メール送信完了
「それで、送られてきたのがこのメールか」
地球の国際研究機関「グッドホープ」の研究長、澤田佳輔は驚きを隠せなかった。自分が生み出したスーパー人工知能搭載のアンドロイド「理久」が、引きこもってから二年が経っていた。その「理久」から初めて画像付きのプライベートメールが届いたのだ。
「理久」は自分が人間であることを事前にプログラミングされた実験的アンドロイドだ。人としての存在意義を揺るがすような挑戦作であったから、当時としてはセンセーショナルなものだと騒がれたものだった。しかし、当の本人はそんな人間に辟易として、なんと話すことを突如辞めてさっさと月に引きこもってしまった。機械を無理やり人間にした故の絶望が彼をそうさせたのだと、ロボット権利団体が中心になって澤田は当時強く非難された。
おかげでそれ以来、澤田は自分が彼を本当にそうさせてしまったのではないかと自己嫌悪に陥っている。
そして肝心の「理久」とはメールだけのやり取りになってしまった。話すことを辞め、簡単な言葉や数字だけで送られてくる研究結果はまるで月に住むただの人工衛星のようだった。彼がプログラム通りに感情を機能させているか確かめようがなかったが、どうやら送られてくるメールの口ぶりから自分が人間だということは間違いなく思い込んでいるには違いなかった。
だからと言っては難だが、澤田はこの「息子」を諦めきれなかった。それはもしかしたら、親が持つ感情に似ているのかもしれなかった。澤田には子供がいないから実際にはわからない。が、そう思いたい自分がいた。
そこで、一計を案じたのだ。たまたま酒の席で話した女優の卵「山川ミドリ」は美しい女性で、その事情をすっかり把握すると自分が行くと言い出した。彼女も悪評がきっかけで引きこもっていた経験があるから彼の気持ちがよくわかるらしい。だが、彼が人間を嫌っていることは何となくわかっていた。だから、彼女の気持ちだけはもらうとして、丁重に断ろうと澤田は思ったのだ。
だが、彼女はそれならば得意の演技をして彼に近づこうと余計乗り気で言い出したのだ。「人間がだめなら、ロボットになればいいじゃない」。それはまるで大昔のお姫様のようなセリフで、酒が回った澤田はつい彼女に魅せられてしまったのだ。
だから、うまくいくとは全くと言っていいほど思っていなかったのである。それでも澤田は一縷の望みをかけて彼女を送り込んだ。「理久」のネットの検索履歴から、申し込まれたロボット家事代行サービスを割だし、そのおおもとに働きかけ、彼女を派遣してくれと頼み込んだのだ。
一方の彼女はほぼ色仕掛けに近い服装で月へと乗り込もうとしていた。そのいかにもな格好に澤田は度肝を抜かれたが、「これで何の反応なかったら、それは感情がない証拠にもなりますよ」という変な説得力によって彼女の意見は採用されていた。澤田は自分の息子が健全な十六歳であってほしいと思うと同時に、ピュアなままでいて欲しいとも願う複雑な気持ちで彼女を送り出したのである。
そして、三か月後。メールに添付された画像はチェキだった。チェキには彼女と「理久」が若者らしくピースしたツーショットが写っていた。にこにこと笑う彼女と照れて不貞腐れたように映っている年頃の男子「理久」。
澤田はその姿を二年ぶりに見て涙をこらえきれなかった。部下の前で泣かないように必死にこらえたが、目元を抑えた手の平から一粒だけ涙が零れてしまった。
チェキには手書きで文字も書かれていた。スキャンしてメールに載せるなんてなんでこんな面倒なことをするのだろうと澤田は思った。だがきっと、ミドリの提案なのだろう。彼は久しぶりに見たその文字をみて思わず口元を緩ませてしまった。
「分析結果…両想い」
ワープロのような几帳面さなのに、変に不器用に見えるその文字はまるで彼そのものを現したようだった。彼らは健全な若者で、それでいて間違いなくピュアだった。
「まったく!恋が機械の心を動かすなんてとんだおとぎ話だな」
そう、澤田は悪態をついた。ついでに、心の中で「親の気も知らないで」とも呟く。澤田が言ったこととは裏腹にその印刷したチェキを大事そうに持ったのをすぐ横にいた部下は気づいていた。このチェキはきっと所長のデスクからよく見える位置に飾るつもりなのだろう。部下は殺風景なこの部屋が華やぐな、とぼんやり思った。