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昆虫採集

作者: life yell

 子供のころミヤマクワガタがいると噂の山があった。山といっても、標高百メートルもないような里山だ。山の持ち主が住む民家の裏からけもの道がじぐざぐと山頂まで続いていた。その途中のクヌギでミヤマクワガタがとれるのだとか。

 夏になるといたずらっ子の上級生がよく僕らに自慢していた。山持ちの目を盗んで忍び込み、とってきたのだという。金色の毛をもつクワガタを、僕と友達は羨望のまなざしで見たのもだ。

 僕らはどちかといえば大人しいほうの子供だった。あまりいたずらもせず、休み時間は図書室で本を読んだりしてすごしていた。だから元気な友達や上級生に憧れのようなものをもっていた。大人に怒られるのは怖い半面、そういった行為をしてみたくもあった。

 ある夏、ラジオ体操の帰り道、友達が僕に言った。

「クワガタ欲しくない?」

 何が言いたいのか僕にはすぐに分かった。さっきも上級生がミヤマクワガタを自慢してきたばかりだったからだ。

 僕は覚悟を決めると、うん、とうなずいた。心の中ではすでに大冒険がはじまっていた。

 一旦分かれると、僕は急いで家へ帰って朝食をすまし、虫網と虫かごをつかむと自転車に飛び乗った。すでに太陽は熱く照り付け、蝉がうるさいくらい鳴いていた。そんな中を僕は心臓をバクバクさせながら待ち合わせの場所にむかった。頬からは大粒の汗がしたった。

 友達はさきに来ていた。僕らは近くの草むらに自転車を隠すと民家に向かった。

 そっと塀の隙間から中をのぞくと誰もいなかった。しめた、と僕らは目くばせするとうなずいた。

 足音を立てないように庭に入った。窓にはカーテンがかかっていて、家の中は静かだった。どうやら家主は外出中らしい。

 僕らは胸をなでおろすと、そのまま裏のけもの道に向かった。正直なところ、あまりの呆気なさにどこか期待外れなところがあった。それは友達も同じだったようで、その横顔は納得いかないようであった。

 これでは冒険ではない、僕は何の気なしに落ちてた石を蹴った。

「どちらさん」

 その瞬間、後ろから声がした。

 僕らは立ち止った。すっと背筋が寒くなり、汗がいっきに引いた気がした。

 ゆっくりと振り返ると僕の母親よりも少し年上くらいのおばさんが立っていた。

 怒られると思った僕はそのまま黙ってうつむいてしまった。手足は震え、虫かごがカタカタと鳴った。

 そんな僕らの格好をみておばさんは察してくれたのだろう。おばさんは急に優しい声になると、大丈夫よといった。

「あなたたちみたいな子は毎年来るもの。いいわよ、行ってらっしゃい。だけど道には気をつけてね。こんな小さな山でも迷っちゃうこともあるんだから」

 僕らは礼を言うと走るように庭を横切りけもの道に入った。

 少し登り左に折れると民家は見えなくなった。そこで僕らは立ちどまり、顔を合わせて笑って軽口を言い合った。不器用な強がりであったが、内心おばさんが優しい人でよかったと胸をなでおろしていた。

 噂どおり道沿いにクヌギは生えていたが、どの木にもクワガタはいなかった。蹴ってみても落ちてくる気配はない。散々探してみてが徒労に終わった。時間が遅すぎたのかもしれない、と僕は思った。もっと朝方の早い時間ならもしかしたいたのかもしれない。

 疲れた僕らはけもの道に並んで腰を下ろした。あたりは薄暗い。僕は木々の葉で切り取られた空をぼんやりとみていた。

 少し休んで帰ろうかとなったところで友達があっと叫んだ。道を少し外れて降りたところにクヌギがあったのだ。最後にあれだけ確かめようかと僕らは腐葉土で滑る斜面を転ばないよう気をつけながら降りて行った。

 そこは少し違和感があった。クヌギの周りはちょっとした広場のようになっていて、葉もそんなに積もっていない。まるで誰かが手入れしているかのような場所だった。

 僕は首をかしげたが、友達はそんなこと気にしていない様子だった。まあいいかと僕も思い直し、友達と一緒にクワガタを探した。しかしこの木も駄目だった。

 がっかりした僕と違って友達はまだ諦めていないようだった。虫網の柄の先で地面をほじくり返してクワガタを探していた。

「誰だ!」

 その時、上から男の声がした。ビックリして顔を上げるとけもの道におじさんが立っていた。

「人の山に勝手に入って、何やってんだ!」

 降りてくるとおじさんは僕らに向かって怒鳴った。

 僕は下でおばさんから許可をもらいましたと説明した。それを聞いたおじさんはしばらく訝しそうな顔をしていたが、まあいいかと溜息をついた。

「クワガタか」

 はい、と僕らが言うと、おじさんはそんな所にはいないよとぼそりと言った。

「ついてこい」

 そう言ってけもの道に戻っていったので、僕らも仕方なくついていくことにした。

 山頂付近のクヌギにミヤマクワガタはいた。喜ぶ僕らの姿を見ておじさんは機嫌を直したようだった。

「だけど、こんなこと今日だけにしてくれよ。勝手に入られて怪我でもされたら大変だからよ」

 僕らは素直に謝り山を下りた。下におばさんの姿はなかった。


 それから夏も終わり秋になったころ、そのおじさんが逮捕された。自分の妻を殺して、山腹のクヌギの木の根元に埋めたということだ。

 僕はそれを聞いた瞬間、あのクヌギを思い出した。妙に開けた場所に生えていた、あのクヌギ。まさかあそこに……大人になった今、わざわざ確かめに行くつもりはないが、ふいにもしかしたらと考えてしまう時がある。

 そしてもう一つ疑問なのが、あの時点でおじさんは妻を殺して数年経っていたということだ。近所の人には別れたと説明し、ずっと一人で暮らしをしていたのだという。だとすると、僕らが下で出会ったあのおばさんは、いったい誰だったのだろう。

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