないよ。ハッカーは運が悪かったね」

 鶴岡がパソコンに顔を近づけるので画面のほとんどが見えなくなった。

「他には何かわかったのか?」

「うん。ここからが面白いところで」

 鶴岡はウイルスの仕組みをすべて解明するには一週間はかかると言った。ただし、早速わかったことが一つ。

 ウイルスはシントモデルのアップデート時に再侵入するようになっているということ。

「つまりどういうことですか?」

「つまり、シントモデルを修理してもう一度使えるようにしても、またこのウイルスにやられていたということ。僕が見つけなければね」

 シントモデルは一日に一回、ユーザーの決めた時間にアップデートと点検が行われる。そのタイミングを狙って、ハッカーはウイルスを仕込んだ。

「かなり徹底していますよね。そんなにシントモデルに恨みがあったのでしょうか」

 鶴岡は再びパソコンを動かし始め、楓の質問にはてきとうに答えた。

「さぁね。そこは僕には関係ないけど、これで一つ良い方法があるよね」

 犯人を見つける、良い方法。

「一体のシントモデルをわざとアップデートさせれば、それで逆探知をかけれるかもしれないよ」

 プロキシにあるウイルスは一応削除認定されているから、使用されるウイルスは犯人のパソコンの中にあるものの可能性が高い。犯人のパソコンでないにしても逆探知によって経路をすべて知ることができるので、ローラー作戦で逮捕までいける。

「さすがにシントモデルの管理センターにウイルスを待機させるなんてことはしないでしょ。ウイルスを色んな場所に置いておくという手もあるけど、気づかれたら削除されちゃうからね。一度は犯人のパソコンを経由するでしょ」

 鶴岡の提案に楓は「なるほど」と感心していた。人は見かけによらないとはこのことだと考えを改めそうになったとき、目の前でぼってりとした横腹をかきむしる姿をさらしてくれたので、やはり改めることができなかった。

(ほんと、せめて健康維持ツールを使って)

 鶴岡は楓のことなど気にもせず、瑛人に聞いた。

「それでどうするの。シントモデル一体くらいなら手に入るでしょ。逆探知なら手伝うけど」

 楓も瑛人を見て答えを求めた。しかし、答えは決まっていると楓は思っていた。逆探知をするに決まっている。たかがアンドロイド一体くらい、どうでもいいから。

「そうだなぁ……」

「なら早速製造会社に」

「いや、逆探知をするには及ばない。鶴岡、もう十分だ」

 楓は反射的に「え?」と声に出していた。目を丸くして、瑛人に理由を問おうとした。だが、その前に鶴岡が入り込んだ。

「まじ? 僕の報酬は?」

「ちゃんと話は通しておくよ。重要な情報の提供者ですって」

「それならいいや」

「邪魔したな。楓ちゃん、行くよ」

 楓が瑛人を止める間もなく、部屋から出ていた。視線は斜め下で、何かを考えながら歩いている瑛人に、楓は待ったをかけた。

 なんせ、そんなに悩まなくても答えにたどり着く方法が、目の前にあるのだから。

「瀬戸さん、どうして逆探知をしないのですか。合理的に考えて……」

 楓がそこまで言ったとき、エレベータが来たのでいったん会話が途切れた。乗り込んで、瑛人の他に人がいないので話を続けた。

「逆探知をしない理由を教えてください」

 瑛人は深く息をしていた。ゆっくりと、一点を見つめて思考を巡らせていた。


「楓ちゃん。製造元に連絡をとって顧客リストを送ってもらって」

「顧客リストですか? またどうして」

「……シントモデルを破壊する動機を考えてみた」

 エレベータを降りて、エントランスも抜けて外に出た。

「動機ですか?」

「恨みや妬み。犯罪に至る多くの要因は悪感情だ。対象が製造会社か、シントモデルそのものなのかは知らないけど」

 ただし、非常に可能性の高いことが一つある。それは、犯人もシントモデルを持っているということ。持っていなければ、シントモデルに悪感情など芽生えないから。

「だからって、顧客リストを……」

 瑛人は構わず喋り続けた。

「人には様々な欲があるだろう。それが捻じれると、厄介な感情を生む。追っている犯人だって例外ではない。一つ、または複数の欲が作用して悪感情を生んで犯行に至った。俺が思うに、今回は支配欲、もしくは独占欲」

 二つとも持ちすぎは厳禁だ。欲が出た支配者などろくなものではないし、すがりつくような独占欲も沼のように気持ち悪い。

「どういうことです? あまり関係ないように思えますけど」

「シントモデル、あれはもう人間と見間違えるくらい出来がいい。とりあえず、顧客リスト、もらえる?」

 楓は疑問に思いつつも顧客リストを取り寄せた。管理局と言うと、迅速に送ってくれた。

 瑛人は顧客リストを上から順に追い始めた。

「あった。このシントモデルだけ、もう半年以上もオフラインだ」

「あ、ホントだ……」楓はようやく瑛人の考えに追い付いてきた。「つまり、ウイルスに感染していない」

 瑛人は縦に首を振った。

 人と間違えてしまうくらい、よくできた機械。いつしか、ある人にとっては本当に人になってしまった。

「彼女は自分のものだ……そんな風に思い始める」

「でも、利用者の心理状態の改善も家庭用アンドロイドの仕事じゃないですか」

「愛情は人の持つ正常な感情。だろ? 犯行に至るものではないはず。と、彼女たちは思っているのだろうね」

 瑛人は楓からもらった顧客リストからオフラインのシントモデルの持ち主の住所をスキャンして腕時計のナビにセットした。

 瑛人は深呼吸をしてリラックスしようとした。しかし、機械都市なんて圧迫感のある世界ではあまり効果がない。

「瀬戸さんは、ほんと犯人の思考を読むのがお上手ですね」

 尊敬と悔しさを含む言い方。才能だ。私にはない。

「正解なのかはわからないよ。捜査の効率としては楓ちゃんの言うように逆探知をした方がいいと思う」

 楓はそんなことないと言った。

「考えてみれば逆探知を犯人が気づかないわけがありません。瀬戸さんのやり方が確実です。私も瀬戸さんのような考え方、できたらいいのに」

 ナビに従って二人は歩く。

「やめておきなよ。あまり気分のいいものではないから」

 犯罪者の思考により近づくことができるようになると、正常な感覚が離れていく。

「異常なはずのものが、近くに行くと異常じゃなくなるんだ」

 瑛人が続きを言う前に、楓が止めた。

「そんなこと言わないでくださいよ。瀬戸さんは正常で、立派な管理局員です」

「……ありがとう」

 今はね、と思ってしまう自分が怖かった。

 犯罪者の考えが、正しいと感じてしまうことがある。どんな理由であれ、最後の一線である犯罪はしてはならない。その考えの一方で、犯罪者の動機に共感してしまうことがある。間違っているのは……。

『間違っているのは、世界じゃないの?』

……

 瑛人は躓きそうになった。ちゃんとしろと自分に言い聞かせて、堂々と歩いた。


 歩き始めてから二十分もしないうちに目的の場所に着いた。顧客リスト上での名前は飯田智仁。オフラインのシントモデルを所有し続ける男。

 東海工業マンション、十階。どこにでもあるマンションだ。

「鍵は、かかっていますよね」

 楓がインターホンを鳴らしてドア越しにも聞こえるように言った。

「管理局です。飯田智仁さん。少々お話を聞かせていただけませんか」

 ドアからは一つの反応もなかった。不気味なほど静か。再び楓が呼び掛けてみても反応はなし。居留守を使われているのか、それともいないのか。

「管理会社に連絡して鍵を開けてもらいましょう」

「そんなことしなくていいよ」

 瑛人は楓を後ろに下がらせた。すると、右手に刀を装備した。

「ちょっと、瀬戸さん……」

 楓の制止もむなしく、瑛人は飯田智仁の部屋の扉を斬って開けた。防犯上のため、それなりに硬い扉が豆腐のように斬れた。

「怒られますよ」

 瑛人は瓦礫となったドアを踏み越えて中に入った。内側も、何の変哲もない、むしろ鶴岡の部屋よりも整頓されていてきれいな印象すらあった。

(シントモデルがいるのだから、当然か)

 そのシントモデルが二人を出迎えた。

「どちら様でしょうか」

 改めて見ても、やはり人間だ。あらかじめアンドロイドだと知らなければ判別できないだろう。声色も、髪も、動作も、何を取っても人間ではないか。

「管理局だ。主人はどこにいる」

 瑛人が言うと、シントモデルが呼びに行くまでもなく男が部屋の奥から現れた。「若い」というのが二人の印象だった。

「飯田智仁で間違いないな」

「ああ、そうだけど。おかしいな、なんでバレたんだ。管理局では僕の追跡はできないはず」

 飯田は急に独り言をブツブツと言い始めた。

「家庭用アンドロイド、シントモデルへのサイバー攻撃の事件について、あなたに疑いがかけられています。任意同行、お願いできますか」

「疑いも何も、僕で正解だよ、お嬢さん」

 飯田智仁は膝をついて髪を掻きむしり始めた。

「僕がやったことは、間違っていない。だって、この世にケイリーちゃんは一人のはずだから」

 ケイリーというのが飯田の隣に膝をついて、彼の背中に手を当てている女性だということはすぐにわかった。女性ではない、アンドロイドだ。

 瑛人の予測は当たっていた。飯田智仁は自分のものだけにしたかった。アンドロイドに名前まで付けて。

 見ていて辛かった。彼がここまで堕ちたのは、彼だけのせいではない。もちろん、最後に悪いのは飯田智仁本人だが、それまでの過程は彼だけの責任ではない。

 他者とのつながりを一切断ち切っても生きていける世界になってしまったから、その世界を作ってしまったから。大企業のサーバーをハッキングしてしまうような度を超えた才能の持ち主を殺してしまった。

 誰か一人、支える人がいれば解決したかもしれない問題だ。

「行きましょう」

 楓がエネルギースーツから手錠を取り出し、飯田に近づいたとき、飯田が楓の手を弾いた。

「やめろ!」

 飯田は立ち上がり、数歩後ろに下がるとポケットから何かのスイッチを取り出した。

「爆弾だ。この部屋中に取り付けられている! 近づくんじゃない!」

 スーツを起動し、取り押さえようとした楓の動きが止まった。

「俺の愛は本物だ! それが許されないというのなら、俺はここで死んでやる!」

 スイッチを持つ右手に力が入っている。少しでも近づくようなら押してやる。そんな気迫があった。瑛人は楓の肩を掴むと、ゆっくりと下がらせた。

「お前がスイッチを押したらケイリーも死ぬぞ」

「うるさい! そしたらあの世で一緒になるだけだ」

 人間にもあの世があるかわからないのに、機械にはあるのだろうか。

「ろくでもないことに、命と才能を使いやがって」

「うるさいって言ってるだろう! 俺には彼女しか……」

 飯田が言わんとしていることは簡単に想像できた。そういうのを、盲目と言うのだ。

「生きることを許されなかった人間が、この世にはたくさんいるっていうのに」

 ボソッと言った瑛人の言葉は、隣にいた楓にも聞き取ることができなかった。何を話しているのか気になって、楓が瑛人の顔を見ようとしたときには既に、瑛人の姿は横にはなかった。


 脱力して体重を落とし、飯田がスイッチを押そうと判断する間もなく瑛人が飯田に飛びついた。首と右手をつかんで押さえ込み、右腕の骨を折った。

「悪く思うな。というのも無理な話か。だがな、俺が言ったことは本心だ」

 瑛人は握力を強めて首を握り、飯田を気絶させた。抵抗する力がなくなり、飯田智仁はだらりと床に倒れたままとなった。

 瑛人は首から手を離し、ゆっくりと立ち上がり、背中を向けたまま楓に言った。

「連行班に連絡を。それから、ここのマンションの管理人に連絡してドアの件を話しておいて」

「わかりました」

 瑛人は爆弾のスイッチを回収して部屋を出ようとした。その時だった。瑛人にも、楓にもまったく予想のできないことが起きた。

「あの、ご主人はどうなるのですか? また、無事に会えますか?」

 この言葉を言ったのは、他でもない、アンドロイドのケイリーだった。家庭用アンドロイドは家事をするだけの機械に過ぎない。他の利用者の家に行っても問題なく機能を発揮する。利用者に思い入れを持たない。

「……心配、ですか?」

「ええ、とても」

 人と話しているようだった。気分が悪くなりそうになった。

「彼次第です」

 楓の連絡の後間もなく、連行班は到着した。飯田の部屋の外に出て、破壊したドアの横でジッと待っていた瑛人は引き継ぎを手早く終わらせて、現場を後にした。

……

『あのシントモデルは不良品だった。それで終わり?』

「それ以外に説明がつくのか?」

『利用者に肩入れするアンドロイド。ついにそこまで進歩したのじゃない?』

「だったらそれは、受け入れたくない進歩だな」

……

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