転生王女は毒母に立ち向かう!③
私の1歳の誕生日の翌日から少し異例な事が起きた。
王女である私に教育係りが付く事が決定したのだ。
この国では女は王位を継げないから王女には教育係りをつけない。歴代の王女達は幼いうちに家格が釣り合う相手と婚約し、年頃になるとすぐに嫁いでしまう。
王女に求められるのは、礼儀作法と刺繍、詩歌、楽器、ダンス、生け花、語学。そして何より嫁ぎ先の男性の家に尽くし、たくさんの跡継ぎを産むこと。
一方、王子達には1歳から専任の教育係りが付く。
養育から教育を担当の教育係りから全て学ぶ。
礼儀作法に語学や楽器の演奏はもちろんの事、我が国の成り立ちや歴史、過去に起きた数々の戦や災害についての座学、それから乗馬やアーチェリー、それから国を担う為に必要な『帝王学』など多岐にわたる分野を叩き込まれる。
国を支える者としての基礎知識を王家の男児はずっと継承してきた。
ただし、次兄のペイシガットは除く。
次兄のペイシガットは落ち着きがなさ過ぎて教育係りが匙を投げた。
『あまりにも酷い』
と一言吐き捨ててその者は城から去ってしまった。
王家のとても長い歴史の中でペイシガットだけ教育係りがついてないのだ。
そんな中、女である私に専属の教育係りをつける事は異例中の異例だ。
もちろん、前世でもこんな事は起きてない。
前世ではずっと母のそばにいた…。
何もさせて貰えず、母の身の回りの世話する付き人のような生活だった。たまに母の都合によって仲良し母娘として出掛ける事があったけど、記者が必ず同伴する。同伴してない時は一気に召し使いとしてこき使われた。
もうあの頃には戻りたくない…
けれど、一体何が起きてるのだろうか?
私も自分の事なのに驚きを隠せない。
案の定、
「断固反対です!!! オリナーシャは女の子ですよ!! 何故、そんな教育係りだなんて!」
母は国王陛下の公務室に飛び込み、声を荒らげた。
何故か、私もメイドに抱き上げられたまま連れてこられた。メイド達はさすがに戸惑いを隠せず申し分なさそうに頭を垂れながら私をしっかり抱きしめた。
「これからの時代、性別は関係ない。王家の者として産まれた以上、この国について学ぶ事は我が国の発展に繋がる。それにオリナーシャは幼いが聡明さを感じる。今からしっかりとした教育を受けさせればヴィルトゥスにとっても頼もしい存在になるだろう」
突然、怒鳴り込む形で入り込んだ母に祖父はギロっと一瞥しながらも書類に目を戻した。
祖父の臣下達はあまりにも非常識な振る舞いの母に憤りと困惑を浮かべ祖父の顔を見た。
祖父は気にするなと目で語り、周りの臣下達はなんとか耐える様にそのやりとりを静観する。
「それじゃ、まるで臣下みたいじゃないですか!? オリナーシャは王女ですよ! 然るべき相手との婚姻の方が大切です!」
「ほぅ? ならば何故ペェスカが持ち掛けた縁談をことごとく断るのだ?」
祖父はペンを止め、母に鋭い眼差しを向けた。
ペェスカとは祖母の名前だ。ペェスカ・ラヴィ・オン・ローズ。
祖母はかなり身分の高い名門貴族の出である。家系を辿ると王家の縁がある格式高い一族。
だから、祖母の持ち掛ける縁談は相手に何の問題もなく、国にとってもメリットしかない。
ちなみに、母は貴族の出ではなく商人の出である。
一世代で財をなした為、成り金商人、似非貴族と揶揄されていた。その商人の娘が王太子妃になった為に母の婚姻は多くの貴族や王家の人間から反発があった。
つまり、たくさんの人間が納得し祝福したものではなかった。
しかし、当人達はそういった反対の声を無視し特権を駆使して強引に結婚してしまった。
それにより、たくさんの怒りの種が植え付けられた。
自分より圧倒的に身分が低い者が現王太子妃だ。
そして、次期王后である。頭を下げなくてはならない。
身分が全ての世界だからこそ家格が高い者であればあるほど消せる事が出来ない怒りの感情はずっと心の中で燻っていた。
それなのに、現在の王后である祖母が持ち掛けた縁談を元民間人である母は誰にも相談せずに母だけの独自の判断でバッサリと切り捨てた。普通ならあり得ない事だ。
「そ、それは……」
母は言い淀む。一所懸命それらしい言い訳を探しているのだろう。
けど、母の本当の理由はシンプルだ。
次兄に王位を継がせたい。次兄の血だけを残したい。
だからこそ、私やヴィルトゥスお兄様には結婚などして欲しくないのだ。
前世の私はかなりの晩婚だった。さらに子どもは居なかった。子を産める年齢をとうに過ぎてからの結婚だったから。
しかも王女である私が嫁ぐにはかなり階級の低い相手で次兄の悪友との縁組みだった。勿論、お互いに恋愛感情は一切ない。
前世では、憧れていた方は居た。もちろん身分も家格も申し分ない相手だ。
あの頃の私は然るべき時に然るべき相手との縁談が春風の様にふわっと舞い込み、誰もが羨むおとぎ話の様な結婚をするのだろうと夢見ていた。
けれど、母は私の縁談をまとめるどころか全て断っていた事に気付いたのは二十代終わりに差し掛かってからだ。
何故なら、私が若く健康なうちに王家の血をひく子どもを産むのが嫌だから。
祖母や祖父の知り合いならば結婚相手は間違いなく王家縁の人間だ。
結婚相手の家系を辿ると王家の血筋に繋がる可能性が高く、その子どもにも王位継承権が発生するのだ。
普通に考えれば王家の血筋を盤石にできる素晴らしい縁組みで申し分ないはずなのに母は長兄に御子が生まれようとも性別を理由にペイシガットに王統を移そうとしていた。
だからこそ、もし私が男児でも産んでしまったら、王位継承権が発生して次兄の即位は立ち消えてしまう。
母はペイシガットの血脈だけを残したい。
その為に、ヴィルトゥスお兄様と私には結婚も子も成して欲しくないのだ。
だから、前世の私は晩婚だったのだ。子を産む事が出来ない年齢まで時間が過ぎるのを母は待ったのだ。
そうじゃなきゃ、何の病気もなく健康である王家の一人娘の縁談をことごとく潰す理由がない。王侯貴族たちの娘は子どもを産み、両家の血を次世代に繋げる事が使命なのだから。
母が繋いで欲しいのはペイシガットの血なのだ。
現に、前世のペイシガットは学生結婚をしていた。
祖父が大反対していたのに、祖父が逝去されてすぐに母が許可したと当時の新聞記事でかなり話題になった。
けれど、ヴィルトゥスお兄様の時も縁組みも私の縁組みの時も母は無関心だった。
母の行動を改めて確認するとたくさんの矛盾がある。
この矛盾の先にあるのが恐ろしい策略が張り巡らせていた。前世で全てを見てきた私は今もなおその記憶がはっきりと残っている。
「それより、ペイシガットの方の教育係りはまだ決まらないのか? 聞けば、教育係りがペイシガットを注意しただけで辞める様に怒鳴ったと聞いたが?」
祖父の怒気の含んだ声に私はハッとした。
祖父は書類から母に目を移す。その眼差しは今まで見た事もない冷たい物だ。
ペイシガットはもうすぐで5歳になる。母が甘やかしたせいでかなりのワガママ暴君になっていた。
「それは……。あの子に対して教育係りの方があまりにも厳しかったと!」
実際は違う。前世でもこのエピソードはまことしやかに噂されていた。
ペイシガットが教育係りの方に食べ物じゃない物を食えと言って困らせたからだ。
それに対して教育係りは「まず殿下がお召し上がりになってください」と切り替えしただけ。
たったそれだけで教育係りを辞めさせられたのだ。如何に暴君か伺い知れる。
母はまだピーチクパーチク騒いでいたが祖父は毅然とした態度で母に言い放つ。
「ペイシガットのような手のつけられない暴君にならない為にもオリナーシャには早いうちから教育係りを手配する、以上だ」
これ以上話すことは無いと祖父は臣下の男性に目配せをし母に退室する様に促した。
母は悔しそうな表情を浮かべながら臣下に促され部屋を出た。母の専属のメイド達は怯えながらついて行く。その時に一瞬だけ見えた母の表情はあまりにも怖くて身の危険を感じるものだった。