第四話:怨霊の姫と────結ばれてからの恋だって、俺はありだと思うんだ
俺の隣の席には、俺の直属の部下として破武照姫がついた。グループ企業の中の末端の会社に修行に出された令嬢らしいと、会社内の経営陣が慌てふためいていた。
「あなた様、どうでしょうか」
破武照姫が会社の女性用の制服を着ると、着物と違って新鮮で可愛らしい。
「いい……凄く良いよ」
────俺は放心したように見惚れた。これでは仕事が手につかない。
すでに俺と破武照姫は契約を果たして結婚しているわけだが、嫁に惚れ直したって別に構わないはずだ。
会社員の制服だって着ちゃいけない決まりはない。俺はモテないが、妙に美しい女性と縁があると認めねばならない。
奇人変人の真守葉摘も、思わず振り返るレベルの美人なのは確かだ。だが破武照姫はそれ以上だ。
「あなた様……あまりジロジロ見られると恥ずかしいのですが」
世間から無視された俺達は、人の付き合いというものがよくわかっていない。初心な、小学生でもしないような恋愛を結婚してから始めている。
結婚や契りと言っても怨霊を守護とする霊属契約なので、人の結びとは少し意味が違うけれど、俺には同じ意味だと認識している。
「仕事は何をすればよいの?」
「居てくれるだけでいい。退屈なら本を読んで現代社会の勉強をするといい」
大人しく座っているだけで十分だった。上層部も人畜無害の都合の良い浦守に押し付けておけば、親会社の重鎮を怒らせずに済むと考えた。
────既に人畜無害の俺に関わったせいで、二人が亡くなったり失踪したりしているのだが。
俺が仕事をしている間、破武照姫は大人しく文字の勉強をしていた。漢文なら教わっていて読めるらしい。
俺の会社は元々は観光旅行の関連会社だった。現地プランナーとでも言えばいいのか。観光名所なので、国内国外問わず需要のある仕事だった。
病疫の流行で旅行客の大幅減少となってから、倒産しかけた所を真守葉摘のグループ企業に救われた。元々深い関係性があったので、スムーズに合併された感じがしたものだ。
観光旅行の現地案内から、京の都を中心とした飲食店、伝統工芸品の全国販売、海外販促にまで広げた窓口となる会社として変わった。
実際にやっていることは、観光プランナーとさほど変わらない。いま思えば上司が亡くなった頃には、業績が傾き出していた気がするな。
新人社員も含めて、俺の苛立ちや破武照姫の怨霊の力のせいかと思っていたけれど、トドメを刺しただけなのかもしれない。
そして破武照姫が部署についたおかげで一番恩恵を受けているのは、電話応対の多い事務の子たちだ。
「あなた様、電話と言うのは小人がこの箱に入っているのですか?」
文字を覚えるだけでは学習が追いつかないので、色々実際に体験させてみた。
キラキラと輝く目をした子供のように、現代社会のあれやこれやに破武照姫は興奮していたものだ。
そして俺が少し所用で席を外した時に、破武照姫がクレームの電話の応対をしてしまった。
「す、すみません。コピーを取っている間に電話応対をされてしまって……」
破武照姫には何もさせなくていいと、お達しが出ていた。変に仕事で傷心し、不満を持たれたくないための苦肉の措置と言うものだ。
事務の子が焦るのは無理もない。色々と物を取り扱うと、毎日クレームの一つや二つはある。
思い込みによる誤解や些細な思考の相違が多い。なかにはクレームつけたいだけの暇人だっている。
会長令嬢の真守葉摘ほどではないにしても、箱入り娘のお嬢様にはキツい。
ただそこは破武照姫、怒りや恨みを抱える声には強かった。
「電話口でも吸収出来るんだな」
クレームの七割は感情的な怒りをぶつけたいだけのものが多かった。破武照姫の力で無力化すると、冷静になった相手は大人しく引き下がってくれた。
商品に不都合があっても、彼女の存在により怒りが鎮まる。
俺の専属のクレーム処理係、それが破武照姫の仕事になった。これ程相性の良い仕事はなかなか見つからない。
事務の子たちや部署の同僚達は羨んでいたが、破武照姫はお前たちのものではない。俺の嫁なのだから、好きに利用はさせない。
「あなた様を介さない念料は、不味うございます」
「わかっている。だから俺の専属にして止めさせた」
恨まれるだろうが、それこそ俺を介した恨みになるので破武照姫が嬉しそうに食べてくれた。
────こうして俺と破武照姫は仕事を利用する事でうまく恨みを買っては食べて成長していった。
破武照姫が力をつけても、真守葉摘にはまだまだ敵う気はしない。ただ並の術者では簡単に祓う事が不可能なほどに怨霊として、御霊としての実力はついたと思った。
破武照姫は俺の素敵な嫁であり、仕事のパートナーであり、初めて恋したものだった。
彼女が現代の文字や言葉を覚えてくれたおかげで、俺達は本当の夫婦のように暮らすことが出来た。
「幸せなど……俺には来ないものなのだと、ずっと思っていたよ」
仕事のあと、俺は破武照姫を伴って会社の屋上に上がった。早めに仕事がひと段落したので夕焼けでも見ようと思ったからだ。俺の言葉を聞いて破武照姫は、夕焼けより紅く頬を染める。
「私もですよ……あなた様。ずっと怨んで過ごして来たのが嘘のようです」
特殊な怨霊であった破武照姫は一年に一度、寒い冬の夜しか外の世界を見ることしか出来なかった。
いまこうして愛するものとして、沈む夕陽を背に抱きしめあい口づけを交わすことなど考えもしなかっただろう。
────俺達はお互いがそこにいてお互いが認識しあっているだけで、幸せだった。
※ サブタイトル、投稿時より少し変えました。