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だから言ったじゃないの、ゴッホ兄さん。

作者: jima

ゴッホからテオへ  1885年  ヌエネンにて

 

 テオ、元気かい。突然だけど今度描いた絵について話をしてあげよう。聞きたいだろう。農民がジャガイモをムシャムシャ食べてるとこを描いてみた。『作ったその手で食う』ってのがテーマだよ。そしたら絵が暗くなったのなんのって。まあ、よく考えたら人物と部屋とおまけにテーブルの上まで全部汚れてるから当たり前かw あの人達手を洗わないからなあ。描いてて絵の具の代わりに土を塗っているような気分だったよ。

 ほら、ミレーっているじゃん。あいつの絵も何か肥やしの匂いがするけど、同類になってきた感じだ。ぷぷっ。ま、僕はミレーよりはシテーボーイだけどね。

 それから…またお金送ってね。





テオからゴッホへ 1885年  パリ郊外自宅から


 兄さん、相変わらずのようだね。そのジャガイモを食べる人を描いた絵って売れるの?無理だよね。お願いだからもうちょっと頑張って売れるのを描いて欲しい。ミレーのこと茶化してる場合じゃないじゃん。

 お金は送るけど、こっちも苦しいんだよ。母さんも「あれに送るお金があるなら家に入れろ」ってうるさいし。

 まあ身体だけは気をつけてね。





ゴッホからテオへ電信  1886年  パリ到着


 テオ、僕はパリに来ちゃったよ。けっしてお金を送ってくれるのが遅いから思わず来ちゃった!ってそういうわけでもないんだよ、いやホント。

 でね、ルーブルの喫茶室で正午から待ってるから、ちょっと来てくれないか。ちょっとだけお金を持ってきてね。大金じゃなくていいんだ。使い方の相談もそこでするからさ。早く来てよね♡





テオからゴッホへ電信  1886年 パリ郊外自宅から


 何で来るかな。お金は送るから待ってろって言ったじゃん。兄さんを見ると母さんが逆上しておかしくなるから近づかないで欲しいんだ。こっちだって忙しいんだよ。何が『待ってるから来てね♡』だよ。

 いいかい、兄さん。お金は送るけれど無駄遣いしないこと。それから実家には近づかないこと。






ゴッホからテオへ  1887年 夏  アントウェルペンにて


 お金をありがとう。ま、僕は返せないけどね。居直ってるわけじゃないよ。絵が売れても材料費も出やしない。不況だからね~。

 母さんの話はやめて欲しいな。でもテオが結婚すれば母さんは喜ぶんじゃないかな。いつまでも独身じゃ世間は信用しないからな。…お前にだけは言われたくないと思った?だよねえ。悪いw。

 ハア…確かに35歳になってもこれじゃあな。芸術と結婚してるってのはどうだろ?かっこよくね?

 あのリシュパンも言ってるよ。「芸術家は結婚すると駄目になる」ってさ。言い方を変えると「いい女は真の芸術家を避けて通る」ってことじゃないかね。ムフフ。

 またお金送ってね。






テオからゴッホへ  1887年  パリ郊外自宅から 


 兄さん、変わらないなあ。それがいいことなのか、だから駄目なのか…。

 あのリシュパンてどのパンだよ。

 自分は芸術と結婚してるとか、真の芸術家とか、絵が一枚でも売れてから言いなよ。残念な兄だ。

 僕の方の結婚は順調に準備が進んでるから大丈夫だ。結婚式は…出席しなくていいからね。兄さんはせっかくのお祝いの席を台無しにしそうだしね。お金は少し送るけど、帰ってくるのは無しね。






ゴッホからテオへ  1888年   アルルにて


 テオ、僕は何か、凄い絵が描けたような気がする。あのね、アルルの川にかかる跳ね橋の絵なんだけど、橋には小さな馬車が通りかかってね、青い川と緑の草の土手のところに洗濯女たちがいるという…結構自信作だよ。これはイケそうな気がするwマジで。空がビャーンと青くてね、橋がドーンと綺麗に見えてて、絶対高値がつくね。きっと多分。

 ここアルルって、日本にいるような気分がするよ。ま、日本行ったことないけど。

 あ、でも売れるまで時間がかかるだろうからまたお金送ってね。バイバイ。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から 


 兄さん、そんな田舎の小さな川にかかるボロい橋を描いたって誰も買わないよ。相変わらず脳天気で羨ましいよ。まったく兄さんは。

 そんな僻地の跳ね橋の絵が名画になりそうだとか、聞いたこともない極東の国の話とか。

 …だいたいヤポンてどこよ。ま、そんな遠い国で兄さんがこないだ描いたひまわりの絵なんかを高値で買う金持ちが出てきたら面白いだろうけど、そういう妄想は馬鹿馬鹿しいから余所で言っちゃ駄目だよ。

 期待してないけど、お金は送るよ。元気でね。くれぐれもこっちには帰ってこないでね。






ゴッホからテオへ 1888年  アルルにて


 テオ、今日は僕の友達のゴーギャンについて書くよ。あいつが僕んちに来たいって言うからベッドと布団を買いたいんだ。多少は交通費もあげないと来れないかもしれないしね。

 「何でやねん」ってテオは言うかもしれないけれど、あいつは元々船乗りだから自炊とかやれるだろうし、生活費や部屋代を折半すれば長い目で見れば今より割安かもと思うんだよね。

 でももしテオが僕とゴーギャンの両方に援助をしてくれるって言うなら、それはそれでいいよ。二人分送ってくれれば僕が管理しようじゃないか。毎月二人分の絵を送るからそうしようか。君にとってもお得だろ。僕も協調性が出てきたよね。お金待ってるよ。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から


 兄さん、ヤクザとつきあっちゃ駄目だって何度も言っただろ。売れない絵描きなんてヤクザ以下なんだからそんなのに送るお金があるわけないじゃないか。あっ、でも兄さんも売れない絵描きだったw

 誰だよ、ゴーギャンて。僕の勘だとそんな奴は絶対に売れないね、未来永劫ね。

 そういう奴はきっと南の島で女の絵でも描いてボンヤリ暮らすのが関の山だと思うよ。

 お金もちょっとは送るけど、パリには近づかないでね。もちろん兄さんの友達の売れない画家もだよ。






ゴッホからテオへ 1888年  アルルにて


 テオ、月曜の朝に50フラン受け取ったよ、ありがとう。

 ゴーギャンのことなんだけど、彼は共同生活は前にマルチニッタ島でラブァルと経験済みで、自分が炊事して結構いい感じだったと言ってる。でも何だかそれ以来腹痛が止まらないそうだけどねw

でね、そのゴーギャンが新しい画商を設立する資金で60万フランを集めるらしい。君にも一口乗ってくれってさ。話題の印象派を扱う画商で絶対100%儲かるから出資してくれって言うんだ。彼の腹痛のことも考えると無碍には断れないよね。助けてやったらどうだい?僕はそう思うよ。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から


 兄さん、それは完全に詐欺師だね。何でそういう人間とつきあうかな。60万フラン集められる人間が兄さんへの仕送りさえ遅れがちな僕に何で助けを求めるんだい。ゴーギャンていったかな。すぐに縁を切った方がいいよ。絶対そいつは画家かどうかさえ怪しいよ。タヒチにでも島流ししてほしいくらいだ。

 いつも通りちょっとのお金は送るけど、変な投資をしたら絶対駄目だよ。それから困ったり変な奴に絡まれても、パリに帰ってくるのは無しだよ。






ゴッホからテオへ 1888年  アルルにて


 百フラン同封の手紙を受け取ったよ、ありがとう。

 ところでさ、君はモネの絵の評判がいいと言ってたらしいね。そりゃ、あの話題のモネにくらべると僕の絵は色使い以外は暗くて陰気で根暗で、おまけに陰湿だ。ぜんぶほぼ同じか。で、でも僕はまだ発展途上だから気長に見守ってほしいな。将来は日本の画家みたいになるはずだ。いやホント、日本の絵って一回ハマっちゃうとなかなかの沼だよね。そんなわけでお金を送ってほしいんだ。ちょっと浮世絵を買っちゃって今月はピンチなんだ。テヘペロ。売れるものは全部売ったんだよ。後は耳でも切って売るしかないよ。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から


 兄さん、だからどこだよ、ヤポンって。そんな僻地の絵を買うもんじゃないよ。

 モネはいいよ、モネはね。僕も見たけどあの池の絵とか綺麗なもんさ。

 兄さんはヤポンの画家にご執心だけど、例えば海原に大波がバサーッと来てその向こうに綺麗な山が見えるみたいな大胆な構図や表現は東洋人には無理じゃないかな。

 ウキヨエを余分に買ってあげられるお金なんてあるわけないじゃないか。いつもどおりちょっとは送るけれど、借金は自分でどうにかしてよね。

 ヤポンの誰かが兄さんの色使いだけは派手なひまわりの絵とかを購入して、浮世絵の支払いとチャラにしてくれないものかな。

 耳を売るとか冗談でも言わないことだね、馬鹿馬鹿しい。






ゴッホからテオへ 1888年  アルルにて


 テオ、50フランじゃ足らないんだよ泣。

 南フランスは物価が高いんだ。じゃあそんなとこに住まなきゃいいじゃん、って君は言いそうだ。でもね、ここはアフリカが近いんだよ。もっと色使いを明るく派手にするにはここがいいんだ、そうに決まった。キリッ!

 日本に行きたいけど遠すぎるからそれに近いこの南仏がいいってことだよ。日本行ったことないけど。

 で、印象派の仲良したちで話し合ってここでシェアハウスをやろうってわけなんだ。楽しそうじゃん。

 日本好きの画家で集まって日本人みたいな絵を描くために日本によく似た南仏に住むって悪い考えじゃないだろ。少し多めにお金を送ってもらえないかな。

 日本人の絵には何かスピード感があるんだよね。稲妻のようにね。耳が切れるくらいに素早いんだ。

 素直で繊細な人達なんだろうな。行ったことも会ったこともないけどね。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から


 兄さん、何を言ってるのかいつもにも増して意味不明だよ。共同生活は勝手にやればいいけど、相手はあの極道じゃないだろうね。お金はいつも通りしか送らないよ。2人分とか3人分とか送る余裕はないよ。耳を切って揃えて持ってこいとか言っても無駄だよ。

 あとね、ヤポン中毒もいい加減にした方がいいと思うけどなあ。南仏がヤポンに似てるわけないじゃなないか。何かそんな野蛮な国、憲法だってあるかどうか怪しいよね。来年あたりに制定されたりしてね。

 いつか、そう100年後とかに、その辺境の国のお金持ちに兄さんのダサいヒマワリの絵を3500万フランくらいで売ってやったらどう?プププ。まあ、いいや。取りあえずお金は少しだけ送るよ。パリには近づかないでね。






ゴッホからテオへ 1888年 アルルにて


 テオ、元気かい?例の共同生活だけどさ、僕はあちこちの友達に連絡して誘ってみたんだ。セザンヌとかルノアールとか沢山の友達だよ。でも例えばセザンヌは「ハア?何で?」って感じだったし、ルノアールも「どうして俺を誘うの?馬鹿なの?」って返事が返ってきた。もしかして僕ってボッチなのかな?

 最近僕への悪口がこの連中から聞こえてくるようで仕方ないんだ。幻聴かなあ。こんな耳は切って娼婦にでも届けたいよ。冗談だけどね。

 あ、でも例によってゴーギャンだけ「気の毒だからちょっとだけ一緒に住んであげるよ。そのかわり僕の分のベッドを揃えて、家賃は君持ちで、家事とかやってくれるならいいよ」って言ってくれたから承諾の返事を出したよ。

 だからちょっとだけでいいからお金を余分に送って欲しいんだ。もうアパートも今までより黄色っぽいとこへ引っ越しちゃったしね。いや、冗談じゃなくてホント部屋が黄色いんだ。

 テオ、お金をくれよ。僕を愛してくれよ。頼むよ、テオ。…ねえ。






テオからゴッホへ  1888年  パリ郊外自宅から


 兄さん、ホント馬鹿なことやってるね。だからゴーギャンってそりゃもう半グレだよ。マジで島流ししてほしいね。でもそんな奴だからきっと流された島でも14歳くらいの女の子を嫁さんにして子供を二人くらい作っちゃうかもね。ま、さすがにそんなことはないか。

 ゴーギャンて奴とつきあうのはやめた方がいいと思うなあ。そのうちケンカになるだけだと思うよ。

 まあ、お金はちょっとは送るけど、いつも通りね。繰り返すけどパリには近づかないでね。


 でも兄さん。そろそろ生活をちゃんとしないと嫌な予感がするよ。

 先週くらいから妙な夢ばかり見て、汗びっしょりで目を醒ますんだ。

 悪い夢っていうのは…例えば兄さんがゴーギャンに愛想をつかされて勝手に出て行かれて泣いてるとか、ノイローゼで自分の耳を切って娼婦に届けてるとか、半狂乱になって病院の監禁室に隔離されてるとか、てんかんの発作に襲われて死にかけてるとか、…それからピストルで自分の胸を撃って死んじゃうとか。

 他にも勘違いした映画監督が兄さんを主役にドラマチックな映画を作るとか、ヤポンの成金が兄さんの辛気くさい人物画をとんでもない値段で買って『俺が死んだら棺桶に入れる』なんて言って世間の顰蹙を買うとか…。


 僕の予感はたいがい外れるから気にしなくていいけどね。

 ねえ、兄さん。…ねえ。









ゴッホからテオへ 1890年 サン=レミ、アルピーユの空の上にて


 テオ、ごめんよ。いろいろ迷惑をかけて何も返せず僕はここにいる。君はあんまり気に入らないと言っていた星と月と雲がアルピーユの山の上に輝くあの絵の景色の空だ。

 日本に行ってみたかった。もっと上手くなりたかった。チヤホヤされたかった。友達がほしかった。モテたかった。家族に許されたかった。

 ただ少しずつだけど僕の絵を認めてくれる人が増えてきたのは嬉しいことだけど。


 あの夜、君と最後に会えてよかった。意識がなくなる寸前に君に「このまま死んでいけたらいいのだが」と言ったら、君は泣いてくれた。だから僕はそれで充分だ。

 さよなら、テオ。いつかまた会おう。もうお金はいらないw







テオからゴッホへ  1891年  日本上空にて


 兄さん、意外と早く再会できて嬉しいような悲しいようなw。

 半年ぶりだね。兄さんが死んでから回顧展をやろうとしたんだけど無理だった。…まだそこまでの人気でも無かったよw。仕方なく僕のアパートで近所の人に見せるだけの展覧会になっちゃったけど、まあよしとして欲しい。

 兄さんと僕の命日は結局半年しか違わなかったよ。


 ここが兄さんが愛したヤポンだね。なるほど、こんな人達がこんなふうに暮らしているんだ…うーん、僕には良さがよくわからないや。兄さんは遠くから想うだけだから強く憧れたのかもしれないね。


 ここで待ち合わせと聞いていたのだけれど…あっ、あのしょぼくれた後ろ姿、見つけたよ、兄さん。







*テオの妻ヨーは1905年にゴッホの墓を、1914年にテオの墓を現在の場所に改葬した。

 それから110年、今も二人の墓は並んで立っている。


読んでいただきありがとうございます。

当然すべてフィクションです。

ゴッホの手紙は筆者が資料を参考にアレンジしました。またテオの手紙についてはまるっきり筆者の創作によるものです。

 ゴーギャンファンの方がいましたら申し訳ありません。くれぐれも気を悪くされぬよう。もちろんフィクションですので。

それから…「ひまわり」も「アルルの跳ね橋」も代表作ですが、私は晩年に描かれた「星月夜」が一番好きです。

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