第二話:怨霊の姫を────怨霊だから悪女だと、誰が決めたんだ
破武照姫は怨霊だ。人の怨恨を喰らう妖怪だったのだが『天之破武照比売神』となってからは、怨霊神になった。
────命名したのは俺だ。彼女に一目惚れした俺は、何をやってもついていない冴えない会社員だった。
千年以上も昔から「まつろわぬもの」として扱われて、ずっと一人ぼっちだった姫を初めて認識したのが俺だった。
「もっと凄い祟りの怨霊とか、君に気づきそうな力のある陰陽師とかいたんじゃないの?」
土地柄のせいだろう。伝承や神話の類や、心霊関係も知識として俺の頭に残っている。
「あなた樣の言う方々が力があったのなら、私などとっくに祓われていた」
当時からまつろわぬものとして放っておいたのは、行者の都合もあるようだ。有名所の全てが力があったのかどうかは実際疑わしい。
凄い祟りのせいにした方が政治的に都合が良いなんて、今現在の時代だってあり得る話しだ。
録音も防犯カメラもない時代だ。怨霊となって報復される……そう恐れられさせないとやりたい放題になっていたのだろう。
「祀るのは、怨恨を少しでも鎮めるためと、あまり好きにやるなら喰らうよって脅しだったんだろうね」
本当に祓う力の持ち主や暗殺者の側からすると、破武照姫のような存在は抑止力の一環として残しておきたかったんじゃないかと思う。
怨恨を喰らう彼女は、天武に対しては激しく憎悪し怨みを持つ。でも彼女の怨霊としての生態は、人にとって比較的益が多いと俺は思う。
破武照姫の力をガス抜きに利用して来た連中は酷い奴らだが、そのおかげで俺は彼女と出会えた。酷さで言うのならば、俺の方が酷い奴だ。
怨霊から解放するために、恨み辛みを重ねて来たわけだから。自分自身理解していなかった事だけど。でも最初の出会いで彼女に名前を授け、亡くなったものがいた時に察した。
破武照姫は怨霊なのかもしれないけれど、悪いものではない。彼女のような存在を悪い悪霊だと誰かが勝手に決めただけだ。
破武照姫は純粋そのもの。多分、その存在を無視され続けたせいだ。怨霊として変質したせいで、本人の思いとは裏腹に必要悪のような存在になった。
怨霊から御霊へ変わったのも頷けるというものだ。強い恨みを抱くと生命を奪う怨霊化するので安全というわけではなかった。
破武照姫は俺についている。なので会社でも一緒にいる事になるわけだが……。
「君の事、やはり見えていないようだね」
実体化していても見えていないようだ。見えていないのならば一緒にいても問題なさそうだ。
「ここは怨念が渦巻く館なのですね」
破武照姫は、社内に漂う小さな悔恨を喰らう。空気清浄機では吸えない澱みが、破武照姫の力で浄化されていくようだった。
考えてみれば彼女は一年に一度あの暗がりに現れるだけの存在だった。怨みを抱いて亡くなったとして、いったい何歳の時だったのだろう。
およそ千三百年経っていても、日にちすれば三、四年足らず。怨霊なのに、擦れていなく純粋なままだから御霊なれたのかもしれない。
「君のソレは自然現象に近いのかもしれないな」
例えは悪いが彼女という存在そのものに善悪はない。そう在るためにそこにいるものだから。悪いのは人の方だ。
彼女のような存在を無碍に扱ったあげく、まつろわぬものとして無視し続けたのだから。
────悪い人の中には勿論俺も入っている。疲れて病んでいた俺は、恨み辛みを払拭してくれた彼女を利用して来たのだから。自分自身の欲望ために、犠牲者を出して、彼女を解放し連れ出したのだから。
「あなた様の恨みだけではありませんよ」
「どういう事だ?」
「ここには、あなた様に付着した怨念がいっぱい漂っています。あなた様は類稀なる体質なのです」
掃除機のように他人の想念まで吸収していたらしい。だから俺だけ酷く恨みがましくなっていたようだ。全部吸い取るわけではないけれど、そりゃ酷く辛くなるわけだった。
もともとそういう性格だから、引き寄せやすかったのもありそうだ。そして俺だけでなく、社内の人間もいつでも機嫌良く仕事をしていたわけではなさそうだった。
「亡くなった部長や新人社員は恨みをかなり買っていたようだな」
命名したことで契約した形になったためか、破武照姫の喰らったものが俺にも少しわかった。
死ぬほど恨まれていたとは限らないが、破武照姫の力を発揮するだけの怨念ではあったわけだ。
「新年度まで、その席に人は来ないだろう」
俺は仕事の間、破武照姫を新人社員の使っていた席に座らせた。まつろわぬものとしての呪いなのか、パソコンで適当に配信番組を見させていても、誰も気にとめることがなかった。
俺と、怨霊の破武照姫との奇妙な生活はこうして始まった。
彼女が仕事中に溜まるストレスを喰らってくれるので、俺だけでなく社内の職場環境まで良くなった気がする。
新人社員は行方不明になっている。部長の時と違い、街中の飲み屋で消えたため失踪扱いのままだ。
会社としてはいてもいなくても変わらない、むしろ害にしかなっていなかったので気にする様子もなかった。
破武照姫が何を見るのも新鮮で楽しそうな顔をするのが嬉しくて、俺は肝心な事を忘れていた。
不可解な事件も一人なら動かなかったものが、二人目となると流石に興味を引いたようだった。
この会社のグループ企業のトップであり、心霊現象や怪奇現象が大好きなオカルティストの真守葉摘が、大学で拾った冴えない助手を連れてやって来たのだ。
彼女の事を俺は良く知っている。少し調子に乗り、目立ち過ぎたと後悔した。