第六話:怨霊の姫と────本気で愛しあったっていいじゃないか
俺を黄泉の国へと送り込んだ張本人がなんで岩戸の如く立ち塞がっているのだ。
「ああ、種明かしは簡単さ。黄泉の国の女神と取り引きしたのだよ」
既に死んでいる怨霊が再び現世に戻ろうが、黄泉の国の住人である事に違いはない。
連れ戻した所で結果は変わらないから女神もそこまで本気じゃなかったのだ。
「わかるかい? 無事に破武照姫を連れ戻したつもりでも、また同じ事の繰り返しさ」
言っている事はわかる。だが、なんで真守葉摘がここにいるのかの説明になっていない。
「そこが取り引きだよ。女神の遊びに、そう何度も付き合うのはバカバカしいだろう? だから女神と賭けをしたのさ」
「賭け?」
俺と破武照姫が、二人とも同時に疑問の声を上げた。
「簡単な事さ。賭けに私が勝てば、破武照姫の生命を女神から返してもらう。女神が勝てば君を捧げる」
────聞いた所で立ち塞がる意味がわからない。
「言っただろう。何度も遊びに付き合う暇はないと。浦守武にはここで死んでもらうというだけだ」
奇しくも黄泉の国の女神の誘いの言葉と同じ事を、真守葉摘が冷酷に告げた。
俺の身体に電撃が走る。一発食らっただけで身体に麻痺が生じ、後から痛みが駆け抜け俺は呻いた。
「振り返りのルールはもう無効だ。存分にやり合おうか」
無理がある。俺には殴る蹴るしか出来ない……いや、狙いは破武照姫の方か。
「聞いてるかい、破武照姫。武が死ねば君も幸せな記憶すら消えて、何も残らなくなるぞ。いいのかね」
仕上げとばかり挑発する。やはり葉摘お嬢様は……乗り越えなければいけない。優し過ぎるよ。
「許さない……私の大事なあなた様を殺す前に、お前を殺す」
破武照姫が怒りと共に真守葉摘に向かって跳んだ。激しい炎。あれは嫉妬の炎だ。
────破武照姫の俺を思う気持ちの熱さが現れた初めての瞬間だった。
葉摘お嬢様はあえて俺を絡めた怨みを買う事で、破武照姫の新たな力を呼び覚ましたのだ。
「悶え苦しむのが武だけなのは公平ではないからね」
嫉妬と憎悪の炎に、真守葉摘の美しい髪や肌が溶けたように見えた。しかしこの異常な能力の葉摘お嬢様は、強力な電撃で炎を弾き飛ばした。
お嬢様なのに、ずいぶん戦い慣れてる。怨霊より強いって出鱈目で理不尽な存在だ。
打倒されて破武照姫が悶え転がる。俺はそれが悔しくて、勝てないとわかっていても飛びかかった。
「ふむ、ようやくわかって来たようだね。ならばこちらも全力で応えるとしようじゃないか」
冗談みたいな存在だ。俺の一族が不要になるわけだ。
「そこまでじゃ。賭けは我の負けで良い」
ゾッとするような声が、暗い洞窟の奥から響いた。黄泉の女神が守り静止しなければ、俺と破武照姫は消し炭になっていただろう。
────真守葉摘は俺達を、本当に殺すつもりだった。黄泉の女神のお陰で命拾いするとは皮肉なものだった。
「我の娘よ。お前が独りで過ごして来た時間からすればほんの僅かな時間だが、生者として我の国から旅立つ事を許そう」
黄泉の女神が降参したため、約束通り破武照姫に生命の力が宿る。彼女の青白く美しい肌に、赤みが差した。あの時見た夕焼けに染まる頬のように、今度は血の通った人になって。
黄泉の女神はもっと怖い存在かと思っていたが、葉摘お嬢様より優しいように見えた。
「あれはあれで腹黒い女神そのものなのさ。考えてもみたまえ、破武照姫の怨念を喰らう力が弱まれば誰が得をするか」
喰らいきれず残された怨念によって災厄が起きたのなら、黄泉への旅路に立つものは確実に増える事だろう。
真守葉摘と黄泉の女神との間で行われた取り引きが成立した理由は、黄泉の女神のしたたかさが根底にあったからかもしれない。
「まあ黄泉がえりを果たさずとも、あのままなら災厄の塊は育って行くのだがね」
よりしたたかさを持つ真守葉摘は、地上へ戻るとニヤリと笑った。
「身体の調子はどうかな、破武照姫。怨霊の力は失ったけれど、恨み辛みに怒りや嫉妬を自らのエネルギーに変える力が残されているはずだ」
最初から最後まで、この真守葉摘の手のひらで踊らされただけ。俺は繋ぎっぱなしの破武照姫の手に温かさを感じながら、悔しい思いでいっぱいになった。
破武照姫もどうやら同じ気持ちのようだ。握る手に力が入る。
「私は貴女が大嫌い。でも……あなた様の為に手を尽くしてくれた事に感謝いたします」
素直な感謝を受け少し照れながら、葉摘お嬢様はそっぽを向いた。
「黄泉の女神の腹の内はわかっただろう。二人とも幸せに暮らしたいと言うのなら、ほんの少しだけでいいから社会貢献をするといい」
破武照姫は取り戻す事が出来た。しかし怨念の塊は、変わらず残されたままだった。
真守葉摘はそのまま去って行った。あとは任せた、そう背中で告げて。
「破武照姫、行けるか?」
力は残されていると教えられた。しかし怨霊ではなくなったので、負のエネルギーにどこまで耐えられるのかはわからない。
「────やってみる。手は繋いだままで良い?」
「あぁ。ただ無理はするなよ。俺達には時間があるんだから」
繋いだままの温かな手のひらには、しっとりとした汗がたまる。本当に彼女は生命を得て、怨霊から生身の人間に蘇ったのだと実感した。
────憂鬱だった毎日が、また始まろうとしている。
「おはよう、タケル」
「おはよう、テルヒメ」
俺の生活の中に、元怨霊だった天之破武照比売神────俺の嫁であり恋人がいる事だ。
ありきたりの日常、それこそが俺達二人の求めて止まなかった幸せというものだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
作中に出てくる天之破武照比売神は架空の怨霊神名です。
「あめのはぶてる」には色々な意味を込めたつもりですが、ハブられるって意味もありましたね。
テーマである勇気について、ヒロインへの想いに対して、主人公が取らねばならない選択に使いたいとまず考えました。
恋愛なのに序盤の告白はサラッと済ませて、後半の重要な決断を迫られる場面まで溜めました。
苦渋の決断を取る勇気と、はっきりとした言葉に出していない諦めない勇気が、伝わればいいなと思います。
怨霊についてですが、本当に怨むのは処罰され口無しとなった当人よりも、その人に近しかった人ほど怨嗟の声が募るのではないでしょうか。
この物語のヒロインである怨霊は、怨みを持って亡くなったのではないだろうか、そう推測される人物の縁者です。怨恨を喰らう怨霊のため、人の世の役に立ってしまってしまう矛盾。
まつろわぬものとされているのに、必要とされている存在。言うまでもなく本当に怖いのは人の側である、それが少しでも感じてもらえたでしょうか。
そしてそんな怨霊と怨霊を愛してしまったものが果たして幸せになれるのかどうかは、他人が決めるものではなく本人達が決めることなのだと思います。
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