第三話:怨霊の姫を────破武照姫は、俺が守ると決めたんだ
破武照姫のおかげで仕事は円滑に進んでいた。平穏は長くは続かなかった。
俺の会社のグループ企業トップであり、心霊現象や怪奇現象が大好きなオカルティストの真守葉摘がやって来たからだ。
彼女がやって来る時点で、ある程度の下調べが終わっているはずだ。かつては俺も彼女の側で働いていた経験があるからわかる。
関連会社といは言え、しょせん子会社だ。お嬢様っぽくないのもある。グループの会長令嬢が来ようと、誰だかわかる社員は少ないと思う。
「邪魔するよ」
それでも構わず入り込む真守葉摘。相変わらず強引なやつだ。護衛は昔の俺に少し似た助手一人連れているだけ。立場あるお嬢様の我が儘が、どこでも通じると思っている傲慢な人間。
────だったら話しは簡単だったんだがな。
「久しぶりだね、武。その娘が騒ぎの怨霊か。君こそ相変わらず迷惑を引き起こしているようだね」
子会社の人間が二人亡くなった事は、やはり耳に入っているようだ。
「あなたもお元気そうで……葉摘お嬢様」
会社の同僚達は意識が飛んでいた。葉摘の仕業だろう。助手は慣れているのか、こちらに関わらぬように離れて心をうまく反らしていた。
「灯台もと暗し……か。まさか京の都の同じ地域に紛れていたなんてね」
「調べる人間の人選が悪かったな。あなた以外に、浦守の人間をわざわざ引き立てようとするものなんていないとわかっただろう」
「それは確かにそうだ。人の心に救う闇を過小に考えていた、私の落度だった。すまないな────」
「まあ、あなたが悪いわけではないので謝らないで下さい」
真守葉摘は己の心に素直で正直な人間だ。欲しいものへの執着は人一倍強いくせに、悪いと思えば潔く下の者にも謝れる人間。
俺には眩し過ぎる存在だった。
彼女に呼ばれたことで、自分の名前を久しぶりに聞いた。俺の名は武──浦守武だ。浦守家は裏守……本家の真守を陰から支え、いつしか没落した一家だ。
昔からやって来た浦守一族の所業を知るものがいれば、今更表舞台に出てきて欲しくないのはわかるつもりだ。
過去は過去だ。過去の恩義を今に持ち出して、大成功を収めている現状に疵を追わせたくないのが人情と言うもの。
……いなかったものとされた俺と、まつろわぬものの破武照姫の境遇はどこか似ている。だから俺達は惹かれあった。
真守葉摘も没落した俺を見出し、必要としてくれた恩人だ。
俺は嬉しかったのと同時に怖かった。彼女は自分の背中を預けることの出来る相手を、俺に求めていたのがわかったから。
救われて求められて、結局俺は逃げ出した。破武照姫を見つけ契りを交わした今、俺は真守葉摘がどういう思いだったのかが、初めてわかった気がした。
そして俺に似た助手の男を見て安心した。真守葉摘の尻に敷かれ喜ぶ犬のように見えるが、彼女の立場を理解してそうしている風体が頼もしい。
俺には真守葉摘への感謝しかないから、彼女に殺されたとしても、怨みを抱けない。破武照姫も、俺から力を得られないので排せず困り顔だ。
俺はどうなってもいい。でも……破武照姫の事は別だ。彼女は俺が自分勝手に連れ出してしまった存在。
ずっと────高僧も陰陽師も除霊師も無視し放置して来たのだ。
俺だけが破武照姫を見つけた。彼女を認めたんだ。だから彼女は俺が守る。いや、この場合は逃がすしか出来ないか。
「破武照姫ねぇ。天武に託つけて自分を殺させるつもりかね」
「覚悟の問題だよ。破武照姫は俺の大切な……嫁だからな!!」
破武照姫がまだ動揺している。真守葉摘は殺気がない。俺に対して怒りも恨みもなく、俺という取るに足らない存在を今でも大切に思っているとわかったからだろう。
破武照姫の天敵……それは真守葉摘のような人物だろう。愛する人を感情を乗せることなく躊躇いなく殺せる人物。
ただ真守葉摘に殺すつもりはないようだった。ドの付くオカルトマニアの彼女の言葉だ。破武照姫がレアな存在だとわかり、収集家の血が騒いだんじゃないかと見ている。だから消し去るような真似はしない。
彼女の力を利用するつもりもなく、手元に置いておければ満足する……逃した魚と共に。
「そういう事か」
「そういう事だ」
俺の呟きにあっさりと言葉を被せる真守葉摘は……やはり変わり者だ。将来自分を殺せる可能性のある能力のある怨霊を、残しておこうなどと狂っているとも思う。
「人手が欲しいのだよ。信頼出来る者たちの手が」
指導者として上に立つ者として、彼女は先を見越しているのだろう。今すぐ従えというわけではなさそうだ。
一時的に庇護される形にはなるので、いままでの俺ならきっと拒んでいただろう。だがちっぽけな俺の誇りよりも破武照姫を守る事が一番大切だ。
「破武照姫の戸籍、それとこの会社へ正式に配属して欲しい」
俺が条件を伝えると、真守葉摘はニヤリと笑った。
「明日までに処理をしておくとしよう」
────フッと張り詰めた結界のような空気が砕けた気がする。
「あなた様、私への認識が変わったようです」
真守葉摘と助手の姿は消えていた。代わりに破武照姫用の制服と、グループ会社からの出向命令書の入った封筒が俺の机に置かれていた。
「お節介をしに来ただけだな」
消される覚悟までしたのが馬鹿らしくなる。あぁ、これは逃げ出した俺への彼女なりの報復と、俺へのあてつけというか自慢だ。
実際は俺の代わりはとっくにいる、そう言いに来ただけだろう。今の世の中、物事を複雑に考え過ぎて企みにしてしまいがちだ。
蓋を開けて見れば、意外に単純なものなのだ。
────こうして破武照姫は正式に俺のパートナーとなった。
真守葉摘の挑発的な笑いは、俺にこう言っていた。
「ふふ……私達と君達、どっちがラブラブなのか勝負しようじゃないか」
あのお嬢様はグループ企業の会長令嬢でオカルティストでサイキッカーであるけれど、頭の中は負け嫌いのお子様だ。
思慮深い表情や言動に騙されて、引っかかるやつが多い。
ざわつく室内の同僚達をよそに、俺は破武照姫をそっと抱きしめたのだった。