転生王女は毒母に立ち向かう⑨
『慈愛の聖女様』
これは前世の母の字名である。
我が国はよく地震や台風や津波によって深刻な被害を受けてきた。
その際に母はすぐに被災地に訪れては傷ついた国民に寄り添い励まし、心を尽くしたと言われている。
何も知らなければ、王后自らが炊き出しをしたり被災地の掃除や被災した国民の心のケアなどの慈善活動を思い浮かべるかもしれないが実際は違う。
母は国民が被災する度に嬉々とした表情を浮かべて新しい服を新調し、唇には真っ赤なルージュを塗りたくり王宮の庭園で咲いた花を持って訪問していた。
まだ現場が混乱している最中にも関わらずすぐに被災地入りをした。
何十万人というたくさんの国民が住む所も大切な家族や友人も一度に喪い(うしな)命からがらに何とか生き残ったもののこれからどう生きれば良いか分からず途方に暮れている所にそれを持って被災地を訪れた。
水も食べる物も全くないのに母は適当に摘んだ花を持っては『枯らさないでね』と言い放った。
そのせいで現場の国民は翻弄された。
本来救助にあたるべき人員が母の花の為に割かれた。そのせいで被災した国民に皺寄せが行き、被害がより深刻になった。
けれど、前世ではそれらの問題だけは封じて美談として報じた。母の慈愛の花は、前世では色褪せる事なくとある場所に飾られていた。
しかし、当時の国民は母の振る舞いに本当に喜んだのだろうか?
母の振る舞いは正しかったのだろうか?
私が母の立場なら、王宮の庭園の花を持って被災地訪問など絶対にしない。
母の実家は商屋であり、小麦粉を取り扱っていたのだからその小麦粉でパンでも焼いて振る舞えば少しは感謝されたはずなのに。
何故、そうしないのだろう?
母は被災地訪問をよくするくせに炊き出しの支援や金銭的な寄付などは一切しなかった。
私の思う支援や援助は、被災されている国民をまずは安全な場所に移動させて衣食住の保証をする事だと思う。
無駄に広い王宮の庭園を開放し、被災された国民の為に使える場所として提供する事こそが本当の支援だと私は思う。
そもそも我が国の災害対策が杜撰なのが問題だと思う。
私は正解の分からない問題に頭を捻った。机に向かってノートを開くがペンが進まない。
先日行われた昼食会は母の途中退席によって空気が淀んでしまった。
『会計監査』と私が口にしてからの母の表情は青ざめた様な怒りの炎を目に宿した様ななんとも言えない様子だった。
何故か次兄のペイシガットも無言で母について行く。
退席する時の目がとても怖かった。殺意に近い感情を肌で感じた。
父も母の後を追いかける為に席を外され、残った私は居た堪れない気持ちになった。
いきなり飛ばし過ぎたのだろうか?
けれど、時間がない。私が成年王族になる頃にお祖父様は居なくなってしまう。
ヴィルトゥスお兄様が王になった時に、少しでも多くの味方や理解者を作らないといけない。それには、色々と議論をしないといけない。
前世では、従兄弟叔父であるシルトがこの問題に向き合っていた。これから会計監査の導入について議論が始まる矢先に謎の突然死。
そして、その後どなたも会計監査については触れない。真っ黒過ぎる。こんなのどう考えても不自然過ぎる。
シルトはこの先ヴィルトゥスお兄様にとって必要不可欠な存在だ。絶対に御守りしなくてはならない。
あの昼食会の日気まずくて俯いていた私に祖父の優しい声がした。
「オリナーシャはよく国民の事を考えているな。ありがとう。その気持ち大切にしなさい。会計監査の件はこちらでも吟味して検討しておく。今後も何か思う事があればいつでも意見を聞かせておくれ」
私はバッと顔を上げ辺りを見渡した。この席に残った者みんな優しい笑みを浮かべて私を見つめていた。
私は思わずポロポロと泣いてしまった。
こんなの知らない。こんな温かい眼差しも心が柔らかく弾む気持ちも前世の私は知らなかった。
ただ涙が止め処なく溢れた。
「オリナーシャは何も悪くないわよ、気を取り直してランチにしましょう。今日のデザートは私の大好物なの。オリナーシャも気に入ってくれると嬉しいわ」
祖母の柔らかく温かい腕が私の身体を抱きしめる。
人肌って温かいんだな。心地よいんだなと私は目を瞑って涙を拭った。
その後は、祖父や祖母、伯父夫婦、ヴィルトゥスお兄様と様々なお話しをしながら昼食を楽しんだ。
理解してくれる人がいるそれだけで心が満たされ、世界が色に満ち溢れてる様に感じた。
その後、祖母の大好きなアップルパイを頂きながらたくさんのお話しをした。
笑いながらも祖父母や伯父夫婦にここまで気を遣わせる母は慈愛なんかじゃない。
母は鬼畜だ。鬼畜の悪女様だと改めて感じた。